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花の都市

 旅の合間に僕とフェアチャイルドさんが行っている特訓は主に素手での組み手を行っている。ランニングは今は行っていない。外でそんな事をしたらどんな危険な目に合うか分からないし、慣れない都市だと迷子になってしまう危険性がある。

 村なら安全で道に迷う事もないだろうけど、毎日できないのならいっその事他の事で基礎体力を付けようという訳だ。

 主に僕が攻めでフェアチャイルドさんは守り。フェアチャイルドさんに攻撃するのは気が引けるけれど、魔物と戦う時もしもの時の為に相手の攻撃を防げるようにしなくてはならない。

 だから心を鬼にして組み手の相手をしている。

 野宿をする時などは人間以外の動きを取り入れる為にナスとヒビキにもフェアチャイルドさんの相手をしてもらっている。

 そしてその時僕はアースに相手をしてもらっている。将来会いまみえるであろう巨大な魔物に備えて。


 フェアチャイルドさんは僕とヒビキを相手をする時は動きやすいように身軽な格好をしている。ゆくゆくは革のローブを着たまま特訓をしてもらうが、今はナスとの特訓の時だけ着ている。

 ナスはスキル以外の主な武器は角しかない為特訓の時は角を使って貰っている。

 なのでなるべく怪我をしない様に革のローブを着て貰っているんだけど、ナスは手加減しているとはいえ容赦なく彼女の顔を狙う。

 一応目は狙わないようには言っていたけれど、彼女自身が危険を望んでいたんだ。

 確かに必要な事なのは分かるのだけれどやはり見ていて心臓に悪い。

 一度頬に深く刺さった事があった時は僕は気絶してしまうかと思った。

 この時は本当に神聖魔法に感謝をした。

 パーフェクトヒールで治したから痕は残らなかったけれど、魔法がなかったらきっと一生残る傷だ。

 そんな事があっても彼女は恐れる事なくナスと特訓を続けている。何が彼女をそこまでさせるのだろう。

 そこまで本気で両親の故郷を見てみたいという事だろうか? そう考えると僕の特訓にも力が入る。必ず魔の平野を超えてみせよう。




 僕が結んだ髪をなびかせ突きを避けるフェアチャイルドさん。

 ナスに怪我を負わされてから彼女は避け方に磨きがかかってきている。

 手加減しているとはいえ僕の攻撃を紙一重で避けられるようになったんだ。これは僕の攻撃を恐れずにきちんと見ている証拠だろう。

 おまけにすぐに反撃もしてくる。

 彼女は本気を出しても拳速が遅いため普通に殴っても僕にはまともに当てられない。その弱点を補う為かカウンターを狙ってくるようになった。

 それも狙いは的確。成否の見極めが上手いんだ。

 大体彼女にカウンターされたら手加減している僕では防ぐ事はできない。

 当たった所で体勢を少し崩されるだけなんだけれど、彼女にはそれで十分だ。

 彼女の組手はその拳で敵を倒すことが目的ではない。自分の身を守る事こそ重要なんだ。


「相手の重心を崩すの上手になったね」

「本当ですか?」

「うん。今のは上手い所をついてきたと思うよ。もう少し力があったら倒れてたね」

「やはり力がないと難しいですね……」

「それは仕方ないよ。相手だって危ない体勢をとる事なんてそうないだろうし、足りない分は力で補うしかないと思うよ」


 言ってしまえば僕がまだ未熟だからフェアチャイルドさんのカウンターで体勢を崩してしまうんだ。精進しなければ。


「それにカナデさんみたいにバランス感覚のいい人には効かないだろうし、あんまり過信しちゃ駄目だよ?」

「わかっています。あの人はもう人外だと思っています」

「それは言い過ぎだからね?」

「脚を首の後ろに回せるような人が同じ人間だとは思えません」

「あー……うん」


 カナデさんは身体が柔らかく、柔軟をする時はヨガのような姿勢を取っている。僕も日々カナデさんのような柔らかい身体を目指していると彼女が知ったらどんな目で見られるだろう。

