幸せのかたち
「ぼふっぼふっ」
一面の花畑を見たアースは嬉しそうな声を上げて花畑に近づく。
ライチーもフェアチャイルドさんからきれーと大声を上げながら離れて行く。
「これ全部パナイなんですか?」
「そうですよぉ。あっ、アースさんにあまり近づかないように言ってください」
頷いてアースに声をかける。
「パナイは沼とかの水を多く含んでいて軟らかい土に咲くんですぅ。だから大きい魔獣は気を付けないと足を取られちゃいますよぉ」
カナデさんの言う通り花畑に近づくと、地面がぬかるんでいることに気が付く。
「この水はどこから来ているんですか?」
まさか生活用水ではあるまい。
「ここには水の精霊さんが沢山いてですねぇ、その精霊さん達がお花のお世話をしているんですよぉ」
「なるほど……それで、どうやって都市に入りましょうか? 花を踏みつけていくわけにもいかないですし」
「大きな魔獣用の通り道はちゃんとありますからそこを通りましょう」
カナデさんが指し示した先へ視線を送ると橋らしき物が見えた。
花の上をぐるぐると回り飛んでいるライチーを呼び戻し橋へ向かう。
橋は石で出来ている。石で出来ているなら万が一アースの重みに耐えられなくても、アースなら補強しながら渡る事ができるだろう。
「それにしてもまだ咲いてるんですね。カナデさんの話じゃ蜜はもう取れないらしいからてっきりもう枯れているのかと」
「いえいえ~。枯れるのはこれからですよぉ。今は受粉が終わった時期で、種を作っている最中なんですよぉ」
「種を、ですか」
「はい~。パナイはですねぇ、芽が出てからずぅっとため込んできた蜜を使って虫を呼んで受粉させてもらうんですよぉ。
それが二月の終わりあたりですねぇ。受粉の時期は甘い匂いが街中にまで漂ってくるんですよぉ
今は残った蜜の栄養を使って種を作っている最中らしいですよぉ」
「えっ、それってパナイの蜜採って大丈夫なんですか? 人間が採ったら栄養足りなくなっちゃうんじゃ」
「問題ないみたいですよぉ。元々過剰に作られて腐ってしまわないように蜜を花の精霊さんが採り始めたのが始まりらしいですぅ。
初冬までは採るというのは、寒くなると蜜ができにくくなるかららしいですぅ。
それでぇ、花の精霊さんの契約者さんがその採った蜜を有効活用しようと作ったのがパパイというお菓子なんですよぉ。
あっ、ちなみにですねぇ、パパイっていうのはその花の精霊さんの名前で、パナイの花から生まれた精霊さんらしいですよぉ」
「なるほど、よく知っていますね。さすが生まれ故郷」
「うふふ~。実はダイソンの観光案内に書いてあるんですよぉ」
そう言ってカナデさんは後ろから紙を差し出してきた。
受け取ってみるとそれは折り目のついた一枚の紙で、パンフレットだった。
内容を読んでみると片面にはダイソンの歴史からパナイの花の事が書かれており、その裏面には簡単な地図が書いてある。
「あっ、役所の場所も書いてある……カナデさん。これ借りてもいいですか?」
「いいですよぉ~。他にもありますけどぉ、いりますかぁ?」
「あっ、じゃあそれも」
これで人に聞かなくてもすぐに役所まで行けるな。
パンフレットは他に三枚ありそれぞれ都市内のおすすめの場所、都市外の観光地、都市内外全体のおすすめの場所がそれぞれ書かれてある。
パンフレットを折り目に沿って丁寧に折りたたみ小袋の中に入れておく。
石の橋を渡り検問所まで行く途中、精霊達が遠巻きに僕たちを見ているのが見えた。
手を振ってみると振り返してくれた。
ライチーもそれを見て両手を目一杯に振る。
検問所につくと僕達はアースから降りて組合員証と、魔獣達の通行許可証を見せ通らせてもらう。
