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次の約束の場所

 朝目が覚めると僕はいつも通りフェアチャイルドさんを引きはがし精霊達と挨拶を交わす。

 部屋の中はサラサが温度を維持してくれているので暖かいのだけど、空気の入れ替えはしていないので籠った熱気で少し息苦しさを感じてしまう。

 空気を入れ替える為に窓を開けると冷たい風が吹き込んできた。

 一年前よりも伸びた髪を抑え外を見てみると外は一面真っ白だった。


「大分積もったなー」

『なにこれすごーい!』


 僕の頭の上に浮かんでいるライチーから驚嘆の声が上がる。

 ライチーの声につられたのかサラサとディアナが僕の両隣りから窓の外へ顔を出した。


「真っ白じゃない」

「これが雪の力……」


 雪はまだ降り続いている。


「雪かき大変そうだなぁ」

『ゆきかきってなぁに?』

「道に積もってる雪を通れるようにする為にどかす事だよ。屋根に積もってる雪を下すのが雪下ろし」

『どかしちゃうの?』

「そうしないと歩きにくいし、雪で家が潰れちゃうんだよ」

「溶かしちゃえばいいじゃない」

「そのまま溶かしたら水が凍ってもっとひどい事になるよ。どかした雪はきちんと別の場所で処理するんじゃないかな?」

「溶けた水なら私がいれば余裕」

「そりゃ精霊はそうだろうけど……ああ、いや。そうか。こっちの人はそういう方法で雪をどうにかするのかもしれないのか」


 所変われば品変わるというやつか。

 まぁどちらにせよ、今日やる事は決まっている。





「と言う訳で今日は雪の勢いが収まってきたら皆で都市の外に出て遊びたいと思います」

「ぴーぴー!」

「きゅー!」


 魔獣達に向かってそう宣言するとナスとヒビキは飛び跳ねて喜んだ。

 アースはいつもの通りぼふっと息を吐いただけだ。


「遊びと言うけれど、皆が雪に慣れる為の訓練だからはしゃぎすぎて怪我しないようにね?」

「ぴー」

「きゅー」

「それと外はまだ雪が降っているから都市が見えない所まで行かない事。

 外にいる時は魔力(マナ)を繋いで居場所を把握しておく事。

 カナデさんは出来ないからナス、魔力(マナ)を操るのが特に上手なナスがカナデさんを助けてあげて」

「ぴー!」

「それと今日は雪と寒風対策として服を着て貰います」

「ぼふ?」


 服と言う言葉に特に反応したのはアースだった。


「じゃあ早速着てみようか。カナデさん。アースの奴、手伝ってください」

「はい~」

「フェアチャイルドさんはナスとヒビキのお願い」

「分かりました」


 僕は早速小屋の隅に置いてある丸めて置いてあるアールスが選んだ飾り布をカナデさんと一緒に広げてアースに見せた。


「アース。これが君の背中に被せる布だよ」

「ぼふ! ぼふぼふ」


 どうやら気に入ってくれたようだ。

 ブリザベーションをかけているから汚れはない。魔法も解く事はしない。

 雪と寒風を防ぐのなら濡れずに風も通さない今の状態の方が都合がいいからだ。防寒に関しては体毛があるから大丈夫だとは思うけれど、実際に外に出てみないと分からないな。

 『アイスウォール』を使い階段を作る。僕が昇り滑らないように靴底の周りに水を出し凍らせ靴を氷の階段に固定させる。

 そしてカナデさんから布を受け取りアースに被せ、風でめくれて落ちないように帯を二本頭側と尻尾側に垂らしておく。

 靴を固定している氷を溶かし階段を下りたら僕は頭側の帯を締め、カナデさんには尻尾側の帯を締めてもらう。


「はい出来上がり」

「ぼふっ」

「うん。似合うよ。でも飾りは止めておこうね。雪の中に落としたら見つからなくなるかもしれないからね」

「ぼふん……」

「ぴーぴー」


 ナスの方も終わったようだ。

 ナスの身に纏っているのは首元から前脚の付け根を覆う事の出来る赤くてかっこいいマントだ。

 ただしお尻は丸出し。可愛らしい尻尾を隠すなんてとんでもない。

 ……いや、本当の所はナスが嫌がったからなんだ。どうやらナス、というかナビィの尻尾は短いがちゃんと動き、鳴き声以外にも仲間とのコミュニケーションを取る為の物らしい。