 組手を終えたら僕は自分とフェアチャイルドさんにエリアヒールをかける。今回は特に怪我はしていないけれど念の為だ。

 僕の方はほとんど感じないけれど、フェアチャイルドさんは身体のあちこちから手ごたえを感じる事ができる。

 僕が当てた所ではなく避ける時に無理な動きをして筋肉が傷ついたんだろう。

 柔軟は僕と協力し合って行っているから足りないという事はないと思う。彼女自身が自分の意志で限界まで酷使しているんだ。

 回復魔法が使えるからすぐに身体を癒せるからこその無茶だ。


『レナスーおわったー?』


 離れた場所でサラサやディアナと遊んでいたライチーがふわふわと飛んできた。ライチーの後ろには疲れた顔をしているサラサとディアナがいる。

 ライチーを追い越して二人はまっすぐ腕輪の中へ帰ってしまった。

 フェアチャイルドさんはライチーを両腕を広げて向かい入れる。


『レナスーレナスー、むこーでおはなみつけたの。ほらこれー』


 ライチーが差し出した花は水色の花弁が幾層にも咲いている割かし大きな花だ。

 前世の花だと蓮に近い見た目をしている。


『きれいな花ですね。なんという花でしょう』

『わかんなーい。ナギわかる?』

「んー。僕も見た事ないなぁ。カナデさんなら何か知っているかな」


 村を後一つ越えればカナデさんの故郷であるダイソンだ。カナデさんなら何か知っているかもしれない。


「そういえばダイソンの近くは花が多いってカナデさんが言ってたよね」

「そういえばそうですね。でしたらカナデさんなら知っているかもしれませんね」

『カナデしってるかなー』

『知ってるといいですね』


 頷き合いながらライチーはフェアチャイルドさんの髪に花を刺そうとしている。

 茎が太いせいで上手くいかないようだ。

 フェアチャイルドさんはじっとライチーのやる事を待っているみたいだ。

 やがて頭頂部付近に刺すのをあきらめ、三つ編みに結ばれた髪の首の近くの結び目に刺した。


『レナスきれー!』

『本当ですか? ありがとうございますライチーさん』

『えへへー』


 髪の色が同じ系統だから花があまり目立たないな。そもそも髪飾りにするには少し大きいような気がするけど。


「ナギさん。似合っていますか?」

「うん。とってもきれいだよ」

「むひっ」


 フェアチャイルドさんの咳を変に我慢したのか口から変な音が漏れ出てきた。

 フェアチャイルドさんは急いで口を片手で塞ぎ顔を僕から逸らす。

 なんとなく気まずい。こういう時はやはり見なかったフリ聞かなかったフリをした方がいいんだろうか?

 女の子だから気にするかな。


「……そろそろ宿に戻ろうか?」

「……そうですね。戻りましょう」

『なんかふたりともへんー』


 宿で借りた部屋に戻るとカナデさんが起きて髪を手入れしていた。

 その後ろで僕とフェアチャイルドさんは服を脱ぎ汗を温水で濡らした布で拭く。

 髪も洗いたいがこの宿屋には頭を洗えるほどの広さのある洗面所はないし、風呂場は朝は清掃するらしく借りる事はできない。

 村長さんの家なら大抵はどちらも問題ないんだけど、仕方ない。宿屋の方が安かったんだ。

 旅を急いでいるから道中仕事を受けるのは最小限にする為なるべく安い宿を借りている。最初は防犯面が心配だったけれど、使っているうちにそれなりに慣れる事はできた。

 一度食堂でカナデさんに絡んできた男がいて、その男が夜中に忍び込んできた事があった。

 すぐに気づく事ができたが、それはカナデさんも同じだった。

 カナデさんはいつの間にかベッドを抜け出して男の背後に回り短剣を首に突き付けて脅していた。

 男のライトでうっすらと見えたカナデさんは格好良かったな。

 ただ脅す時噛んだ事は愛嬌だろう。そこまでは格好良かっただけに残念な人だ。

 男が逃げ帰った後カナデさんは何事もなかったように眠りについた。

 ああいう事を普通に出来るようになりたいものだ。そうすればフェアチャイルドさんをもっと守れるようになるに違いない。


 髪を結び終えたカナデさんはまだ身体を拭いている途中の僕たちを見てあら? と声を上げた。


「レナスさんそのパナイどうしたんですかぁ?」

「パナイ? この花の事ですか?」

「はい~」

「ライチーさんから貰ったんです」

「そうですかぁ。きれいですねぇ~」

「その花パナイっていうんですね」

「はい~。そのお花の蜜がパパイの材料なんですよぉ」

「へぇ、この花が……」

「花が咲いている所まで来たんですねぇ」


 カナデさんはしみじみといった様子で窓から外を見る。


「もうすぐカナデさんの故郷のダイソンなんですよね。どんな所なんですか?」

「そうですねぇ。街の作り自体は他の都市とそう変わらないんですけどぉ、お花がいっぱいある所なんですよぉ。

 街の中一杯にお花が植えてあって、花の都市なんて呼ばれてたりもしますよぉ」

「花の都市ですか。きれいな響きですね」

「はい~。いろんな種類のお花が街中から都市の周辺まで一杯咲いているんですぅ」

『おはないっぱいだって! たのしみだねレナス!』

「そうですねライチー」


 花の都市か……やはりおしゃれの最先端だったりするのだろうか。




 アースの背に乗っていつものように街道の横をつき走っていると、ナスが突然鳴き声を上げた。

 甘い匂いがする、そうナスは言った。


「あの丘を越えたらすぐにダイソンが見えるようになりますよぉ~」


 カナデさんの言う通り植物が枯れ茶色になっている丘を越えると遠くの方に都市が見えた。

 しかし、それ以上に目を引き付けられたのは大地に広がる色だった。

 赤青黄色、紫や緑にオレンジ。様々な色の花が丘を降りた先から都市までの広い大地を埋め尽くしていた。

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