また会う日まで
「ナギちゃん。手紙来てるよ」
アールスとの試合から一週間が過ぎたある日。買い物を済ませ帰って来るとすっかり親しくなった宿屋の女将さんから僕宛の手紙を受け取った。
組合じゃなくて宿屋に直接届くのは珍しい。
両隣にいるフェアチャイルドさんとカナデさんが興味深そうに僕の手紙を見ている。
差出人の名前は美しい文字でユウナと書かれている。
「ユウナ……誰ですか?」
「魔法使いの知り合いだよ。前に作った魔法陣の相談に乗って貰ったんだ」
「そう……ですか」
ちょうどいい。僕達は明日首都を発つ。
ユウナ様が先生に見せたはずの魔法陣の感想が気になってはいたけど、聞きに行く機会が無かったから手紙で教えてくれる事にしたんだろう。
部屋に戻ると僕は早速手紙の封を切り中身を読む。
内容は予想通り先生からのサンドストームの魔法陣の助言みたいだ。
調和が取れてないように感じたのはどうやら第六階位の魔法陣を無理やり第三階位規模の魔法陣に直した事で文字を削り過ぎて、代わりに無駄に長くなる文を作ってしまったのが原因らしい。
僕が削った所はまだ意味の分からない文字で、本来は順調にいけばユウナ様が来年あたり習う予定の文字のようだ。
違和感を感じたのは第六階位の魔法陣を完全にではなくとも無意識に理解していているからだろうという推測も貰った。
なんにしろ独学でここまでの魔法陣を作り出したのは素晴らしいと褒めてくれたようだ。
助言を貰った先生は、僕とアールスの試合を見ていたらしく他のオリジナルの魔法も発想がいいと褒めていたと書かれている。
照れるな。
手紙の返事をしたため封筒に入れておく。明日街を出る時に郵便屋に持っていこう。
「ついに明日で首都ともお別れかぁ」
「寂しくなりますね」
僕のつぶやきにライチーの相手をしていたフェアチャイルドさんが応えてくれる。
「そうだね」
木窓を開けて外を眺めてみる。
街灯が外を照らしていて、通りを挟んだ向こう側の建物も光が漏れている為街の中は結構明るい。
空を見上げれば上弦の月から膨らんだ月が見える。あと一週間で十月が終わる。
北では十二月には雪が降り出し積もるらしいからそれまでに拠点となる都市まで行かなければならない。
拠点とする都市はすでに決まっている。目的地は首都からだと二週間かかる場所にある北東の都市ティマイオスだ。
北に行った事がある冒険者に聞いた所によるとティマイオスでは雪が積もると雪像を作ってお祭をするらしい。
周辺の都市も雪像祭はやっているらしいのだけど、一番歴史があって規模が大きいのはティマイオスなんだとか。
雪像と聞くと前世の北国の雪まつりを思い出す。直に見に行った事はないけれど一度は見てみたいと思っていたんだ。
一夜が明けいつものように朝早く起きて朝食を取り僕達は預かり施設へ向かう。ちなみに着替えの際にフェアチャイルドさんに折角だからおめかししようと言われバロナを着させられた。やはりまだ少し恥ずかしい……。
フェアチャイルドさんとカナデさんもそれぞれ着飾っている。
フェアチャイルドさんは僕が買った白いドレスを、カナデさんは僕とフェアチャイルドさんが選んだ桃色のバロナを着ている。
別れを飾りたいからとはいえ、今日から旅に出るというのにおおよそ旅人とは思えない格好だ。
今日は郵便屋に用がある為開店の時間まで少し時間をつぶす予定だ。
それにアールスとガーベラも別れの挨拶に来る予定になっている。
宿屋から預かり施設までの街並みも今日で最後……にするつもりはないけれど、しばらくはお別れだ。
ティマイオスで雪を堪能した後は僕達は一度自分達の故郷へ戻るつもりでいる。
ティマイオスからグランエルまでは大体一ヶ月。そして、グランエルからダイソンまで行くので、首都に戻ってくるのは早くても四月位になるだろう。滞在期間によってはもっと遅くなる可能性だってある。
それに北は冬の間は沼地が凍り山から下りてきた魔物の大軍がやってきやすいとも聞く。
地面が凍って魔物の足が滑るから殲滅する事は難しくないそうだけど、大軍でやってきて僕やカナデさんがまた前線基地へ行くはめになり足止めされる事も考えられる。
アールスを悲しませないためにも無事に帰ってきたいものだ。
施設に着くと魔獣達の挨拶もほどほどに荷物の最終確認を行う。
食料などの重い物は昨日の時点でここに置いてある。買い忘れがないか、食器や調理器具、野宿用の道具に不備があったり不足していないかを確かめる。
三人で順番に全ての物を確認している途中アールスがやって来た。
「おっはよー! 皆今日はおしゃれしてるねー」
アールスの元気な声が小屋の中に響く。まだ早い時間だ。自分の口元に指を立ててアールスに注意を促す。
するとアールスは舌をちろりと出しすぐに謝った。
「それで何してるの?」
「荷物の最終確認だよ。郵便屋に用があるから時間つぶしを兼ねてるけどね」
「ふ~ん……見てていい?」
「いいよ」
アールスは僕の横に屈みこみ僕の手元を見てくる。
そんなアールスにヒビキが寄ってきて構って欲しそうに服をくちばしで引っ張り始めた。
「きゅーきゅー」
「ごめん。ヒビキ抱いてあげてくれる? それだけで満足すると思うから」
「うん。分かった」
「きゅー!」
喜ぶヒビキを見て安心して確認作業に戻ろうとしたが、ナスが真っ赤な瞳をアールスの方に向けている事に気づいてしまった。
「……ごめん。アールス。ナスも相手してくれる?」
