オーメスト
グランエルを出て三ヶ月。ようやくオーメストに辿り着いた。
予定では仕事をしながらの四ヶ月の旅程のはずだったけれど最初のうちに距離を稼いだのが効いたようだ。
特に目立った問題もなくここまでやってこれた。
オーメストには今までの都市には無かった特徴がある。都市を囲むように石の壁が直立しており、その壁からさらに国境線に沿って石の壁が伸びているという事だ。
さらにその国境線には魔力遮断の結界も張られているらしく、魔法を使っての越境もできない。
オーメストは三国いずれからも出入りは自由だが、入った国以外の出口からは出国許可証か中級以上の冒険者でないかぎりと勝手に出る事ができないようになっている。
僕達には今の所他国に行く予定はないのでいつも通りの手続きだけを済ませて壁を通り抜ける。
カナデさんによるとオーメストは三国の中心にあるだけあって交易が盛んらしい。値段は少々割増しになるが他国の珍しい物も手に入れる事が出来るんだとか。
たしかに壁の検問所には商人の物らしき馬車が並んでいた。
僕達は大型魔獣用の検問所を通ったからその列を横で見るだけだったけど、同じ列に並んでいたらどれくらい時間がかかっただろう。
壁から都市まではもう少し時間がかかる。壁から都市までにも馬車が多く行き来している。これはアースが近づいたら大変な事になるぞ。
街道には絶対に近づかないように気を付けて歩いていく。
「それにしても植物が少ないですね」
あるのは街道沿いに生えている葉のない枝が複雑に絡まりあった低木だけだ。
後はひたすらに荒れた地が続いている。
なんとなく『蜘蛛の巣』の精度が悪い。魔素が濃いのだろうか?
「この辺は砂漠地帯で雨量が少ないんですよぉ。さらに昔の『死海大戦』で魔物達との主戦場だったらしくて、魔素の影響も抜けていないから精霊達も寄り付かないそうですよぉ」
砂漠地帯というと暑いイメージがあるけれど、季節のおかげかは分からないが暑くはない。日差しは強いけれど風が吹いている為気温は上がっていないようだ。
「えっ、ライチー達大丈夫なの?」
『へいきだよー。まそがきらいなだけで、ぐあいわるくなるわけじゃないからー』
「ああ、そうなんだ。よかった」
普通、汚染する物がなくなった地面の魔素は魔蟲化した虫達によって食いつくされる。
だから一度汚染された土地も、汚染された物を除去すれば住み着いている魔蟲達が新たな汚染の拡大を防いでくれるのだ。
ただしそれは地表の薄い部分のみ。地下深くまで汚染されているとそこまで潜れる魔蟲は少ない為魔素が消える事はない。もしかしたらもうこの星の核まで魔素で汚染されているかもしれない。
砂漠の魔素が消えていないのは恐らく魔蟲や魔獣が少ないからだろう。
魔素に侵された地表を人間が何とかしようとしたら大変な労力が必要となるから魔素の除去が進んでいないんだ。
余談だが魔獣と魔蟲は別物で、僕の能力では魔蟲を従える事はできない。魔蟲使いという職業に就くか『魔蟲使い』等の固有能力が必要だ。
魔蟲の生態も、知能が低いのか魔蟲化してもする前と同じ行動を取っている。その為土を耕してくれるミミズの魔蟲は重宝されているらしい。
ただ同じ行動を取るといっても魔獣と同じく生殖機能がなくなっているので増える事はない。もっとも減ったとしても、少量の魔素で簡単に魔蟲化するのでいなくなるという事はないんだけど。
むしろ普通の蟲の方が絶滅するのが早いんじゃないだろうか?
