笑顔でいて欲しい
フェアチャイルドさんが食事を終え、僕がスープに使ったスプーンとお皿を調理場に戻すと夕飯の時間になっていた。
アールスと一緒に夕飯を食べた後、先生に僕とアールスは病気が移らない様に別の空き部屋に移れと言われた。
僕達はフェアチャイルドさんの看病をしたいと言い張ったが受け入れてはくれなかった。
仕方ないので僕達は用意された部屋に荷物と共に移動した。
「とりあえずお風呂入っちゃおうか。アールス」
「え? 一緒でいいの?」
「だってアールス一人じゃ寂しいでしょ?」
「ナギ……うん! 一緒に入る!」
こういう時くらいは仕方ないさ。
僕は着替えを持って脱衣場に行く。すると、各々が着替えを入れておく籠が全て一杯になってしまっていた。
「ありゃ? 今満員みたいだ」
「ロビーで待ってる?」
「そうだね」
ロビーには誰もいなかった。椅子に座りただ待っているっていうのも暇だ。僕は今日まだやれていない筋トレをする事にした。
「ナギってさ、いっつも身体鍛えてるよね」
「まぁね」
「楽しい?」
「……意外に楽しい」
前世の僕なら楽しいなんて考えなかっただろうな。苦しいのも辛いのも嫌いだったし。
でも今世で身体を鍛えて分かった事があった。
「身体がさ、軽いんだよ。それがすっごく楽しい」
「んー? 軽いと楽しいの?」
「うん」
前世の身体と比較している僕ならではの楽しみかもしれないけど、自分の身体が思い通りに軽く動くのがこんなにも楽しいとは思わなかった。前世の僕よりもまだ子供だけど、今のままでも前世の僕に負ける気がしない。
いや、さすがに言い過ぎか。
アールスと会話しながら筋トレをしていて一時間位経った所で筋トレを中断し空いてきたかどうか確かめるために脱衣場へ向かった。
「あっ、空いてる空いてる」
アールスの言う通り籠に空きが出来ている。
早速僕らは着てる服を脱いで着替えと一緒に籠に入れる。
お風呂場に入ると上級生の子達が湯船に浸かってお喋りをしていた。
先輩達に挨拶をしてから僕達は体を洗い始める。
身体を洗いながら魔力操作を試してみよう。今日は魔力を身体の中で循環させてみる。気とか魔力っていうのは身体の中で循環させるのがいいって漫画とかで見た事がある。それを試すんだ。
魔力を集め身体に圧力を感じたら魔力を指の先々まで染み込ませてから動かすイメージ。
ゆっくりとだけど循環させる事には成功した。圧力も緩和されたけど、これで本当にいいのかな?身体の中の魔力を感じる事は出来るけど……試しにライターを使ってみる。
「『ライター』」
発動はした。けど身体の外の魔力は感じられない。
……いや? 少しだけ感じる? 指先から一本ずつ、まるで細い糸のような……途中で途切れているけど何か感じる。
どうして指先だけ? 今指先の状態は……そうだ、魔力を染み込ませている。これか?
一度魔力を留めるのをやめる。そして、今度は身体に取り込むんじゃなく、皮膚に触れる程度に魔力を集め少しずつ住み込むイメージをする。
「!!」
感じる。魔力が今どんな風に僕の周りで広がっているか感じ取れる。魔力と僕の触覚が繋がったような、そんな感覚だ。
試しに魔力を操って壁に触れてみる。……さすがに何にも感じなかった。
次は魔法だ。
「ナギ、さっきから何してるの?」
「魔力操作の練習」
「身体洗いながら?」
「うん。ちょっと今いい所なんだ『ライター』」
ライターが発動された時の魔力の動きが感じ取れる。なるほど、これは分かりやすい。
《スキル『魔力操作』とスキル『魔力感知』を習得しました》
突然僕の頭の中にシエル様の声が響いた。
(え? 何ですか今の?)
