僕は強くなる
僕はガーベラと一緒に貸し武器のある部屋へ戻り武器を見繕う。
様々な種類の武器がある為ガーベラに合う武器もあるだろう。
なるべくなら大剣に属する武器の方がいいだろう。
そして、なるべく軽いやつ。
ガーベラの使っていた大剣を借りてみると重さで言うならナスと同じくらいだろうか。持つ事はできるけれど振り回すのは難しい。
……だけどそれでも僕は多分ガーベラよりはもっと上手く扱えると思う。腕だけの力では無理だけど、身体全体を使えばいけるはずだ。
そうなると恐らくガーベラの問題点は……。
僕は剣身が長く細い大剣を選んで手に取ってみた。
軽い。これならガーベラでも問題なく振る事が出来るだろう。後は重さの好みだ。
持てる範囲で重い方がいいのか軽い方がいいのか。
「なんやその細っちいの」
「これも立派な大剣だよ。基本的に両手じゃないと持てない剣が大剣って呼ばれる剣なんだ。知らなかった?」
あくまでも固有能力で力の補正がない人基準だけれど。力の補正があったら今選んだ細身の大剣位なら余裕で片手で扱えるだろう。
「知らん。うちのおとんはそんなん使うてなかったわ」
「お父さん戦う人なの?」
「せや。軍人なんや。でっかい剣もって戦ってるんや。かっこええんやで!」
「お父さんの事が好きなんだね。それで憧れて自分も使おうと?」
「その通りや! うちは将来おとんみたいな立派な軍人になるんが目標なんや」
「いい目標だね」
目を輝かせているガーベラに僕は形は大体同じだが重さの違う大剣を手渡す。
「とりあえずその三本の中から好みの重さの選んでみて」
「ん? んー。これやな」
ガーベラは一番重い大剣を選んだ。
選んだ大剣よりも重い大剣を二本選びまた渡す。それを二回続けて同じ物を選ぶか中間の重さの物を選ぶまで繰り返す。
だが結局同じ形状の物では一番重い物を選ぶ事になった。やはり重い方がいいのか。
「とりあえずそれでまた戦ってみようか」
「おっ、やるんか」
「うん」
部屋を出ようと振り返ると、入り口にフェアチャイルドさんが経っていた。
「あれ? 待っててくれたの?」
近寄ると何故か彼女は目を細めていた。
「仲がよろしいんですね」
「友達になったからね。あれ? ライチーはどうしたの?」
訓練場に入ってきた時はフェアチャイルドさんにくっついていたはずだ。
「アールスさんの鍛錬の様子をカナデさんと見ています」
「そうなんだ。フェアチャイルドさんはいいの?」
「私は……ナギさん達の事が気になって」
「仲良くしてるから安心して?」
「……」
なんだか目つきが一層鋭くなったような気がする。合わなさそうと言っていたしガーベラの事を意識しているのだろうか。
「今からもう一試合するんだ。だからもうちょっと待っててね?」
「はい……」
急がないと魔獣達に会うのが遅れてしまう。前もって遅れるかもと言ってはいるけどなるべくなら早く会いに行きたい。
先ほど戦った広い部屋に行きもう一度中央辺りに行く。僕達以外にも戦っている人達が増えている。気を付けないと巻き込んだり巻き込まれたりしそうだ。
でも戦いの最中にも周囲に気を付けるいい訓練になるかな。
「じゃあやろうか」
「いつでもええで」
互いに向き会い武器を構える。
ガーベラは左足を前に出し腰を低くし、大剣を両手で持ち腰の右側に剣先を地面に向けて構えている。
僕はいつも通り盾を前に剣はいつでも繰り出せるように腰より上で構える。
僕が構えると同時にガーベラは動き出した。
武器が軽くなったためか先ほどよりもさすがに速い。
ガーベラは走りながら大剣を振りかぶり叩きつけるように振り下ろしてきた。
僕はその攻撃を盾で受け止める。
「っ!?」
ダンッ! という衝撃音と共に今までに味わった事のない程強い衝撃を受けた。
アースの攻撃はすべて避けているので分からないが、もしかしたら強く小突かれたらこれくらいの衝撃はあるかもしれない。
少なくともカナデさんの攻撃よりも衝撃がある。
ガーベラはすぐに大剣を引いて今度は左から大剣を横斜め上に向けて振りかぶる。
何度も受けていたら腕が痺れてしまう。僕は攻撃を盾で受け流す事によって衝撃を和らげる。
そして、一度大きく距離を取る。
ガーベラは振り切った大剣を強引に止めようとしたようだが踏ん張りがきかなかったようで体勢を少し崩してしまった。
判断を間違えたか。離れてしまったせいで隙を突く事が出来ない。
本来なら追撃して来た所に一気に間合いを詰めて盾で防ぎつつ反撃するつもりだったんだけれど。
ガーベラはすぐに体勢を直して最初と同じように構える。
振り出しに戻ってしまったか。
周囲に目をやると左に戦っている人達がいる。後ろからも音が聞こえる。空いているのは右の方か。
ガーベラが再び迫ってくる。
先ほどと同じ動きをしてきたため今度は僕は右に避ける。
しかし、ガーベラは僕の動きを読んでいたのか即座に対応してきた。
縦に振り下ろしていた大剣を体勢を大きく崩す事なく途中で止めて刃の部分を横に向け横薙ぎに振るってくる。
慌てて盾を上げて大剣の剣筋の軌道上に持ってくる。
衝撃は先ほどよりも軽かった。恐らく最初の一撃は僕の動きに対応しやすいように勢いを調節していたんだろう。
だけれども衝撃は十分強い。受け続けたら盾が持てなくなるだろう。
衝撃に備えて盾を持つ手に力を込めていたから耐える事は出来たけれどおかげで反撃をする体勢が整っていない。
ガーベラが気迫のこもった声を上げながら続けて攻めてくる。
金属の物よりは軽いとはいえ剣身の長い大剣を軽々とガーベラは扱い攻撃を繋げてくる。
避ける暇はなくまともに受け続けたら盾が持てなくなる。僕は少しずつ下がりながら盾でいなす事しかできない。
どうする?
