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正々堂々と

 夏の暑さが徐々に和らいできて、秋季の長期休暇が目の前までやってきた日の事だった。

 ロビーでこれからの事を話していた僕達はフェアチャイルドさんが故郷に帰らないという話を聞いた。


「え? 今度の休みもレナスちゃん村に帰らないの?」

「はい……私は、身体が弱いですから……先生から止められたんです」


 春季の時もフェアチャイルドさんは戻らなかった。その時は風邪気味だったから帰らなくても疑問には思わなかったけれど、まさか秋季も帰れない事になるとは思わなかった。


「でも確かに夏の間ずっと具合悪かったよね。最近は元気になってきてたけど」

「はい……」

「んー……私も帰るのやめようかな……」

「それは……駄目だよ。アールス」

「どうして?」


 長期休暇は別に故郷に帰らなくてもいい。グランエルで帰らずにもっと学びたい者や帰る必要がない者がいるからだ。

 たとえ僕とアールスが帰らなくてもほんのちょっと大変になるだけで収穫には問題ないはずだ。

 けど……。

 僕はアールスを連れてフェアチャイルドさんの傍から離れて、小声でアールスを説得にかかった。


「フェアチャイルドさんを帰らない理由にしちゃ駄目だよ」

「え?」

「アールスが本当にフェアチャイルドさんの事が心配なのはわかるけど、寮には先生達だって残るんだ。僕達がいなくても先生達がいれば大丈夫さ」

「でも……」

「アールスはフェアチャイルドさんが自分のせいで家に帰らないって言ったらどう思う?」

「それは……悲しい……」

「だろう? アールスのしようとしてる事はそういう事なんだ」

「……レナスちゃんは私が家に帰れないと悲しい?」

「うん」

「わかった……」


 なんとか分かってくれたか。


「じゃあ村に帰ったら僕は元気にしてるって伝えておいてね」

「……え? なんで?」

「僕帰らないから」

「なんで!?」

「だって秋季補講に出るから」


 剣術の練習をしたいからね。仕方ないね。


「なにそれ!? 私も残る!」

「どうして残るの?」

「れな……補講に出るから!」


 よく言えました。


「なら仕方ないね。早く先生に言っておかなくちゃご飯食べられなくなるよ」

「え? え? なんで?」

「寮に残る子は前もって先生に言わないといけないって、先週言ってたでしょ」

「……言ってた?」

「言ってた。まだ間に合うかわからないけど先生の所に行ってきな」

「うん」


 走っていくアールスを見送って僕はフェアチャイルドさんの所へ戻る。


「あの……」

「アールス補講があるから残るってさ」

「え」

「ああ、僕も補講があるんだ。剣術の。だから残るんだよ。秋季休暇の間もよろしくね」

「……はい」


 僕的には帰らない理由は本当に補講が目的だったんだけどね。フェアチャイルドさんが帰らないとは思わなかった。

 僕は補講の事を聞いてから村に帰る気はなくなったから、両親には申し訳ないけれど僕の顔を見る事になるのは卒業後になるだろう。




 長期休暇に入った僕は毎日昼までを剣術の訓練に当てた。学校に行けば先生がいるし、模擬戦の相手もいる。たとえば今戦っているカイル君がそうだ。


「はぁ!」


 カイル君の木剣を弾き飛ばして首筋に僕の木剣を当てる。


「……ちくしょう。また負けだ」


 絞り出すように自分の負けを宣言すると自分の木剣を取りに行った。

 お互いに怪我はない。僕は木剣しか狙わなかったし、カイル君の攻撃はすべて防いだ。

 自分の手を握り締めて木剣の感触を確かめる。カイル君は僕には全く敵わない。けれど……。

 視線を彷徨わせ目的の子を発見した。その子は今木陰で見学しているフェアチャイルドさんと楽しそうにお喋りをしている。


 選択科目でカイルと同じように剣術を選んでいるがカイルとその子の実力差は歴然だった。

 僕も何度か模擬戦を行っているけど、恐らくもうちょっとしたら昔から筋トレをしていた僕でさえ勝てなくなる。

 今はただ自分の身体能力で勝っているけれどアールス(・ ・ ・ ・)は物が違う。剣の鋭さが違う。剣の重さが違う。足捌きが違う。同じ歳のはずなのに全く違う。きっとあの子は僕のような張りぼてと違って真の天才だ。


