背負うもの
アールスはこちらの学校を卒業した後、英雄と同じ固有能力を持った他の二人と共に勉強をしているらしい。
内容は高等学校の物と同じ物らしく、難しくなったと嘆いていた。
三人はこれからの三年間も共に学ぶ事になるらしいけれど、進路は違うようだ。
一人はイグニティ魔法国の王女らしく、教育が終われば国に帰って魔法の研究をするのだとか。
もう一人は大軍を率いるのに適した固有能力の為グライオンの軍に入る事になっているらしい。
そして、肝心のアールスは、どうやら冒険者……みたいな物になると言っていた。
みたいな物、というのは組合に属するのではなく国の支援を受けて国を周る事になるらしい。
「それでね、ナギ達と一緒に冒険できるかもしれないんだ」
「本当に?」
首都にやってきて二日目の今日、僕達は休みのアールスの案内でアールスの家に向かっている。
魔獣達はさすがに施設に預けているし、カナデさんは気を使ってくれたのか組合に仕事を探しに行っている。
「うん。えへへ。昔一緒に冒険しようって約束したよね」
「叶えられるかもしれないんだね。それで、アールスは具体的に何するの?」
「えとね、仲間を集めて前線を周るのが主な仕事になると思うんだ。軍に協力するっていうよりは、探索が主になるはずだよ。特に魔の平野で遺跡を探したり、新しく交易路を開けるような道を探して欲しいって偉い人達に言われてるよ」
交易路の開拓か……。
偉い人達というのが具体的にどんな立場の人なのかは詳しくは話してくれない。
聞いた時目を逸らされたので恐らく分からないのではなく、言えないのだろう。
「ほとんど冒険者と同じ仕事なんですね。いっその事冒険者になればいいのに」
「冒険者だと階位の制限があるから、自由に動けるように国の所属にするんだって。それでね、仲間は自分で見つけるか、紹介してもらうかなんだけど……」
「それは、私達でも大丈夫なんですか?」
「分からないけど、ナス達がいるから大丈夫じゃないかなー。強力な魔獣がいるなら反対は出ないと思う。あっ、でも国が用意した人じゃないと特権っていうの? 貰えなくて自由に動く事はできないみたい」
自由に動けないようにしてある程度アールスが選ぶ人間の実力を調整するつもりだろうか?
「じゃあ中級以上にならないと……」
フェアチャイルドさんは胸の前に握りこぶしを作る。気合が入ったようだ。
その姿に癒され自然と口元が綻んでしまう。
首都アークの街並み、特に中心部は他の都市に比べて古めかしく雑然としている。
区画分けは大きな道で分けられているという事はなく大体の場所で区別されている。
アールスの住んでいる家はそんな中心部から少し離れたきちんとした計画の元増築された区画に佇んでいる。
建物は古めかしいが、その分他の都市とはまた違った風景を作り出していた。
人口集中の対策か背が高い建物はアパートメントのように複数の世帯が住んでいる。
建物はどれも似た作りで、しかも横方向に隣家と繋がっている物もあるから慣れてないと自分の家を間違えてしまいそうだ。
アールスもそんな建物の中でアールスの小母さんが管理人をしている所に住んでいる。
アールスの小母さんの親、つまりアールスの祖父母は元々アーク王国東方ではそこそこ名の知れた行商人らしく、住んでいる建物はその祖父母が権利を持っている建物らしい。
祖父母は小母さんにこの街に暮らしながらコネを作ってもらいゆくゆくは首都に出店させるつもりなんだとか。
アールスはあまり興味なさそうだが小母さんの方は結構乗り気らしい。
小母さんも元気そうで何よりだ。
アールスの足が他の建物と外観に大差のない一つの建物の前で泊まる。
「ここが私が今住んでる場所だよ」
切れ良く右腕を動かし建物に向けるアールス。
建物の扉を開けると廊下になっており奥の方の階段まで続いている。
廊下の両壁には番号の付いた扉が備え付けられている。部屋番号だろう。
アールスは右側の一番近い管理人室と書かれた扉を開けた。
「ただいまー。ナギ達連れてきたよー」
隣の部屋の迷惑にならない程度の大きさの声で帰ってきた事を告げる。
アールスの後にフェアチャイルドさんが続き僕が最後に部屋の中に入る。
部屋の中は意外と広くリュート村の僕の家と同じくらいの広さがある。
うちもなー、拡張できるはずなんだけどなー。子供が成長したら二人きり、しかも昼間は仕事があるからお母さん一人になるからあまり広くても手間がかかるだけなんだろう。
