午後のひととき
楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎるもので、アールスの声によって僕とナスは長い時間走っていた事に気が付いた。
アールスの元に行きナスから降りて素直に頭を下げた。
「ごめんごめん。すごく楽しくてさ」
「ほんと? そんなに楽しかった?」
「うん。なんていうのかな。一体感っていうの? まるで自分で走ってるみたいな感覚なんだ。お互いに気持ちが通じ合ってるっていう感じでさ」
「魔獣使いと固有能力の所為かな?」
「どうだろう。アールスも乗ってみなよ」
「うん!」
アールスはナスによろしくねと言って頭を撫でてから鞍に跨りあぶみを履く。
アールスは膝上のスカートを穿いているのだけど、本人はドロワーズに似た下着が見える事も気にした様子はない。
そもそもアールスの履いているのは前世で言うとブルマやスパッツのようなもので運動をしつつもスカートなどのかわいい格好をしたい女の子が履くための物だ。
アールスが手綱を握りピンと張るとナスが走り出した。
ふたりはあっという間に小さくなってしまった。傍から見るとあんなに速度が出ていたのか。
本当は遠くまで行っちゃ駄目なんだけどな。
「ガーベラも乗ってみる?」
アースの手入れに疲れたのか地面に座っているガーベラに聞いてみる。
「んー。うちとしてはアースに乗ってみたいなぁ」
「じゃあ聞いてみようか」
「ええんか?」
「アースがいいって言ったらね」
「おおっ」
聞いてみると仕方ないわねっと言った感じでぼふっと鼻息を鳴らしてガーベラの足元の土を操り上げた。
「おおっ、アースウォールか?」
「魔法陣を使ってないからアースウォールじゃないよ」
「はぁ~。生活魔法かいな。魔力を直に馴染ませてるんやな。魔法陣は覚えさせんの?」
「アースって勉強が嫌いみたいで覚えようとしないんだよ」
「駄目やで~ちゃんと勉強しな。ってうちも魔法は苦手やけどな」
女の子らしくない笑い方で笑いガーベラはアースの首の上に乗る。
「ぼふっ」
「おー、これがあんたの見てる風景かー。ええな。うちもあんたみたいなでっかい女になりたいわ」
「ぼふぼふ」
本気かどうか判断に迷うがアースはなれるわよと言ってゆっくりと歩き出す。
さて、残された僕はヒビキの姿を探す。魔獣の居場所を把握してないのはさすがにまずい。
ナスは遠くへ行ってしまっているけれどちゃんと魔力の糸で繋がっているので居場所は把握できている。
アースは遠くへ行く気はないのか近くを周っているから問題ない。
首を振って辺りを見渡すとカナデさんを見つけた。
ヒビキはカナデさんと一緒に小さく白い花が絨毯のように咲いている場所にいた。
フェアチャイルドさんもだ。一緒にいるライチーが花を自分の頭に飾ろうとしている。
サラサとディアナも外に出てきていてヒビキの相手をしているカナデさんとお喋りしながらライチーを見て楽しんでいるみたいだ。
なんという近寄りがたい女子空間。
だが、僕だって記憶が連続して存在するようになってから約十年。だてに女の子として生きていたわけじゃない。
と言うか一緒に旅してきた仲なんだから今更臆する事なんてないのだ。
僕は息を吸って一歩前へ出る。
「皆何してるにょ?」
噛んだ。僕の約十年は何だったんだろう。
一番と早くフェアチャイルドさんが僕の方を向きくすっと笑ってから答えてくれた。
「今ライチーさんが花を髪飾りにしようとしているんですけど……」
『すぐにおちちゃうのー』
ライチーは見せつけるように自分の髪に花を挿す。
花はしばらく挿した状態を保つが徐々に傾き地面に落ちてしまう。
『ほらー』
「一応物には触れるんだよね?」
僕の問いにサラサが答えてくれた
「ライチーは精霊としてはまだ若くて魔力の総量が少ないから人の姿の部分では重い物は持てないのよ。
魔力を集めて……ソリッド・ウォールだったかしら? あれくらいの密度まで高められればいいんだけど、ほら、私達って不器用じゃない?
