力試し
朝、フェアチャイルドさんと一緒に預かり施設へ行き魔獣達の朝ご飯を用意する。
アールスも時間を合わせてやって来ている。
アールスもマナポーションは作れるようだが、僕の物よりも色は薄い。
どうやら魔力操作は僕の方が上のようだ。アールスは悔しそうに頬を膨らませる。
ナスによると魔力の量も上らしく、魔法関連は僕の方が上のようだ。
その事を知ったアールスは悔しそうにさらに頬を膨らませた。
魔獣達の食事が終わると次はアールスと一緒に時間が来るまで特訓だ。
アールスは僕との模擬戦をやりたいと言い出した。
場所はアールスが個人的によく使っている訓練場で行うようだ。
早速走って訓練場へ向かう。速さはもちろんフェアチャイルドさんに合わせてだ。
訓練場は中央区にあるらしく、施設から走って半刻ほどの場所にあった。
体育館位の大きさの訓練場は四角く石の建物に看板が掲げられているだけの武骨な作りだった。
身体が厳つく逞しい人達が訓練場の中へ入っていく。
アールスに気づいた人が声をかけてくる。
どうやら人を連れているのが珍しいらしく、僕達の事を聞いてくる人がほとんどだ。
アールスは正直に友達だという事だけを伝えさっさと入口の傍に備え付けられている受付に使用料を払い、僕とフェアチャイルドさんの手を引いて中へ入っていく。
アールスに引かれ貸し武器の置かれている部屋へやってきた。
訓練場では武器の貸し出しを行なっている。
割高だけど自分の武器を消耗させたくない人はここで武器を借りるんだ。
ブリザベーションもかかってはいるはずだけど、武器にブリザベーションは腐食や錆を防ぐ以外では気休め程度の効果しかない。
ブリザベーションは時間劣化による状態変化は防ぐが、雑に扱うと細かい傷はできるし、形が大きく崩れてしまったら効果が切れてしまうんだ。
だからブリザベーションがかかっているからと言って、研ぐなどの手入れをしなくて済むという事はないのだ。
訓練場にあるのは木製ばかりなので折れでもしない限り効果は切れる事はないだろうけど。
僕は木剣と盾を選ぶ。アールスは……。
「あれ? 僕もう木剣持ってるよ?」
アールスは木剣を二本手に持っていた。
「違うよぉ。私がこの二本使うの」
「え、二刀流なの?」
「うん」
なんという攻撃的な発想だ。
昔遊びで二刀流でカイル君と戦った事あるけど、左手の方は弾かれるとすぐに落としていたな。左は利き腕じゃないから力が入りにくくて握りが甘くなるんだ。
アールスはそれを克服しているという事だろうか。
武器を選んだ僕達は他の人達も訓練している広い部屋へ向かった。
広い部屋には人は多いが真ん中は空いていて、僕達が模擬戦をやるには十分な空きがあった。
どうやら模擬戦をやる人用に普段から真ん中は空けられているようだ。
アールスと僕が真ん中へ出ると、視線が集まるのを感じた。
「あれ、アールスか?」
「相手誰だ?」
「かわいい」
「友達だってよ。強いのかね」
「さすがにアールスほどって事はないだろ」
アールスの事はよく利用してるだけあって皆知っているようだ。
好奇心に満ちた声は主に僕に向けられている。
こんな状況で戦うのは初めてだ。胃がむかむかしてきた……ヒールヒール。
緊張するな。
三年生の時のアールスとの模擬戦ではまったく勝てなくなっていた。
今の僕はどうだろう。アールスにどれだけ近づいているだろう。あの頃からどれだけ成長しているのだろう。
「準備はいい?」
「……大丈夫。いつでもいいよ」
左手の盾を前に構える。
アールスは二本の木剣を左右の手で持つ。腕はだらりと下げ、剣先は地面すれすれまで下がっている。
あれが構えなのだろうか? 見た所余分な力を抜いているようだが。
アールスは呼吸を整え僕を真っ直ぐ見てくる。
来る。
アールスの真っ直ぐな目は先に動く事を予感させる。
僕が盾で首元を隠すように上げるのとほぼ同時だった。
アールスは剣先を後ろに真っ直ぐ僕に向かってくる。速い。けどアイネほどではない。
だけど、間合いに入って放たれたアールスの剣筋は今まで見てきた誰よりも速かった。
ほぼ反射で僕は木剣を振り落した。
手ごたえあり。斜め下から斬り上げられた左手の木剣を打ち払う事が出来た。
「!?」
アールスの顔に驚きの表情が浮かぶ。
