贈り物は何ですか?
長期休暇に入って二週間。僕は毎日カイル君の訓練の相手をした。前よりも動きはよくなったけれどまだまだ僕には及ばない。
そんなある日の事、僕はとある事情でフェアチャイルドさんと一緒に西の通りを二人で歩いていて、その途中でカイル君とラット君に偶然出会った。
「あれ? ナギじゃん? 学校に用でもあるの?」
「カイル君。ううん。今日はこの辺のお店を見て回ろうって思って」
「店?」
「うん。ほら、もうすぐアールスの誕生日だからプレゼント選ぼうと思ってね」
「ふぅん。それなら俺が案内してやるよ。ラットもいいよな?」
「う、うん……」
「え? できるの?」
「当たり前だろ。俺達はこの街で生まれ育ったからな」
僕の脳内で子供がお使いする時の音楽が流れ始めた。
六歳児、いやカイル君はもう七歳か。七歳児が街に精通しているとは思いにくいけど……僕の世界の子供より賢そうだし大丈夫かな?
「フェアチャイルドさんはそれでいい?」
「はい……」
「じゃあ頼むよ」
最初に向かったのは呉服屋だ。服ではなくリボンなどの小物を見るつもりだ。服も買えなくはないけど、どうせなら長く使える物か消え物の方がいいだろう。その点服だとすぐに大きくなって着れなくなる可能性があるし、着れなくなった後の処分が問題だ。貰い物は気分的に処分しにくいだろう。
去年までは仕方なく綺麗な小石や花をプレゼントしていたけど、今年はお金も物もある。後心配なのは僕のセンスで大丈夫かどうかだ。
ここは素直に女の子に聞こう。
呉服屋に入り小物が置いてある棚の前まで行きフェアチャイルドさんに聞いてみる。
「フェアチャイルドさんだったらアールスは何が喜ぶと思うかな?」
「ん……髪飾りとか」
「髪飾りか」
細かい細工の入った物はさすがに高額で僕達にはとても手が出せない。逆に僕達でも手の出せる安い物は玩具っぽい物ばかりだ。
アールスはまだ子供何だし玩具っぽくてもいいかもしれないけど……。
「うーん……」
「なぁなぁ、このリボンとかどうかな?」
ラット君が白いレースのついた緑色のリボンを持ってきた。
「うーん。これだとアールスの髪と同じ色で目立たないんじゃないかな?」
「でも、白いレースがいい感じかも……」
「駄目?」
「そもそもアールスって髪短いからリボンは着けにくいんじゃない?」
「最近は伸ばしてるみたいですから……伸びたら着けるかもしれません……」
「そっか。じゃあ伸びた後の事も考えないと駄目だね」
結局この後いろいろ見たがあれでもないこれでもないと言って呉服屋では決まらなかった。
次にどこに行こうかという話でカイル君はお勧めの店を紹介するといった。
僕達はカイル君の勧めに従い通りの北側にある細い路地へと入って行った。
薄暗い路地はどこか不気味な物を感じさせる……わけもなく呑気に猫が脇で寛いでいた。
「あっ、猫だ」
カイル君が急に駆け出し猫の傍で屈んだ。
「猫?」
ラット君は恐る恐ると言った感じで猫に近づいていく。
「……フェアチャイルドさんは行かないの?」
「あれは……なんですか?」
「猫見た事ないの?」
と考えてみれば僕も今世では今まで見た事がなかった。犬ならリュート村にも番犬としていたんだけど。
「かわいいよ」
そう言って僕はフェアチャイルドさんの手を引き猫の傍へ連れていく。
カイル君達は触ろうとしないで見ているだけだが、猫はちらちらと僕らを見て迷惑そうにしている。これは下手に手を出そうものならすぐさま逃げ出しそうだ。
「これが猫だよ」
「かわいい……」
「猫、おい猫。お手だお手」
カイル君が手を猫の顔の前に近づける。猫は手の臭いを嗅いでいるのか鼻をひくひくと動かしている。
やがて飽きたのかぷいっと顔を背けた。
「あ……」
「猫はお手しないよ」