前に戦ったアールスの体力を考えると、同じような教育を受けているだろうガーベラに体力切れは望めないかもしれない。
それに少しずつ下がらされてそろそろ他の人とぶつかりそうだ。……もしかしてそれが狙いだろうか?
下がれない所まで下がった所で刈り取りに来るか、僕が下がるのを恐れ焦って動こうとする時を狙って? もしもそうだとすると中々したたかだ。
試しに横に逃げようとするとガーベラは逃すまいと邪魔をしてくる。
ならばと僕は右から逃げようと見せかけて左に動く。
ガーベラは僕のフェイントにあっさりと引っかかり立ち位置を変える事が出来た。
「こんのっ!」
ガーベラは大剣を振りつつ体の向きを僕に合わせてくる。こういう時いつもなら相手の武器に合わせて受け流して懐に入るのだけど、ガーベラの場合は盾が持っていかれないように受け流すだけで精一杯だ。
下手に木剣で止める事も流す事も出来ない。
正直あまり相性は良くないかもしれない。
僕自身同世代の子にはそれこそ剛力などの固有能力持ち以外になら力負けしない自信はあった。
そして最初の大剣をろくに扱えなかった事から恐らくガーベラの固有能力に力の補正はない。あったとしても弱い物だろう。
力の補正があるなら最初の大剣でも振り回されたりはしない。それくらい補正があるのとないのとでは差が出る。
恐らくは重戦士などの重い武器を扱うのに長けた職業に就いているんだろう。
ガーベラの場合は遠心力をうまく乗せて攻撃してきている為腕の力も併せて衝撃が強くなっているんじゃないだろうか。
元々自分の力でろくに扱えないような武器を使おうとして覚えた攻撃方法なんだろう。
本当に良かった。ガーベラが腕しか鍛えていないみたいで。でなければ僕はすでに負けていた。
アールスの時もそうだが、二人がまだ未熟だから僕は勝負できている。
きっとここで勝てたとしてもすぐに追い抜かれるんだろうな。
だが、それは別にいい。僕のこの両腕の剣と盾はあの子を守る為の物だ。誰かに勝つための物じゃない。
だからまだ未熟なうちに訓練させてもらおう。
ガーベラの斬撃を流す。
突きを全身の力を使って受け止める。
頭上からの振り下ろしをかわす。
少しずつ身体と技術を慣らしていく。
この一戦の中で僕は成長するんだ。
流した後の体重移動を速やかに確実に行い反撃できるように。
突きの打点をずらして弾けるように。
かわすのに無駄な動きが出ないように。
全てはあの子を、あの子達を守る為に。
ヒビキの故郷を見つけられるように。
アースに全てを任せなくて済むように。
ナスがあの子を連れて逃げなくて済むように。
あの子を両親の故郷へ送る為に。
そして、アールスと旅をする為に。
僕は強くなる。
気が付くと僕の木剣は床に尻餅をついているガーベラに対して突きつけていた。
戦いの最中の記憶がないわけではないけれど、自分でも勝てたのが不思議なくらい感覚はおかしくなっている。
まるで魂が身体から離れ漂っているかのようにふわふわとしていて、目の前が遠く感じる。
「はぁ……はぁ……強いね。ガーベラ」
「そんなん言われたの初めてや」
「君は……もっと強くなれるよ」
自分の声すら遠い。相当疲れてるなこれは。
ガーベラのこめかみの辺りから汗が流れている。超人的な体力の持ち主ではないか。
ああ、いや、そうか。そういえばアールが十時間以上も戦った事に対してガーベラは化け物と呼んでいた。
という事はアールスが特別体力があるだけかもしれないな。
それにしてもふらつく。今にも倒れてしまいそうだ。
そんな僕にフェアチャイルドさんが近寄ってきて、僕を支えながら汗を拭ってくれた。やっぱり優しい。
「すごい汗です」
「ありがとう……フェアチャイルドさん」
息を整え、立ち上がったガーベラに視線を向ける。
「アリス。うち本当に強くなれるん?」
「うん。ガーベラは下半身が鍛え足りないね。大剣を振り回した時踏ん張り切れない時があったでしょ?」
「うっ……せ、せやな」
