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男らしさはどこへ

 時間を確かめるとそろそろアールスが帰ってくる時間に近づいている。歩いて帰ればちょうどいい時間になるだろう。


「そろそろ帰ろうか。もうアールスが帰ってくる時間だよ」

「もうそんな時間ですか。そうしましょう」


 僕は先に立ち上がり長椅子に座っているフェアチャイルドさんに手を差し伸べる。

 そして、彼女は僕の手を取り立ち上がる。

 立ち上がっても手は離れない。

 不思議に思うと、彼女は手を握り直し僕に並んだ。手を繋いで帰りたいという事か。

 手を繋いだまま商店街を通り抜け組合へ続く通りに入ると一台の馬車が僕達の少し前で止まった。


「そこのバロナを着た貴女」


 辺りを見回してみるが僕以外にはいない。という事は僕に声をかけてきたという事か。

 声は止まった馬車の荷台から聞こえてきた。そちらの方を向いてみると、そこには僕の物よりもさらに暗い漆黒のドレスを身に纏った美しい女の子がいた。

 本物の銀糸ような銀色の髪だ。

 赤く染まり始めた空の日の光に照らされ輝いている。こんな美しい髪は見た事がない。きっと生涯この髪を忘れる事などできないだろう。

 昔にグランエルで見た劇のイーダ役の人でもここまでではなかったと思う。

 まるで物語から出てきたお姫様のようだ。


「む」


 繋いでいた手が強く握られた事によって僕は現実に引き戻された。

 危ない危ない。また女の子らしからぬ表情をする所だった。


「美しいバロナですわね。ですが、貴女には少々大きいようですわね」

「あ……さ、さっき買ったばかりで合わせていないんです」

「そう。合わせるならきちんと腕のいい職人に頼みなさい。折角美しいバロナを台無しにするのはもったいないですわ」

「は、はい」

「それと、歩き方も気をつけなさい。まるで男のようですわよ」


 強めの口調で女の子が注意してくる。なんで怒られてるんだろう?


「……気を付けます」


 顔を見ると僕達と同じくらいの女の子だ。

 美しい同世代の子……もしかしてアールス達と一緒に学んでいる最後の一人だろうか?

 もしも当たっているとすると……。


「バロナは誇り高き英雄が身に纏っていた服。その事を深く心に刻みつけ、相応しい立ち振る舞いを身に付けなさい」


 それだけ言うと女の子は御者に命令をして馬車が動き出す。

 馬車を見送ると、まだフェアチャイルドさんの手が僕の手を強く握っている事に気が付いた。

 フェアチャイルドさんの方を向いてみると、彼女は険しい表情で馬車の後ろ姿を睨みつけながら歯ぎしりをしている。

 そして、歯ぎしりがやむと


「なんなんですかあの人は。全く失礼じゃないですか! いきなりナギさんに向かって偉そうに!」

「お、落ち着いてフェアチャイルドさん」

「ナギさんは悔しくないんですか!?」

「まぁいきなり怒られたのは思う所はあるけど、それも僕のにじみ出る男らしさが原因だからさ。仕方ないよ」


 歩き方一つでも分かる人には分かってしまうものなんだな。


「それは……」


 フェアチャイルドさんもそこに異存はないのか口ごもり少し顔の険が収まった。


「それにきっとバロナに強い思い入れがあるんだよ。だからつい口を出しちゃったんだよ。ここは注意を素直に受け取ろう?」

「……ナギさんがそう言うのでしたら」


 言われた張本人である僕が怒っていない事が伝われば彼女もいつまでも怒っている訳にはいかないだろう。


「行こう。アールスが待ってるかもよ」


 そう言って僕は繋いだままの彼女の手を引いてまた歩き出す。




 魔獣達の所に着いてもフェアチャイルドさんの顔は晴れなかったけれど、アールスがやってくると一転して晴れやかな笑顔を見せてくれた。


「二人ともきれー! その服どうしたの?」

「フェアチャイルドさんが僕の服を衝動買いしたんだよ。それで、僕もお返しに似合いそうな服を選んだんだ」

「似合うと思ったんです」


 フェアチャイルドさんは口の先を尖らせてはいるが楽しそうだ。


「うん! すごく似合ってると思う! でもいいの? 女の子らしい格好して」

「あ……」

「うん。大丈夫だよ。もう慣れたからさ」


 服に関しては胸当ての事もあるし、今日着せ替え人形になった事で大分拒否感は薄れた。男の人から熱い視線を向けられるのは慣れてないけど。


「ごめんなさいナギさん……私ナギさんの気持ちも考えずに」

「着る事を決めたのは僕なんだから、そんな悲しそうな顔しないで」

「でも……」

「僕は女の子らしい服を着る事なんかよりも、君のそんな顔を見る方が辛いよ。だからさ、笑ってほしいな。お願い」

「く、くふ……ナギさん……」

「私余計な事言っちゃったかな……」

「そんな事ないよ。アールスは僕の事気にかけてくれたんだよね。すごく嬉しいよ。ありがとうアールス」

「ん……なんだかその格好でそういう事言われると変な感じする」

「変? 如何な風に?」

「よく分からないけど違和感っていうか……」

「こういう格好した事ないからかな? それとも、んふふ。男らしさが滲み出てる所為かな」

「それはない」

「ないです」

「え」

「ナギ、この際だからはっきりと言うけどね? ナギって結構女の子らしいよ?」

「……ええ?」


 今、なんて?


