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統率者との出会い

 今日一日魔獣達にプレゼントが渡せて機嫌よく仕事に取り組めた。

 アースがあそこまで喜んでくれたのが嬉しくてつい施設へ向かう足取りも軽くなる。今なら飛ぶ事だって出来るかもしれない。

 日はもう西の要塞の向こう側に落ちようとしている。今は夏。日が落ちるのは遅いからもう遅い時間だ。アールスがもう待っているかもしれない。

 だから今僕はフェアチャイルドさんの手を取り駆け足で歩いているのだけど、そんな僕達の前に人影が道を塞いだ。

 沈む夕日の逆光によって影が出来てよく見えないが恐らく僕達と同じ歳位の子だ。

 僕は足を止め、フェアチャイルドさんを後ろに下げ相手を観察する。

 赤茶色であちこちがはねているショートカットの髪。色艶はいいので手入れされていないというよりは癖が強すぎて恐らく直しきれないんだろう。僕には分かる。

 身長は僕よりも少し大きい。

 偉そうに胸を張り腕を組んで仁王立ちしている。表情は影になっているが獰猛に笑っているように見える。

 服装は男の子のように飾り気はないが色合いは上着が黄色と黒の虎柄で、ズボンは真っ赤で派手な格好だ。けれど色合いは派手でもいい生地を使っていそうだ。

 一見男の子のような風貌だが組まれている腕の下に膨らみが見受けられる。

 だから多分女の子だろう。


「あんたがアリス=ナギか」


 訛りのある言葉使い。誰だろうか。


「人に名前を尋ねる時は自分から自己紹介する物だよ」

「……確認しただけやん」


 気を悪くしたのか横を向いて吐き捨てるようにそう言った。


「……僕の名前はアリス=ナギ。君の名前は?」

「……ガーベラ。ガーベラ=テグリィス」

「テグリィスさんは僕に何か用なの?」

「あんた、あの化け物倒したそうやね」

「化け物?」


 アースの事だろうか? それともナス? 倒したっていうならナスの方だろうけど、事情を知らなければ魔獣は全員倒して仲間にしたと思われてもおかしくはないか。


「アールスの事や。アールス」

「君はアールスの友達なの?」


 にしては、変な呼び方をする。


「あれから何にも聞いてないんか?」


 友達の事なら何人か手紙やこっちに来てから話で聞いた事はある。でもテグリィスさんみたいなこの事は聞いた事がない。


「ない……けど推察はできるよ」


 身近の事をよく手紙に書いていたアールスが僕達に語らないというのは語れないという事と同じ事だと思う。


「へぇ?」

「三英雄の内の一人と同じ固有能力を持った、アールスと同じように特別に教育を受けている子だね。」


 さらに言えば多分統率者の方だろう。賢者の石の固有能力者は魔法国の王族だという事だけは聞いてるし、魔法国の王族は皆苗字がイグニティだと学校で習った。


「当たりや。よう分かったな」

「アールスが話さないって事は話せない事だって事だよ」

「別に口止めされてるわけやないんやけどな。必要以上に話すなって言われとるんや。

 あれはあれで口硬いからな。誰にも言うてなくても不思議やないわ」

「だね」


 口が堅いというよりは普段軽い口を意識して固くしているんだ。だから重要度が低いと思った事柄はポロッと出てしまう。王女様の事や、テグリィスさんの将来の事とか。

 さすがに名前とかは身バレをアールスも警戒しているのだろう。僕達にも教えてはくれなかった。

