魔法談義
着いた場所は高級住宅街にあるお屋敷の門前だった。
御者が門番に話すと僕の方を一瞥しユウナ様に確認を取る。
「構いません。護衛はきちんとついています」
そう言うと門番は素直に引き下がり門を開ける。
門が開けば馬車が再び動き出し、外にいる護衛の人達も後に続く。
僕の後ろにいる人も含めて総勢六人の護衛が確認できる。
「護衛の人ってやっぱりユウナ様が個人的に雇っているの?」
「わたくしではなくくに……お父様が雇っているんですの」
「やっぱそうなんだ」
アールスやガーベラには護衛の陰なんてなかったものな。
広い庭を通り過ぎ屋敷の前にある噴水を周り、扉の前に横づけで止まった。
御者さんが先に降りて戸を開ける。僕が降りようとすると手を差し伸べてきてくれたのでありがたく受け取る。
僕の後にユウナ様が降りてくる。そして、後方にいた五人の内二人の護衛が音もなくユウナ様の両脇に立ち、ユウナ様は扉の方へ歩いていく。
「……荷台の護衛の人は降りないの?」
「ナギ。荷台にそんな人はいませんのよ?」
「あっはい」
何事も建前ってあるよね。
追及する事はせずに素直にユウナ様の後を追おう。
屋敷の中は絢爛豪華という事はなく高級住宅街にあるお屋敷という事を考えると物が少なく僕には少々質素に思えた。
意味の分からない鎧の置物や高そうな壺などは見当たらない。まぁ廊下にはお約束のように絵画が飾られてはいるんだけれど。
掃除は良く行き届いているようで床に敷いてある絨毯ですら輝いて見える。お陰で土足で踏む事に罪悪感を覚え胸が苦しくなる。
天井には当然シャンデリアなんてものは無くユウナ様が生み出したライトが屋敷の中を照らしている。
「使用人とかはいないんですか?」
「ここに住んでいるのは保護者と私と、あと一人と護衛の方達だけですわ」
あと一人と言うのはガーベラの事だろう。こんないいお屋敷に住んでいたのか。
「え、それだけしか住んでいないのにこんなにきれいなの?」
「保護者の方が一人で掃除していますの」
「一人で!?」
「ナギ、淑女たるものみだりに大声をあげてはいけませんわよ」
「あっはい」
淑女ではないけどここで反論をしても仕方がない。素直に頷いておこう。
しかし、一人でとなるとますます絨毯を汚すのが申し訳なく感じ、ついつま先立ちで歩いてしまう。
護衛の片方が僕の方を見て眉を顰めて首を傾げた。奇行の所為で疑われてる?
仕方ない。心を強く持って普通に歩こう。
もう片方の護衛が一つの扉の前に立ちゆっくりと慎重に扉を開けてから中の様子を確認し中へ入っていく。
安全を確認してからユウナ様も部屋の中へ入っていくので僕もそれに続く。
部屋の中は
ユウナ様が先にソファーに座り、僕は促されて対面のソファーに座る。
「それでは、早速教えてもらいましょうか」
「分かりました」
「素直ですのね」
「あんまり駆け引きとか得意じゃないんだよ」
と言うか王族相手にそんな事できるほど肝は座っていない。荷台の護衛を見逃せなかった以上はこうなる事は仕方ない。さすがに処分されるなんて事はないと思うが。
「僕が分かったのは魔力感知を使ったからだよ」
「魔力感知は自分の魔力を感じ取る為の技術のはずですわ」
「そこから少し応用したんだよ。魔力を繋げたら相手の魔力も感じ取れるようになるのは知ってるよね?」
「……なるほど、相手にも気づかれないほどの魔力の糸を張り巡らせているのですわね」
「さらに言うと、繋げる必要はないんだ。相手の魔力や身体を貫ければ魔力から感じる抵抗で大体の魔力の量と姿形が感じ取れるし、貫けなかったとしても魔力があればそこに何かがいるって分かるからね」
「……今回の場合はどちらで分かりましたの?」
「前者だよ。後者だったら分からなかった」
「どうしてですの?」
「ユウナ様の魔力は量が多くて貫けない。そうなると傍にいられると区別がつかないんだ」
それが僕の『蜘蛛の糸』と『拡散』の限界だ。
ナス位の魔力の量なら何もされていなければ感知は可能だ。
しかし、ヒビキ位になると無理だ。つまりユウナ様はヒビキ並みの魔力を保有している事がわかる。そこまでの魔力をもっている人間は初めて見た。詳細は分からないけれど固有能力が関係しているんだろう。
