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本気で

「この後まだ時間ある?」


 食事を食べ終えた後僕はアールスに聞いた。


「あんまりないけど、どうして?」

「もう少し話しようと思ったんだけど」

「それなら大丈夫。近くに公園があってね、そこなら私の通ってる所からも近いから」

「じゃあそこに行こうか」


 支払いをして店を出るとアールスの案内で公園へ向かった。

 そこは緑の多い公園だった。花の咲いた低木が植えられており、地面は草が短く整えられ芝生のようになっている。

 アールスは公園を進み、草が途切れ開けた場所に置かれている長椅子へ腰かけた。


「二人きりになるのはどれくらいぶりだっけ」

「アールスがグランエルを発った朝からだよ」

「……もうそんなになるんだ」

「うん。こっちに来てからはアールスと会う時はいつもフェアチャイルドさんもいたからね」

「そうだよ。ナギったらいつもレナスちゃんと一緒にいるよね」

「今日みたいな治療の依頼がある時以外は仕事を一緒にやってるからね」


 一緒にやっているのは安全の事も考えてなので、今日フェアチャイルドさんはカナデさんと一緒に仕事をしているはずだ。もちろん彼女には僕の真意は教えていないのだけど。

 あまり時間はかけられない。僕は話題を変える為に咳ばらいをし姿勢を正しアールスのエメラルドの瞳と視線を合わせる。


「ねぇアールス」

「なぁに? 改まって」

「アールスはさ、何か悩んでない?」

「……どうして?」

「なんとなくさ、時々僕やフェアチャイルドさんを見る目が悲しそうに見える時があるんだ。

 その見える時っていうのがアールスに物を教えてる時とか、勝った時とか……」

「それは悔しいからそう見えるだけだよ」

「そうかなとも思ったけどさ、やっぱり違うんだよ。悔しがってる時のアールス顔じゃないんだ」

「どうして、そんな事が分かるの?」


 アールスは視線を逸らし少し声を震わせ聞き返してくる。


「アールス。アールスはさっき一緒に僕がナビィやアライサスのお肉に拒否感を抱いてるって分かったよね?