 その用心も今本人が無駄にしたが、要は三英雄の固有能力を持ってるってばれなければいいのかもしれない。

 ……あっ、僕が三英雄って思いっきり言っちゃったか。


「それで、アールスに一度勝った僕に何の用なのかな?」

「うちと勝負しい」

「勝負?」

「そや。あの化け物を負かしたあんたの腕が知りたい」

「化け物ではないからね」

「十時間以上ぶっ通しで戦い続けられる奴は化け物で十分や」

「……」


 さすがにそれは擁護できないな。というか何をしてるんだアールスは。

 フェアチャイルドさんもテグリィスさんが化け物と呼ぶ度僕の服の裾が強く引っ張っていたが、理由を聞いた途端裾が自由になった。


「勝負はいいけど、今からってわけじゃないよね?」

「不満か?」

「いきなり現れてこっちの都合を無視されても困る。ちゃんと日にちと時間を指定してほしいかな」

「ふん。まぁええ。空いてるんはいつ?」

「そうだな。次のアールスが休みの日は止めてほしいかな。一緒に遊ぶ予定入ってるし。朝と夕方……大体今の時間なら前もって約束してくれるなら大丈夫かな」

「なら明日の今の時間。あんたがアールスと戦った訓練場で待ってるわ。必ず()いや」

「わかった。じゃあ僕達はもう行くね。アールスを待たせてるだろうから」

「忘れんなや? 明日やかんな」

「分かってるって」


 応えてからフェアチャイルドさんの手を引きテグリィスさんの横を通り過ぎる。

 時間を食ってしまった。早く行かないと。


「ナギさん。よろしかったんですか?」

「戦う事?」

「はい……」

「僕としてもアールスと一緒に学んでいる子には興味あるからね」

「興味……ですか」


 何を警戒したのかフェアチャイルドさんの声が低い。


「フェアチャイルドさんは気にならない? アールスと一緒に学んでいる子達の事。もしかしたら友達になれるかもよ」

「……そうだといいですね」

「うん」


 なんだか不服そうだけれど、化け物呼ばわりが気に入らなかったのかな。

 僕もアールスの事カイル君達と一緒に剣の腕前について変態だのなんだの言ってたからあまり強く言えないんだよな。

 施設に着くとアールスとカナデさんがすでに中にいて魔獣達と遊んでいた。

 小屋の中をよく見ると長方形の黒い空間が出来ている。


「アースまだ見てたの?」

「ぼふっ」


 アースは尻尾を振って答える。

 黒い空間は反対から見ればアースの姿が映っている。光が途中で反射されているから、そこだけ光が通過できなくなって目に見えない黒い空間となっているんだ。


「ナス、お疲れ様」 

「ぴー……」

「アースはほどほどにしておきなよ」

「ぼふん……」

「でもぉ、本当にかわいいですよねぇ」


 カナデさんがそう褒めるとアースがお礼を言いながらカナデさんの肩に頬の辺りを当てている。本当はナスやヒビキがやるように頬を擦り合わせたいんだろうけど、体格差があってアースがやったら首を痛めてしまうし、カナデさんの場合はツインテールが乱れてしまうんだ。


「そうだ。アールス。さっきテグリィスさんに会ったよ」

「ガーベラちゃんに?」

「うん。それで勝負挑まれた」

「なんで?」

「アールスに勝った僕と戦ってみたいんだって」

「……ガーベラちゃんが?」

「そうだけど、何その含みの籠った微妙な顔は」

「うーん……まぁ戦えば分かると思うよ」

「えぇ……」


 一体テグリィスさんに何があるんだ?


