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予感

 僕は今窮地に立たされている。

 仲間だと、友だと思っていた人物からの突然の裏切り。

 彼女の要求を呑む事は僕には耐えがたい屈辱を与える。。

 どこかに突破口はないか?


「ね、ねぇ本当にこの格好で外でないと駄目?」

「とても似合っています」


 僕は今呉服屋にあった一点物の女の子用の服を着ている。

 普通呉服屋で売られている殆どの服は中古の服なのだが、中には呉服屋が洋裁師等の服飾を作る人と契約して店に卸した物が一点物だ。

 一点物の服は大抵出来が良く高価で試着をする事はできない。。けれどやはり誰にも使われていないきれいな服と言うのは若い女性からは人気が高い。

 並んでいる一点物の数がその店の格を示すともまで言われていたりする。

 そんな一点物をフェアチャイルドさんは僕に合わせた後迷いなく購入し僕に着せた。

 サイズ合わせなんてしていないから全体的に少し大きい。

 袖は手を半分隠すほど長い。控えめに膨らんだスカートは元々そんなに丈は長くないけれど脛の辺りまで隠している。お腹と胸の辺りはぶかぶかだ。

 けど肌触りはよく絹のような質感だ。

 色は全体的に黒く、差し色として葡萄色のフリルが袖やスカートの裾、前身頃等あちこちに使われている。

 頭にも黒と白のレースのリボンをつけさせられている。

 この服は初代イグニティ国王であり、三英雄の一人、ヴァローナ=イグニティが独自に作り出し愛着していた事からバロナと呼ばれるようになったドレスだ。

 バロナについては本で概要を読んだ事はある。フリルやレースをふんだんに使ったドレスがバロナと呼ばれる服だ。

 実物は初めて見たからいままで分からなかったけれど、ぶっちゃけこれゴスロリじゃないか?

 あんまり詳しくないし翻訳されてないけど多分間違っていないはず。

 僕は今、そんなドレスを身に纏っている。

 フェアチャイルドさんも僕が一点物の白いドレスのような服を見繕って購入して今着ているんだけど、僕にバロナを着せた事の方が嬉しいようで僕の事ばかり褒めてくる。

 無邪気に喜んでいるフェアチャイルドさんに対して僕が言える事があるはずもない。

 ないんだけど……憂鬱な気分は晴れない。

 何が嫌って、お店で見せられた姿見で見た自分の姿が美少女で、服がよく似合っていてときめいてしまったという事だ。あまり自分の着飾った姿を見る機会がないとはいえ自分に……。


「……とりあえずご飯食べに行こうか」

「そうですね。近くの食事処に入りましょうか」


 時間は正午辺り。お腹もすいてきた事だし食事をして気を取り直そう。




 食事中汚れないように気を付けてたから全然気が収まらなかった。

 おまけに見られているような視線もあちこちから感じるし。胃が痛くなってきた……ヒールヒールっと。

 お店を出ると次は僕が行きたい所へ行く番だ。

 僕が行きたい場所は商店街の近くにある芝居小屋だ。

 芝居小屋は庶民でも気楽に見れるくらいの価格帯で劇を毎日やっている。

 僕は今日初めて芝居小屋の芝居を観に行くのだけど、値段に見合った芝居が見れるとの評判をガーベラから前もって聞いていた。

 もっとレベルの高い劇は劇場で行われるのだけど今期は残念ながらどこの劇団も公演を行っていないらしく観る事は出来ない。

 実際に芝居小屋のある広場に行くと、広場にはいくつものテントが立ち並んでいた。


「結構あるんだね」

「一つだけかと思っていました」


 フェアチャイルドさんの言葉に頷きつつ僕達は人の少ない広場を手をつないで歩き出す。

 テントの入り口の前には上演している芝居の題名とあらすじ、それに上演時間が書かれた看板が立てかけられている。

 さらにテントの壁には上演している演目のポスターが貼られている。

 一先ず今の時間を街のどこからでも見る事のできる時計塔で確認し、全ての芝居の時間と内容を確認する。


「フェアチャイルドさんは気になるのあった?」

「『名もなき少女の恋』と言うのが気になりました」

「じゃあそれにしようか」

「ナギさんは見たい物はなかったんですか?」

「う、うん。特に気になる物はなかったかな」


 僕が芝居を観に来たのは役者の髪を見る為であって内容は大して期待していないだなんて口が裂けても言えない。

 ……『名もなき少女の恋』と言うのは題名通り恋物語なんだろう。フェアチャイルドさんは昔はそういうものには興味は示してなかったはずだけど、もう恋に興味を持つ年頃なんだな。時間の流れとは本当に速い。

