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雪が降る前に

 アーク王国は基本平野なので東西南北どこに行っても風景は変わり映えしない。

 街道から見える違う物と言ったら生えてる植物や時折遠くで見かける動物位だ。

 しかし、街道を離れれば少し違う風景が見られる事がある。

 それは遺跡だ。千年前魔物に滅ぼされた国々の残した遺産。

 遺跡は立ち入り禁止で縄で簡単に囲われている。なので遠目からしか見る事が出来ない。

 アースを連れて街道を外れて歩いているとそんな遺跡に当たり少し遠回りする羽目になったりする。

 遺跡に対して強く興味を持ったのはフェアチャイルドさんだ。知的欲求が疼くのか縄の近くまでふらふらと歩いていくなんていうのはざらにある。

 しばらく動きを止めて遠くを見つめている事もある。遠い過去に思いをはせているのだろうか?


 遺跡の他にも街道ばかりを歩いていたら見れない物がある。沼地だ

 北方には沼地が多く、北の山脈の麓から広がる大沼地の他にも転々と沼地が存在している。

 大沼地の水は全て北の山脈から流れ来ている物で、毒で汚染されていて人の近づけない土地になっている。

 しかし、大沼地以外の沼地は全て魔獣によって作られた物で毒性はなく、この辺の村々は沼地で育つ野菜を栽培している。

 毒性はないが一応魔獣の縄張りなので北方の街道は沼地を避けるために大きく曲がりくねっている事がある。

 街道を行かない僕達にはこれが厄介で予め地図で沼地を通らない道を探さなければいけなかった。

 さすがに沼地を歩くのは魔獣達の事を考えたら避けたかったんだ。

 魔獣達は汚れる事は気にしないだろうが、洗うのは僕達人間の仕事だ。

 僕とフェアチャイルドさんとカナデさんで相談した結果満場一致で沼地を避ける事に決まったのは当然と言える。

 幸い曲がりくねった街道が描かれた地図さえあれば大体どこに沼地があるのか分かるので避けるのは容易かった。

 ただ魔獣に会ってみたかったので通り道の近くに沼地があったら近寄ってみる事したのだけれど会う事は出来なかった。沼地は広い。会えなくても仕方ないか。


 そんな沼地で一度だけ雨具の材料になるラサリザと言う大きなサンショウウオのような動物を見る事が出来た。

 泥の色と同化していて遠くからは見つけにくいが体長はアースよりも長く、体高はアースの半分ほどもあるのでカナデさんには見つけるのは簡単だったようだ。

 大きいが魔獣ではない。

 ラサリザは基本的には大人しい両生類で近づかなければ害はないと昔図鑑で読んだ事がある。しかし、戦闘力は高く大木のように太い尻尾は魔物のオーガすらも吹き飛ばす威力があると書いてあった。

 皮膚はぬらぬらとてかっていて定期的に水を浴びないと渇いた肌を守る為赤い血のような汗が出るらしい。理由は違うけど少しサイっぽい。

 そのラサリザが魔獣化したのものが沼地を作っているらしい。というか、ラサリザの魔獣から出た体液が沼地を作っていると云われている。

 けど、図鑑ではその魔獣の名前はラサリザ・サーケストと書いてあり、サーケストは嵐を意味するこちらの言葉だ。名前からして水を操って沼地を作っているんじゃ無いかと僕は睨んでいる。