 例えば尻尾同士をくっつけ合うのは求愛行動だったり、尻尾を立てるのは危険信号だったりするらしいので隠れるのはよろしくないようだ。


「ナスもよく似合ってるねー。かっこいいよ」

「ぴー!」

「ぼふぼふ」


 アースがナスを小突いて姿見を要求している。


「アースが自分の姿映して欲しいって」

「ぴぃー?」


 嫌そうに鳴くがナスはきちんと小屋の壁に光を反射させ姿見を作ってくれた。


「ありがとねナス」

「ぴー」

「ぼふっ」


 アースもナスにお礼の言葉を言って鼻先をナスの首元に当て、ナスはそれを迷惑そうに受けている。


「ナギさん。ヒビキさんの着付け終わりました」

「あっ、ありがとうフェアチャイルドさん。うわぁ、ヒビキ可愛くなったねぇ」

「きゅー?」


 よく分からないといった様子でヒビキは首を傾げる。

 ヒビキの服は端的に言ってしまえばピンクのドレスだ。

 羽は三分の一ほどの袖で隠されて、羽の付け根よりも下はフリルがふんだんに使われている女の子らしい逸品だ。

 デザイン選考の際選んだのはヒビキで、デザインを考えたのはカナデさんだ。

 どうやらひらひらしていそうな所がヒビキは気に入ったらしい。

 ちなみに僕がデザインしたのはタキシード風の服で、フェアチャイルドさんは球に穴が開いただけのセーターだった。安直だったと選考会の後フェアチャイルドさんが嘆いていたっけ。