「もう少し離れていれば区別はつくけどね」
「貫けるかどうかはあなたの魔力の量と関係しているんですの?」
「ないよ。問題になるのは相手の魔力の絶対量なんだ。具体的な数字は分からないけど、数字に直して三千前後なら貫けるけど、六千半ば位だと無理だね。例えるなら木と鉄ぐらい質量が違うんだ。
もちろん相手の魔力の量が減っていれば貫けるようにはなるけどね」
これについてはアースに試してもらって確認済みだ。ヒビキにアースが魔力の糸を通そうとすると、魔力がソリッドウォールのように質量を持ってしてしまう。それでははっきり言って意味がない。
攻撃として見てもアースが本気で魔力を込めないと質量を持った魔力の糸は皮膚を貫けないので効率が悪い。それだったら普通に土を操って攻撃した方が効率的だ。
「その数字は……ああ、そう言えば魔獣使いでしたわね」
「うん。かわいい子ばかりだよ。一度会ってみる?」
「結構ですわ。わたくし、獣は苦手ですので」
「そう。残念だな」
「わたくしも残念ですわ。魔眼持ちかと思いましたのに。まぁ魔力の面白い使い方を教えてもらっただけでもよしとしましょう」
「魔眼持ちを探しているの?」
「魔力を自分の目で見通せるなんて便利じゃありませんか。ぜひわたくしの研究を手伝ってほしいですわ」
「魔力操作と魔力感知を極めたら固有能力として発現するんだよね。両方とも自信があるんだけど、何が足りないのやら」
「文献によるとある日突然見えるようになったという記述ばかりで具体的にどうしたら見えるようになるのかは分からないんですのよ。何か分かったら教えてくださる?」
「うん。いいよ」
王族とのコネゲットだ。
「それで、この魔力の糸に名前はありますの?」
「僕は『蜘蛛の巣』って呼んでる」
虫関係は殆ど前世の世界の物と姿形がほとんど変わらないのでこちらでも十分伝わる。きっと地球とほとんど環境が変わらないから、効率化された虫はあまり形が変わらないんだろう。
逆に動物の方は虫以上に生存競争による盛者必衰が激しく生き残った動物によって進化先が変わるので、前世の世界にはいなかった動物も数多くいるんだろう。
「くも……ああ、虫の事ですわね」
「見た事ない?」
「蜘蛛とやらは見た事がありませんけれど、巣の方なら文献を挿絵で見た事がありますわ。魔蟲になった蜘蛛の糸は上質な絹に匹敵する生地になるとか」
「蜘蛛絹の事だね。絹よりもちょっと固いみたいだからあんまりドレスには合わなさそうだけど」
「男性物の服ならきっと合いますわよ。それにしても『蜘蛛の糸』ですか。どのように張り巡らせるのか想像しやすいですわね」
「それだけ機能的なんだよ。蜘蛛の巣は」
「……なるほど。これは確かに便利ですわね」
早速『蜘蛛の巣』を試しているのか。
「維持するのに少々魔力を消費しますのね。でも、問題にはならない程度……。ふふ、貴女の事を丸裸にできますのね」
「やめてください」
なんだか見られてると思うともぞもぞしてくる。
「中々楽しいですわね、これ」
「さて……そろそろこれ見て貰えるかな」
ずっと胸に抱えていた紙の束を半分に分け、片方だけ目の前の机の上に出す。
「本当に見てよろしいんですわね」
「そっちの方は危険度が低いし、一度僕の魔法陣の出来について魔法に詳しい他者からも意見を聞きたいんだ。アールスにも試合が終わった後になら教えてもいい。というか有益だと思ったらどんどん人に教えていいよ。もちろん悪用しないこと前提だけれど」
「貴女お人好しとよく言われません事?」
「そういう風に言われた事はないかな」
「普通こういう知識は秘匿する物ですわよ?」
「本当に見せるのは簡単な物だけだから。実際の魔法を見ただけでどんな魔法陣なのかなんてすぐに分かると思うよ」
「それでも、貴女は冒険者でしょう。手の内を見せびらかすような事はなさらない方がいいと思いますわ」
「それを言われると弱いな。でも意見が欲しいっていうのは本心なんだ。魔法に詳しい人って僕以外だとアールスしかいないんだ。
でもまさか試合相手のアールスに聞く訳にもいかないし」