 僕にだってアールスが悩んでるか悔しがってるか位の区別はつくよ……なんていうのは自惚れかな?」

「ナギは……ずっと会ってなくても私の事分かってくれるんだね」

「でも本当の所は話してくれないと分からないよ」

「……」

「話したくないならそれでいい。ただ覚えていてほしいんだ。僕はいつでも君の力になるって」


 そう言うと、アールスは僕の肩にコテンと頭を乗せてきた。


「ナギ、私強くなったかな」


 アールスはぽつりと呟いてから続けた。


「私、レナスちゃんが死んじゃうかもしれないって気づかなかった」


 遠くにいたのだから仕方ない、と言っても多分心は晴れないだろう。

 もしも僕がアールスの立場でフェアチャイルドさんの訃報を聞いたら、きっと遠くに離れた事を後悔するだろう。


「ナギがレナスちゃんを助けたって聞いた時、私何も出来なかった事がすごく悔しかった。

 何も気づけなかった自分に腹が立ったの。

 それでね、思ったの。私はあの頃からどれだけ変わったんだろうって。

 強くなるって心に決めてここに来たのに剣でナギに負けて、勉強でレナスちゃんにも負けて、二人は確実に私よりも前にいる。

 ここに来る位なら、レナスちゃんの傍にいたかった……」

「アールス……」

「ナギ、私どこか変わったかな」

「……うん。変わっちゃったよ」

「どこら辺が?」

「弱気な所。僕達と一緒に過ごしていたアールスはもっと前向きだった」

「……」

「僕が覚えてるアールスはいつも笑顔で、一緒にいると自然と笑顔にさせてくれる。そんな女の子だった」

「……無理だよ。私はもうあの頃みたいには振舞えないよ」

「いいよ。昔みたいに振舞えなくてもいいんだ。人は変わる生き物なんだから。

 そして、これからもまだまだ変わって行く。焦らなくていいんだ。ただ自分が何をしたいのかを意識していればきっとなりたい自分になれるよ」

「私のなりたい自分……」

「そう。なりたい自分」

「ナギは、どんな自分になりたいの?」

「そりゃもちろん男らしくて大人な人間」

「え」

「ん?」


 何か驚く事でもあったのかアールスが僕の肩から頭を離した。


「そ、そうなんだ。男らしい……そうだよね。ナギって心は男性なんだもんね」

「うん」

「ありがとね……ナギ」

「少しは楽になれた?」

「うん……あ、あのねお願いがあるんだけど」

「何?」

「えとね、頭撫でて」

「いいの?」

「うん」

「分かった」


 アールスは目を閉じ俯いて頭を僕の方に出してきた。お願い通り頭を撫でる。

 手入れされている髪は少し固い髪質だけれど、そのおかげでさらさらとしていて手の平をくすぐってくる。

 お日様に当たって暖かくなった真っ直ぐな髪はまるで夏の日の草原のようだ。

 僕はアールスの髪に幼い頃に故郷で見た草原を幻視した。


「ナギ。もういいよ」


 少し名残惜しいが僕はアールスの頭から手を離す。


「えへへ。元気分けて貰えた」


 アールスは撫でられていた所を自分の手で押さえつけた。

 手を下すとアールスは真っ直ぐな眼差しで僕を見てくる。


「ナギ。旅にまた出る前に最後のお願いがあるの」


 躊躇いもなくアールスは続ける。


「私と本気で戦って。魔法も剣も使える物全て使って試合して」

「……魔法も?」

「うん。それで私に分からせてほしいの。レナスちゃんや、ナギ自身を守る力があるって」

「どうして……」

「私が安心したいから、じゃ駄目?」

「……」


 魔法を使った試合と言うのは僕はやった事がない。訓練ならば学校で威力を弱くして行なった事があるけど、試合となると相手を傷つける必要がある。そうなると僕にはまだ加減に自信がない。

 魔法の特訓は基本的に魔獣相手としか行ってもいないんだ。

 僕の魔法は対人に関しては考えていない。何故って、僕は人に対して強力な魔法は使いたくないというのが一つ。もう一つが、大抵の人間相手なら負けない自信があるからだ。

 しかし、アールスの望んだ戦いは僕の全力を出す戦いだ。僕の持っている物すべてを見せて欲しいんだろう。


「……分かった。旅立つ前に戦おう。本気で」


 それまでに僕も切り札以外を使っても戦えるように特訓しておかなければ。




 アールスとの勉強会が終わり宿に戻り今後の事に思いをはせる。

 魔法を使った本気の戦い。確かに一度は経験した方がいいのかもしれない。

 しかし、魔法の特訓は街中では行えない。そうなると街の外まで出ないといけないのだが……如何したものか。仕事を休まないと時間は取れないだろう。

 それに魔法も使い本気で戦う、という事は確実に僕達は怪我をするだろう。あまりフェアチャイルドさんを心配させたくないけど、秘密に出来るだろうか?

 こっそりと横目で椅子に座り本を読んでいる彼女を見てみる。

 アークに来てからいつも一緒に行動していたから内緒でっていうのは難しい。


「どうかしましたか?」


 本を読んでいた彼女は僕の視線に気づいたようで照れくさそうに笑みを浮かべながら首を傾げた。


「ん……いや、今日依頼達成の数に差が着いちゃったなって思ってね。先に階位上がられちゃうかもしれないね」

「あ……それでしたら明日は私は休んで数を合わせましょう」

「フェアチャイルドさんがそうしたいなら」


 素直に話しちゃった方がいいかなぁ。怒らないかな?


「あのね、フェアチャイルドさん」

「はい」

「旅立つ前にね、アールスから試合を申し込まれたんだ」

「試合をですか? どうしてわざわざ」

「うん……魔法も使う本気の戦いをしたいって言ってたんだ」

「魔法をですか? でもそれは危険なのでは?」

「正直怪我させないようには無理だと思う」


 フェアチャイルドさんは本を閉じて机の上に置いて僕を睨みつけてきた。


「……駄目です。そんなの。もしもの事があったらどうするんですか」

「ほ、ほら僕パーフェクトヒール使えるし」

「ナギさんとアールスさんが傷つけ合う必要はないじゃないですか」

「それはほら、剣だけで戦っても同じだし……」

「でも……」

「それにね。多分必要な事なんだと思う」

「必要な事?」

「うん。アールスはね、今悩んでる事があるみたいなんだ」

「悩みを解消するのに、本気で戦わないといけないんですか?」

「少なくともきっかけにはなると思う」

「でも、私は二人が傷つけあう所は見たくありません」

「ごめん。勝手に決めちゃって」

「謝ればいい問題じゃありません」


 フェアチャイルドさんの顔は険しく宿屋だからフェアチャイルドさんは声を抑えているけれど、ここが宿屋じゃなかったら怒声になっていたかもしれない。

 何とか宥めようと言葉を尽くしてみるが、不機嫌な顔は直る事はなかった。

 それは眠る時まで続いて、彼女は僕をいつも以上に強く抱きしめてきた。


いつも書こうと思いつつもついつい忘れてしまっていた補足です

都市や首都の治安ですが夜でもない限りきちんと兵士が巡回しているので子供が一人で出歩いても問題ありません。

ただナギはそれなりの宿屋に泊まり、預かり施設の長期利用出来る位お金持ちなので一緒にいるレナスまで狙われないか心配なだけです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 特定の個人を助けたいなら英雄、勇者なんか辞めちまえとは思うわな。あんなのは大勢を助けるために身内ですら切り捨てる役職やからな。
2020/07/14 18:09 退会済み
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