中に入って一歩で他の都市とは違う事が分かった。
街の中はカナデさんが言っていたように花であふれていた。
道端には花壇が備え付けられており、建物の壁には所々グリーンカーテンの跡の蔦が残っている。夏になったら街は緑一色になるのかもしれない。
道の舗装も凝っていて石畳には花を象った模様が施されている。
グランエルとか、他の都市では凝った石畳というのはあまり見ない。あるとしたら役所の周辺の道位だ。
だけどこの都市では模様の施された道が普通らしい。
小細工の利いた道を見て育ったカナデさんは大抵の都市はどこに行っても地味な道だった事に少しがっかりしたらしい。
都市の話を軽く話しつつ、魔獣達を預ける施設へ向かう。
フェアチャイルドさんはそわそわとして落ち着きがない。アップルパパイを早く食べたいんだろう。
「カナデさん。フェアチャイルドさんをパパイの売っているお店まで案内してくれますか? 僕はナス達を預けた後役所に向かうつもりですので、遅くなってしまいますから」
「そ、それぐらい我慢できます!」
「別に我慢するような事じゃないと思うけど」
「わ、私はナギさんと一緒に食べたいです」
「ん? そう? じゃあ要請がなかったら一緒に行こうか?」
「はい!」
「うふふ~。レナスさんって甘えん坊さんですねぇ」
「ち、違います。そんな変な甘えなんてありません!」
「うふふ~」
「信じてないですね!?」
珍しいな。フェアチャイルドさんが顔を真っ赤にしてこんなに声を荒げるなんて。
よほど子ども扱いされたくないのか。年頃だな。
本気で怒っている感じではないから喧嘩の心配はしないでいいだろう。
「私はもう子供ではないんです」
ツンとそっぽを向きながら拗ねるフェアチャイルドさん。
『レナスおとななの?』
ライチーが不思議そうに首をかしげながら僕に聞いてきた。
「どうだろうねー」
「ナ、ナギさんまで……」
「少なくともまだ成人してないじゃない」
「う……」
「んふふ。とりあえず早く行動しよう。このままお喋りしてたら暗くなっちゃうよ。あっ、カナデさんは宿はどうします? 実家この都市にあるんですよね?」
「私はぁ……そうですねぇ」
「僕達に遠慮しないで実家で泊まったらどうですか?」
「……そうですね。一度顔を見せた方がいいと思います。きっとご両親もカナデさんの顔を見たいのではないでしょうか?
それにいつも私達の面倒を見てもらっているのですから、一晩くらいゆっくりとしてもいいと思います。
宿の事なら私とナギさんなら何とかできますから」
「うーん。そうですねぇ、そこまで言うのでしたら今日は家に戻りますねぇ」
「分りました」
ナス達を施設に預けた後僕達はそのまま役所へ向かい要請の確認をし、何もない事を確認したらお待ちかねのパパイを売っている店へ足を向けた。
パパイを売っているお菓子屋さんには人がそれなりに入っている。
特別な事をやっている様子はなく、普段からこれだけ入っていれば人気があるのだろうと判断できる。
カウンターに展示されているお菓子を見てみると、クッキーによく似たお菓子のキャディや、果物を使ったタルトに似たウォレスというお菓子が多い。
しかし、真ん中でメインを飾っているのはやはりパパイだ。
パパイという名前からパイを思い描いていたけれど、実際には生地はパイ生地ではなくキャディと同じ物みたいだ。直径十デコハトル厚さ二デコハトル位の円盤状で、上の面は格子状になっていて、隙間から見える果物が蜜に包まれて輝いて見える。
見た目はあまり変わらないけれど、中身の果物の種類が多い。
フェアチャイルドさんはアップルとして僕はどうしようか。
一つずつ名札につけられた名称を見ていく。
「じゃあ僕はストロベリーにしようかな」