(お答えしましょう。オラクルのパッシブ効果です)
(パッシブ効果?)
(はい。自動的に効果が発動される事をそう呼びます。オラクルの場合はあなたがスキルや能力を習得した時にお知らせする事ができます)
(うわぁ、本当にゲームみたいだな。レベルとかステータスとかあるんですか?)
(レベルは分かりませんが、ステータスはあなたの身体能力を数値化する事は可能です。知りたいですか?)
(知りたいです!)
(ならば魔力操作を習得したので新たな魔法を授けましょう)
《神聖魔法『ステータス』、神聖魔法『フォース』を習得しました》
また頭の中に声が流れてくる。しかも二つの魔法の使い方もだ。ステータスはそのままステータスを確認する魔法。フォースはどうやら光属性の攻撃魔法みたいだ。
残念ながら体力を分け与えるという魔法はまだ教えてもらえないようだ。
(光属性の攻撃魔法なんてあるんですね。しかも神聖魔法で)
少なくとも今の所僕は聞いた事もない。
(何でもありますから)
「ナギ、ナーギ」
「ふぇ?」
「私もう洗い終わったから先にお湯入ってるね?」
「あっうん。すぐ行くよ」
心なしかアールスが怒っている気がする。特に心当たりはないけれど、アールスの声がいつもよりもそっけなく聞こえたような。
僕は素早く体を洗い流して湯船へ向かう。
アールスの隣に座ってアールスの顔を覗き込んでみるとエメラルドのような綺麗な瞳がすぐに逸らされた。
「怒ってる?」
「怒ってない」
あっ、これは100%怒ってるな。
「ごめん」
「なにが?」
「えと、なんで機嫌が悪いのか分からなくてごめん……」
「……別に、ナギとお喋りしたかっただけだもん」
「あ……」
そっか。アールスが寂しがるだろうと思って一緒に入ったのに、魔力操作にかまけてアールスをないがしろにしてしまったんだ。
「アールス、ごめん」
「……うん」
「……あ、あのさ、アールスは市場の方まで行った事ある?」
「あるよ。依頼で友達と」
「そうなんだ?僕は休みの日に一、二回行ったくらいだったんだけどさ、今日放課後に行ったら人が一杯で驚いたよ」
「私も最初見た時びっくりした。この街に来た最初の日よりもびっくりしたよ。人ってこんなにいるんだって」
「あははっ」
やっぱり、アールスを悲しませたくないな。この世界に生まれてからできた最初の友達にはなるべくなら笑顔でいて欲しい。その為には僕はもっとしっかりしなくちゃ。変な事や無責任な事を言わない様に気を付けないと。
お風呂から上がると部屋に戻り僕が魔力を感じれるようになったとアールスに告げた。
アールスは驚き喜んでくれた。コツを聞かれたがその前にアールスの魔力操作を確認しなくちゃ。
どうやらアールスは魔法を使っている時でもあんまり魔力を感じる事が出来なくて、先生からは魔法を使った状態で魔力を感じるようになれと言われているらしい。
「じゃあまずは魔法を使おうか。ライトでいいよね?」
「うん。『ライト』」
アールスの掌から光が生み出され、それをアールスは空中に浮かせる。
魔力感知でアールスの魔力の動きを確認する。
たしかにライトに配給されている魔力以外は制御できていないみたいで、魔力が不規則に動いている。
というか、アールスの魔力の量って僕の半分くらいしかない?
「アールス、今魔力を制御してる?」
「ううん」
「じゃあ魔力を感じる?」
「……わかんない」
魔力の量が少ないから感じにくいのかな?