ラット君は苦笑しながら猫の首の後ろを撫でている。やるなラット君。猫も気持ちよさそうにしてる。
「ちぇー」
「フェアチャイルドさんも触ってみたら?」
「私は……いいです」
怖いのかな? フェアチャイルドさんの僕の手を握る手の力が少し強くなってる。
「大丈夫だよ。怖くないよ」
「……」
フェアチャイルドさんは動こうとしない。動物が苦手なのだろうか? でもそんな話一度も聞いた事がないけれど、まぁ無理して猫を好きになる必要はないだろう。
さて、流石にこのままカイル君とラット君を放っておいたら時間が無くなってしまう。
「二人とも、そろそろ猫はいいんじゃないかな?」
「!? そ、そうだな。早く行かないとな」
「そうだね……」
カイル君は猫と戯れていたのが恥ずかしかったのか挙動不審になっている。それに対しラット君は名残惜しそうに猫に向かって手を振ってお別れをした。
二人の子供らしい所を見れてほっこりとできたから僕は満足している。
さて、カイル君のお勧めのお店は路地を暫く歩いた所にあった。
お店の名前は『ケーキ屋ルフラン』と書いてあった。
「ケーキ……?」
フェアチャイルドさんは不思議そうに首を傾げている。そうか、やっぱり知らなくて当たり前なんだな。ここは僕も知らないふりをしなくては。
「なんのお店なの?」
「食いもんだよ」
「ケーキかぁ。僕食べた事ないけど、甘くて美味しいって聞くよ」
「おう。俺のかーちゃんが前買ってきたんだ。すげー美味いんだ」
「ふぅん?」
僕はカイル君の言葉に興味を持ってお店の中に入ってみる。すると中から甘いにおいが漂ってきた。
「いらっしゃいませー」
店内は僕が想像していたような物とは違っていた。僕の知っているケーキ屋さんにはショーケースにケーキが並べられていたけれど、このお店ではショーケースなんてものはなかった。代わりにと言うのだろうか?メニューがでかでかとカウンターの奥の壁に掲げられている。
ケーキの種類は多くない。ショートケーキにロールケーキ、カステラの三つだ。値段は一個銀貨三枚だ。銀貨一枚で銅貨百枚の価値がある。そして銅貨一枚は恐らくだけど一枚で百円位の価値だから非常に高い。
っていうかカステラって、絶対転生者が作り出した食べ物だよね?名前の系統がケーキと全然違うもん。
「無理。高い」
「俺達全員がお金出せば足りるだろ?」
「皆今いくら持ってるの?」
「銅貨十枚……位だな」
「僕は銅貨大体五十枚」
「私は……銅貨八十枚」
「うん。足りないね。僕は銅貨四十七枚だ」
僕はこれでも結構依頼で稼いでるけど、本を買っているからあまり貯まっていない。
「えーと、いくら足りないんだ?」
「十の……大体銅貨百枚だね」
ラット君が指を折りながら答えてくれた。
「全然足りないじゃん!」
これ以上店内に居たらお店の人に迷惑だろう。僕達はそそくさとお店から出た。
「発想は悪くなかったよね。アールス、絶対にケーキなんて食べた事ないから喜ぶと思う」
「高いのが難点でした……」
「じゃあ次は僕がお店教えるよ」
「値段は重要だよ」
わかってると自信ありげにラット君は頷いた。
再び歩き出す僕達。今度は南の方に向かっているようだ。
そう言えば歩きっぱなしだけどフェアチャイルドさんは大丈夫だろうか? 心配になって様子をうかがうと息が荒くはなっているが顔色は悪くない。
この約十ヶ月ほぼ毎日学校に通っていたから体力がそれなりに付いたみたいだ。
このままのペースで大丈夫だろうか? 下手に足を遅くすると逆に疲れるかもしれない。とりあえずフェアチャイルドさん傍にいていつでもフォローできるようにしておこう。
ラット君は路地から通りに戻りそのまま今度は西の通りから分岐して南へ向かう通りへ歩いていく。
確か街の南西はこの都市の主要施設と裕福な人が暮らす高級住宅街があったはずだ。そんな所の商品なんて大丈夫なのだろうか?