「テグリィスさんってどんな方なんですか?」

「頑張り屋でね、ちょっと空回る所もあるけどいい子だよ」

「仲いいの?」

「うん。よくお昼ご飯一緒に食べたりするよ。休みの日は訓練場で一緒に訓練する時もあったけど……そういえば最近あんまり訓練場で見ないなぁ」


 悪い子ではなさそうか。フェアチャイルドさんと仲良く出来るかな? 旅に出ると友達は作りにくいからこの機会に人と仲良くなってほしいのだけど。




 翌日の約束の時間。

 訓練場の前にテグリィスさんがアールスと一緒に待っていた。

 カナデさんもくるはずなのだけど姿は見当たらない。仕事が長引いているのだろうか。

 テグリィスさんは足元を踏み鳴らしていて遠くからでも分かる位苛立っている。大分待たせてしまったみたいだ。

 二人の傍に行き待たせた事をお詫びする。


「待たせてごめんね」

「ううん。ナギ達は仕事してるんだから仕方ないよ。ね? ガーベラちゃん」

「そんなんどうでもええから早う行くで」

「ごめん。もう一人来るはずなんだ。待っててもらっていい?」

「はぁ? 誰が来るん?」

「僕達の仲間だよ。今日の事話したら見学したいって言ってさ」

「見せ物やない。待つ必要ないやろ」

「まぁそうだけど……」


 テグリィスさんからしたら遅れて来ておいて事前に相談も何もない事を押し付けられても不愉快だよね。

 カナデさんには悪いけど、ここはテグリィスさんの意思を尊重しようか。


「分かったよ。じゃあ中に入ろうか」

「……あんた諦めるの早やない?」

「言い分はもっともだと思ったからね。それとも待ってくれる?」

「待たん。でももっとこう……なんかあるやろ? 仲間の為に交渉するとか、頭下げるとか」

「でも遅れてるのは仲間の方だし……僕も遅れてきたからあんまり強くは出れないというか」

「諦めんなや! どうしてそこで諦めるん?

 あかん。そこで諦めたらあかん!

 もう少し踏ん張ってみや!

 仲間の事思ったらもっと粘れるはずや! 本気になればもっと行けるはずやろ!」

「えぇ……」


 何この……デジャヴ。前世でもこういう有名人いたなぁ。


「あんたがもうひと踏ん張りすればうちが待ってくれるかもしれないやろ!」


 アールスを見てみると苦笑いを浮かべている。よくある事のようだ。


「……分かったよテグリィスさん。お願い! もう一人来るんだ待ってくれないかな?」

「嫌や」

「そこを何とか!」

「ぜーったい嫌や」

「お願いします!」

「うちは待たされんのが嫌いなんや!」

「そっか……じゃあ中に入ろうか」

「いきなり素に戻んなや!」

「いや、でももうカナデさんが来てたし」


 実はテグリィスさんが熱く語ってた時にカナデさんはこっそりと横の方からやってきていたのだ。

 後のはついノリで合わせてしまっただけだ。

 カナデさんは状況が分からないといった様子で曖昧に微笑んでいる。

 テグリィスさんはカナデさんに気づくと顔を真っ赤にして僕にかみついてきた。


「あんたなんなん!? なんなん!」

「どうどう。ガーベラちゃん落ち着いて?」


 アールスがど馬にやるようにテグリィスさんを押えながら背中を軽くたたいている。


「とりあえず中に入ろ? ここで騒いだら他の人に迷惑だよ」


 アールスがうまく誘導しテグリィスさんを訓練場の中に入れる。

 ずっと僕の事は睨んでいたが。


「なんなんですかあの人は」


 フェアチャイルドさんが疲れた様子で呆れ気味に呟いた。


「ま、まぁ僕にも悪い所はあったし」

「なんというか……暑苦しいというか、鬱陶しいというか……合いそうにありません」

「出会ったばっかりなんだし、これからだよ」


 テグリィスさんとフェアチャイルドさん仲良くなれるかなぁ。

 僕はあんまり悪い印象じゃないのだけれど。


「なんだかすみません……私の所為で喧嘩になってしまったみたいで……」

「別に喧嘩じゃないですよ。ちょっと僕が悪ノリしただけです。後で謝らないとな」


 それも試合が終わって頭が冷えてからだ。

 僕は二人の後を追い訓練場の中へ入っていった。

 武器の貸し出し部屋に二人はいた。

 テグリィスさんは武器を選んでいる途中らしく僕の身長よりも長く、横幅も僕の肩幅ぐらいある大きな木剣を前にどれにするか悩んでいるようだ。

 木で出来ているとはいえ大剣だ。普通の女の子が腕二本で振り回せる重量ではない。

 剛力の固有能力を持つベルナデットさんなら持てるだろうけど、統率者に力の補正があるのだろうか?

