男の意地
ついにアールスとの試合の日がやって来た。
場所は何故か街の外ではなくアールスが学んでいる場所である軍の教練場で行う事になった。
合流したアールスに詳しく聞いてみるとどうやら試合の事がアールス達の先生方に伝わってしまったらしい。
最初は試合について反対されたらしいが、アールスが必死になって説得したらしい。その結果きちんと管理された場所で戦う事を約束され、治療の出来る人間を用意されたらしい。
なんだか大事になってるな。一体どんな説得をしたらこんな事になるのだろう。
教練場に行く道の途中に聞いてみた。
「ナギはすごく強いから勉強になるよーって言っただけだよ」
「何それ罰ゲーム?」
「駄目だった?」
「期待外れだと思われたらどうするの」
「ナギなら大丈夫だよ」
アールスが笑顔でハードルを上げてくる。この子怖い。
教練場は街の中心部にあり、高級住宅街の近くでもある。
教練場と言う名の通り軍の人間が練習や勉強に使う施設で、街の中でもかなり広く土地を占めている。
建物は遠目から見た事があるけれど、まさかそこでアールスが勉強していて、僕が敷地に足を踏み入れる事になるとは。
一応軍の施設なので僕が立ち入れるのは外の運動場の部分だけだ。それも特別に許可をアールスが取ったらしいので今日部外者で入れるのは僕だけだ。なので残念と言うべきか良かったと言うべきかフェアチャイルドさんは今日はついて来ていない。
運動場に着くとアールスが試合に使う道具の注文を僕に聞き取りに行った。
アールスはガーベラと一緒に戻ってきて、僕はガーベラから木剣と盾に防具一式を受け取る。
アールスは手慣れた様子で防具を身に着けてる。
ガーベラの話によるとこの武具一式は軍の訓練生用の装備らしい。
ガーベラに鎧の着付けを手伝ってもらい準備を進める。
僕の装備は僕が普段身に着けている防具とあまり変わらない物だ。違う所と言えば留め具の形状と大きさがちょうどいい事ぐらいだ。
アールスの方は動きを阻害させない為か関節や急所を守る最低限の物だけを身に着けている。
「準備はいい?」
「いいよ」
お互いに離れて向かい合う。
ガーベラが始まりの合図を出す。
同時に僕は魔法陣を展開する。
アールスも魔法陣を展開しているのは『拡散』によって感知できている。
魔法は恐らく『ウィンドアロー』。同じ階位の魔法だが展開速度では僕の方が勝っているようだ。
牽制に撃ったファイアアローをアールスは難なく避けてウィンドアローで反撃してくる。
風の矢は目に見えない為普通は避けにくい。だけど僕にはどこから来るか手に取るようにわかる。
だけど僕が魔法が感知できている事を気付かせない為にファイアアローを撃ったと同時に横に走り出していた。
風の矢は僕の後ろを通り過ぎる。
ウィンドアローは目で視認しづらい分威力を出すには空気を固める必要がある為ファイアアローよりも燃費が悪い。
ただでさえ僕よりも魔力の量が少ないのにウィンドアローを連発すると魔法での戦いは僕が有利になるだろう。
それが分かっているのかアールスは僕を追いかけている。魔法戦をするよりも接近戦を選んだんだろう。
複数の魔法陣を展開させ同時にファイアアロー十本にウィンドアローを二本混ぜた物を発動させる。
合計十二本の矢はアールスに向かう。
アールスは『アースウォール』の魔法陣を展開し十本のファイアアローを全て防いだ。だが、ウィンドアローは僕自らが操っている為、壁を周りこんでアールスに直撃させる。
アールスから小さな悲鳴が上がる。
僕はそのまま次の魔法陣を展開する。
第六階位魔法の『アーススフィア』。
これは相手を球状の土の檻に閉じ込め圧殺する魔法だ。今回は閉じ込めるだけに留めるが。
アールスが作った壁ごとアールスの周囲の土を操り土の球を作る。
アールスはいち早く周囲の異変に気付いたようで壁の陰から飛び出してくる。
アーススフィアの欠点は発動が遅いという事だ。やはり普通に使う場合は相手が動けない状況に持っていく必要がありそうだ。今回の場合は、問題ないが。
アールスが離れた所で空中に土の球が出来上がる。しかし、まだ僕との魔力の繋がりは切れていない。
ちょっと引っ張れば空中に浮いた土の球は動き出す。
「アールス。逃がさないよ」
土の球をアールスに向けて投げつける。と、同時に玉の後を追いかける。
アールスはさすがに予想していなかったのか慌ててもう一度アースウォールを使い土の球を防いだ。
中はがらんどうな為土の球はたやすく壊れる。
その瞬間僕は予め展開しておいた魔法陣を発動させる。
「『アースアロー』」
本来は土属性のアロー系の魔法は階位の魔法の中にはない為魔法自体はないわけでないけれど学校で習う事はない。
その理由は同じくらいの魔力の量で威力の上回るストーンレインと言う石を操る魔法で十分だからだ。
なので自分で他のアロー系の魔法陣を参考にして作り上げたこのアースアローは一応僕オリジナルの魔法という事になる。
アースアローは土を操り相手にぶつけるだけの魔法だ。何故態々そんな魔法を作ったのか?