 そして、デザインを考えた本人は何やらヒビキを見たまま固まっている。


「カナデさん?」

「か、かわいすぎですぅ!」


 突然の大声が僕の耳を襲った。

 痛みを覚えた耳を押さえカナデさんを見ると、カナデさんはヒビキを強く抱きしめて頬ずりしている。

 しかし、ヒビキは嬉しいのか羽をぱたぱたと動かし自らカナデさんに頬の辺りを差し出して入る。


「きゅーきゅー」

「……今日は僕の番なのに」


 ヒビキのもっちりボディを久しぶりに堪能しようと思ったのに。ぐぬぬ。


「仕方ないですよ。カナデさんが考えた服を着ているんですから。か、代わりと言っては何ですが私が……」

「ナギ、雪が止んできたわよ」


 サラサが突然フェアチャイルドさんが喋っているのを遮り前に出てきた。


「ほんと? ありがと。わざわざ知らせてくれて」

「どういたしまして。レナス、ちょっと向こう行きましょうか」

「なんでですか?」

「いいから」


 サラサは不満顔のフェアチャイルドさんの服を引っ張り小屋の隅へ連れて行ってしまった。

 ……彼女は何を言おうとしていたんだろう。

 ナスを撫でながらしばらく待つとサラサがフェアチャイルドさんを伴って戻ってきた。


「レナス。分かってるわね?」

「はい……ナギさん。ヒビキさんの代わりにライチーさんを抱っこしてみてはどうでしょう?」


 そう言ってライチーを両手で持ち僕の前に出してきた。


「え?」

『ナギー』

「……え? どうしてそうなったの?」

「寂しそうにしていたので代わりにわた……ライチーを胸に抱けば気がまぎれるのではないかと」

「ライチーはいいの?」

『いいよー』

「んー……」


 ヒビキを抱けなくなったのは残念だけど、だからと言って代わりにライチーと言うのも違う気がする。

 でも気持ちは嬉しいしここは素直に気持ちを受け取っておこう。


「ありがとう。僕の事心配してくれて。今日は僕と一緒にいてくれる? ライチー」

『うん! レナスはだいすきだけど、ナギもすき!』

「ふふっ。ありがとう」


 ライチーが僕の胸に飛び込んでくる。

 ディアナと変わらずライチーは柔らかくあまり体重を感じさせない。中々抱き心地がいい。


「それじゃあ皆、そろそろ行こうか」

「ぴー!」


 魔獣達を連れて外に出ると確かに施設までやって来た時よりも雪の勢いが弱まっている。

 そして、雪は足首が埋まる位積もっている。


「ナス、アース。足はどう? 冷たくて痛くない?」

「ぴぃ……」

「ぼふ」


 アースは大丈夫なようだがナスは辛いようだ。小屋の入り口から恐る恐る何度も前足を出しているが雪に触れるとすぐに引っ込めてしまう。


「じゃあナスには靴を用意しようか」


 こういう時の為に準備しておいたのだ。

 小屋の中に戻り荷物の中からナス用に用意しておいた足先を覆う動物の皮靴。

 靴底に木で作られたすべり止めを取り付けた物を出しナスの足に装着させブリザベーションをかける。

 一応アースの分も用意してあったんだけど、無駄になりそうかな。


「どうかな? 歩ける?」

「ぴぃー……ぴ」


 小屋の中で試しに歩くナス。

 違和感は感じるが一応歩けるようだ。しかし、あんまり速度は出ないかもしれない。

 もう一度外に出てみるとナスは雪の上を試すかのように走り回った。


「どう?」

「ぴぃーぴー」

「やっぱりお腹が冷えるか。調子悪くなったら言うんだよ?」

「ぴー!」

「アースもね?」

「ぼふ」

「ヒビキは……大丈夫か」


 今はカナデさんに抱きしめられているヒビキは地面に降りたとしても自分で温度調節をできる。なのでヒビキの分の靴は用意はしていない。

 施設を出て真っ直ぐ北へ向かう。

 北の検問所から外に出る際兵士から注意を受けた。

 注意と言っても本当に軽いもので勢いは弱まったとはいえ雪が積もっているので足を取られたり滑って転ばないようにと心配されただけだ。

 素直に感謝をしてから魔獣達を雪に慣らす為に外に出るだけなので遠くには行かない事を話しておく。

 検問所を抜け橋を渡る。

 都市の周りの生活用水を捨てる為の堀の水も凍っているようで雪が積もっている。

 遠くの方で何やら堀に向かって火の魔法を使っている人達がいる。恐らく今のままでは排水が出来ないから堀の水を溶かしているんだろう。


「はぁ……すごいです。辺り一面真っ白です」


 橋を渡り切ったフェアチャイルドさんは白い息を沢山吐いた。

 まだ何物にも踏み荒らされていない雪景色。

 少し遠くにある林の木には雪が積もりまるで雪の葉をつけているように見える。

 白くなった枝葉は雲の隙間から差し込む光を反射させキラキラと輝かせている。

 さらに林の奥には毒の沼を作り出していると言われているアトラという山に連なる優麗な尾根が見える。

 尾根を白く染めた黒い山ははるか遠くにあるはずなのにその雄大さをいささかも失っていない。わざわざ北に出てきたのは先輩の冒険者達が勧めたあの山を見る為だ。

 いったいどれほどの標高があるのだろうか? 確かめた物は誰もいない。

 美しく雄大なアトラを目指して生きて帰ってきた者はただの一人としていないと伝えられている。

 当然だ。毒以外にもあの山には魔物がいるのだから。


「ナギさん! これがすべてあの小さな氷の結晶が集まった風景なんですね!」

「うん。そうだよ」

「すごいです! 地平線の彼方まで雪が地面を、林を埋め尽くしています!」


 フェアチャイルドさんは興奮しながら林の方へ走り出したのでサラサとディアナが後を追いかけていく。


『レナスよろこんでる!』

「あんなに興奮したフェアチャイルドさんは初めて見たな」


 隣にいるナスに視線を移してみるとやはり冷たいのか細かく震えている。

 やはり元々気候が安定していて過ごしやすい地方に住んでいたナスにはきついのか。


「ナス、ヒビキに温めて貰おうか?」

「ぴー」

「という事でお願いしますカナデさん。ヒビキをナスの背に」

「う~。仕方ないですねぇ」


 カナデさんがヒビキをナスの背に置き僕からナスを暖めるように頼むと途端にナスの周囲の雪が溶けだした。

 ナスも暖かくなって安心したのか目を細めその場に伏せてしまった。


「ふわぁ~暖かいですねぇ」


 カナデさんもちゃっかりと温度操作の範囲内に入って身体を温めている。

 アースの方は何度も地面を踏みしめている。何をしているのだろう?


「アースは何してるの?」

「ぼふぼふ」


 雪を踏みしめた時のサクサクした感触が楽しいらしい。あれか、凍った水だまりを踏み割るような感じだろうか。

 折角の処女雪なのに……。


「ナギさん!」


 いつの間に戻って来たのかフェアチャイルドさんが僕の手を取った。


「一緒にあの林の所まで行きましょう」


 ナス達から離れる事になるけれど、少しの間ならカナデさんがいるから大丈夫かな?


「いいよ。一緒に行こうか」


 僕はフェアチャイルドさんに手を引かれ歩き出した。


「約束果たせたね」

「……はい」


 よかった。本当に良かった。あの日交わした約束をようやく果たせたんだ。


「ナギさん。次は私、山に行ってみたいです」

「山に?」

「はい。あのアトラを見て思ったんです。山の上には何があるんだろう。何が見えるんだろうって」


 フェアチャイルドさんは空いている方の手でアトラを指さした。


「さすがにあの山に登るのは無理でも、一度高い所から世界を見てみたいです」

「となるとグライオンまで行く必要があるね」


 アーク王国の国内に山はない。丘があるくらいだ。

 なので山に登ろうと思ったらグライオンまで行く必要がある。となると面倒な手続きを避けるのに中級の冒険者になっておきたい所だ。


「……次の約束の場所はアールスと一緒に行けたらいいね」

「私もそう思っていました」


 前を歩いていたフェアチャイルドさんは振り返り僕に笑いかけてきた。


「早くアールスさんと一緒に旅に出たいですね」

「そうだね」


 アールスとの旅は懸念がある。僕はすでに答えは出しているが、フェアチャイルドさんにいつ話すか決めかねていた。

 でも、一つの約束を果たせた今がいい区切りかもしれない。宿屋に戻ったら話そう。

 僕の懸念はただの杞憂で不安にさせるだけかもしれない。僕の行動が正しいかは分からない。

 けれど、もしも僕の予想が当たっていたら、そして何の覚悟もないままフェアチャイルドさんがアールスと旅をしたら不和を生む結果になるかもしれない。それだったらいっその事今の内に伝えて考えて貰った方がいい、と僕は思う。


「ナギさん! 見てください! 木の枝に氷が牙のように生えています!」

「つららだね。こっちじゃなんて言うんだろ」


 なんにせよ重たい話は後だ。

 とりあえず今はこの雪を彼女と一緒に楽しもうか。

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