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約束されし楽園

 訓練場を出るとアールスの時間が迫っていたのでそこで別れる事になった。

 別れ際にはアールスに見えていた暗い影は見えなくなっていた。

 アールスと別れた後僕達は組合へ向かった。

 今日のお仕事を受ける為だ。

 第一階位の仕事は学校でもやっていたような仕事ばかりで、簡単な荷物運び等の報酬は安いが短時間で終わるものや、溝洗いなどの報酬はそこそこあるが拘束時間が長く汚い仕事が多い。

 ちなみに治療の仕事は組合の方に直接回してもらうようにと面倒な手続きを終わらせてある為役所へ行く必要はなくなった。旅立つ時はまた面倒な手続きがあるのが憂鬱だが、毎日一時間以上走って役所まで行くよりかはましだ。

 受付で治療の依頼の有無を確かめて、無い事を確認するとフェアチャイルドさんと一緒に拘束時間の短い依頼を見繕ってもらう。

 掲示板に行けば自分で選べるのだけど、人が賑わっているので受付に頼んで依頼を受ける人も少なくはない。それを正式な冒険者になってから学んだ。

 ただし、掲示板に張り出されている依頼は報酬が高く拘束時間も割合がいい物ばかりだからお金が欲しい時はそちらで受けるべきだろう。

 僕達の場合はとにかく数を稼いで速く昇位したい為報酬には拘らず短時間で終わるものを選んでもらうんだ。

 第一階位から第二階位への昇位には依頼達成数が三百に達しないと出来ない。

 一日一件でやっていたら九ヶ月も費やしてしまう。だけど一日十件なら一ヶ月で第二階位に上がれるのだ!

 ……とはいう物の、一日十件も出来るほど移動の時間がかからなかったり拘束の短い依頼が都合よく集まるわけではないし、依頼が毎日来るわけでもない。

 それに最低でも週に一回は魔獣達を散歩に出したいので効率はもっと下がる。


 今日受けられた依頼は五件。わざわざ移動時間まで考えて斡旋してくれた職員さんに感謝。

 五件の内四件が荷物運びで、残りの一件が組合での仕事でどれもフェアチャイルドさんと一緒にやればすぐに終わる仕事だ。

 その分二人で分けると報酬が少なくなるけれど、そこは相談して一割ずつお小遣いとしてお互いに分け、残りは共有資産として宿代や食事代に使われる事になった。

 ……実は今泊まっている宿は安全の為に割といい所で、共有資産からじゃ賄いきれないんだ。なので大部分はカナデさんから出ている、とフェアチャイルドさんには思わせてその実僕とカナデさんの折半だ。

 本当は僕が全部出そうとしたのだけど、カナデさんがそれを許してくれなかった。

 中級の冒険者が初級の、しかも第一階位の冒険者の面倒を見るのにお金を出さないと周りから白い目で見られると言われたのだ。

 そんな説明されたら頷くかしかなかった。けどフェアチャイルドさんに折半の事を隠す口実にも使えたのは良かった。フェアチャイルドさんも渋々といった感じで共有資産からも多少は出すという事で納得してくれたのだ。

