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拒否感

 夏の暑さが落ち着き暦上は秋になった。

 まだ薄着の人が多いけれどこれから徐々に厚着になっていくだろう。

 僕達も少しずつ北方へ向かう準備を進めている。

 北はグランエルの冬よりも確実に寒いだろう。冬服の準備はまだしていないが、北方の都市や村の情報をカナデさんや、知り合い仲良くなった冒険者仲間から得る事は出来た。

 行き先は得た情報を皆と相談しながら決める事になる。

 ……けど、一つだけどうしても入れておきたい目的はある。

 それは雪景色がきれいな所という事だ。

 折角フェアチャイルドさん初めての雪なのだからきれいな所を選びたい。

 ナスとヒビキの服も順調だ。

 ナスの方は鞍に付け足す形でアースと同じように身体を覆うだけの物だ。これはナスは跳んでいる時以外は基本お腹を地面にくっつけているので、身体全体を覆うとお腹側があっという間に擦り切れるからだ。

 本当はデザインいろいろ考えていたんだけど、残念。

 ヒビキの方は二本足で立っているから服を作って問題ない。

 皆で服を描いた物をヒビキに見せ気に入った物を選んでもらい、選ばれた物をアールスの小母さんに紹介してもらった服専門のデザイナーに見てもらい描き直してもらった。

 さらに描いて貰ったデザイン画を元に型紙におこす為にデザイナーにパタンナーを紹介してもらい今はその型紙が出来上がるのを待つ段階だ。

 デザイナーとパタンナーに会った時魔獣用の服を作る事に珍しがられた。どちらも男性だったのだけど、ヒビキを見て貰って珍しい仕事に喜んでとりかかって貰えた。

 デザインはいい物が出来上がっていた。きっと型紙も大丈夫だろう。後は……ここまで来たら作るのもプロに任せようかな。


 話は変わってアールスとガーベラとは週に一回模擬戦を行っている。

 ガーベラとはまだまだ差があるがアールスとはもうすでに押され始めている。

 アールスの恐ろしさは剣筋の自在さもあるが、やはり学習能力だろう。一度目にした動きは次の模擬戦では通用しなくなる。それでも僕がまだ一応勝てているのは僕もアールスの対処の仕方がアイネに似ていてすでに対応済みだからに他ならない。

 アイネに似ているからと言ってアールスの才能がアイネの下という事にはならない。アイネは何度も僕に挑戦して対処するのに対してアールスは一度で同じ答えに辿り着いてしまうし、同じ事を何度もやれば違う答えも見つけ完璧に対処されてしまう。

 それにやる気にも満ちている。もう一度旅に出る前に僕に勝つと息巻いているんだ。

 そんなアールスを見て懐かしい気持ちが蘇ってきた。。僕が一年生の時も同じような想いを抱いていたっけ。

 そう簡単に追い抜かれたくないという気持ちと、すぐに抜かれてしまうんだろうという期待とも諦めとも区別のつかない気持ち。

 負けていられない。そう考えていると自然とガーベラとの戦いでも気合が入ってしまい、さらに差をつけてしまって文句を言われたりもした。


 充実した毎日を送れていると思う。冒険者の仕事も順調でもうすぐ第二階位に上がる事が出来る。

 旅に出たら仕事の頻度は下がるだろうから今のうちに数をこなしておきたい所なんだが準備や特訓でやる事が多い。

 アールスとの勉強だってまだ続けている。

 今世の僕の頭はうすうす感づいていたがどうやら前世の僕よりも高性能のようで物覚えがよく、ややこしい計算も簡単に解けるようになっている。これも魔素の影響だろうか? 魔物や魔人化さえなければ大歓迎なんだけどな。