その答えは、アースアローの魔法陣に追加させた物があるからだ。
土の球の破片が急に土の矢に変わり、壁を避けてアールスに襲い掛かる。
まずはアールスの機動力を削がせてもらう。
「ええ!?」
アールスの驚きの声が聞こえてくる。
それはそうだろう。アースアローとは言ったが、実際には水分を大量に含んだ泥なんだから。
「『フレアウィンド』!」
初めて見る魔法陣の展開と共にアールスが叫ぶ。アールスのオリジナル魔法か。
土の壁の向こうから熱風が押し寄せてくる。火傷しそうな温度だ。
泥を乾かすつもりか?
僕は急いで盾を構えて土の壁の向こう側を確認する。
アールスの姿を確認した次の瞬間。僕の盾に衝撃が来る。
「はぁ……はぁ……」
アールスの顔に火力を間違えたのか軽い火傷の跡がある。エリアヒールを使っているのか徐々に治ってはいるけれど……。
僕は痛む心を押し殺し、アールスの次の攻撃を木剣で防ぐ。
アールスは回復と攻撃を同時にこなしながら魔法陣を展開する。
なんて器用なんだ。魔法陣を多重展開させるのは僕にもできるけど、回復攻撃魔法陣と全く違う事を三つも同時に行うのは僕にはまだ無理だ。
エリアヒールなどの回復魔法と普通の魔法は同じ魔法でも使い方が違う。
ヒールは一つの患部に魔力を留めるだけで難易度は低いが、エリアヒールともなると複数の患部に魔力を集めないといけないから集中しないと無駄な魔力を使う事になる。
そして、魔法陣は記憶に刻まれているとはいえ無意識に作れるほど簡単な構造はしていないからこちらも集中する必要がある。
回復と魔法陣の構築だけならそんなに難しくないかもしれないが、アールスはそこに双剣での攻撃を加えているんだ。
確かに普段よりも勢いはないが、隙も無い。防ぐ事は出来ても反撃に移る事は難しい。
幸い防御に徹していれば僕も魔法陣は展開できるだろう。
アールスの次の魔法陣も見た事のない物だ。解読する時間はない。僕もまたオリジナルの魔法陣を展開する。
早さは、出遅れた所為で僕の方が少し遅い。
「『アイシクルソード』!」
アールスの魔力が僕の背後に剣のような形を作る。矢よりもさらに鋭利な形をしている。
「『ホワイトミスト』!」
僕が魔法を発動させると辺り一帯が白い霧に包まれた。
すぐ目の前にいるはずのアールスの顔さえ影でしか確認できないほど濃い霧。僕には感知手段がある為こんな濃い霧でも問題なく動ける。
背後の剣が実体化する前に僕は素早く横へ逃げる。
アールスの方も影だけなら確認できるから僕が逃げた事は分かるだろう。
氷の剣へと実体化した魔法は操作を諦めたのか地面に落ちる音がした。
そして代わりに強い風が吹いて霧を晴らしてしまう。
だけどその隙は逃さない。
アイシクルランスを二本アールスに向かって放つ。
アールスは二本の氷の槍を木剣で切り払うとアースウォールを使い僕の左右と背後の退路を断とうとする。
僕は前に出てアールスに接近戦を仕掛けつつも魔法陣を展開する。
「『アイスランド』」
アールスの足元の地面が凍り始める。
「!?」
この魔法は土を凍らせる魔法だ。一瞬の間が大切な戦いの中、一瞬でも足元を取られるのは致命的だ。特にアールスのように機動力のある相手は。
ただし、あまり遠くからやってもすぐに対処されてしまう為近くで使わないと意味がない。足ごと凍らせると相手の魔力を突き破る為に中級の攻撃魔法以上の大量の魔力が必要なので妥協した結果がこの効果だ。
そして、本来は先ほどのアースアローと合わせて使う事で相手の動きを鈍らせる事が目的の魔法だ。
僕が斬りかかるとアールスは片方の木剣で受け止める。
そろそろ僕の魔力は三分の一まで減っている。今のペースで魔法を使っていると僕の方が早く魔力を使い果たしてしまう。
突破口を見いだせないまま魔力を空っぽにするのはまずい。そう思い僕は接近戦に切り替えたんだ。
アールスの右手の攻撃を盾で防ぎながら自分の木剣で反撃をする。