下手に力を込めて固めちゃうと妖精が生まれちゃうのよ」
「不器用が原因で妖精が生まれるの!?」
「そうなのよ。その場合は私達と同じ属性の妖精が生まれるの。私なら火と熱を媒体にした妖精ね。
妖精を生んだ分の魔力は持ってかれちゃうから、まだ若くて力の少ないライチーには使わせないようにしているの」
「そうなんだ……でもこんな小さな花でも駄目なんだね」
この問いにはディアナが答えてくれた。
「手に持つ分には問題ない。ただ花を支える髪が重さに耐えきれない」
「髪がか……それなら一つ方法が心当たりあるよ」
『ほんと?』
「うん。ちょっと待っててね」
僕は花を数本、茎の根元から近い位置で折る。
摘み取った花の茎を一本一本丁寧に編んでいき輪っかを作る。
「これならどうかな」
ライチーの頭に乗せてしばらく待ってみるが落ちる気配はない。
『ナギ、ありがとー!』
「どういたしまして」
「花の髪飾りですかぁ。器用ですね~」
「花冠っていうんです。昔アールスの誕生日プレゼントにあげた事があるんですよ」
「アールスさんの……」
『レナスーきれー?』
「ええ、きれいですよ」
『むふー。カナデーきれー?』
「はい。とっても」
ライチーは相変わらず公用語は話さないけれど、カナデさんの方が簡単な言葉なら理解できるようになってしまった。なので今はお互いにある程度意思の疎通が出来ている。
『サラサー』
「はいはい。きれいよ」
『ディアナー』
「かわいいかわいい」
『むふー』
褒められた事が嬉しいのか頬を緩ませてしきりに鼻を膨らませている。本当に息をしている訳ではないはずなのに器用な事だ。
しかし、ライチーはフェアチャイルドさんに似ているからフェアチャイルドさんもこんな顔できるのかと想像すると見ていて飽きないな。
「なんだかナギさん変な目で私を見ていませんか?」
「そんな事ないよ? ライチー。ちょっとこっちに来て」
『なぁにー?』
「開拓者への贈り物『ブリザベーション』」
『おー』
「これでしばらくは保つよ」
『わぁー! ナギだいすきー!』
柔らかい感触が僕の胸に飛び込んでくる。
精霊の身体は質量はあるが軽い。おまけに軟らかいから力を入れると怪我をさせてしまいそうだと思ってしまうが、実際は怪我なんてしないし痛みも感じない。精霊を傷つける事が出来るのは魔素か魔力を纏った攻撃か魔法ぐらいだ。
「おっとっと。あんまり激しく動くと冠が取れちゃうよ」
『あっ』
ライチーは慌てて手で自分の頭の上を確かめ、冠が落ちていない事を確認すると安堵の溜息をついた。
『あのねあのね、わたしね、アースみたいにおはながほしかったの』
「ああ。ライチーも気に入ってくれたんだ?」
『うん! でもねでもね、このかざりはアースのよりももっとすき!』
「そっかぁ。喜んでくれてうれしいよ」
『えへへー』
ライチーは笑うと僕から離れてフェアチャイルドさんに抱き着いた。
「あっ、そう言えば宝石の中に戻る時身に着けてるものって」
「私がちゃんと預かっておきます」
さすがに一緒に宝石の中に入るって事はないのか。
しばらく会話を楽しみ時間が過ぎるとまだアールスとナスが帰ってきていない事に気づき、ナスに繋いでいる魔力を辿り位置を確かめる。
大分遠い所まで行っているようだ。魔力を操りナスが見える所に帰ってくるようにと文字を書く。
少し待つとナスがアールスを乗せたまま僕の傍まで戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「すっごく楽しかった! ね? ナス」
「ぴー! 楽し、かった! アールス、と、一緒、嬉しい!」
その言葉に感極まったのかアールスはナスに抱き着きついた。
「私もだよー!」
「ぴー」
「次はフェアチャイルドさん乗ってみる?」
「え? わ、私ですか?」
「うん。どうかな?」
「レナスちゃんも乗りなよ。すっごく気持ちいいんだよ!」
「そこまで言われると気になりますねぇ。レナスさんが終わったら私もいいでしょうかぁ?」
「もちろんですよ」
「分かりました。乗ります」
何か諦めたような溜息をついてからフェアチャイルドさんは立ち上がりナスに近づいた。
ライチーは移動してフェアチャイルドさんの肩にしがみ付いている。
「あっ、待って。ライチー。念の為に冠は僕が預かっておくよ。途中で落とすかもしれないからね」
『えー』
ライチーは嫌そうにするがフェアチャイルドさんが説得し僕に手渡してきた。
サラサとディアナはちゃっかりと宝石の中に戻ったようですでに姿が見えない。
フェアチャイルドさんは踝まで届くスカートを穿いているので横座りだ。
手綱を持ち走り出す前に念の為にナスに対して釘を刺しておく。
「あんまり遠くに行ったら駄目だからね。それと、速度は徐々に上げるんだよ?」
「ぴー」
「じゃあいってらっしゃい。気を付けてね」
「はい。行きましょう。ナスさん」
「ぴー!」
僕に注意された通り今度はゆっくりと歩きだした。
そういえばガーベラはどうしているだろう。
周囲を少し見渡せばアースの大きな身体すぐに見つかる。
どうやらアースは僕達から少し離れた場所。大きな木の下で休んでいるみたいだ。
ガーベラはアースの背の上で寝転がっている。寝ているのだろうか?