 でもそんな僕よりも先を行くのがフェアチャイルドさんだ。

 学校で習った事よりも難しい勉強をするようになってから地頭の差がはっきりと出るようになった。

 僕やアールスよりも理解力に優れ分からない所があって聞くとすぐに教えてくれるようになった。

 なんとなく僕に教えている時は得意顔になっている気がする。学校の成績では結局僕に勝てなかったから、僕に物を教えられるようになって嬉しいんだろう。

 アールスも前世の知識を持つ僕やフェアチャイルドさんに難なくついてこれるあたり地頭がいい事は間違いない。

 だけどなんでだろう。才能溢れるはずのアールスだが、時々僕達を悲しそうに見てくるのは。

 嫉妬、とは違う気がする。諦めでもない。何か焦っているような気がする。

 けど気のせいかもしれない。ただ単にまたしばらく別れる事が辛いだけかもしれない。だから僕は中々話を聞くきっかけが掴めなかった。




 ある日の昼下がり。僕は治療の依頼の帰りの途中アークの中心にある国会議事堂の傍を通る事になった。

 この国の国会議事堂は元々アーク王国の前身であるビュランデ王国の王城があった場所だ。

 魔王軍の大攻勢の際にアークが当時の首都全域を囲む為の魔法を使い王城を含む石の建物を壁の資材として解体し使ってしまったらしい。その為王都イーダが出来るまでこの国には王城はなかったんだ。

 ちなみに今ある要塞は当時作った壁よりも外側にあり、後から改めて作られた物だ。

 最初の壁はすでに要塞に使われ跡形も失くなっている。

 後の時代に作られた国会議事堂も王城を石壁の材料にした事を倣って全て石で出来ている。有事の際はこの国会議事堂も材料にされるだろう。

 見られなくなるというような事は起きて欲しくないが折角近くまで来たので僕は観られるうちに観ておこうと正面へと回る。

 議事堂正面側には観光にやって来た人達が大勢いる。僕もその人混みに紛れ込み議事堂を見上げた。

 この国の国会議事堂は前世の僕の国にあった議事堂とは当然だが形が違う。

 四階建てのコの字の形の建物に三本の尖塔がついている見るからに西洋のお城という感じの建物だ。大分古い建物なので元は白かったであろう外壁は所々に塗料を塗りなおした跡がある。

 窓には高級品である透明度の高いガラスが使われている。昔はただの木の板が填められていたらしいが、東との国交が開かれガラスの加工技術が伝わって来た際に変えたらしい。

 カメラがあったら撮りたいんだけどな。まだ東の国々でもカメラは発明されていないんだろうか?