木剣は手放さなかったようだけれど、追撃は難しいはず。なら次の手は……。
左から来た突きを盾で防ぐ。カナデさんより強い衝撃だ。一瞬木の盾が割れないか心配してしまった。
突いてきた木剣を盾で振り払おうとしたけれど、アールスの反応は早く弾かれる前に木剣を飛び退いて引いていた。
「すごいね今の防ぐなんて。普通の人なら今ので決まるんだけどな」
「速いだけなら対処できないわけじゃないよ」
アールスは今度は半身で構え右手の木剣を僕に剣先を向けたまま首の高さに、左手の木剣を横にしてお臍の高さに構える。
そして、再び僕に向かってくる。
今度は僕も前に出る。
盾はぶつければ十分武器になる。だから前に出し圧力をかける。
アールスは僕の盾に対し、二本の木剣を束ね振り落としてきた。
そんな攻撃じゃ盾はびくともしない。
アールス弱くなった? そう頭によぎった時、嫌な予感がし僕は後ろに飛んだ。
離れる間際アールスの剣筋を見てそれが正解だった事に息を呑んだ。
アールスの二本の木剣は盾にぶつかる直前に左右に分かれた。
引かずに受けていたら気づかないまま僕は次の攻撃を受けていただろう。
アールスは離れた僕に対し右左と交互に突きを入れてくる。
まるで蛇のような剣筋で突きがやってくる。
これだ。アールスを僕含め周りの子が変態と言い出したきっかけは。
アールスの剣筋はまさに変幻自在。
斬られたと思いきや突いてきて、剣で防いだと思いきやすり抜けたかのように剣は相手を斬っている。
気を抜いたら確実に盾を抜かれる。
だけどまるでギアを上げているかのように剣の速度は徐々に上がっていく。
防戦ではいずれやられる。攻勢にでなくては。
僕はリズムのいい突きにタイミングを合わせ盾を剣先にぶつける。
するとアールスの右手の剣は弾かれ左へ逸れる。
右からの突きを避け僕も自分の木剣で突きを入れる。しかし、僕の攻撃は紙一重で交わされる。
木剣を引きながら今度は盾をアールスの身体にぶつけようとするが、それは交差させた二本の剣で防がれてしまった。
力は拮抗している。どちらかが引いたら相手はそのまま雪崩のように攻勢に出られるだろう。
僕の方は右手が開いているけれど下手に動いて体勢を崩したらそのまま押し切られてしまう。
けど、僕はアールスを信じている。こんな物じゃないと。
だから僕は見逃さなかった。アールスの左肩が左腕を引く為に動いた事を。
その瞬間に合わせて盾を引き右手の木剣を振り上げる。
アールスは盾に力を入れていたはずなのに急に盾を引かれても体勢を崩すどころか右手を引いて左手の木剣で僕の攻撃を防いできた。
やっぱり拮抗していたのは僕の隙を伺う為の見せかけだったんだ。
僕の木剣は力が大して入っていなかった為アールスの左の木剣でたやすく弾かれる。
だけど、アールスは驚いている。その顔を見れただけでも僕は嬉しいよ。
昔はそんな顔見れなかったからね。
弾かれるのは想定済み。木剣の弾かれた衝撃を殺さないまま腕を引き続けて突きの体勢に入る。そして、盾は僕の身体に近づけて左への見通しをよくしておく。
狙うは攻撃を防いで無防備な左肩。
僕の突きは真っ直ぐアールスの肩に突き刺さる……わけがなかった。
アールスは半身になりカウンター気味に右の木剣で突いてくる。身体を引く初動すら見せずに一瞬で変わった体勢に僕はきちんと対処できた。
カナデさんよりもさすがに速いが、体幹はカナデさんの方が上のようだ。
似たような動きをした時の鋭さがほぼ同じだ。カナデさんの剣の腕とアールスの剣の腕の差を考えると、カナデさんは体幹はいいが剣の速度はそれほどでもない。アールスは剣の速度は速いがカナデさんほどの体幹は持っていなく、合わせるとほぼ同じような鋭さになったという事になる。
もっとも、どちらが上かと聞かれたら迷わずアールスの方だと答えるくらいには差があるんだが。
なんにせよカナデさんとの特訓が生きた。
アイネとの特訓だって役に立っている。
カイル君ともそうだ。
体幹のカナデさん。
足さばきのアイネ。
そして、僕の最大のライバルだったカイル君。
この三人がいなかったら僕は最初の一撃で負けていたに違いない。
アールスの突きを盾で受け流し今度はアールスの右手を警戒するために右半身を下げ半身の構えを取る。
予想通り右から攻撃が来た。今度のは突きではなく横からの斬撃だ。