僕は攻勢に出れてようやくアールスと互角に切り結ぶ事が出来る。いや、実を言うと本当に互角なのかも怪しい。
アールスは後半になるにつれギアが上がるように強さを増していく。
単純な自分の疲れによる差なのか、それともアールスが本当に体を慣らしているのか僕には判断がつかないが、後者の場合全力の状態では僕が実力で負けている事になる。
どちらにせよアールス相手に長期戦は不利だ。このまま勝負をつけないと。
何十合と打ち合い僕の木剣が大きく弾かれた所で僕は大きく後ろに下がり距離を取り予め展開しておいた魔法陣を発動させる。
「『サンドストーム』」
アールスの足元から砂を含んだ風が舞い上がる。
「風? 拘束……違う!」
アールスは魔法陣を使わずに風を操り僕の操っている風から身を守る。対処が早い。
その隙に僕は木剣に魔力を纏わせる。消費が多いがその分威力はお墨付きの魔法剣。それ故に手加減が必要なこの試合では使う事に躊躇いがあるが、アールスの木剣を斬る事が出来れば有利に進める事が出来る。
僕は間合いを詰め、アールスの木剣目掛けて剣を振るう。
狙い通りアールスの左手の木剣は斬れた。
「魔法剣!?」
アールスが驚きの声を上げ後ろに飛びずさる。
「ナギも出来たんだ」
間合いを開けたアールスの斬れた方の木剣に魔力が集中するのが分かる。そして、赤い炎が斬れた剣身の代わりとなる。
「火の魔法剣か」
火を操り高熱の刃を作るのが火の魔法剣の特徴だ。その威力は岩をバターを斬るよりも容易く斬る事が出来る。
元となる木剣はすでに手元まで燃えている。火の剣の欠点は纏わせた武器が消滅するという点と、持ち手にも高熱が伝わる為ヒールの使用を前提とした剣だという点だ。
もしもヒールの制御に失敗すれば炭となってしまう。
「アールス! この試合でそんなの使っちゃ駄目だ」
「安心して。ちょっとの間だけだから」
何でもないかのように言うアールス。回復しているとはいえ自分の手元を焼いてるんだぞ? 回復魔法でも今負っている火傷の痛みまでは消せない。なのになんで平然をしていられるんだ。
アールスは無造作に火の剣を振るった。
火の剣はまるで鞭のように伸び僕を狙ってきた。
「伸びるの!?」
驚きのあまり思わず叫んでしまった。
盾で炎の鞭を防ぐ。すると、木で出来た盾は一瞬にして燃え上がった。
「くっ!」
僕は急いで盾を手放す。枯れ木のように乾いた木ではないのに一瞬で燃え上がらせるなんてどれくらい温度を上げているんだ。
そして、アールスがいた方向に視線を戻すと、アールスがすぐ傍まで来ていた。
僕は急いで木剣を両手持ちに変えてアールスの一撃を防ぐ。
「ナギ、もっと全力出してよ!」
「全力だよ!」
「嘘! ナギはもっと凄いはずだよ!」
「買いかぶり過ぎ!」
本当は分かってる。僕はまだ全力ではない事くらい。でも、僕は怖い。さんざん模擬戦でアールスを叩いていたのに全力を出してアールスを傷つける事を未だに恐れている。
「剣筋が乱れてる! 全然ナギらしくない!」
「僕は……」
傷つける位ならアールスに負けてもいいと思ってしまっている。
でもそんな事をしたらアールスは僕を許してくれないだろう。
「僕は……」
踏ん張らないといけない。
負けたくなる気持ちに負けては駄目だ。
僕は……。
「僕は男なんだ!」
アールスに顔向けできなくなる事をするわけにはいかない。
弱い心をアールスに見せ続ける訳にはいかない。
僕はアールスよりも長く生きているんだ。情けない姿で前に立つわけにはいかない。
僕は、男で、大人なんだから!
猛攻をかけていたアールスの攻撃を木剣で弾きすぐさま魔法陣をアールスを囲むように多重展開する。
出すのは数十本のファイアアロー。現状威力調整をしやすいのがファイアアローだから選んだに過ぎない。
「アールス、髪が燃えたら御免」
「……バカ」
アールスが小さく笑う。