「アールスは今日他に魔法を使った?」
「剣の授業の時に怪我したからヒール使ったよ」
「怪我?」
「うん。転んじゃったの」
「そ、そう」
剣で傷ついたわけじゃないのか。
ヒールは魔力の消費量低いからアールスの魔力の量は元々僕よりも低いって考えた方がいいかな。
「とりあえず魔力を動かしてみて。イメージだけでいいから」
「どういう風に?」
「そうだな。僕に手で触れるように、かな」
「わかった。触るー触るー」
少しずつだけどアールスの魔力が僕の方に向かって動いているのを感じる。動かせないわけじゃなさそうだな。
「うん。もういいよ。アールスはまず魔力の量を増やした方がいいかもしれないな」
「魔力の量を?」
「たぶんアールスは魔力の量が少ないから魔法を使っても魔力を感じにくかったんだと思う」
「うんうん」
「だからまずは魔力の量を増やして、魔法を使った時に魔力を感じられるようになった方がいい。実際に魔力が動くのを感じた方が動かすイメージをしやすいと思うからね」
「わかった! じゃあナギに豊穣の春で魔力あげるね!」
「ああ、アールスにはそれがあるのか。すぐに使いきれて楽だね」
「うん!」
「いいよ。使って」
「『豊穣の春』!」
アールスの魔力が限界まで僕に流れ込んでくる。
豊穣の春は前にアールスから聞いた所によると貰った魔力は一定時間で消えてしまうらしい。緊急用のマナポーションといった所だろうか?
「うー疲れた」
魔力を使い切ると疲労感が襲ってくる。アールスに寝るようにと進言すると、アールスは寝る前にフェアチャイルドさんの顔を見たいと言い出した。
僕は反対する理由もないのでアールスに付き添って元の部屋へ戻る。
ドアをノックすると中からジョゼット先生が出てきた。レノア先生と交代したのかな。
寝る前にフェアチャイルドさんに挨拶をしたいと伝えるとジョゼット先生は快く僕達を中に入れてくれた。
フェアチャイルドさんは僕が買ったアップルを大事そうに手で持っていてくれていた。
「レナスちゃん」
「アールスさん、ナギさん……」
「えへへ、おやすみの挨拶に来たの」
「わざわざ……?」
「うん。レナスちゃん。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「はい……おやすみなさい」
用事が済んだ僕達は部屋に戻り寝る支度を整えた。アールスは今日は下のベッドで寝る事にしたみたいだ。もう寝に入っている。
僕もベッドに入り寝ようかと思ったが新しく覚えた『ステータス』を試すのを忘れていた。早速試してみよう。幸い難しい呪文でもなく魔力操作を覚えた僕なら生活魔法と同じく名前を唱えれば発動できるみたいだ。
アールスが起きださない様に小声で魔法の名を唱える。
「『ステータス』」
すると青くて透明な板が僕の目の前に出てきた。よくアニメとかで見る近未来の透過型ディスプレイみたいだ。
僕のステータスはっと……。
名前 アリス=ナギ 年齢 六歳
種族 人間 性別 女?
職業 なし
HP 100/100
MP 47/78
力 10
器用 16
敏捷 14
体力 15
知力 20
運 60
スキル
魔力操作
魔力感知
固有能力
魔獣の誓い
こんな具合になっていた。一見すると低そうだけど、年齢を考えれば仕方ないのかな。
それよりもだ。何? なんで性別に?がついてるの? 僕女の子じゃなかったの?
(教えて! シエル先生!)
(それはあなたの心が男性だから付け足しておきました)
(お優しい配慮痛み入ります。けどどうせなら最初から男にしてほしかったなぁ)
(一時的になら男性になれる魔法を授けられますが)
(本当ですか!?)
(ええ、あなたの今の魔力の量では一秒と持ちませんが)
(えと、一日持たせるにはどれぐらいあれば……)
(そうですね、一秒で100の魔力が必要です)
なんとなく予想はしたけれど絶望的だ。
いや、待てよ?魔力操作を極めれば魔力の消費量は抑えられるはず。
(つまり、魔力操作を極めろ、という事ですね)
(いえ、それは前提です)
人間に使える魔法なんでしょうか?