通りを歩いていたラット君は目的のお店を見つけたのか急に駆け足になった。
僕も後を追いたい所だがフェアチャイルドさんが疲れている顔をしている。
幸い見失う程人の通りが多いわけじゃない。ラット君が駆けて行ったお店を確認すると、僕はゆっくりと歩いた。
「お花屋さんみたいだね」
「え? あ……はい。そうみたいですね……」
ラット君は店先に並んでいる花の前で僕達を待っているけど急ぎはしない。
「花って高くないのかな?」
「そもそも、売れるのでしょうか……? どこにでもありそうなのに……」
「ん? ああ、そうか……」
「?」
この世界……というか田舎かな? 田舎の方じゃ花なんてどこでも咲いているから態々お金を払って手に入れるなんて言う発想はないんだ。
「都市じゃ花を育てにくいんじゃないかな? グランエルに来てから道端に綺麗な花が咲いてるっていうのは見た事ないし」
「でもわざわざお金を払ってまで……」
「綺麗な花を家に飾りたいんじゃないかな」
僕としては前世の頃から理解しがたい事だ。そもそも切り花を贈られて嬉しいっていうのもわからない。どうせ枯れたら捨てる事になるんだし、家に飾るのは造花にすればいいのに。
まぁ摘んだ花をアールスにプレゼントしてた僕が言えた事じゃないか。この世界で造花があるかどうかもわからないし。
店につくと先に行ってたカイル君が文句を言ってきた。
「お前ら遅いぞ」
「二人が速すぎるんだよ。別に今日決めなきゃいけないわけじゃないんだからもうちょっとゆっくりしようよ。僕少し疲れちゃったよ」
「ったく情けねぇな。これだから女は」
ちょっとイラッと来るけど我慢我慢。僕は大人なんだ。
けど、フェアチャイルドさんは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまっている。遅れたのを自分の所為にしているのかもしれない。
「カイル君はちょっと口が悪いよね?」
そう言ってカイル君のぷにぷにの頬を抓みぐりぐりと円を描くように動かす。
「にゃ! にゃにふんふぁ!!」
「カイル君は素直で本当はいい子だと思うよ? けど口の悪さはどうにかした方がいいと思うんだ。ラット君もそう思うよね?」
ぐりぐりぐり
「う、うん」
「ほら、ラット君も頷いてるよ。カイル君もわかった?」
「わひゃっひゃ! わひゃっひゃはら!」
「……いいでしょう」
怒ってません。ええ、怒ってませんよ。けど、これは躾なのだ。躾。このままカイル君が口が悪いまま成長したら無用な争いを生んでしまう。これは愛の鞭なんだ。
「なんかナギってかーちゃんみてぇ」
「うん……」
「さて、ここってお花屋さんだよね?」
「そ、そうだよ」
花に付けられている値段を見てみると、一輪銅貨一枚から三枚で花束にすると銅貨十枚前後で、高い物でも銅貨三十枚だ。花に関して詳しくないから値段が高いのか安いのかはわからない。けど手が出せない値段じゃない。
「うーん。フェアチャイルドさんはどう思う? 貰ったらうれしい?」
「……微妙な所です。花は綺麗ですから、貰った時は嬉しいかもしれませんけど……もしも値段を知ったら……」
「だよねぇ」
村にいた時ならタダなのに。たぶんフェアチャイルドさんもそう思っているのだろう。
「花なんてどれも一緒じゃねぇの?」
「いや、僕達が気にしてるのは値段だよ」
「いつもこのくらいの値段だよ? 魔法かかってるから長持ちするし」
「うちにもかーちゃんが去年買った花がまだ飾ってあるぜ」
「へぇ、なんていう魔法なの?」
「たしか……ぷ……ぷりんあらもーど?」
カイル君実は転生者じゃないだろうな? 親がそうである可能性があるか?
「ぶりざべーしょんだよ」
ブリザベーションか。フィクションで時たま聞く保存用の魔法だよね。
「去年買った花がまだ枯れてないならこの値段でも悪くなさそうだなぁ」
「はい……摘みに行く手間が省けます……」
「とりあえず候補に入れておこうか。……今日はここまでかな。暗くなってきたし」
もう秋だからか日が暮れるのが早くなっている。ライトの光が街中を照らす前に帰らないと先生に怒られてしまう。僕達は寮前まで一緒に行き、そこで別れた。
長期休暇が終わり、アールスの誕生日当日。
結局僕は髪飾りを選んだ。これから伸びていくであろう髪を見越して髪をまとめる事の出来る、小さな犬の顔の形をした飾りがついた髪留めだ。
犬の理由はアールスが犬っぽいからだ。ワンダー、ワンだー。ワンだ! ……ごめんなさい。
いや、人懐こい所とか他にも似てる所はあるけどね。
そんな理由は言わずにアールスに渡したが予想以上に喜んでくれた。
フェアチャイルドさんはクッキーを渡していた。これもいろんな店を見て回って見つけた一品だ。色鮮やかな円形の箱に入っていてアールスが綺麗だと喜んだ。
カイル君は見つけたカブトムシのような昆虫の木彫りの置物を渡していた。アールスはありがとうと言っていたが、正直僕が欲しかった。僕の誕生日は十二月だけどくれるだろうか。
そして、ラット君は花束を顔を赤くしながらアールスに渡していた。アールスもこれには驚いたようだ。花なんて学校の花壇位でしか見ないのにどこからこんなに?と。事情を説明するとアールスはさらに驚いていた。
取り敢えず喜んでもらえたのではないだろうか?