 満足すると人混みを離れ僕は組合へ続く大通りへ出た。

 観光客らしき人達が行きかう大通りを真っ直ぐと進む。そろそろお昼の時間だからご飯を食べられる場所を探さないと。

 その途中、僕は見慣れた後姿を発見した。

 どうして? という疑問もあるが僕に声をかけないという選択肢はない。


「アールス!」


 声をかけるとアールスは身体をピクッと身を軽く震わせてから僕の方を向いた。

 すでに近づいていた僕の顔を確認するとここにいる事が不思議そうに僕の名前を呼んだ。


「ナギ?」

「今日は治療の依頼があったんだ。今帰る所だったんだけど、アールスはどうしてここに?」

「私はお昼食べに来たの。私が通ってる教練所ってここの近くなんだ」

「一人で?」

「うん」

「お弁当じゃないんだ?」

「偶に外で食べるんだ。学校に通ってた時は休みの日以外は行けなかったから」

「そうなんだ。今から?」

「うん。一緒に食べに行く?」

「うん。行こう」


 アールスの横に並び偶然今日この場で会えた事を喜び合いながら歩き出す。

 もう少し行った先にアールスがよく行っている食事処があり、今日はそこで食べるらしい。

 アールスは歩きながら今日習った場所を口頭で教えてくれる。教本がないので僕は先日勉強した所を思い出しながら聞く事に徹する。

 店にすぐに辿り着いた。

 アールスが戸を開けて中に入ると、肉が焼けるいい匂いと濃厚なスープの香りが漂ってくる。

 空いている席に座るとすぐに給仕の女の子がやって来てアールスに対して親しげに声をかけてきた。


「アールスちゃん今日は違うお友達と一緒なんだ」

「うん。たまたまそこで会ったんだ。ほら、前に話したナギだよ」

「へぇ、この子が。初めまして。私はカレン=エンダー。元同級生よ」

「初めまして。アリス=ナギです」


 同い年位だと思っていたら同級生だったか。


「話通りきれいな子ね」

「でしょ~」

「きれい?」

「いつも言ってるよ。ナギはきれいで優しい憧れの人だって」

「や、やめてよ! どうしてナギの前で言うの!?」


 アールスは顔を真っ赤にしてエンダーさんに向かってポカポカと軽く両手で叩き始める。

 伝えられた僕もどうすればいいんだ。


「あははっ。アールスったらおかし。はい。これメニューとお水ね。今日のおすすめはアライサスのいいお肉と新鮮野菜を使ったボルンっていうスープよ」

「スープかぁ私はそれにしようかな」


 あっという間に赤かった顔を元に戻し勧められた料理を頼むアールス。

 僕はどうしようか。メニューを見て適当な料理の名前を読み上げた。


「おすすめ教えてあげたのに」


 ぶすっとふくれっ面になるエルダーさんに僕は曖昧に笑うしかなかった。

 エルダーさんがメニューを引っさげ下がるとアールスがぱちくりと瞼を瞬かせて聞いてきた。


「もしかしてナギ、お肉食べられなくなったの?」

「そういう訳じゃないけど……まぁ気にはなるよね」


 ナスとアースが仲間になってから僕はナビィとアライサスは出されたら食べるけれど自分から選ぶ事はなくなった。

 もう違う種族だとは頭では分かっていても、やはり気持ちのいいものではないからだ。


「……ごめん。全然気にしてなかった」

「気にしないで。僕が勝手に気になってるだけだから。食肉系だっていうのは変わってないから出されたら僕だって食べるしさ」

「……他のにする」

「アールスは優しいね。でももう頼んじゃったんだから食べなよ。友達からのおすすめでもあるんだしさ」

「優しいのはナギの方だよ……」

「……でもちょっと嬉しいかな。ナビィとアライサスのお肉を食べないようにしてる事に気づいてくれて」

「どうして?」

「食べないって事を一発で気づくなんて僕をよく見てくれてるって事じゃないか。それって結構嬉しい物だよ?」

「それは……ちょっと分かるかも。レナスちゃんは知ってるの?」

「何も言ってこないけど、多分ね。彼女が食材を買ってくる時はその二つはいつもないから」

「そっか。カナデさんは?」

「うーん。どうだろ。あの人は料理しないから食材買って貰う事って少ないんだよね。あっても事前に買う物を指定するから」

「じゃあ気づいてるのは私とレナスちゃんだけかもしれない?」

「うん。カイル君もラット君も気づいてないんじゃないかな。二人は都市外授業の時平気で注文して来たから」

「そ、そうなんだ。その注文どうしたの?」

「作ったよ。そして食べた。ね? 気にする必要ないでしょ? あくまでも選ぶのに躊躇う程度なんだよ。僕の優しさは」

「普通なら躊躇わないと思うけどな」

「そんな事ないよ。例えばさ犬とか猫は食べようと思えば食べられるけど、アールスは他に食べ物があるのに進んで食べる?」


 犬猫はこの世界でもペットとして可愛がられている。アールスも街で出会う犬猫には自ら近寄って可愛がっていたから少しは共感できるだろう。


「うーん……選ばないね。確かに」

「ナビィとアライサスは元々食べてたから拒否感が薄れてるけど本質的には同じ事なんだと思うよ」

「でもそれって、仲間の魔獣が増えるとナギが食べたい物が減っていくって事じゃない?」

「そうなるね」

「好きな物食べられなくて平気なの?」

「食べられないと生きてるかいがないって思えるほどの食べ物はないからね。何とかなるんじゃないかな? ……フェアチャイルドさんと違って」

「レナスちゃんだったらアップル食べられないって言われたら泣き叫びそうだよね……」

「それで済めばいいけど」

「おまちー」


 横からエルダーさんが割って入ってきて料理を置いていく。


「あれっ、意外と早いね」

「作り置きしてあるからね。ナギさんのは簡単にできる料理だし」

「んふふ。じゃあ食べよっか」


 アールスはまだちょっと躊躇いがちだが料理を口に運び二口目になる頃には笑顔になっていた。

 やはりアールスは笑顔の方がいい。

 料理に舌鼓を打ちつつそう思う僕であった。


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