ナギのお仕事
グランエルから五つ目の都市レイジオンに着くと僕は皆と一旦分かれ役所へ向かった。
治療の仕事が無いか確かめる為だ。
役所に行き役人にピュアルミナが使えるという認定証を見せると驚かれた。
今までの都市でもそうだった。僕の名前以外の年と性別の情報は共有されている為か認定証の真偽を確かめるだけですぐに信用される。
そもそも嘘をついて役所を騙したとしてもピュアルミナが使えなければすぐにばれてしまう。
嘘がバレた場合は膨大な罰金を支払わなければならない為役所で嘘をつくメリットはない。
今日は二件の要請が出ていた。どちらもこの都市での仕事なのは運がいい。一つはこのレイジオンに住んでいる商会の副会長の幼い一人娘が病に倒れたとの事。もう一件が木工細工屋が作業中の事故で指を切断してしまったようだ。
後者の件はある意味運がいい。ピュアルミナが使える人間はパーフェクトヒールが使えるから、前者の要請があった時点で神官がこの都市へやってくる事は確定している。
基本的に軍に所属しているパーフェクトヒールを使える神官は軍優先で民間の相手は後回しになりやすいし、そもそも数だって決して多いわけではないから神官が都市やその周辺にいない何て事はよくある。
そんな穴を埋めるのが僕の様な各地を回る神官だ。
ピュアルミナの要請はどこか遠くにいても必ず神官の元へ届く。何せすべての都市に精霊が協力している連絡網で神官に連絡が届くのだから。
村を回っている場合は時間がかかる可能性が出るが、それでも週に一回は都市に寄るようにお願いされているので遅くても一週間で連絡が届く。
そこから間に合うかはまた別の問題だけれど。
この辺のタイムラグをなるべくなくしたい所だろうけど、何分ピュアルミナの使い手は少ない。アーク、イグニティ、グライオン、この三ヶ国の中でも僕を含めても片手で数えられるほどしかいなんだ。
気安く呼び出され遠くで疫病が流行った場合対処が遅れてしまう為それ相応のお金か理由が無い限りはピュアルミナを使える神官を呼び出す事は出来ないんだ。
要請を二件共引き受け僕は書類とそれぞれの住所の書かれた紙を貰い役所を出る。
一先ずすぐに商会の方へ向かおう。本当ならフェアチャイルドさん達にきちんと伝えたいのだけど、女の子にどれくらい余裕があるか分からない。
街の中を駆け足で歩く。
そして、商会の方の指定された住所に赴くと、そこは装飾品を扱っているお店だった。
大きな建物は白壁で品のいい作りをしている。
中に入り店員に事情を話すと、その店員は慌てて奥へ行き年配で身なりのいい立場の高そうな人を連れてきた。
紹介を受けるとどうやらこのお店の支配人の様だ。
書類と認定証を見せて身分を証明すると支配人について来るようお願いされた。
支配人の案内を受けて僕はお店の奥へ入っていく。
そして裏口からお店を出て、すぐ近くのお店の陰に隠れて立っている小さな家へ入っていく。
外観はお店よりも少し地味だったけれどそれでも建てられたばかりの様にきれいだった。
中も小奇麗に掃除されている。
応接間に通され僕はそこで依頼人である副会長を待つ事になった。
高そうな家具ばかりでかなり緊張してしまう。急いでいたからあまり身なりに気を遣えなかったけれど汚してしまっていないだろうか。
せめて髪型だけは整えておこうと思い手で軽く整えると扉を叩く音が聞こえてきた。
応えると失礼しますと黒くスカートの丈が長いワンピースの上にエプロンを付け、頭には帽子というメイドの様な格好をした人がソーサーに乗ったカップとポットの乗ったお盆を持って入ってきた。
こちらの世界でもメイドさん?はこの格好なんだな。やはり機能美溢れた格好という訳か。
メイドさんは小さくお辞儀をした後ポットとソーサーに乗せたままのカップをテーブルの上に置きカップにポットの中身を注ぐ。
その仕草は僕にはとても洗練されていて優雅に見えた。
「あ、ありがとうございます」
お茶だろうか? 注ぎ終えたポットを両手で持ち一礼してからメイドさんは僕の目を見て口を開いた。
「ただいま旦那様がこちらへ向かわれておりますので、お茶をお飲みになりながらお待ちください」
「あっ、はい」
なんだか緊張するな。グランエルにいた時は正体を隠すために覆面を被ってたからこういうおもてなしはされた事が無かった。
とりあえず言われたとおりに飲んだ方がいいのだろうか?