 公演しているテントの前まで行き時間を確認すると上演までそう時間はかからなさそうだ。

 早速チケットを買いテントの中へ入った。

 テントの中はライトの光が照らされていて、木製の折り畳み椅子が並んでいる。人は僕達以外にいない。まだ早いからだろう。

 舞台もまだ幕で閉じられている。

 適当な所に並んで座る僕達。

 ライチーはいつも通りフェアチャイルドさんの膝の上に座っているが、珍しくサラサとディアナも出てきた。


「二人も外で見るつもりなの?」

「お芝居って見た事ないのよ。ちゃんとしっかりと見たいわ」

「サラサの言う通り」


 ディアナが同意して頷く。

 ちなみに精霊はこういう見世物では入場料はかからない。見ようと思えば自由に出入りして見れるから開き直って精霊だけは無料しているようだ。

 その内時代が進み盗撮などの問題が出てきたら対策されるだろう。

 二人は身体をさらに小さくして僕の膝の上に座った。


「どうして、二人はそこなんですか?」


 なんでだろう。フェアチャイルドさんの声に感情が篭ってない。


「仕方ないじゃない。レナスはライチーが独占してるんだから」

「ライチーさん」

『やー。ちっちゃくなったらナギにもらったかざりおちちゃう』


 ライチーは花冠を両手で押えいやいやと身体を揺らした。


「いいじゃない。別に。重くないし、僕は気にしないからさ」

「……ナギさんがそう言うのなら」


 しばらく待つとぼちぼちと他にもお客が入ってきて、半分ほど椅子が埋まった頃に客席のライトが消え、舞台の幕が上がった。


 劇の内容は主人公である少女が一人の男性に恋した所から始まった。

 引っ込み思案で自分に自信のない少女は自分の想いを伝える事が出来ず恋心を誰にも相談できない事を嘆きつつ物語は進んでいく。

 場面は変わって男性視点。

 男性ははつらつとしていて誰からも好かれる好青年だった。

 そんな男性はある日道で転んだ主人公を助けるが名前を聞く事もなくそのまま別れ、自分の思い人の元へ向かう。

 男性も想いを秘めていたが主人公のように苦悩はしていなかった。

 たしかに中々タイミングが合わず告白が出来ないようだったが、必ず伝えるという決意があったんだ。

 場面は主人公の少女に戻る。

 劇中ではすでに数か月が経ったが、少女は相変わらずうじうじと悩んでいる。

 思い通りにならない自分の心に苛立ちがついに隠せない所まで高まり主人公は一人の友人に恋をした事がばれてしまう。

 恋した男性の情報は友人に話さなかったが、告白するようにと説得され迷いながらも頷いた。

 そして、次の日。主人公は男性の前に出て声をかけようとするが口から声が出てこない。

 上手く舌が動かない事に焦りを募らせる主人公。

 男性は訝しみながらも主人公の横を通り過ぎた。

 そして、主人公の後方にいた想い人に向かって男性は告白をした。

 男性の恋はその日成就した。

 それを見ていた主人公は崩れ落ち、失恋した事に涙を流した。

 そして、最後は名前すら伝えられなかったという少女の後悔の独白で舞台は終わる。

 幕が下りるとまだらな拍手の音が鳴る。

 登場人物は少なく、物語自体も短い。

 だけど演技は思っていた以上に上手く、最後の主人公は真に迫っていた演技だったと思う。

 ただ、物語が面白いかと言えば隣で泣いているフェアチャイルドさんには悪いけど唸ってしまう。

 あっ、主人公役の人の髪はとてもきれいだったから僕は劇自体にはとても満足しています。

 テントを出ると僕達は広場にある休憩用の長椅子に腰かけた。


「ナギさん。主人公はあの後変われたのでしょうか」

「変われたって、僕は思いたいかな」


 遠くを見たままフェアチャイルドさんは溜息を吐き続ける。


「もっと気持ちを素直に出せていたらもっと違う結末になっていたのでしょうか?」

「そうだね。もっと何かを男性に伝えられていたら、最後の後悔はもっと軽くなってたかもしれないね」

「やはり自分の気持ちはきちんと相手に伝えるべきですよね。名もない少女にならないように」

「そうだね」


 何も伝えられなかったから主人公は名もない少女になってしまった。せめて名前だけでも伝えられれば男性にとって主人公は何者かになれたんだ。


「ナギさん。私はやっぱりアールスさんとの試合は反対です。でも、アールスさんが必要だと思うのなら……目を瞑ります」

「いいの?」

「嫌です……すごく嫌です。でも、二人を困らせたくありません。意地になって反対をして、困らせて二人に嫌われたくありません……」

「……僕もフェアチャイルドさんに嫌われたくないよ」

「でもやめてはくれないんですよね」

「うん。逃げちゃ駄目な気がするんだ。今アールスから目を逸らしたら何かを取りこぼしそうな、そんな予感がするんだ」

「何かって、何ですか?」

「……多分アールスの心」

「心、ですか?」

「アールスは零れ落ちそうになる心の欠片を僕に受け止めて欲しいんだって思うんだ。

 出来るかは……分からないけど」

「出来なかったら、どうなるんですか?」

「分からないよ。でもこの予感は前にも感じていた感覚と同じなんだ」

「感じていた? それはいつ?」

「……君と出会ってからずっと感じていたよ」

「!?」


 フェアチャイルドさんは目を見開いて僕を見てくる。


「その感覚に従って僕はずっと力を磨いていたお陰でピュアルミナを授かる事が出来たんだ」

「ナギさんには予知の能力があるのですか?」

「そんな物ないよ。ただ、臆病なだけさ。好ましくない未来を想像して怯えているだけの小心者だよ。僕は」

「でも、そのお陰で私は助かったんですね」

「……だからさ、今回のも信じようと思うんだ」

「仕方ないですね。実績がある分私には何も言えません」

「……ありがとう」

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