 複数いるらしいが、大きさは普通のラサリザから大分縮んでしまうらしく遠くからでは発見する事は出来なかった。

 魔獣の誓いの効果で会いに来てくれないかとも期待したがそんな事はなかった。




 沼地を避けつつ旅していると時間がかかってしまい日程が狂ってしまった。

 予定では仕事をしながら三週間で着くはずだったんだけれど、一週間も伸びて一ヶ月かかってしまった。

 だけど無事ティマイオスに着く事が出来た。

 いつも通り宿取りをフェアチャイルドさんとカナデさんに任せ魔獣達を預ける。

 そして役所へ行き依頼の確認と組合へ届けてもらう為の手続きを終わらせる。


「ディアナ。フェアチャイルドさんに僕は今から南にあるミスリエルっていう都市に行くって伝えてくれる?」


 ミスリエルはティマイオスからだと歩いて二週間はかかる場所にある。普通に歩いて向かったら雪が降る前には帰って来られないかもしれない。


「分かった。……ついて行きたいみたい」

「ごめん。急ぐし魔獣達の面倒も見て欲しいから残って貰えるかな」

「……かなり渋ってる」

「ごめんって伝えて」

「じゃあ代わりに私を連れて行って欲しいって」

「ディアナを? それはいいけど、ディアナはいいの?」

「問題ない。レナスが学校に行ってた時はずっと離れてた」

「……分かった。一緒に行こう。あっ、後ナスは連れて行くって伝えておいて」

「……伝えた」


 ディアナを連れて預かり施設へ戻り魔獣達に事情を話しナスだけを連れて南の検問所へ急ぐ。

 検問所を出たらやる気満々のナスに鞍を装着させ跨る。

 初の二人乗りだけど、ディアナは精霊だ。重さは問題ない。問題はディアナが振り落とされないかという事だ。


「ディアナ、しっかり掴まっててね」

「ん」


 ディアナが小さな体のまま僕の背中にしがみ付いてくる。肌の感触と圧力は感じるけれど重さは感じないから不思議な感覚だ。


「よし。ナス、走っていいよ」

「ぴー!」


 馬のいななきのように声高く鳴きナスが走り出す。ナスの足の速さなら二日でミスリエルに着く事が出来るはずだ。


「ディアナ。大丈夫?」

「平気」


 ディアナの服を掴む手の力は意外と強い。魔力(マナ)を集中させているのだろうか?