「そこらの男の子と違って言葉遣いは穏やかで優しいし、仕草だって丁寧だから一見するとナギはどう見てもきれいな女の子だからね?」

「なん……だと」

「そりゃ時々、本当に時々は男の子らしい所が出るけど」

「い、いえ時々と言うほどではありません。ナギさんの気遣いは大人の人のように余裕に満ちたものです」

「あっ、それは分かるかも。私時々お父さん思い出すな」

「そ、そう? んふふ、やっぱり僕だって男じゃないか」

「でもね? ナギ。問題はそこじゃないんだよ?」

「え」

「問題なのは、ナギが自分の魅力を分かってないって事なの」

「み、魅力?」

「そうだよ。ナギはきれいだし、さっきも言った通りすっごく女の子らしいの。だからね、男の子はほっとかないと思うの」

「……」


 アールスの言葉に僕は心当たりがある。確かに僕は同級生から告白された時はあるし、治療する時男の人からは良く褒められた。

 今日だって食事の際ちらちらと男の人から熱い視線を送られていた。まだ僕十二歳なのに。

 あっ、なんだか鳥肌が立ってきた。


「うん……気を付けます」


 今までも気を付けてはいたつもりだったけれど、自分で言うのもなんだか僕は美少女に含まれるだろう事を今日認識した。

 これからはより深く注意しなければならないだろう。


「分かればいいんだよ。ところでカナデさんはまだ来てないの?」

「ああ、うん。今日は仕事で遅くなるって言ってたよ」

「そっかぁ。カナデさんからもナギを注意して欲しかったんだけどなぁ」


 アールスはそう言って僕の横を通り過ぎようとする。


「レナスちゃんの事、ありがとね、ナギ」


 すれ違いざまに小さくささやいてきた。そして、そのままアールスはナスの元へ行き、ナスをもふりだした。




 勉強会が終わって宿に戻るとカナデさんが部屋の中で寛いでいた。

 そして、帰ってきたばかりの僕達を見るとカナデさんは歓喜の声を上げた。


「二人とも素敵ですぅ! よく似合ってますよ~」

「あはは……ありがとうございます」

「いいですね~。私もそういう服が欲しくなってきましたよぉ」

「じゃあ次呉服屋に行く用事があったら僕とフェアチャイルドさんで見繕いましょうか? 僕達の服はお互いに見繕ったんですよ」

「はわ~。いいですねぇ。約束ですよぉ?」


 カナデさんは余程うれしかったのか僕の両手を手に取り上下に振った。

 勢いがある為少し痛い。


「あの、そろそろ着替えるので」

「もうですかぁ? 残念ですねぇ」

「見ての通り少し大きいですからね。少し動きにくいんですよ」

「確かにそうみたいですねぇ」

「明日合わせてもらいに行くつもりです」


 背中の紐を解き服を完全に脱ぐ前にブリザベーションをかけておく。こうすれば乱暴にしまっても皺にならないのだ。もっとも、虫食い対策もしておかなければいけないのだけれど。

 それに、保温保湿が出来なくなるので着る時はちゃんと解除しておかないといけない。じゃないと寒い季節ブリザベーションをかけたままだと風邪を引いてしまう。

 服を朝着ていた物に着替えバロナは独特の香りのする防虫加工してある衣類用の袋の中にきちんと畳んでからいれる。


「フェアチャイルドさんは着替えないの?」

「私は大丈夫です。大きさは大体合っているので。ただ少し胸の所がきついです」


 などとキメ顔で言っているが、もちろんパッドを詰めている所為だという事は誰も指摘しない。


「そっか。ごめんね。もう少し大きいのにすればよかったかな」

「そ、そんな事ないです!」


 慌てた様子で頭を横に振る。


「そうかな」

「そうなんです! あ、明日にはちょうど良くなっていると思います。今日はただちょっと着慣れてないからきつく感じているだけなんです」

「そっか。今日買ったばかりだもんね」


 必死に弁解しているフェアチャイルドさんもかわいいな。

 かわいくてついつい彼女の頭を撫でてしまった。


「ん……」


 フェアチャイルドさんは恥ずかしそうに身を竦めるが僕の手を払おうとはしない。

 だからなんとなく止めどころが見つけられずカナデさんが食事に行こうと止めてくれるまで撫で続けてしまった。

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