初めてのおしゃれ
護衛の仕事を終えて帰ってきたカナデさんと一緒に僕は呉服屋へやってきていた。
前にカナデさんと相談したアースとヒビキへのプレゼントを買う為だ。
フェアチャイルドさんとアールスも一緒に来ているのだけど、二人は何やら離れた場所でこそこそしている。何をしているのだろう?
買う物の種類は事前に決めている。ヒビキにはリボンを、アースにはちょっと凝った髪飾りを僕が作る為の生地探しだ。
ふたりにはどんな柄が似合うだろうとカナデさんと一緒に相談しながら商品を見る。
「ナギー」
リボンを見ているとアールスが僕の名前を呼んできた。
「これなんてどう?」
アールスが見せてきたのは幼児用の服だった。
「リボンだけじゃなくてさ、ヒビキちゃんにはこういうのもいいんじゃないかな」
「服か……確かにありかもしれないね」
「でしょ?」
タキシードみたいな服を着せるというのもありかもしれない。いや、雌だったかもしれないしドレスの方がいいかな。どっちにしろヒビキの意見を聞いてからの方がいいかな。
「うーん。いや、今日はやめておこう。きちんとした服はちゃんと大きさを測って僕が作るよ」
「そういえば服の補修してるって言ってたっけ」
「複雑なのは無理だけど、簡単なのなら型さえあれば作れるよ」
ナスのぬいぐるみを作った経験もあるし、なんとかなるだろう。多分。
ヒビキのを作るとなるとナスは何とかなるとして、アースはどうするべきか。鞍のように背中に何か掛けるのがいいかな。
「アリスさん。このリボンなんてかわいいと思いませんかぁ?」
カナデさんが見せてきたのは赤と白と黄色の格子柄のリボンだ。
赤が基本色らしく一番と太く使われている。
「いいですね。これにしましょうか」
「じゃあさじゃあさ、アースにはこれなんてどうかな?」
アールスが持ってきた生地は、白鼠色の生地に翡翠のような明るい緑色の蔦模様が刺繍されている物で、棒状に丸められている。
大きさも絨毯のように大きく、そして厚く丈夫だ。恐らく室内の飾り用の布だろう。
「うーん。きれいなんだけど、装飾品には使いにくい柄と生地かな」
「そっかぁ……」
「でもこれいいね。アースの寒さ避けに使えるかも」
大きさ的にもちょうどいい。これなら荷物の上からでもすっぽりとアースを包み込めるだろう。
「じゃあ」
「うん。これも買っちゃおう」
「やった」
「ナギさん。これなんてどうでしょう」
お次はフェアチャイルドさんか。
フェアチャイルドさんは紅色の飾りのない生地を持ってきた。厚さは装飾品にするのに適した厚みを持っている。
硬さも悪くない。簡単に折り曲げる事は出来るけれど、大きさを調整すれば自然に折れ曲がる心配はないだろう。
「きれいな色だね。硬さもちょうどいいし……うん。いいと思う。これにし……ようか」
生地からフェアチャイルドさんの顔に視線を移そうとした時、視界にありえない物が入った。
僕は二度見したくなる衝動を抑えフェアチャイルドさんの赤い瞳に視線を合わせ微笑む。
「気に入って貰えて嬉しいです」
可愛らしく微笑み返してくるフェアチャイルドさん。
なんとなく腕の動きが胸を強調させている気がする。
「あ、あはは」
アールスに視線を向けると、アールスはニコニコと満面の笑みを浮かべている。
カナデさんの方を見てみると心なしか表情が硬い。
カナデさんに小声で話しかける。
「カナデさん。あれは……見ない振りした方がいいんでしょうか?」
「そ、そうですねぇ……さりげなく褒めた方がいいかもしれません……」
「……分かりました」
直接的な表現は控えた方がいいだろう。となると。
「フェアチャイルドさん。今日はなんだか、すごく魅力的だね」
「そ、そうですか? なんだかそんな風に言われると恥ずかしいです」
フェアチャイルドさんはくねくねと身体を動かしながら胸を強調させている。
そう、あるはずのない胸を。
形は布を詰め込んでいるような感じはなく自然だ。一体何を中に入れているんだ? パッドか? この世界にもパッドがあるのか?