 三つ目と四つ目の村の中間で日が完全に暮れた。昼下がりにティマイオスを出て休憩も入れていた事を考えるとかなりの速さだ。アースよりも確実に速い。

 さすがに夜間にナスの全速力は危険なので魔法で明かりを出しつつ野営の準備を始める。

 思えばこんなに少ない人数で野営をするのは初めてだ。

 都市外授業の時はフェアチャイルドさんが休んで人数が減った時もあったけれど、野営する事はなかった。


「ナギ、寒くない?」

「大丈夫。ナスがいるし今火つけるから」


 ナスは僕の背中側にいてもふもふの毛で温めてくれる。


「サラサが来ればよかったのに」

「それは言っても仕方がないよ」

「……レナスも後悔してる。サラサもついて行かせればよかったって」

「んふふ。じゃあ次からはそうしてもらおうか」

「そうした方がいい」


 休憩時間のうちに拾っておいた枯れ枝を燃やし焚き火にする。そして、持ってきたお肉に串を刺して焚き火の周りに突き立てて焼く。

 焼いている間に手早くナスの食器をナスの目の前に置きマナポーションで満たす。

 そして意識を肉と焚き火に戻し、時々距離や火の強さを調整し焼き加減を見て頃合いになったら思いっきり齧り付く。

 調味料を使っていないから素材本来の味が口の中に染み渡る。


「お塩使わないの?」

「貴重だからね。皆がいない時は節約しないと」

「それだけで大丈夫?」

「大丈夫だよ一食位。僕はナスの背に乗ってただけだし」


 肉を食べ終わると使っていた串を今度は野菜に刺しもう一度焚き火の傍に突き立てておく。

 野菜に火が通るまでの間僕は肉汁に汚れてない方の手でナスの体毛を撫でる。

 ナスは動かずに僕に身体を預けてくれた。


「ナスは温かいねー」

「ぴー」


 僕達を見ていたディアナも触りたくなったのかナスの耳元に手を伸ばした。


「ぴー……」


 ナスは目を細め立てていた耳をぐでっと垂らした。

 するとディアナは驚いたのか手を止める。


「大丈夫。気持ち良くなってるだけだから」

「そう」

「そう言えばディアナもサラサもいつも石の中にいてあんまり魔獣達に触らないね」

「石の中は魔力(マナ)に満ちてるから快適」

「あれってやっぱり魔創石みたいな物なの?」

「似てるけど違う。魔創石は魔素を消して代わりに魔力(マナ)を貯めて自由に出し入れできるように作り変えたもの。

 私達の家は私達精霊の核を入れて魔力(マナ)を無尽蔵に貯められるようにしただけで、家主の意思以外で魔力(マナ)を自由に出し入れできる物では無い。

 何人もの人間が私達の家を魔法石にする研究したけど、今の所は成功してないみたい。核からあふれ出てる魔力(マナ)の勢いで封印した魔法陣が壊れるみたい」

「そうなんだ。そしたらさ、魔障石とか加工って出来るの?」

「魔素が消えた状態なら加工できるけど、魔素を消す事が出来ない」

「そっかぁ。どうやって魔素って消すんだろうね」

「分からないけど、ナギの神聖魔法じゃ無理なの?」

「んー。試した事ないんだよね。魔障石って簡単に手に入る物じゃないから」


 壁の外ならごろごろ存在しているだろうけど、魔素に侵された物がそのまま流通しているというのは聞いた事がない。

 使い道なんて加工するか魔素を浴びて魔力(マナ)を増やす事ぐらいだ。ちなみに後者は個人でやる事は禁止されている。


「地面を掘れば出てくるんじゃない?」

「……なるほど。その手があったか」


 地面は魔素に侵されている。普通は地中の魔蟲のおかげで地面からの魔素は抑えられているんだ。

 そして、魔素に犯された物質は半永久的に魔素を発生させるが、半永久と言うだけあって限界はある。魔素が補給されなければ空っぽになってしまうんだ。そうなった物質は魔素が貯まるのを待つか鑑定の固有能力がないと普通の物と見分けがつかなくなる。


「もしかしたら空っぽの状態の魔障石があるかもな。ディアナは区別できる?」

「出来る」

「じゃあ試してみようか」

「ぴー」


 ナスが石集めたよ、と言って地中から石が数個飛び出してきた。


「ありがとう」


 ナスはいい子だな。

 なので撫でていた手でわしわしと少し乱暴に頭を撫でる。


「ぴー!」


 飛び出してきた石を集めディアナに確認を取る。


「どう? 分かる?」

「……これとこれはまだ魔素が残ってる。これが空っぽの奴」


 ディアナが指さした石を分ける。

 とりあえず魔素が残っているらしい石を手に取り『フォース』を当ててみる。


「これでどう?」

「……元の普通の石に戻ってる」

「え」

「魔障石どころか魔創石でもない。ただの石になってる……信じられない」

「ほ、本当に?」

「本当」


 そう言えばシエル様が前に光属性の攻撃魔法の本質は浄化だって言ってたっけ。

 そして、魔素に侵された部分を消し去るんだっけ。消し去るって侵される前に戻すって事なのか?


(教えて! シエル様!)

(その通りです。ただし、正確に言うと一旦分解してから魔素を取り除いて再構築させるので生き物に使うと痛みを伴います)

(お早い回答ありがとうございます)

(いえいえ)

(やっぱり痛いんですね)

(すごく痛いです)

(ナスやアースも痛かったのかな……)

(しかし、使っていなかったらどうなっていた事か)

(まぁそうなんですけど……)


「ナギ?」

「あっ、ごめんごめん。今シエル様に確認取ってたんだ」

「シエル様ってナギの神様?」

「あれ? 名前教えて……ってそうか。いつもはカナデさんがいるからディアナ達の前じゃ名前出した事ないのか」

「レナスから聞いてはいる」

「そっか」


(魔素だけを取り除きたいのなら『サンクチュアリ』で出来るはずですよ)

(本当ですか? ありがとうございます)


 早速試してみよう。

 残った魔障石を手に取り頭の中のサンクチュアリの情報を確認し初めて使う魔法なので名前をきちんと口にする。


「『サンクチュアリ』」


 名前を呟きながら範囲を手の平に留める。

 サンクチュアリは範囲内に魔素や魔物が入れない領域を作る魔法だ。

 手のひらに収まるほどの小さい領域でも僕の持っている魔力(マナ)を半分以上持って行ってしまう。

 もしも、ヒビキを覆うほどの領域を作ろうとしても今の僕には魔力(マナ)が足りなくて無理だろう。

 一度作ってしまえば維持する魔力(マナ)の量はあまり必要ないんだけどね。


「魔素が追い出されてる……」

「分かるの?」


 ディアナはこくんと頷いて答えた。


「……魔素が完全に石から出て行った。これなら魔創石を作れる」

「よかった。じゃあディアナ。頼めるかな?」

「任せて。時間かかるから、ナギはご飯食べてて」

「あっ」


 すっかり忘れていた! 慌てて野菜を取ると表面が焦げていた。

 なんていう事だ!

 落ち込んでる横でディアナは両眼を閉じて二つの魔障石に手をかざしている。

 集中しているのを邪魔しないように僕は落ち込むのをやめ焦げた野菜を食べる事に専念する事にした。

 そして食事を終え、シエル様とお喋りをしつつ後片付けをして歯も磨いたがまだ終わる気配はない。

 ナスが興味深そうにディアナをじっと見ている。ナスの目ならディアナが何をしているのか分かるんだろう。ナスも魔障石を加工できるようになるかもしれないな。

 空を見上げてみると弓のように細い三日月が地上を見下ろしている。

 今のペースなら予定通り一週間以内にミスリエルに辿り着けるだろう。雪が降る前には帰りたいな。

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