残った二人に一言残し様子を見に行くことにした。
近寄ってみるとアースのいびきが聞こえてくる。頭を撫でてみるが反応はない。無視しているのか寝入っているのか。アース相手では判断はつかない。
うるさくしない様にアースウォールを使いガーベラの様子もうかがう。
ガーベラは小さな寝息を立てている。
「寝ちゃってるのか」
今日は確かに天気はいいし、気持ちのいい風が吹いている。アースの体毛はベッドには少々硬そうだけど体温は木陰の下でなら暖かさがちょうどよく昼寝にもってこいだろう。
寝返りを打って背中から落ちてしまわないだろうか?
なんだか心配になってきた。起こすか。
「ガーベラ。そこで寝るの危ないよ」
身体を揺すると鬱陶しそうに僕の手を払いのける。
「ガーベラ」
「ん~……なんやの?」
「危ないよ。寝るなら降りてアースから離れた場所で寝なよ」
「う~……」
まだ眠いと言わんばかりに腕で顔を隠す。
「まったく……」
僕はそんなガーベラの身体を持ち上げ勝手に降ろす事にした。
「なにすんのー……」
「降ろすの。ガーベラは寝てていいから」
アースから離れた軟らかそうな草の生えている所にガーベラを降ろす。
念の為に傍にいて風を操って気温の調整もしておこうか。風邪を引いたら可哀そうだ。
……草が肌に当たって痒くないかな。やっぱりアースウォールでちゃんと寝台を作っておこう。なるべく軟らかくなるように調整してね。
これで大丈夫だろう。
あっ、よだれ出てる。拭いといてあげよう。
お腹も出てるな。まったく。女の子なんだからお腹を冷やしたら駄目じゃないか。
汗かいてるな。ちょっと暑かったかな。もう少し温度下げて拭いてあげよう。
もう大丈夫かな? 後は起きるまで待ってよう。
ガーベラが起きるのを待っているとナスがフェアチャイルドさんを乗せて僕の所にやって来た。
交代? ならわざわざ僕の所には来ないか。
「……何をしているんですか?」
ナスから降りながらフェアチャイルドさんは眉間に皺を寄せて聞いてきた。
「ガーベラが寝てるから風邪引かないようにしてたんだけど……」
はっ!? も、もしかして変な事をしていると疑われているのか?
「本当にそれだけだよ? やましい事なんて何もしてないからね?」
「ナスさん。ありがとうございます。楽しかったです。次はカナデさんの番なのでカナデさんの所に行っていてください」
「ぴー」
フェアチャイルドさんは僕から目を離さずにゆっくりと僕に近づいてくる。
「フ、フェアチャイルドさん?」
「……」
フェアチャイルドさんは僕の前で腰を下ろし、ライチーを横に置いてから上半身を傾け頭を僕の膝の上に置いた。膝枕の体勢だ。
「フェアチャイルドさん?」
「私も眠いです」
「そ、そうなの?」
「はい」
「なんだ……そうだったのか。だったらガーベラみたいに寝台作ろうか?」
「いえ、このままがいいです」
「そう? あっ、ライチー。はいこれ冠」
『ありがとー』
ライチーは冠を被ると嬉しさを身体全体で表現したいのか宙でくるくると踊り出した。
『サラサー、ディアナー。レナス寝ちゃうから一緒にあそぼー』
「仕方ないわね」
「お邪魔虫は退散すべき」
精霊達は揃ってアールス達のいる方へ飛んで行ってしまった。
でてみた。
残されたのは僕とフェアチャイルドさんと起きる気配がないガーベラのみ。
「僕の膝固くない?」
「そんな事ないです」
「ならいいけど……なんだか鼻息荒くない?」
フェアチャイルドさんの鼻がさっきから音を立てている。っと思ったら止まった。
「少し疲れてたみたいです」
「そっか。じゃあゆっくり寝ていいからね」
「はい……」
彼女の赤い瞳が瞼が閉じられた事によって見れなくなった。
おやすみ。フェアチャイルドさん。