それを盾で受け止めるのではなく下がって避ける。
アールスは攻撃の勢いを殺さずにくるりと一回転し右手の木剣で再び斬撃を繰り出してくる。
ここだ。
僕はアールスに見えないように身体と盾で隠し秘かに木剣を握りやすく力が入りやすいように逆手持ちに変えていた。
木剣でアールスの斬撃を受け止める。そして、盾でアールスの背中を強く打つ。
僕の行動が予想外だったのか、アールスは対処できずにまともに食らった。
「きゃん!」
アールスはかわいらしい声で床に倒れこんだ。意外と余裕あるな。
まぁなんにせよ一応勝負ありだ。
「大丈夫? アールス」
手を差し伸べるとアールスはがばっと勢いよく立ち上がり、僕に抱きついてきた。
「すごい! ナギってやっぱすごい! こっちに来てから私同世代の子には負けた事なかったんだよ!?」
「そ、そうなんだ」
アールスの剣は確かに真っ当にぶつかってたら勝てないだろうな。三人との特訓の他に盾を使ってたから今回は勝てたんだ。
「アールスは昔に比べて流れに拘り過ぎてるね。逆に読みやすくなってるよ。攻めっ気たっぷりだから攻撃が来るってわかってたら対処しやすいよ。もっと下がる事を意識しなきゃ」
攻撃単体で見れば確かにアールスの読みにくい剣筋は脅威なのだけれど、流れで見たら身体に無理のない動きをしているのが分かるから次にどう動くのか分かってしまうんだ。
そういう意味ではアイネの方がよっぽど厄介だ。アイネは動きの緩急の他に自分の身体への負担なんて考えていない。
いくら叱っても回復すればいいと言って聞かないのだ。魔法石渡さなきゃよかったよ。
アールスは僕から離れ、恥ずかしそうに顔を俯かせて上目遣いで僕を見てくる。
「う……確かに先生からは動きに緩急をつけろって言われてる」
「じゃあ次からは気を付けないとね」
「……うん」
「でも油断してたらあっという間に負けてたよ」
「私と戦って油断する子なんていないよ」
言い方を間違えたら傲慢とも取れる言葉だが、
恐らく本当の事なんだ。さらりと言葉に出るくらいこちらで強さの証明をしてきたんだろう。
「ははっ、たしかにアールス相手に油断できる子なんていないか」
「ナギは変わったよね。攻撃に迷いがなくなってた」
「……そう?」
「うん。昔は人殴るの怖がってたのに今は殆ど感じさせなくなったね」
「気づいてたんだ」
「気づくよ。ナギ優しいもん」
「僕はアイネに指摘されるまで気づかなかったよ」
「アイネちゃんに?」
「うん」
平気になったわけではないんだけど、アイネに指摘されてから僕は攻撃した時に鈍らないようにフェアチャイルドさんとカナデさん相手に特訓をしていた。
成果は出ていたのかな?
「やっぱりナギはすごいな。本当に……いつも私の前にいる」
「アールス?」
アールスの言葉がなんだか今にも消え去りそうなくらい儚く聞こえた。何故だろう。泣いている?
僕が問おうとした時横からフェアチャイルドさんが声をかけてきた。
「二人ともお疲れ様です」
ライチーを伴ってフェアチャイルドさんがやってきて汗を拭くための布を渡してくれる。
アールスは笑顔で受け取ったため確かめる機会を失ってしまった。
気にはなるが落ち着いた時に……二人になる機会があったら聞いてみよう。
アールスの笑顔を見て気付いたが、僕は結構汗をかいてしまっているがアールスは全く汗が出ておらず疲れも見せていない。
これが首都で学んできたアールスとの差か。長期戦を挑んでいたら負けていたのは僕だな。
もしかして、アールスに動きの緩急が少ないのは有り余る体力を過信しているからだろうか?
「ふふっ、ナギさん注目されていますよ」
「えっ?」
フェアチャイルドさんの言葉で僕はようやく周りの人達の声が耳に入ってきた。
「あのアールスを倒したぞ」
「いくら動きが単調だからってアールスの動きはあの年の子供が見切れる動きじゃないぞ?」
「盾の使い方が普通に上手いな。将来が楽しみだ」
「全体の動きはまだ年相応だけどな」
「それで勝ててるんだからすげぇよ」
「アールスの調子が上がりきる前に勝負をつけたのが功を奏したな」
なんだか僕を褒める声が多い。
は、恥ずかしい。さっさとこの場から立ち去ろう。
僕はフェアチャイルドさんとアールスの手を引き逃げるように訓練場を去った。