閑話 私が守る
本当ナギは馬鹿だ。こんな時に私の髪を気にしてくれるなんて。何が来るかわかっちゃうよ。
私の剣をはじき返したナギの目はさっきまでと違って覚悟を決めた目になってる。
少し、見惚れた。
その気になってくれたんだ。それじゃあ私も本気を出そう。
「力を貸してシェリル。『大地よ宴会の時間だ。踊れ』」
精霊のシェリルから力を借り石人形を私の左右前後に出現させる。
同時に私の二倍以上の大きさの石人形の隙間からファイアーランスが四方八方から放たれたのが見える。
隙間を抜けてきたファイアアローを私は水を纏わせた木剣で全て叩き落す。
「精霊魔法!?」
あっ、驚いてる。驚かせたかったから嬉しいけど、顔が見れないのは少し残念。
「ナギを捕まえて」
石人形の操作は私がやるから声をかける必要は本当はない。自動で動いていると錯覚させる目的もあるけど、ほとんど気分の問題だ。
ナギは伸びる石人形の手を潜り抜けて手の平を石人形のお腹に当てて砕いた。
すごい。どうやったんだろう。
(少量の魔力を感じたけど、私にも分からないわ)
話しかけてないのにシェリルが話しかけてきた。魔法を使っている時はシェリルとの繋がりが強くなるからお互いに簡単に思考が漏れちゃうんだ。
(何か隠し持ってるのかな)
(十中八九そうね)
全力でとは言ったけれど、冒険者として見せられない手札があるのかもしれない。
その事に思い至ると意地悪な事を言ってしまったんだと罪悪感が募る。
(罪悪感に浸るのはいいけど、アールスが申し込んだ勝負でしょ。集中しなさい)
(……うん。そうだね。ありがとう)
(ふんっ。別にあなたの為に注意したわけじゃないわよ。ただそういう礼に失した態度が嫌いなだけよ)
(分かってるよ)
シェリルと話しているうちに全ての石人形がナギによって破壊されちゃった。
けど、私だって黙って壊されるのを眺めていたわけじゃない。私が使える最大の魔法の用意は済んでる。
(行くよ。シェリル)
(やって見せなさい)
「『大地よ怒れ。矛を突き立てよ』『フレイムスロワー』!」
ナギの背後にいくつもの円柱が隙間なく大地から突き上げる様に生えてくる。本当は刺状なんだけど今回は形を円柱に調整してある。
そして第七階位のフレイムスロワーは魔法陣から炎を噴き出す魔法なの。
逃げ場のない所に炎。ナギはどう対処するかな。
(えげつないわね)
炎がまるで柱のように舞い上がり消えていく。やっぱりナギは無事だ。
炎が消え去る一瞬。残り火が不自然な動きを見せた。私はとっさにその場から飛んで離れる。
歪みが見えた。多分風の攻撃魔法だ。
ナギの姿を確認すると火傷どころか服に焦げた跡一つない。本当どうやって防いだんだろう。
分からないけど、ナギは私の期待に応えてくれた。
ならこれはどう?
「『嗤い食らい尽くせ』」
私の両腕を広げた範囲を除外し、適当にナギが巻き込める範囲まで円形に範囲指定をして魔法を発動させる。
すると私の立っている場所以外の地面が激しく揺れ動く。
「地震!?」
地面が揺れ体勢が崩れているナギに向かって『ウィンドスフィア』を発動させる。
だけど、ナギはまるで来るのが分かっていたかのように自分の周囲に『アイスウォール』を出現させ風の刃を防いだ。
やっぱりナギは私が何の魔法を出すのか分かってるみたいだ。
ナギの魔力が私に繋がってる感覚はない。
試しに私の方から繋げようとしてみるけど何故か手応えがない。まるで繋げようとした場所に魔力が無いみたい。ナギの身体を直接狙ってるからそんな事ないはずなんだけど。
少し気になる事もある。ナギはウィンドスフィアへの対処は早かったけど、精霊魔法とフレイムスロワーへの対処は特別早いというわけではなかった。。
もしかして魔法陣で判断してる?
精霊魔法には魔法陣はないし、フレイムスロワーは第七階位だからナギは知らないはず。
私が考えたアイシクルソードは汎用性のある避け方をしていたから分からないけど、どんな魔法か分からないからこそ、汎用性のある避け方をしたとも考えられる。
……今考えても正確な答えは出ないか。ナギは私がどんな魔法を出すか分かるという前提で動いた方がよさそう。
そうなると使える手札はそう多くない。私の魔力は半分まで減ってる。そして、精霊魔法にも使用制限はある。
(シェリル。私に許された魔力は後どれくらい?)