「カイル君」

「なんだよ」


 ちょっと涙ぐんでるカイル君は服の袖で顔を拭いている。


「アールスに、負けたくないと思わない?」

「思ってるに決まってるだろ。でもお前にだって勝てないし……」

「僕もアールスに負けたくないと思ってる」


 大人げないと思うかもしれないけど、それでも負けたくない。少なくとも負けるのは今なんかじゃない。遠い未来にしたい。


「お前アールスにいつも勝ってるじゃん」

「……だから分かるんだよ。アールスはいつか僕を追い抜く」

「そうなのか?」

「僕は選択科目を魔法にしてるからね。それだけ差が出るさ」

「俺剣術なんだけど」

「さぁ今度は先生の動きを意識しながら模擬戦してみようか!」

「おい」


 上手い人の真似をするのは重要だ。といっても何もない状態から真似するわけじゃない。

 ちゃんと前もって先生から習っていた型を基に先生と僕達の動きの違いを確かめているんだ。

 先生には教えた型以外の事をするなと言われているので僕は素直に従っている。けれどカイル君は時々習った事以外の事をしてくる。きっと僕に勝てなくて焦っているんだろう。

 今もそうだ。

 僕達は正眼の構えから剣を頭上に持っていき剣を振り落とす上段切り、斜め上から相手を肩から切り裂く袈裟切り、そして、足捌きの三つしか習っていない。

 しかし、カイル君は奇襲のつもりなのか突きや蹴りに頭突きなんてものも繰り出してくる。勝てばよかろう状態だ。先生によく叱られているが治す気はないみたいだ。


 僕だって流れで習った太刀筋以外の物を使う時はあるけれど、無理に出す気はない。出したとしても力は籠めずに牽制のつもりで出すだけだ。けどカイル君は違う。流れも何も考えずに繰り出してくる。

 蹴りは当たっても痛くないから無視している。突きは動作が大きいからすぐに気づいて避けている。頭突きはそこまで近づかないようにするだけでいい。頭突きを無理に使って来ようとしたら隙だらけになるから対処も楽だ。

 よってカイル君がよく使ってくるのは突きだ。突きに気を付ければ負ける事はない。


 そんなカイル君の相手をしているとやはり余裕が出てくるわけで冷静に自分の動きと先生に習った動きの差を確かめられる。いつも練習しているから頭では分かっているつもりなんだけれど、戦いながらだと上手くいかない。まだ練習が足りないのかな。

 何合か打ち合った後カイル君に決定的な隙が出来た為さっきと同じように木剣を弾き飛ばし模擬戦を終えた。


「くっそー! なんで勝てないんだよ!」

「カイル君は基本がなってないんだよ」

「あんなのいくらやったって勝てないじゃんか!」

「他の事やっても勝てないじゃないか」

「うっ!!」

「いい? カイル君。正直に言うけど君の使っている蹴りとか突きは卑怯だ。戦いに卑怯もくそもあるかとは言うけれど、それは実戦での話。模擬戦でやったって何の糧にもならないんだ」

「勝てなきゃ意味ないだろ?」


 カイル君は僕の言っている事が理解できないのか困惑した顔で反論してきた。


「模擬戦なんだから負けたっていいんだよ。模擬戦は負けないようになる為の訓練なんだから」

「でもお前だって負けたくないって言ってただろ」

「負けてもいい事と負けたくないっていうのはまた別だよ。それにさ……」


 ちょっと難しい話になってきたから軌道修正する事にした。ここでグダグダ言うよりもよっぽど効果のある言葉だ。


「卑怯な手を使って勝つよりも正々堂々と戦って勝つ方がかっこいいじゃないか」

「!!」


 かっこいいという言葉に反応したのか途端にカイル君の顔つきが変わった。流石男の子だ。


「カイル君は確か王国騎士になるのが夢だったよね」

「お、おう。騎士様はかっこいいからな」

「そんな騎士様がカイルみたいに蹴りや頭突きを使って勝つのと、正々堂々と剣で勝つのどっちの方がかっこいいと思う?」

「それは……正々堂々と剣で勝つ方」

「でしょう?」


 子供なんだ。勝つ事に拘って小賢しい手を考えるようになるのなんてもっと大きくなってからでいい。今は基本をしっかり身に着けた方がいいと僕は思う。


「今はそういうかっこいい勝ち方をするための訓練なんだ。負ける事なんて大したことじゃない。もっと未来を見ようよ」

「お前……本当にすごいな」

「それほどでもないさ」

「……ナギはさ、やっぱそういう奴の方が好きなのか」


 どちらが好きかと言えば僕は相手の卑劣な罠を食い破り正々堂々と戦って勝つ特撮ヒーローみたいなのが好きだ。


「うん。好きだよ」

「そっか……俺、先生に自分の型見てもらいに行ってくる」


 生徒達は時々は先生に自分の型を見てもらって崩れていないか見てもらう様にしている。丁度いいから僕も見てもらおう。


「それだったら僕も行くよ」


 結局先生に型を見てもらったカイル君は散々駄目出しを食らって涙目になっていた。少し可哀想だったが慰める前にお昼の時間になりカイル君は走って家に帰ってしまった。

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