 共有資産からも出すと言った時カナデさんは微妙そうな顔してたけど。

 ただそんないい所に子供だけで泊まるのも目につきやすいだろうからフェアチャイルドさんには僕からなるべく離れないように言っている。


 依頼を終えると僕達は今度は魔獣達の所へ行く。

 お昼は依頼で会えないから一日二回しか会う事が出来ない。

 もふもふ分が足りない。

 旅の最中は好きな時に触れた為あまり意識していなかったが、首都にやってきてそろそろ一週間。物足りなくなってきた。

 朝と夕方に合ってもふもふすれば一時的な満足感は得られるけど、好きな時に触れるという至福の日々を知ってしまったんだ。

 秋……秋の終わりまでに僕達は北の方へ旅立つ。その時まで我慢だ。

 施設に着き、魔獣達を預けている小屋の中に入るとヒビキが僕の胸に飛び込んできた。


「きゅーきゅー」

「あはは、くすぐったいよヒビキ」

「ぴーぴー」


 ナスが遅れてやって来て僕の脚に頬と耳を擦り付けてくる。


「ナス、中に入るからちょっと離れてくれる?」

「ぴぃ……」


 嫌そうな声を上げつつもナスは道を開ける。

 地面に伏せているアースの所まで行き、そこでアースに背を預け座りナスに手招きをする。

 ナスを膝の上に乗せ、抱いていたヒビキをナスの背に載せる。

 これぞ約束されし楽園フォーメーションエデンだ。

 ふふっ、なんという贅沢を僕はしているんだろう。前世では出来ないような事を今僕はやっている!


「……」


 フェアチャイルドさんが真顔のまま無言で僕の隣に座ってくる。

 おやおや。さすがのフェアチャイルドさんもどうやら我が楽園に引き寄せられてしまったようだ

 そしてフェアチャイルドさんはくっついていたライチーを抱きしめ僕の肩に頭を乗せてくる。

 なんだかいいな。この状況。落ち着くというかまったりと時間が流れていく感じ。

 暖かい。そう感じるのは季節が夏だからというだけではないだろう。

 昔を思い出す。

 グランエルに来る前に、お母さんやお父さんと一緒に過ごした日々。そして……。


「きゅー?」


 ヒビキが身体を傾げ僕の目元に羽を当ててくる。どうやら涙が出ていたようだ。


「ナギさん。泣いているんですか?」

『ナギだいじょーぶ?』

「あはは、なんでもないよ」


 中身はいい年してるのに家族を思い出して涙したなんて、恥ずかしくて言える訳ないじゃないか。本当この身体は涙腺が緩くて困る。

 でもフェアチャイルドさんは心配そうに僕を見てくる。


「そんな顔しないで。本当に何でもないから」


 だからもう少しだけこの暖かな時間を続けさせてほしい。


「それよりアールスまだかな」


 勉強を一緒にやる約束をしているアールスとはここで会う事になっている。

 何故ここなのかというと、アールスも魔獣達と触れ合いたいからだ。

 ナスはもちろんヒビキとはあっという間に仲が良くなった。

 アースとはそれなり? アースはアールスと違って積極的に人に懐いていく性質ではないのでまだまだこれからだろう。


「ぴー」

「ナスも早く会いたい?」

「ぴー。早く、会い、たい」

「アールスさんが通っている所はここからだと距離がありますからね」

「うん。だからもうちょっと待とうね」

「ぴー……」


 そして、少しの時間が経ち小屋の入り口からアールスの声が聞こえてきた。


「あー、いいないいな。ナギずるい!」


 アールスは駆け足で僕達の方へやってきてナスに抱き着いた。


「んふふ。いいでしょ」

「代わって~」

「いいよ」


 ナスをどかしアールスと場所を変わる。

 アールスならナスの重さにも耐えられるだろう。


「あっ、レナスちゃんはここにいなきゃ駄目」

「ええ……」


 困惑気味のフェアチャイルドさんを抱き寄せる。


「ナギはこっち」

「僕も?」


 僕はフェアチャイルドさんの反対側に座らせられた。


「で、ナス」

「ぴー!」


 ナスがアールスの膝の上に乗っかる。


「ヒビキちゃん」

「きゅー!」


 そして、ヒビキは抱きしめる。

 アールスは見事にフォーメーションエデンを再現して見せた。

 そして、ヒビキを頬ずりしながらアールスは叫んだ。


「きもちいー!」


 そんな可愛らしいアールスの頭を僕は軽く撫でる。

 相変わらずサラサラの髪だ。うなじの辺りで髪を二本に分けているのはリボンのようだけど、犬の髪留めがリボンを隠している。

 フェアチャイルドさんとは髪質が違うけど、こちらもずっと触っていたくなる髪だ。


「ん……」

「ナギさん。触り過ぎです」


 睨まれた。


「ごめんアールス」

「私は気にしてないよ? ナギがしたいならもっとしてもいいよ?」

「じゃあもう少し」

「……むぅ」


 フェアチャイルドさんはふくれっ面になって僕を見てくる。しかし、僕はアールスから許可を得たのだ。触る権利はある!