「ナス? いいよ。ナスおいで」
「ぴー!」
アールスはヒビキを片腕で抱き、空いている方の手で近寄ってきたナスの頭を撫で始める。いいな……早く終わらせよう。
確認が終わった頃にガーベラもやって来た。
「……旅ってそんな恰好でするもんなん?」
開口一番ガーベラは僕達の服装に疑問を呈してきた。
「別れはきちんとした服でしようってフェアチャイルドさんが……」
フェアチャイルドさんに視線を向けると彼女は得意げに笑みを浮かべている。
「いや、なんでそんな得意げなのかわからんのやけど」
「ナギさんの格好を見て何か思う事はありませんか?」
「何か? ……女装してるみたいやな」
「やめて」
僕的には確かに女装だけどそう指摘されるのはきついものがある。
「……きれいですよね?」
フェアチャイルドさんの顔から笑みが消え、平坦な声でガーベラに詰め寄る。
その迫力にガーベラも恐れをなしたのか一歩だけ後ろに下がった。
「せ、せやな。めっちゃきれいやな」
「……ですよね」
「ですです」
ガーベラはコクコクと首を激しく縦に振る。
「フェ、フェアチャイルドさん?」
声をかけると先ほどまでの無表情が嘘のようににっこりと笑って僕の方を向いた。
「こんなに似合っているのに女装だなんて、面白くない冗談ですよねナギさん」
「そ、そうだね」
「い、いやぁ、あんま見慣れん格好やったさかい。つい照れ隠しで心にもない事言うてしまったわー」
「まぁ。ふふふっ、それだけナギさんが魅力的という事ですね」
怖い。今日のフェアチャイルドさん怖い! 一体何が彼女にそこまでさせるのか。僕か? 僕が原因なのか?
「せ、せやなーあははー女装は失礼やったなー」
「うふふ。そうですよ」
そ、そうか。女装呼ばわりで僕が傷つくと思ってフェアチャイルドさんは……この格好させたのはフェアチャイルドさんなんだけどな。
「すまんなアリス」
「いいんだよ。僕は気にしてないから」
「んでも、きれいなのは本当やし、似合おるで」
「ありがと。ガーベラもこういう格好してみたら?」
「うち? うちには似合わんよ」
手を振り否定するがガーベラの視線は僕の服に釘付けのままだ。
「そんな事ないよ。ガーベラだってかわいいんだから似合うよ」
「か、かわいいって……うちがさつやし可愛くなんてないやろ」
「そういう風に自分を決めつけちゃ駄目だよ。大丈夫。似合うって。僕が保証する」
「ほ、保証されても……」
「アールス。休みの日にガーベラの服見繕ってあげてよ。絶対女の子らしい服も似合うからさ」
「分かった! えへへ、ガーベラちゃん覚悟してね?」
「う、うちやめとこかなー」
「次会った時に楽しみにしてるからね」
「や、やめーやそういうん!」
「任せて。ガーベラちゃん思いっきりかわいくしちゃうから。だから、無事に帰ってきてね? ナギ」
「うん。約束するよ」
僕が座っているアールスの前に小指を出すとアールスは懐かしそうに見つめてから自分の小指を絡めてくる。
「約束だよ?」
小指が解かれるとアールスは立ち上がりヒビキを僕に渡してからフェアチャイルドさんの前に立った。
「レナスちゃんも」
そう言って小指を出す。
「はい」
「次会う時も皆無事じゃなきゃ嫌だからね」
「私もです」
お互いに笑い合い約束の契りを交わす。
次にアールスはカナデさんの前に立った。
自分の所に来るとは考えてもいなかったのかカナデさんは驚いた顔をしている。
そしてアールスはカナデさんに向かって頭を下げた。
「カナデさん。ナギとレナスちゃんの事よろしくお願いします」
「はい~。任せてください~」
最後にアースの前に立ち口元を撫でながら別れの言葉を送った。
「アース。元気でね」
「ぼふっ」
そんなアールスを見ていたガーベラが僕の方に頬を掻きながら向き直る。
「……そろそろ教練所に行かんとな」
「そっか……もうお別れか」
「なんやあれやな。気ぃつけぇや。また会えるの待ってるで」
「うん。また会おう」
手を差し出し握手を求めるとガーベラは応えてくれた。
「またな」
ガーベラも皆と別れの言葉を交わす。思えばあまりフェアチャイルドさんとカナデさんとは交流がなかったけれど、それでもガーベラは別れを惜しんでくれた。
特にカナデさんを見る目には尊敬のような物が見えるような気がする。あれかな? 少し誇張してしまった武勇伝の所為かな?
別れを惜しみつつもアールスとガーベラが小屋から出ていく。
ヒビキが寂しそうに鳴いた。
僕は手の震えを必死に抑えヒビキを慰めるために頭を撫でる。
施設の手続きを終え郵便屋に寄った後僕達は真っ直ぐ北の要塞の門へ向かった。
首都が遠くになるにつれ名残惜しさが増していき振り返らないように心を強く持たなければならない。
けれどやはり不安が頭をもたげる。
僕はアールスの心を受け止められたのか、と。
自分が割とマイナス思考で後ろ向きな思考に陥りやすい人間だと自覚している。
なるべくそんな思考に陥らないように気を付けてはいるんだけど、どうしてもアールスの顔が頭の中から離れない。
何をしてでも勝った方がよかったのだろうか? 負けたせいで不安が強くなったのではないだろうか?
どうしても考えてしまう。僕は正しかっただろうか?
悩んでいるうちに要塞の大型の魔獣用の検問所が見えてきた。
手続きを終えて門を通る前に一度だけ首都の街並みを目に焼き付ける。
「帰ってくるからね。アールス」