「おかえりなさいアールス。それと久しぶりね、アリスちゃん。それに……レナスちゃんも」
フェアチャイルドさんの名前を呼ぶのに少し間があったのはほとんど会った事がないからとっさに名前が出なかったからかもしれない。
その証拠にフェアチャイルドさんの名前を呼ぶとき視線が泳いでいた。
一歩前に出てお辞儀しながら挨拶をする。
「お久しぶりです。ハーリンさん。お元気そうで何よりです」
「アリスちゃん達も。今日はゆっくりしていってね」
「はい」
「こっちこっち」
アールスに手を引かれて僕とフェアチャイルドさんは部屋の隅に連れていかれる。
そこには懐かしい物が壁に掛けられていた。
「これ、皆と一緒に描いて貰った絵だね」
今よりももっと小さい頃の学校の皆と、今と変わらない姿のナスが描かれた絵。なんて懐かしいんだろう。
「うん。私の両隣りがナギとレナスちゃん。皆小っちゃかったよね」
「私こんなに顔丸かったですか?」
「八歳だから仕方ないよ。むしろ八歳にしては痩せてるよね」
「レナスちゃんって昔から美人さんだったよねー」
「そんな、アールスさんの方が皆から好かれていたじゃないですか」
「アールスはかわいい上に社交的だからね。フェアチャイルドさんももうちょっと男の子に愛想よくすればモテると思うんだけどなぁ」
「私そんなの興味ありません」
「そう言えば、ナギ告白されたんだよね? カイル君に」
アールスの言葉に僕はフェアチャイルドさんを見ると、彼女は僕から顔を逸らした。
話してないのに気づいていたのか。
「うん。断ったけど」
「そりゃそうだよね……ナギはあれだもんね」
「あれって……まぁいいけど」
小母さんがいるから配慮をしたんだろうけど、変な誤解をされないだろうか?
「レナスちゃんは誰かに告白とかされたの?」
「いえ、されていません」
「えー? レナスちゃんきれいなのにー」
フェアチャイルドさんは確かにきれいだけど、実は男の子達からはあまり興味を持たれていない。
あまり社交的ではないからというのが一つの理由ではあるけれど、もう一つ理由がある。
これは友達の男の子から聞いた話なのだが、フェアチャイルドさんの顔は他の女の子と違いすぎて違和感があるらしい。
僕が幾人かの友達からその事を聞いて結論を出したのが、顔の系統が違いすぎるから、というものだ。
正直僕にはアールスとフェアチャイルドさんは同じ外国人顔にしか見えない。けれど、多分この国の人からしたら日本人とアメリカ人位顔立ちが違く見えるのではないだろうか。
肌の色も白いし、男の子達にはあまり魅力的には見えないのかもしれない。もったいない。
フェアチャイルドさんみたいにきれいでいい子なんてそうそういなと思うんだけどな。対抗できるのはそれこそアールスやカナデさんとか、ローランズさんとかベルナデットさんくらい……結構いるな。
「アールスこそ、一杯告白されたんじゃないの?」
手紙には書かれていなかったが、アールスなら山ほど交際の申し出があったに違いない。
「そんな事ないよ。こっちの子は皆きれいだから私なんて埋もれちゃうんだ」
「そうなの?」
アールスでさえ埋もれるレベルとは……首都はどれだけレベルが高いんだ。
「でもレナスちゃんほどきれいな子は一人しかいないよ」
いきなり矛盾が出来た。フェアチャイルドさんに対抗できるアールスが埋もれるほど首都はレベルが高いというのに、フェアチャイルドさん位きれいな子が一人しかいないだと?
一体どういう事なんだ……。
「あっ、そうだ。そのきれいな子で思い出したんだけど、ナギは何階位まで魔法使えるようになった?」
「ん? 第六階位までだよ。学校で習えるのはそこまでだからね」
「じゃあ魔法陣の勉強は?」
「それも高等学校からだよね? 一応組合の講習で習えるけど、まだ受けた事ないよ」
「そっかぁ一緒に勉強しようと思ったんだけどなぁ」
「それっていいのかな……まぁ勉強なら見てもいいけど」
「ほんと?」
「うん。フェアチャイルドさんも一緒にやる?」
「やります!」
アールスは早速自分の机の引き出しから今使っている教本を持って来て僕たちに見せてきた。
さらっと教本を見たが数学は勉強しなおせば大体わかるだろう。
他にはフソウ語の教材もある。これは僕も勉強しておきたいな。学校で習っていた物よりも難しくなっている。
他にも基礎戦術学や薬草学などもある。僕に分かるだろうか?