一応首都周辺の森では結界を張って虫を保護しているらしい。
「きゅ~」
「え? ヒビキも魔素嫌いなの?」
「きゅーきゅー」
「ああ、そうだよね……魔物達いたから一人になっちゃったんだもんね」
ヒビキは皆の仇である魔物が出しているから魔素が嫌いなのだという。
アースは美味しそうに吸い込んでいるんだけど。
「アースさんなんだが呼吸が荒くないですかぁ?」
「いや、これは魔素を吸ってるんですよ。アースの好物らしいですよ?」
「なるほどぉ。美味しいですかぁ?」
「ぼふ」
「食べ過ぎて太ったりとかしないんですかねぇ?」
「さすがに魔素じゃしないでしょう」
「素朴な疑問なんですがなんで魔素や魔力だけで生きていけるんでしょう?」
「不思議ですねぇ」
フェアチャイルドさんとカナデさんが顔を見合わせて首をかしげている。
僕はその答えをシエル様から教わっている。
シエル様の話によると、魔獣達の体内には魔素を魔力に変える器官があり、さらに魔力を無意識に栄養に変えているらしい。
人間が試すには栄養学から身体の働きを完全に理解する必要があるらしい。僕には無理そうだ。
シエル様が無理やり頭の中に知識を流し込んで来ようとしたが丁寧に断っておいた。頭がパーンってなりそうで怖い。
都市につくと僕達は一先ず宿を探す事にした。そろそろ時間が遅い。人も多い為部屋がなくなる前に早めに宿を探して、時間のかかる登録は明日にした方がいいだろうとのカナデさんからの助言だ。
カナデさんとフェアチャイルドさんに宿の事を任せ僕は魔獣達を預けに行く。
フェアチャイルドさんが僕と一緒に来たがったけれど、宿探しは手分けをしてもらった方がいい。
サラサはカナデさんと、ディアナは僕と一緒に行動して精霊を介して連絡を取り合う事になった。
精霊術士がいるとこういう時便利なのだ。
「ディアナ、宿は取れたかな」
魔獣達を預けた後僕はすぐに確認を取る。
「カナデが取れたみたい。レナスと合流した」
「そっか。僕達も合流しようか」
「そうね」
そう言えばディアナと二人だけになるのは初めてだな。
「オーメストって他の都市と雰囲気違うね」
「そうね。ダイソンとは逆で寂しい感じがする」
オーメストは建物の数が少なく建物同士の間隔が開いていてる。どうやら人の住む家の数が少ないようだ。あまり人は定住していないのだろうか?
建物の隙間から見える先は砂埃が舞い上がっていて見通しが悪い。
壁があるというのに埃が舞い上がるくらいの風が吹いているんだ。
通りを行く人は魔法やマフラーのような物を顔に巻いて埃から身を守っている。
僕は風の魔法で自分の体の周囲に埃が来ないように出来るが、フェアチャイルドさんとカナデさんはフードを被りマフラーを巻いている。前の都市でカナデさんに言われた通り用意しておいてよかった。
カナデさんがこの都市に来た時はもっと寒い時期だったらしく今よりも風が強かったらしい。
今の季節は風が収まりつつあるらしいけれど、それでも石で舗装された道は砂漠から飛んできた砂と土で半分が埋もれてしまっている。
建物も風景も土色ばかりだ。
組合本部がある都市にしては少々殺風景ではないだろうか。
「水の気配も少ないし、居心地が悪い」
「やっぱり水が沢山ある所の方がいいの?」
「そう。私は水から生まれたから、水が傍にあると落ち着く」
「じゃあサラサは火のある所が好きで、ライチーはお昼が好きなのかな」
「サラサは追加で暑い所が好き」
「ディアナは寒い所が好きとか?」
「私はどちらでも変わりない。水はどちらにも適応できる」
「熱くなると蒸発しない?」
「それもまた水の姿の一つ」
「なるほどね」
ディアナと話をしながら合流地点へと向かった。
合流地点は遠くはない。組合とそれに併設されている預かり施設は宿のある通りに近い所にあるからだ。
待ち合わせの場所は通りの入り口だ。それらしい人を遠くから見つける事が出来た。
二人ともフードとマフラーで顔が見えないんだ。色と背丈、それと傍にいるライチーで判断するしかない。
……ライチーがいれば確定か。
手を振るとフェアチャイルドさんが答えてくれる。人が多いから走ってはいけないけど速足で二人の元へ行く。
合流した後はもう日が沈みかけてきていたので宿屋へ向かう事になった。
カナデさんが部屋を取った宿屋は安宿で部屋との仕切りに薄い壁と立て付けと出来の悪い木の扉が付いているだけの物だ。ベッドなんて高価な物は置いていない。
ボロイ宿にはもう何度も止まっているので今更驚く事はない。盗難されるので荷物が置けないのは残念だが、お金の事を考えたら致し方ない。
それに外の砂埃の事を考えたら野宿する気も失せるというものだ。
安全面に関してはカナデさんと眠る事のない精霊達がいるから心配はしていない。過去にも何度か盗人が入ってきた事があった為、もしも他人が許可なく勝手に入って来ようものならサラサに燃やしてもらうよう頼んである。
宿の確認を終えたら少し遠くの治安のいい場所で食事を取る。
下手に柄の悪い店に入るとカナデさんが男に絡まれるのでこれは仕方がない。
そういう店の輩は上手くあしらってもよく後から忍び込んできたりするらしい。
カナデさんは一人になってからは柄が悪い輩に絡まれた時はいつもベッドの下に隠れたり宿の外に出てやり過ごしていたらしい。
きちんと眠らないと力が発揮できないのにカナデさんは本当に苦労している。
何故そこまでして冒険者を続けるのだろう?
聞いてみたが曖昧に笑って言葉で説明してはもらっていない。そのうち分かりますよ、と言った。
カナデさんには冒険者として何か人とは違う物が見えているのだろうか?