「な、なんだか今日はいつも以上にきれいですねぇ」
「そんなことないですよ」
否定しつつも頬が緩んでいる。
とりあえず会計を済ませようとその場を離れると、フェアチャイルドさんとアールスがきゃっきゃと嬉しそうに笑い合っている。
きっと最初二人でこそこそしていたのはパッドを購入していたんだろう。
でもね? お店に来る前と入った後で大きさが違ってたら不自然にもほどがあるんだよ? それを分かっているのだろうかあの二人は。
せめて少しずつ盛るとかあるだろうに。
店を出ると作業の為に僕は皆と別れ宿屋に戻った。
部屋の中に入り机の前の椅子に座ると早速前もって用意していた型紙を取り出し、型紙に沿って買ってきた生地と元から持っていた生地を切る。
紅色の生地は花弁の形に。
黄色い生地は花序と呼ばれる花の中心部分に。
深緑の生地は葉の形に切り取った後、残った部分を棒状に丸くしてから固め茎に。
いわゆるコサージュというやつだ。この世界では造花として主に使われているけれど、高級品ともなると服などの装飾品にも使われている。
複雑な物や本物と見間違うほど完成度の高い物はさすがに技術が秘匿されているけれど、簡単な物なら子供にも作れるようにと型紙が付属されている作り方の本が出ている。
僕が作ったのはそんな簡単な物だ。
既製品の造花だと脆い為旅には耐えられないかもしれない為少し手を加え頑丈に作った物にブリザベーションをかける。
出来上がったコサージュの最終点検をしていると扉の開く音とただいまという声が聞こえてきた。
フェアチャイルドさんとカナデさんの声だ。気が付くと外は暗くなっていた。
どうやら無意識に魔法を使っていたみたいで部屋の天井に僕の作ったライトが浮いている。
「おかえり。遅かったね」
「お店を見て回っていたら遅くなってしまいました」
「楽しかった?」
「はい。首が揺れる置物とか、水を利用した自動楽器等中々面白い物が沢山ありました」
「へぇ、良かったじゃない」
楽しめたようで何よりだ。
「髪飾りは出来上がったんですかぁ?」
「出来ましたよ。これです。どうでしょう?」
ヒビキほどの大きさのあるコサージュをカナデさんに渡す。
カナデさんは丁寧に手に取るとじっくりと見つめる。ついでにフェアチャイルドさんも横から興味深そうに見ている。
「うーん。相変わらず上手ですねぇ。縫い目がお店で売っている物と比べても遜色ないですよ~」
「形もきれいでアースさんが羨ましいです」
「あはは、褒め過ぎですよ」
紅色の花をアースは喜んでくれるだろうか。
朝になり僕はプレゼントを持ちいの一番に魔獣達のいる施設へ向かった。
カナデさんも珍しく早起きして眠そうにはしているが一緒だ。
ナスには要望通りのくつわと鞍と手綱。
ヒビキには格子柄のリボン。
アースには紅色のコサージュ。
喜んでくれなかったり微妙な反応を示された時の事を考えるとちょっと怖い。
でも、似合うと思うんだ。そう思ったから買ったし作ったんだ。
ナスとヒビキは僕達が小屋の中に入るといつものように起き出し近寄ってくる。
アースだけは相変わらず眠っているけれど。
「ナス。ようやくナスが欲しがっていた物が出来たよ」
「ぴー!」
背負い袋からくつわと鞍と手綱を取り出しナスに見せる。
「ぴーぴー」
早く着けてと揺すってくる。
頭を撫で落ち着かせてから全て装着させた。
ついにナビィが騎獣となる日が来てしまったか。
「ナス。光を操って自分の姿を確認してご覧」
そう進めるとナスの横に鏡のように姿を反射する空間が出来た。
「ぴー! ぴー!」
ナスはかっこいい、今すぐ乗せたいと言う。