 なんにせよ油断したら痛い目に合うかもしれない。僕も木剣と盾を慎重に頑丈そうな奴を選ぶ。

 武器を選び終えた僕達は部屋を移りアールスの時と同じように部屋の真ん中へとやって来た。


「おい。あの子ガーベラじゃないか?」

「久しぶりだな。相手は……アールスに勝った子じゃないか?」

「なんとも……」

「黒髪の子嫁にしたい」

「俺の嫁だから」

「お前ら……通報した」


 なんだかまた注目されてるな。

 テグリィスさんは不愉快そうに鼻を鳴らす。

 大剣は重そうに両手で持っている。扱えるのだろうか?

 そんな疑問もテグリィスさんが動き出した事によって中断する。

 テグリィスさんは大剣の剣先を重そうに引きずりながら歩き出している。いや、もしかしたら走ってるつもりなのかもしれない。

 なんというか、隙だらけだ。演技には見えないけれど。

 周りから失笑のようなものが聞こえてくる。


「うぉりゃあ!」


 気合の声と共に大剣を持ち上げるが、扱いきれていないのは明白でのろのろと持ち上げられた後僕に向かって重さによって落としてくる。

 振り下ろしている訳ではないので剣筋なんて聞こえのいいものは全くない。余裕で避ける事が出来る。

 僕は横に避け無防備なテグリィスさんの首筋に木剣を突きつける。


「えと……勝負あり?」

「ありだね」


 見ていたアールスも認めた。


「まだや! まだうちは動ける!」

「じゃあ続ける?」

「当り前や!」

「じゃあ同じ武器で戦うのもつまらないし違う武器にしない?」


 さすがに大剣を使われたら勝ちは見えている。


「嫌や」

「なんで?」

「うちはこれで戦いたいんや」

「じゃあもう戦わない」

「なんでや!」

「だってその武器で勝ったし」

「一回だけやん!」

「じゃあ次勝ったら武器変える?」

「嫌や」

「じゃあやだ」

「なんでや!」

「なんでそんなに大剣で戦いたいの?」

「かっこいいやん」


 かっこいいか。確かに大きな武器で戦うのか浪漫があるよね。でもね。


「……ふぅ。テグリィスさん」

「なんや」

「今の君はカッコ悪いよ」

「なんやて!?」

「君のはそのかっこいい武器を全然扱えていないじゃないか」

「!?」

「かっこいい武器はちゃんと扱えてこそ見栄えするんだ。そこの所をちゃんと理解してる?」

「……うっさいわぼけ! そんなんうちはわかってるわ! でもうちはこれがええねん!」

「君は格好いい武器を使う自分に酔ってるだけだ!

 僕にはそれが許せない。好きだから使うのはいい。だけど、それならちゃんと扱えるようになるまで自分の成長を待つべきだ!

 見た所足りていないのは力だ! 必死に努力しているのは君の手を見ればわかるけれど、君の身体にはその武器は早いんだ。

 今は成長し身体が大きくなるのを待つべきなんだ」


 テグリィスさんの手の皮の厚さは女の子の物とは思えないほど厚くなっている。

 何度も傷つけ回復させなければ出来ない硬い皮膚だ。


「!? 大きうなれたら……扱える言うんか?」

「身体の大きさ、重さは重量を支えるのに必要な物なんだ。今行っている努力は無駄にはならないよ」

「皆……うちには無理やって。他の武器にしろって言われ続けてた」

「それはちょっと言葉が足りないだけだよ。今の君では無理だっていう意味さ」

「ずっと努力が足りん思うてた」

「もっときちんと説明されていれば君にもわかっていたはずさ」

「うち……」

「大剣でもいろんな大きさの物がある。その中から僕と一緒に君に会う物を探してみない?」

「ええんか?」

「当り前さ。だって、僕達は友達じゃないか」

「あんた……ええ奴やな。アリスって呼んでもええか?」

「……いいよ。じゃあ僕はガーベラって呼ぶね」

「ええで」


 僕達は手を握り合う。テグリィスさんの手は見た目通り硬く、まめが出来ている。


「あんたの手意外と軟らかいな」

「君と比べないでよ。君の手は同い年でも異常だと思うよ?」


 一体どれだけの研鑽を積めば同じ年の女の子がまるで大人の手のように固くなるのか。

 アールスの事を化け物と呼んでいたが、この子も大概だ。

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