宿に戻り部屋の中で出来る特訓を行い、シエル様との会話も終えた後僕達は眠りにつく。
ベッドがないので野営用の掛け布団に包まっている。カナデさんは壁に背を預けて座って、僕とフェアチャイルドさんはお互いに横になり寄り添っている。
フェアチャイルドさんは相変わらず僕にくっついてくる。もう十二歳なんだから一人で寝れるようになればいいのに。
でもそれを言うと彼女は涙目になる。まったくあんな顔は卑怯だ。全てを許したくなってしまうじゃないか。
でもその内反抗期になって一人で眠るようになるんだろうな。反抗期か……僕はフェアチャイルドさんくらいの歳の時は精神的にそれどころじゃなかったから自分の反抗期と言われてもピンとこないけれどどんなものなのだろう。
僕の洗濯物と一緒に洗わないで欲しいとか言われるのだろうか? いや、一緒には洗っていないんだけどさ。
無視とかされたりするんだろうか? 彼女に無視されたら……ううっ、想像したくない。したくないけど言われた時の反応を考えておかなければ。
そんな風に悩んでいると、僕は甘い香りがしてきた事に気づいた。
僕はとっさにカナデさんとフェアチャイルドさん、そして自分の口と鼻の周りを魔法で保護した。
そして、部屋の中の空気の流れを操り中心に集める。
同時に自分にピュアルミナを試みる。
就寝前の魔力の全消費をやめていてよかった。
自分に害なす物を吸い込んでいた事を感じ取り消し去っておく。フェアチャイルドさんとカナデさんにもやりたいが、特訓やシエル様との会話で魔力が減っている。生命力に変化が見られないのだから今は節約しなくては。
『蜘蛛の巣』を張ると部屋の外の通路に一人。窓の外に二人人間がいるのがわかった。
どうやらこの宿に泊まっている人間全員を標的にしているようで、外の二人が窓から何かしている動作を感じ取る事が出来た。
たぶん一人の方が盗みに入っているんだろう。
「ナギ、どうしたの?」
サラサが小声で聞いてくる。ディアナはライチーの口を押えている。
「泥棒みたい。窓の外に二人。通路側に一人いる」
「燃やす?」
「それよりいい物があるよ」
『蜘蛛の巣』の内の三本の糸を不審者の体内に入れる。特殊スキルにまで磨かれた僕の細い魔力の糸はソリッド・ウォールでもない限り防ぐ事はできない。
体内に入った魔力の糸に魔力を送り込み先っぽの方を膨らませる。そして……。
「サンダー・インパルス」
呟きと共に通路と窓の外から悲鳴が聞こえてくる。
……初めて人間に対して使ったけれど大丈夫だろうか? 手加減はしてあるんだけれど……。
『ライト』を使ってから念の為に着いてきてもらおうとカナデさんを起こそうとしたら、カナデさんは起きていた。しかも怪しい香りにも気づいていたみたいだ。
事情を説明した後不審者を捕らえに行く。
通路には頭に黒い布を巻いた黒ずくめの不審者が一人袋を持って倒れている。脚を狙ったから立ち上がれないんだろう。不審者はまだ呻いている。
縄で縛った後カナデさんが不審者の胸ぐらを掴んだ。。
「目的は?」
カナデさんが短く冷たい言葉で聞く。いつもと違う様子に僕は少し寒気を感じた。。
「な、何の事だ?」
「薬を使ったのは分かってます。素直に喋らないなら……」
カナデさんが刃物を出す前に僕はサンダー・インパルスではなく魔法を使い電気を生み出す。
すると、不審者は先ほどのサンダー・インパルスがよほど効いたのか怯えた表情になった。
「ひっ! た、助けてくれ! ほんの出来心だったんだ?」
薬らしきものを使って出来心か。
遠くからまた悲鳴が上がる。外の二人が立ち上がろうとしていたのでもう一度痺れさせたんだ。
「仲間は何人?」
「さ、三人だ」
本当かどうかは分からない。遠くまで『蜘蛛の巣』は張っているけれど怪しい動きをしている人間は見つからないからだ。
「袋の中身は?」
「ぬ、盗んだ物だ」
そこまで聞くと僕とカナデさんは頷きあう。
サラサとディアナに見張りを頼み外の二人の元へ向かう。
証言は最初の男と同じ物だった。
縛り上げた後カナデさんはサラサを連れて兵士の詰め所へ向かった。
僕は店主を起こした後は起きてきたフェアチャイルドさんと一緒に見張りだ。
暫くしてカナデさんは兵士を連れて戻ってきた。
簡単な聞き取りの後、宿に泊まっていた人達を起こし説明と盗まれた物を確認した後不審者は連れていかれ、僕達への事情聴取は朝になってからという事になった。