ストロベリー。この世界の苺はストロベリーと言う。前世であった果物は何故かこの世界でも同じ名称なのだ。不思議なものである。 僕と同じ世界からの、しかもたぶん外国の転生者が名付けたんだろう。なんだか不思議なつながりを感じてしまう。
まぁ同じ名前でもやはり甘さは違う。この世界の果物はまだあまり甘くないんだ。
品種改良をして徐々に甘くはなっているらしいけれど。
「カナデさんはどうしますか?」
「私もアップルですかねぇ」
「ナス達のはどうしようかな。アップルにしておこうかな」
アップル五つとストロベリーを注文し受け取りお金を払う。
受け取る時フェアチャイルドさんの目が輝いていたように見えたのは、僕の気のせいではないだろう。
店を出たら落ち着いた所で食べる為にカナデさんにおすすめの場所を案内してもらう事になった。
場所は中央から少し北東に行った所。そこには夏ならば緑であふれているであろう公園があった。
今は冬なので草木は枯れている物が多い。
家族で遊んでいる人達もいるけれど、公園は広いため遊んでいる人達の喧騒は気にならない。
「今日は休日だったんだね」
遊んでいる家族を見ながら僕は誰に言うともなしに呟いた。
旅をしていると日付の感覚が鈍くなってしまう。
空いている長椅子に並んで座り買ったパパイを袋から取り出す。
食べる前に持ってきたポットにお湯を入れてお茶の準備をしておく。
お茶ができるのを待ってから二人にカップとパパイを渡す。
お茶をカップに注ぐのは各自にやってもらおう。
パパイの生地はしっかりとしていて硬いように思えたけれど、噛んでみるとキャディよりも脆く中が少ししめっけがあるのでサクッという感じで噛む事ができる。
蜜が練りこんであるのか生地自体もほのかに甘くおいしい。
ストロベリーは酸っぱいけれど、蜜の甘さが包み込んで見事に調和している。
「おいしいね」
フェアチャイルドさんに声をかけてみると、彼女はリスのようにパパイを頬張りながら小さく何度も頷いた。
よほど気に入ったのだろう。
ふと、僕のパパイをじっと見ているカナデさんの視線に気づいた。
「……カナデさんも少し食べてみますか?」
「いいんですかぁ?」
「はい」
「じゃあ交換という事でぇ」
パパイを少し割りカナデさんに渡す。カナデさんも同じように自分のパパイを割り僕に渡してきた
「むぐぅ!」
フェアチャイルドさんの方がらなんだかものすごい音がしてきた。
「フェアチャイルドさんも交換する?」
フェアチャイルドさんは口の中の物を噛みながら激しく首を縦に振る。
「はいはい」
僕のパパイを交換し合うと、何故か彼女は真剣な表情をして渡したパパイを見つめている。
とりあえずアップルパパイを食べてみる。
ストロベリーとは少し違った酸っぱさがあるが、こちらもまたおいしい。
パナイの蜜ってなんて万能なんだろう。
「あっ、ナギさん。ほっぺにカスがついていますよぉ」
そういってカナデさんが僕の頬についた食べ残しをひょいと摘み自分の口へ入れてしまった。なんだが恥ずかしいな。
「お……おぉ……」
なんだがフェアチャイルドさんのうめき声が聞こえる。そんなに美味しかったのだろうか。でも女の子がそんな声出しちゃ駄目だと思うな。
「ふふっ、フェアチャイルドさん。いくらおいしいからって女の子がそんな声出しちゃ駄目だよ」
「う……うぅ……はい。とても、とてもおいしいです……」
ああ、急いで来てよかったな。こんなにも喜ぶなんて。
もっともっとこの子が喜ぶ顔が見たい。その為だったら僕はどんな事だって頑張ろう。
彼女の幸せは、僕の幸せなのだから。
パパイの大きさの単位が間違っていたので修正しました。
×ハトル→〇デコハトル