「中級以上の冒険者にお知り合いは?」
「ここは首都だよ? 居たとしても皆長居はしないよ」
「それもそうですわね」
中級以上の現役の冒険者は普通仕事のほとんどない国の中心部に長期で滞在する人は中々いない。いるとしたら引退した冒険者か質の高い講習を受けに来ている冒険者だが、生憎と今どちらの方にも面識のある人はいない。
あと心当たりがあるとしたらグランエルの先生とお母さん位だが、さすがに間に合わない。
「分かりましたわ。そこまで言うのなら。しかし、わたくしはまだ学究の徒とも呼べない卵。それでもよろしいのでしたら読ませていただきましょう」
「お願いします」
「……それで、手元に残した方は危険な魔法ですの?」
「攻撃魔法だからね。こっちはあんまり広めたくはないかな。アールスにも手加減が出来なかったら使う気はないよ」
「そうですの」
ユウナ様は机の上に置かれた紙束を手に取り視線を上下に忙しなく動かし僕の描いた魔法陣を読み解き始める。
「広範囲に小さな水を大量に発生させる……霧の魔法ですか」
「うん。目くらましにはなるかなって」
「しかし、これだけでは魔法で風を操るだけで霧散してしまいますわね。あまり足止めにはならないのでは」
「一瞬でも時間を稼げればいいんだよ。自分の周りに出して次の行動を読めなくさせるだけでもいいし」
「なるほど……それでしたら確かに『蜘蛛の糸』が使える貴女の方に分がありそうですわね。
魔法陣に不備は私が見る限りではありませんわね。ただ付け加える所があるならもう一文字制御の為の文字を追加した方が魔力効率はよろしくなるかと」
「え? 本当に」
「ええ、ほらここの所に」
ユウナ様は魔法陣の描かれた紙を机の上に置き、人差し指で追加する場所と文字を教えてくれた。
「なるほど。確かに良さそうだ。試してみるよ」
「お次は……風と土の複合属性の魔法陣ですわね。なるほど、砂塵を起こさせるのですか」
「どうかな?」
「属性の複合とは面白い事を考えますわね」
「珍しいの?」
「いいえ、長く研究されていますわ。ただきちんと勉強した人ではないと他の魔法陣からはあまり応用が利かないので一から作る事が多く難易度が跳ね上がるのですわ」
「ウィンドスフィアの魔法陣から応用させただけなんだけど」
「そうみたいですわね。上手くウィンドスフィアの特性を生かした複合魔法ですわ。
風の刃を無くし、風力も弱め、範囲も狭くする為に三次元魔法陣から二次元魔法陣に変更させていますのね。そこに砂を舞い上げる魔法陣を追加させたのですのね。
階位としては第三階位程度の魔法かしら?
階位を下げるという発想が面白いですわ。ただ、少し美しくないですわね」
「やっぱり違和感感じる?」
「ええ……どこが、と聞かれると困りますが、洗礼された魔法陣に比べ野暮ったいというか」
「調和がとれていないと感じるんだよね」
「ですわね。試合までに直らなかったら先生に見せてもよろしくて?」
「うん。いいよ。僕も気になるし」
「この魔法は目潰しに?」
「その通り。風力を上げれば砂で肌を傷つける事も出来ると思うんだ。アールスとの試合では上げないけど」
「なるほど。補助攻撃魔法と言った所ですわね。これは保留という事にしておきましょう。実際に使えば何か分かるかもしれませんから」
「分かった」
「さて、お次は……」
ユウナ様は次々と僕の魔法陣を評価し、不備のある個所を指摘し、現状で出来がいいと思われるものは褒めてくれもした。
ユウナ様の助言を受けて後は実験をするだけだ。
「ふぅ……中々楽しい物を見させてもらいましたわ」
「こっちこそいろいろと助言ありがとう。早速この後試してみるよ」
「今からだと街の外に出るのは遅くなるのではなくて?」
「走れば大丈夫だよ」
高級住宅街は街の中心部に近い所にある。さすがに寄り道をする余裕はないから魔獣達は置いていく事になるだろう。
「ならうちの馬車を使いなさい」
そう言って護衛の片方に僕を送るよう命令を出した。
「ええっ、悪いよ」
「楽しませていただいたお礼ですわ。受け取ってくださいませ」
「うーん……そういう事なら」
走った方が早い、なんて言い出せないな。