「踏ん張れるようになればもっと正確に武器を振るえる様になると思うよ。隙を消す事も出来るし」
この弱点を克服されたらもっと硬くならないと僕では勝つ事は難しくなるだろう。
「あと腕ばっかり鍛えてると身体のバランスが悪くなって身体に悪いって聞いた事があるよ」
前世で、だけど。
「身体も固いよね。もっと柔軟して軟らかい身体になればもっと楽に身体が動くと思うよ」
「戦っただけでよう分かるな」
「ガーベラよりも身体の軟らかい人知ってるからね」
「その口ぶりやと……アールスではないんやな」
「うん。えと……ほら、この人だよ」
いつの間に近づいていたのかカナデさんとアールスが傍にいた。
アールスは何故か満面の笑みを浮かべている。
「そういえばまだちゃんと紹介して無かったよね」
「せやね。うちはガーベラ=テグリィスや。よろしゅうな」
ガーベラがニカッ笑い手を差し出すとカナデさんはそれに応えた。
「カナデ=ウィトスですぅ。初めまして~」
互いに自己紹介をした後もう遅い時間だという事に気づき今日の所はこれで解散という事になった。
ガーベラとは訓練場の建物の前で別れた。辺りはもう薄暗いが近くに泊まっている家があるらしい。もう一人の子と同居しているらしい。
もう一人の子は王族だからきっと豪勢な建物なんだろうな。
アールスは魔獣達と会う為に着いてきた。今日は魔獣達に会うだけで一緒に勉強はできないだろうな。
日が落ちて街灯の光が街を照らす。帰るべき場所に帰るのかすれ違う人々は足早に歩いている。
どこからか料理の匂いも漂ってきてお腹を刺激してくる。
そんな施設へ向かうの道の途中アールスが僕に話しかけてきた。
「ナギ、どうやってガーベラちゃん説得したの?」
「説得?」
「ガーベラちゃんって大きくて重い武器しか使おうとしないから先生も困ってたんだ」
「今の君にはまだ早いって言っただけだよ」
「それだけ?」
「大きくなったら扱えるようになるとも言ったよ。あとはちょっとプライドも刺激したっけ」
「……ガーベラちゃんはね。一杯頑張ってるんだ。でもガーベラちゃんの固有能力って力の補正がないから先生達はやめておいた方がいいってずっと言ってた。
それで多分意固地になっちゃったんだと思う。どんどん重くして行って扱いきれない武器を選ぶようになっちゃったの。
今日の事で変わってくれればいいんだけど」
「少し視野が狭くなっていたんだね。ガーベラは、きっと本来はもっと広い視野を持ってる子だと思うよ」
「どうかなぁ。思い込み激しいよ?」
「それはまだ未熟だからだよ。少しずつでも周りの事が見えるようになったら化けるよ」
そもそも大きな武器は戦況を把握が出来ないと味方にまで被害が及んでしまう。大剣を使う上では避けては通れない問題だ。
ガーベラ自身もきっといつか、いや、もしかしたらすでに気づいているかもしれない。
「……ナギって本当変わらないよね」
「そ、そうかな」
少しは大人になってると思うんだけど。
「優しい所とか。大人な所とか。うん。変わらない」
「今大人って言いました?」
「くすっ。そうやって大人っぽく見せようとする所も変わってない」
「うぐっ」
「そこがいいんですよ。アールスさん」
フェアチャイルドさんが僕の横から一歩前に出てアールスに視線を合わせた。
「大人なナギさんが見せる子供っぽい所がまた魅力なんですから」
「あははっ。そうだね」
「待って。それについては断固抗議したい」
二人に言われるとダメージが大きい。
年下の子にまだまだ子供ね、と温かい目で見られているんだ。こんな恥ずかしい事はない。
「私もナギさんのそういう所好きですよぉ」
「やめて! 追い打ちかけないでください!」
カナデさんは一応魂の年齢は僕よりも年下だろうけど、明らかに僕よりも人生経験がある。そんな人にまで言われたら僕はどうすればいいんだ。
穴があったら入りたいとはまさにこの事だ。
僕は逃げるように歩く速度を上げる。
ダメージが大きい。早く。早くナスの身体に顔を埋めてモフモフを堪能しなくては僕の心が持たない。