「えへへ……ナギがいて、レナスちゃんがいて……私今すっごく幸せだよ」

「アールス……」

「わ、私もです。私も、今この場所に居られる事が出来てとても幸せです」


 二人は顔を合わせ笑い合うと次は僕の方を見てきた。


「僕も幸せだよ。皆が無事にここにいるんだ」


 僕の方に向けているナスのお尻を撫でると気持ちよさそうな声を上げる。


「こんなに幸せな事はないよ」




 魔獣達と戯れていたおかげで勉強の時間が短くなってしまった。

 勉強と言ってもアールスが習った事を復習がてら僕達が習うような形をしている為どうしても時間がかかってしまう。

 日が落ちるのが遅くなってきているとはいえ、アールスの家に着く頃には日はほとんど沈んでしまっていた。

 軽くおさらいだけにしようかと聞くと、アールスは家に泊まる事を提案してきた。

 僕達が何かを言う前に帳簿らしき物を開いていた小母さんにアールスが聞くとあっさりと許可が出た。

 晩御飯も用意してくれるらしい。

 宿に帰っても今はカナデさんいないし、貴重品も置いていないので問題はないかな?

 悪いとは思いつつもアールスは笑顔の圧力で拒否する事を許さない。

 ベッドが足りないのではないかと聞くと、どうやらアールスは僕とフェアチャイルドさんと一緒に眠るつもりらしい。

 ちょっと待ってほしい。


「アールス。僕は床で寝るよ」

「駄目」

「狭いし」

「駄目」

「暑いし」

「駄目」

「フェ、フェアチャイルドさんも寝苦しいのは嫌だよね?」

「駄目です」


 フェアチャイルドさんからも見放された。


「ア、アールス。僕の秘密……覚えてるよね?」

「うん! おと……って事だよね! それがどうかしたの?」


 小母さんに聞こえないようにか僕にもぎりぎり聞こえない声だった。だけどまぁ多分分かってるだろう。

 男だという事が分かっていても戸惑いがないとは。アールスはまだ気にする年頃じゃないんだね。じゃあ僕が気にしても仕方ないか。

 固辞を続けても平行線になるだけだろうし、僕が大人としてここは折れておこうではないか。


「分かったよ。今日は一緒に寝ようね」

「なんかナギの目が子供を見る目のような気がする」

「子供じゃないか」

「それもそっか」


 納得してくれて何よりだ。

 フェアチャイルドさんだったら頬を膨らませてただろう。アールスが素直でよかった

 食事の後僕達は建物の共有のお風呂に入り一日の汚れを落とした後眠る時間まで話をした。ほとんどフェアチャイルドさんとアールスとの会話で僕は聞き役に徹していたけれどね。

 そして、寝る時間になると僕は半ば強制的にベッドの真ん中に寝かされた。

 軟らかく抗議するとどうやらアールスは真ん中に寝る人をかわりばんこに代えるつもりらしい。

 今日は僕。次はフェアチャイルドさん。その次がアールス。アールスが三番目なのは楽しみは後に取っておきたいからだとか。

 すでに何度も泊まる事は前提なんだな。

 いくら子供とは言えアールスのヒビキは僕の物よりも大きい。

 なので三人ではベッドは狭い為腕がアールスのヒビキに当たってしまうんだ。

 いくら自分についているからって耐性が付くわけではないという事はカナデさんと一緒に寝た時に十分思い知らされている。

 フェアチャイルドさんなら気にする必要ないというのに。

 気を紛らわせるためにフェアチャイルドさんの方に意識を向ける。

 フェアチャイルドさんは僕の腕を抱きしめて眠っている。

 ふふっ、フェアチャイルドさんの寝顔は見慣れているからか見ていて和む。

 ……駄目だ。現実逃避しようとしても軟らかい物が気になる。

 前線基地でカナデさんと寝た時僕どうやって眠ったんだっけ……。

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