(そうね。『嗤い食らい尽くせ』二回分ね)
精霊魔法の使用回数は精霊自身の魔力の量と契約している人間の数で決まる。
シェリルは古い精霊で魔力の量が多いんだけど、その代わり契約している人も私以外に数人いる。
私含めたその数人でシェリルの限界使用可能量を等分してる。
レナスちゃんのように専属で契約していれば一人で限界まで扱えるんだけど、私はそういう訳にはいかない。
シェリルはグランエルにいた時精霊魔法の先生に紹介してもらった精霊で生徒が契約してるの。
この契約はいつでも破棄が出来る。元々学校で契約できる精霊との契約はお試しのような物だからシェリルも承知の上だ。
けど私は未だに破棄してないしされていない。その理由は……シェリルが破棄しない理由は分からないけど、私の方はシェリルもグランエルで出来た友達で思い出の一部だから破棄する気なんてない。
ならもう一人精霊と契約したらいいんじゃないかって思うかもしれないけど、精霊と契約するっていうのは案外難しい物で、精霊に気に入られないと契約してもらえない。シェリルとだって先生の勧めがあったから何とか契約できたくらい。
精霊は気難しいというか、変な子が多いからレナスちゃんのように複数の精霊と契約するのは珍しいって習ったっけ。
さて、残された二種類の魔力をどう使おう。
ナギはすでに態勢を整えてる。高階位の魔法は後使えて四、五回。精霊魔法も物を選べば同じくらい使える。
ナギの方は後どれぐらい残ってるか分からないけど、精霊魔法を使える私よりも魔法を使えるって事はないと思う。
だけど魔法戦を仕掛けても第六階位以下の魔法はすぐにばれて対処されて私が不利。
接近戦で行く? ……そうしよう。ナギは多分魔法戦をしたいはず。そして私はしたくない。なら取れる手立ては接近戦しかない。
ナギとの間合いを詰める。ナギが牽制の魔法を撃ってくるけれど、手加減しすぎてる牽制用の魔法なんて棒で叩かれたか軽い火傷をする程度の痛み。気にせずに走る。
ナギは私を待ち木剣を構えてる。
あと少しという所で私はなんとなく嫌な感じがして大きく横に逃げる。
本当にただの勘だった。しいて言うなら風が動いたような気がしたから。
そして私の勘は正しかった。私の立っていた場所の地面を抉って土の球が現れた。さっきみたいに泥の矢を使われたら厄介だな。
「『大地よ我が意に従え』」
整地用の精霊魔法を使って浮かんでいる土を地面に降ろし元の地面のように均しておく。
この魔法がある限り私に人間の使う土の魔法は通用しない。まぁその分消費魔力も体積と土に含まれてる魔素や魔力に比例して増えるんだけど。
土を均しつつもナギとの間合いを詰め剣を振るう。
ナギは普通に木剣で受け止める。魔法剣を使う気は無いみたいだ。あれって意外と消費魔力多いもんね。
込める魔力の量を間違えると身を守る為の魔力も無くなって魔法に対して無防備になっちゃうし。
私も魔法剣が使えるとなるとむやみやたらに魔法剣を使う訳にはいかない。魔法剣は魔法剣で防げるし、使えるって事は対処法を知っているって事でもある。
使われたら私は即座に火の魔法剣を使ってナギと戦う。火の魔法剣は自傷を覚悟で使わないといけないけど、私はそんなもの恐れない。
ナギは多分その事が分かってるんだと思う。そして、作戦とかそんなの関係なく優しいからそんな魔法剣を使ってほしくないんだと思う。
真剣な目をしていても私の事を気遣うなんて、なんて甘いんだろう。
私は殺すつもりは欠片ほども無いけど傷つける事に戸惑いはないのに。
ナギの守りは固い。けれど今は何か焦ってるみたいでいつもよりも攻撃に出ている。魔法を駆使して多方からも攻撃してくるからいつもよりも戦いにくい。
でも、脅威には感じない。焦りが余裕を無くさせてる。これならいつものナギの方が強く感じる。
どうして、と観察してみるとナギの息が乱れてきてる事に気づいた。
もう? 疑問と同時に脳裏に今までの模擬戦が映し出された。
そうか、体力がないんだ。ガーベラちゃんよりはあるけれど、私よりも圧倒的に少ない。
私は固有能力のおかげで先生達にも驚愕されるほど体力がある。一日中歩いても疲れる事はないし、走るのだって一日以上走り続ける事が出来る。
昔から体力はある方だったけど、こんなにも体力がついたのはこっちに来てからで、戦い続けられるようにと必死に鍛えたからだ。
そっか。私ナギよりも体力があるんだ。ナギはその事に気づいていて、長期戦は不利と見て攻勢に出てるんだ。
私から見てナギは攻めるよりも守る事の方が得意だ。守りが主体になると長期戦になりやすくて体力を結構使う。なのに体力で差をつけられてるナギは得意な戦法を封じて攻めに転じるしかなかったんだ。
でもナギは諦めてない。ナギの目は必死に私に食らいついて勝とうとしてる。
なんでだろう。胸の鼓動が早くなってきた。身体が温まって興奮してきたのかな。
もっと、こうしていたい。ナギの目をもっと見ていたい。
でもそんな思いとは裏腹に自分の剣が鋭くなっていくのが分かる。
ナギの動きが手に取るように分かる。
ナギの視線がどこを向いてるのか分かる。
空気の動きで魔法の発動が分かる。
自分でもおかしいくらい五感が鋭利になってく。
そんなだから勝負の幕は呆気なく降りた。
疲労してきたナギの逆転の特大の魔法を潜り抜けて一撃を入れる。ナギは私の一撃を避ける事なく食らって地面に崩れ落ちる。
全く息が切れてない。魔力もまだ余裕がある。
本気で戦ったらこんなにも差があるんだ。
地面に倒れたナギの様子を見る為に屈んで脈と息を確かめる。
どちらもある。
遠くから治療班が走ってきているけど、ナギを治すのは私だ。
ナギにエリアヒールをかける。
「ナギ……」
やっぱり心配だよナギ。
早く、早く大きくなりたい。そうすれば魔物を駆逐してやるのに。
お父さんを奪ったあいつらを、お母さんを泣かせたあいつらを全て滅ぼしてやるのに。
そしたらナギとレナスちゃんだって安心して旅を続けられる。
ナギ、私が全部斬って守るからね?