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着せ替え人形

「アリス、あんたアールスと魔法ありで本気で戦う事になったんやてな」


 朝の模擬戦の後ガーベラが疲労が籠った声で聞いてきた。

 答える前に確認してみるとアールスは遠くでカナデさんを相手に組手を行っている。実力差ははっきりとしているからあくまでも訓練の一環だろう。


「うん。アールスがやりたいって」

「気ぃつけえや。アールスが十時間以上戦ったっていうあれ、魔法ありの教官との実戦形式の試合の事なんや」

「それ本当?」


 武器だけの試合と違って魔法ありだと武器の間合い外にいても気を休める事は出来ない。十時間の内どれだけ気を休める時間があっただろう。ものすごい集中力だ。


「ホンマや。うちともう一人はあっという間にやられたけどな、アールスは魔法と剣を駆使して教官に勝ったんや」

「となるとアールスに勝つのは難しそうだな」

「あんたでもか?」

「接近戦は今の所同等の所まで追いつかれてるし、魔法は僕実戦形式で使った事ってほとんどないんだよ」

「ふぅん? でも余裕そうやな」

「そう見える?」

「見える」

「そう見えてもいろいろ悩んでるんだよ? 手持ちの魔法でどう戦うかとか」

「第六階位までしか使えへんやったな? アールスは第七階位まで使えるで」

「おまけに魔法陣の勉強もしてるんだよね」

「うちは苦手やけど、他の二人はよく話し合って新しい魔法考えてるみたいやな」

「見た事もない魔法が出てくる可能性もあるんだよね」


 第七階位の魔法にオリジナルの魔法。果たして僕がどれだけ対処できるか。

 ただ、第七階位の魔法の全て範囲魔法だから僕に対してだけ使うと効率が悪いはず。使ってくる事はあまり考えなくてもいいかもしれない。

 オリジナルだって習いたてでどれだけの魔法を開発できるだろう。

 やはり注意すべきは第六階位までの魔法か。

 アールスがどれだけの魔法陣の展開速度があるかは分からないけど、『拡散』や『蜘蛛の糸』でどんな魔法が展開されるかわかる……と思う。

 何故断言しないのかと言うと、試した事がないからだ。

 『拡散』と『蜘蛛の巣』はステータスの特殊スキルに登録されているのだが、登録されたのは今年に入ってからで、前線基地を見に行った後の研修の旅の途中だった。突然頭の中に神託が下りてきて特殊スキルになりましたと言われたんだ。

 特殊スキルになるまで磨かれた技だが学校にいた頃ならまだしも、旅の途中では魔法陣を使う人は周りにいなかったため、魔法陣の察知が出来るかなんて考えもしなかった。。

 アールスとの試合を控えて考えた事によって思い付いたんだ。

 アールスの魔力(マナ)の総量は僕よりも少ない。それならば全力の『蜘蛛の糸』でアールスの身体の内部まで調べる事が出来る。……やらないけど。

 少なくとも相手が集めて形作っている魔法陣位は調べる事が出来るはずだ。


「一応策はあるんだけどね。それだけで勝てるかどうか」


 アールスが何の魔法を使ってくるか分かったとしても、対処できなければ話にならない。

 極端な話、アールスの魔法陣の展開速度が僕を上回ってたら厳しい物がある。


「アールスを相手に魔法を意識しながら剣にも対応する。かなり厳しいよ」

「あんたなら何とかできそうなもんやけどな。……おっと、怖い姉ちゃんが来たで」


 ガーベラが視線を移した先にはにこりともせず真顔のままのフェアチャイルドさんが歩いて来ているのが見えた。

 アールスとも試合の事を話してからあの調子だ。

 ガーベラは怖い姉ちゃんと言ったが、全く持ってその通りだ。真顔のまま淡々と僕と話す彼女は怖い。

 今までにない彼女の様子故に怒っているのか悲しんでいるのか、分からないという事はそれだけで恐ろしい事だ。どういう風に接すればいいのか分からない。

 フェアチャイルドさんは表情を変えないまま僕の傍に近寄ってきて汗を拭くための布を渡してくれる。


「ありがとう」


 微笑んで感謝の言葉を述べると僅かに頬が引きつる。


「いえ……」


 そして、まだ怒ってますよと言わんばかりに僕から顔を背ける。

 もうちょいな気はするんだが、どうすれば機嫌を直してくれるんだろう。アップルを使ったお菓子を沢山買ったけれど機嫌は直ってくれなかった。これ以上は何をしたらいいだろう。


「……フェアチャイルドさん。今日はお仕事休みにして街でも歩かない?」


 気分転換になるかもしれないと誘ってみると一瞬フェアチャイルドさんが僕の方を向きかけた。

 いけるか?