とりあえず教本をフェアチャイルドさんと読みつつアールスの分からない所を聞いて一緒に考える事にした。
僕は前世の知識が生かせる場所は何とかなったけれど、基礎戦術学や歴史などはこの国独自の物はやはり難しい。
フェアチャイルドさんの方が呑み込みがいいくらいだ。
三人でうんうんと呻いていると小母さんから飲み物の差し入れが入った。
果物を絞ったジュースだ。レモンのような酸味があり爽やかで口の中がすっきりする。
何の果物か聞くとレッカラという果物で、酸味を加える為に料理にも使われているらしい。レモンかな? もしかしたらヨーグルトが作れるのかもしれないな。後日蜜が手に入ったら試してみよう。
勉強会を終えて宿に戻るとカナデさんが荷物を纏めていた。
どうしたのかと聞くと、どうやら仕事でしばらく首都を離れる事になったらしい。
内容は詳しくは言えないらしいけれど、護衛の仕事のようだ。
首都周辺に魔物は出なくても野獣や暴漢は出る。その対策だろう。
「カナデさん。少し、時間いただけますか? 相談したい事があるんです」
「相談ですかぁ? お仕事は明日からなので大丈夫ですよぉ」
「お願いします。フェアチャイルドさん。二人で話したいから少し出るね」
「……はい」
カナデさんと宿を出て適当な茶店へ入る。
そこでお茶を頼み今日の出来事をお茶が来るまで話した後相談の内容を打ち明けた。
内容はアールスの将来について。
「アールスは将来国の支援を受けるそうです。その時に旅をする仲間に僕達を選びたいって言っていました」
「アリスさん達をですかぁ?」
「どうなるかは分かりませんけれど、本人はそのつもりのようです」
「そうなると私もご一緒していいのでしょうかぁ?」
「……その前に、僕としては心配な事があるんです」
「心配ですかぁ?」
「国の関与がどこまであるか……です」
「それは……まぁ冒険者のように自由に動くというのは難しいでしょうねぇ」
「ええ。そして、国がアールスに何をさせたいのかというのも問題になってきます」
「……」
「アールスは言っていました。偉い人に新しいフソウとの交易路になる道を探してほしいと言われたと」
「!?……それは」
僕の言いたい事に気づいたのかカップを口から離し眉を顰める。
「……これって、魔王軍と鉢合わせる危険性があるって事ですよね」
「そう、ですね……」
「もしかして国は、アールスに魔人を倒して欲しいんじゃないでしょうか? かつてのイグニティのように。そうじゃなきゃわざわざ新しい交易路を探して欲しいなんて、言われないと思うんですよ」
「それはさすがにないと思いますよぉ……だって、さすがに軍隊が動くべき事柄ですからぁ」
「ええ。だから、国がどこまでアールスにさせるつもりなのか気になって」
「ん~……常識に考えると、斥候でしょうねぇ。交易路を探すついでに何か相手の弱みか突破口が見つかったら幸運みたいな感じじゃないでしょうかぁ」
「それでも危険な事には変わりはありませんよね……」
「……アリスさんは、もう決めているんですね?」
「……はい。あの子を守りたいですから。幸い魔獣達もいますし。僕は、彼女と共に行きます」
「レナスさんにはこの話は?」
「まだしていません。まだ憶測の段階ですから。カナデさんに相談したのは、なんというか整理しておきたかったのと」
「私の今後の身の振り方を考えてほしい、という事ですか?」
今度は悲しそうに目じりを下げる。あまりポーカーフェイスには向いていなさそうだ。
「……はい」
「そうですね……時間はまだあるんですよね?」
「恐らく二年はあると思います」
「じゃあじっくり考えましょう~。その間は一緒にいさせてくださいね~?」
難しい顔をやめてカナデさんは普段通りの顔を見せてくれた。
「カナデさん……ありがとうございます」
お礼を言うとカナデさんはテーブルに身を乗り出し人差し指で僕の額を突いた。
「アリスさんはもう少し子供らしくしてもいいと思いますよぉ?」
「……と、言われましてもこれが自然体ですから」
突いていた人差し指が離れ今度は僕の頬を包むように自分の手をあてがってきた。
「今回の件もそうですけどぉ、アリスさんは背負い込み過ぎますよぉ。
友達とはいえ、アリスさんも自分のしたい事を優先していいんですぅ。
私に身の振り方を考えさせるよりもぉ、アリスさんもじっくり考えてから結論を出した方がいいと思いますよぉ」
「は、はい」
なんだろう。僕は前世も含めたらカナデさんの倍は生きてるのにこの圧倒的な敗北感は。
どう見てもカナデさんの方が大人っぽい!
人生経験の差なのか? 僕の三十年間は一体……。