閑話 似たもの同士
タイトルに閑話を入れ忘れていたので修正しました。
甘い匂いがして私はとっさに息を止めた。
お香も焚いていないのに匂いがしてくるなんて不自然なんて物ではない。すごく怪しい。
だから私はこれ以上吸い込まないように息を止めた。
けれど、息を止めたのと同時に口と鼻の周りに空気の動きを感じた。
さらにその後に部屋の中の空気が動き出したのが分かった。
ほんのりと光っているサラサさんがアリスさんの耳元で何かをささやいていたので、空気の流れはアリスさんの仕業だと気づけた。
彼女が甘い匂いに気づいて対処したんだ。子供とは思えない判断力。
アリスさんは前からそういう所が確かにあった。だから私は大して驚かずにいられた。
それよりも、と私はこれからの動きに考えを巡らせる。
こんな怪しい事をしてくる者は何人いるのだろう。どうすればこの子達を安全に守れるのか、私は考えた。
けど、その考えている最中窓の外と通路の方から悲鳴が上がった。
何があったのだろう。状況が分からなくなった今私はますますどう動けばいいのか分からなくなった。
しかし、部屋の中に光が灯る。
アリスさんが起きだして私の方へやってきた。
光に照らされる彼女の顔は、とても青かった。
そうか、この子がやったんだ。どんな手段を用いたのか分からないけど。多分、人に対して初めて手を出したんだ。
夜が明け、朝早くからの事情聴取が終わる頃には他の人からはアリスさんの顔色はいつも通りに見えてると思う。
いつも一緒にいるレナスさんでさえも安心した顔をしている。
でも私にはわかる。目のいい私には嫌なくらい違いが分かってしまう。
不審者の足は確認すると膝の所に酷い火傷を負っていた。ナギさんが魔法を使い治していたけれど、その時彼女の手は確かに震えていた。
彼女は時間がたった今でも気にしてしまっている。
気持ちは分かる。私もそうだ。
私も護衛の仕事で人を傷つける機会があった。その日は私はご飯を食べる事が出来なかった。
不審者を脅す時に短剣を突きつけたりする時も本当はすごく怖い。いつも震えないように精一杯虚勢を張っているんだ。
普段は私と違ってしっかりとしていて大人びたアリスさんだけど、ずっと私は彼女に親近感を抱いていた。
なんでだろうと考えていたけれど、ようやく分かった気がする。
彼女も私と同じく臆病なんだ。
人を傷つけることが嫌な人間なんだ。
動物を傷つけた時とは比べ物にならないくらいの罪悪感。相手が悪いとわかっていても、人間は同じ言葉を話し同じ形をしている。
自分と同じ物を傷つけるのはとても怖いんだ。その力が自分にも向いてくるかもしれない。大切な人に向けられるかもしれない。そういう風に私達みたいな臆病な人間は考え恐れてしまう。
そして……人間以外でも同じように感じてしまうようになる。
……けど、だからと言って何もしないで失うのはもっと怖い。だから彼女は戦った。
彼女のレナスさんに対する痛々しく見える笑顔を見てそうなんじゃないかって思う。
アリスさんとレナスさんは幼馴染と聞いている。ずっと一緒にいて、きっと本当の姉妹のように育ったんだろう。
大切な家族を守る為に彼女は自分の心を殺し人を傷つけたんだ。 きっとそういう事なんだと思う
自分に似ていると評しておいてなんだけれど、彼女はあまり冒険者には向いていないのかもしれない。
私は冒険者を続ける理由を見つけてしまったのでもう後戻りはできない。けど彼女はまだ引き返せる場所にいる。
でも、私は彼女に引き返して欲しいとは言えない。言えるはずがない。
だって、私は冒険者になれてよかったと思っているから。
後戻りしたくない道を選択した事に後悔なんてしていないから。
そして、自分に似ているのならきっと大丈夫だろうと心の片隅で考えてしまっているから。
それに……一緒に旅をしたいと思ってしまった。それがいま私が彼女たちと一緒に旅をする理由。
……もしも、もしも駄目になりそうな時は私が守ろう。
優しく臆病な彼女の心を守ろう。