「私と、ナギさんとでですか?」

「カナデさんも誘うよ」

「……そうですか」

「どうかな?」

「行きます」

「良かった」


 これで少しは機嫌が直ってくれるといいんだけど。




 カナデさんは誘ったのだが、どうやら今日は依頼の先約があったらしく一緒に街を歩く事は出来なかった。

 後日に改めようかと考えたが、フェアチャイルドさんは今日がいいと言い出したので二人だけで街を歩く事にした。

 街の中なので魔獣達は連れて歩くと不便な事が多い為誘う事はしなかった。

 僕達が最初に向かったのは色々な種類のお店が立ち並ぶ商店街だ。

 訓練場から商店街までは遠く時間がかかる。


「今日は少しだけ贅沢しようか」

「贅沢、ですか?」


 真顔のまま首を傾げる。


「うん。商店街まで馬車を使おう」


 首都は広い。当然その広さを埋め合わせする為に主要な大通りには馬車が走っている。

 走っている馬車も、荷物を運ぶ馬車のように大きな物ではなく馬が一頭だけで荷台を引く物だ。

 馬車の待機所に行くと一台だけ残っていた。荷台には屋根も幌も無い椅子と戸が付いているだけの簡単な作りの物だ。 

 僕達は残った一台に乗っている御者さんに話しかけて行先を行ってからお金を払い荷台へ乗る。

 その際僕が先に乗り、丈の長いスカートを穿いているフェアチャイルドさんを補助する為に手を差し伸べた。


「ありがとうございます」


 少し微笑んでくれた。ようやくだ。嬉しさで胸が暖かくなるのを感じる事が出来た。

 二人乗り用の荷台は広いとは言い難いが、子供二人が乗るとさすがに余裕が大分ある。

 だというのにフェアチャイルドさんは荷台の椅子に座ると僕に身を寄せてきた。

 別にいいんだけどね。嬉しいし。

 ライチーがフェアチャイルドさんの膝の上に座ると馬車が動き出す。

 道がきちんと舗装されているおかげか外の街道よりも揺れが少ない。さらに椅子に敷いてあるクッションのおかげでお尻が痛くなる事もなさそうだ。


『レナスー。アースよりもおそいねー』

『そういう事は言っちゃ駄目ですよ』

『なんでー?』

『失礼だからです』

『おそいってしつれーなの?』

『そうですよ』

『分かったー』


 ライチーは片手を挙げて返事をした後荷台の戸を掴み通り過ぎる街並みを眺め始めた。

 フェアチャイルドさんはライチーの花冠が落ちないように押えている。一応ライチーは髪を操って落ちないようにはしているようだけど、他の事に気を取られると押えるのを忘れてしまうんだ。

 半刻もしないうちに商店街へ辿り着いた。あっという間についてしまった事に文句を言うライチーを宥めながら僕達は通りを歩き始める。

 最初に向かったのはフェアチャイルドさんからの強い要望から呉服店へ向かった。

 そして、フェアチャイルドさんは呉服屋に入ると即座に僕の手を引いた。


「ナギさん。こっちです」

「え、う、うん」


 手を引かれ連れられた場所は女の子向けの服が置かれている場所だ。


「ナギさん。これなんてどうでしょう?」


 フェアチャイルドさんは水色のスカートを僕に勧めてくる。

 穿けと?


「僕に?」

「はい。似合うと思うんです」


 満面の笑顔で答えてくれた。こうもあっさりと笑顔が見れるのか。


「そ、そっか。じゃあ試着してみようかな」


 普段僕は男物を着ているから女の子物は心情的に着慣れていない。

 けど今日はフェアチャイルドさんの機嫌を取る為に来たんだ。ここは我慢して彼女の望む事をしよう。

 試着室に入りズボンを脱ぎ褌一丁になる。褌と言っても前垂れのあるタイプではなく、自分で作った布の両端に一本の紐を通して穿いてから調節するタイプの物だから短いスカートでも問題は……ない。

 実際にスカートを穿くのは何年ぶりだろう。グランエルに行く前はお母さんに強請るまで僕はスカートで過ごしていた。お父さんと一緒がいいと言って変えて貰ったんだ。

 スカートを穿き、腰の部分にある調整紐を締めて結んだら試着室を出る。


「ど、どうかな」


 股の間がズボンの時よりもすーすーする。少し落ち着かない。

 これからの季節だと北は寒いから勘弁したいな。


「……上も変えましょう」

「え」

「そのやぼったい上着は変えて……」


 フェアチャイルドさんはぶつぶつと呟きながら上着が置いてある棚へ向かってしまった。

 完全に去る前に指輪からサラサが申し訳なさそうな顔をして出てきた。


「ごめんなさいね、ナギ。もう少しあの子に付き合ってくれる?」

「それは構わないんだけど」

「あの子、あなたの事が好きだから色々としたいのよ」

「それって玩具にするっていう意味かな?」

「発言は控えさせてもらうわ」

「サラサ、それはこの場だと肯定するっていう意味なんだよ?」

「……がんば」


 可愛らしくポーズを取り帰ってきたフェアチャイルドさんの指輪の中へ一瞬で消えてしまった。

 サラサは都合が悪くなるとすぐに逃げる癖があるな。

 フェアチャイルドさんは両腕一杯に服を持っている。女の子用以外にも男の子用のもあるようだ。


「さあ、次はこれを着てみてください」


 ふんすと鼻息を荒くして服を手渡してくる。

 どうやら僕は今日ここで着せ替え人形になる運命らしい。

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