なので僕はフェアチャイルドさんを勧めてみた。
一度横乗りを試して具合を確かめてもらいたいし、そもそもナスが騎獣の職業に就いたのはフェアチャイルドさんを緊急時に乗せる為だからだ。
フェアチャイルドさんは躊躇いがちにナスの鞍に座り手綱を取る。
「ちゃんと走るのは次のお散歩の日にしようね」
「ぴー」
ナスはわかったと鳴くとゆっくりと小屋の中を一周した。
「どう? 乗り心地は」
「……不思議です。視界は動いているのに揺れを全く感じさせません。まるで自分で動いているかのようです。それに、安定感も非常にいいです」
胸の辺りにもずれはなさそうだ。これが職業の補正の効果か。すごいな。
「ナスの方は違和感とかない?」
「ぴー!」
「そっかそっか。よかった。気に入ってくれたかな?」
そう聞くとナスは僕に近づいてきてありがとうと言いながら僕の顔に鼻先を擦り付けてきた。
よかった。喜んでもらえたようだ。
「きゅーきゅー!」
ヒビキもかっこいいとナスを褒め称えている。
「ヒビキの分もあるんだよ。ナスだけじゃ悪いからね」
「きゅー?」
腰の小袋からリボンを取り出しヒビキの首輪に取り付ける。
「ナス。ヒビキにも自分の姿見せてあげて」
ナスの能力による姿見はヒビキには水や鏡のような物だと説明してあるので仲間と間違えるような事はない。
自分の姿を見たヒビキは身体を傾げてから似合ってる? と聞いてきた。
「うん。似合ってるよ」
「かわいいですぅ」
「きゅーきゅー」
羽をパタパタと動かしステップを踏み喜びを全身で表現しだした。
リボンを貰った事よりもかわいいと言われた事の方が嬉しいようだ。
なんだか複雑だが仕方ないか。そもそも元が動物なんだし僕達とは美的感覚が違うのかもしれないし……。
気を取り直して次行こう。
「アース」
僕が口の上あたりに触れると、アースの目が開き僕を見てくる。
「アースにもプレゼントがあるんだ。ここに来るまで一杯頑張ってくれたからね。気に入ってくれるといいんだけど」
「ぼふ?」
背負い袋からコサージュを取り出しアースに見せる。
するとアースはコサージュをじっと見つめた。
「どうかな。造花の飾りなんだけど」
「ぼふ……」
きれい、と呟いた。
きれいと思ってくれるんだな。
なんだかその一言がとても嬉しい。作った甲斐があるというものだ。
「どこに付けようか? アースは希望とかある?」
「ぼふん……」
分からないらしい。こういう物って今尻尾についている通行許可証位しかつけた事がないから仕方がないかな?
「じゃあ耳元にしようか」
「ぼふ」
こういうのは目立つ所に付けた方がいいだろう。
アースは頭を下げて付けやすいようにしてくれた。
アースの丸く曲げた板のような耳の付け根に茎と目立たないようにアースの体毛と同じ色の銀糸を巻き付ける。これなら茎がアースの耳に巻き付いているように見えるだろう。
「ナス。アースにもお願い」
「ぴー」
「ぼふ……」
反射された自分の姿をアースは食い入るように見ている。
「どうかな?」
「ぼふぼふ……」
アースは僕の頬に唇を押し当ててきた。キスのつもりだろうか?
「気に入ってくれた? よかった」
「ぼふぼふ」
やはり女の子だ。きれいになった事が嬉しいらしい。
ナスが反射をやめようとするとアースは消さないでと怒った声で止めようとする。
ナスは通訳してもいないのに何を言ったのか理解したのか嫌々といった感じで光の反射を続けた。
なんだかんだでこのふたり意思の疎通が出来てる辺り仲いいのかもしれないな。
……ナスにはちょっと悪いかもしれないけど、そこまでアースが喜んでくれたのは純粋にうれしいな。