ソーサーを左手で取り右手でカップを持ち口元に運ぶ。
甘い花のような香りがなんともかぐわしい。嗅いだ事のない香りだが何の茶葉を使っているのだろう。
口に含んでみるとかなり熱く少しだけしか飲めない。味は甘い匂いに反して軽く酸味がありそして苦い。
口の中に密かに魔法で水を出し事なきを得たがもう少し冷めてから飲もう。
ミルクとか砂糖はないのかな。苦いの苦手なんだけどな。前世ではコーヒーとか苦くて牛乳入れないと飲めなかったんだよな。
ちらりとメイドさんの方を見てみる。
メイドさんは無感情な顔で部屋の隅に立っている。
話しかけていいのだろうか? なんだか怖いな。
あんまりちらちらと見るのも失礼か……ここは覚悟を決めて、ミルク無しで飲もう。
意気地なしという事なかれ。これは試練なのだ。大人への一歩なのだ。苦い物を飲み込めるようになってこそ大人なのだ。
お茶をカップの半分ほどまで飲み終えた頃再び扉を叩く音がした。
メイドさんが扉を開くと、最初に入って来たのは支配人だった。その後に二人のメイドさんが続き、最後に恰幅のいい何というかダンディという言葉が合いそうな男性が入ってきた。
僕は慌ててカップをソーサーに戻し立ち上がってお辞儀をした。
「君が神官か?」
「はい。アリス=ナギと言います。旅の途中役所に立ち寄った所要請がありその場で受け、急いで来てしまったのでこのような格好で申し訳ありません」
言葉使いとか変じゃないだろうか? ああ、緊張する。何回か似たような高級感あふれる部屋に通された事はあるけれど全く慣れない。
「いや、それはいい。それより証を確認したいのだが」
「はい」
言葉に余裕のなさが感じ取れる。僕は急いで認定証を出しそれを見せた。
「……本物の様だ。私はレオナード=ベイルゼン。さっそくで悪いが娘を治してくれないか」
「その前に注意を一つよろしいでしょうか? 規則ですので」
「……わかった」
「ピュアルミナは元々ない物は作り出す事は出来ません。それはパーフェクトヒールでも同様です。万能の力では無いので必ずしも治せるとは限らないという事は承知してください」
言ったとおりこれは一応規則なので言っておかなければならない。要請をした時に同様の説明は受けているのだろう。ベイルゼンさんは機嫌を悪くした様子もなくただ頷いた。
「わかっている」
患者の症状はアナライズで分かるけれど原因や対処法までは分からない。
もしも栄養失調みたいな外部から何かを取り入れなければいけない事が原因だったらピュアルミナやパーフェクトヒールでは治せないのだ。
そしてその場合要請は無駄に終わりお金だけがかかる。
注意事項も終わり僕は部屋を出て二階へ案内される。
二階の端の部屋。日当たりのよい部屋にまるで新品の様に綺麗な白いベッドが一つ。そこに女の子がいた。
部屋に入ってきた僕達を見てお父さんと嬉しそうに声を上げる。
ベイルゼンさんはその声に応え娘さんの傍へ寄った。
ベイルゼンさんが娘さんに事情を話し、それから僕を紹介した。
娘さんの名前はルーミアというらしい。年のころは九歳といった所か。顔色は悪く肌の艶もよくない。
書類によると虫に刺された時に病原菌が移ってしまったらしく、今は薬で進行を抑えているらしい。
「初めまして、ベイルゼンさん。アリス=ナギです。今すぐ治しますね」
「おねえちゃん私の事治せるの?」
「もちろん」
病原菌という原因が分かっている以上ピュアルミナなら治す事が出来る。
僕は視線をお父さんのベイルゼンさんに合わせると頷いてきた。
早速手をかざしピュアルミナを唱える。
ピュアルミナを使う時僕は患者の身体のどこに害をなす物があるか分かるようになる。
感覚としては黒い染みのような物が見えているような気がする。
気がするというのは実際に見えている訳じゃないからだ。なんとなくそんな気がするだけ。そこに黒い染みのような物がありますよという情報だけが分かるんだ。
そしてその黒い染みを奇跡の力で包み込み消すのがこの魔法なんだけれど、奇跡の力を引き出すのに大量の魔力を消費してしまう。
魔力操作で制御しなければあっという間に魔力が尽きてしまう。
無駄なく効率よく。それを行う為には練習を重ね黒い染みをはっきりと認識できるようになる必要があるとシエル様は言っていた。
うすぼんやりとした状態で輪郭のはっきりとしない黒い染みを適当に消すよりも輪郭がはっきりとしていて、黒い所にだけ奇跡の力を集められた方が魔力の消費は少ないんだ。
ちなみに練習は自分自身の身体でやっている。
娘さんの身体中いたる所に黒い染みが感じ取る事が出来る。
僕はそれをなるべく無駄なく包み込み消し去る。パーフェクトヒールと違って時間はそんなにかからない。
全ての黒い染みが消え去ったのを感じ取るとお次はエリアヒールで傷ついた身体を回復させる。
おまけでインパートヴァイタリティもこっそり使っておく。
「はい。これでもう大丈夫のはずですよ」
「……本当だ! 身体が軽い!」
娘さんは上半身をベッドから起こし柔軟するように体をくねらせる。
「おお……もう動いて大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思いますよ。念の為アナライズで体調を見ましょう。アナライズの魔法石はありますか?」
「あ、ああ。石ではなく木だがある」
ベイルゼンさんは懐から木で出来た球体を取り出し、娘さんにすぐに渡した。
娘さんが素手で持ち暫く待つと青い板が出て来た。
ベエルゼンさんが青い板を覗き込むと安堵をした。
どうやら健康体に戻ったらしい。
親子ともどもにひどく感謝され、夕飯に誘われそうになったが、僕には待っている人がいると言って辞退した。
それならばせめてのお礼にと金貨の入った袋を渡された。一度は断ったけれど、どうしてもと言われたので仕方なく受け取る事にした。
家を出ると僕は真っ直ぐ銀行へ向かう。袋に入った金貨なんて危なっかしくて持ち歩けない。今はきちんと外から見えない様に背負い袋に入れている。
怪我人を治し役所に報告しに行った後もまた銀行に行かなくてはならない為二度手間になるが仕方ない。安全の為だ。
「疲れた……」
「お疲れ様です」
宿屋で僕はベッドに倒れこむ。
労ってくれるフェアチャイルドさんの言葉と頭を撫でてくる手がが心地よい。
時間はもう結構遅い。怪我人の所に行く前にフェアチャイルドさん達に話しに宿屋に戻ったりもした為時間をかなり食ってしまった。
「晩御飯はどうしますか?」
「食べるよー。フェアチャイルドさん達はもう食べちゃった?」
「いえいえ~。レナスさんが待つと言っていたのでぇ、私もお付き合いしてまだですよぉ」
「なんだか悪いですね。気を使わせてしまったみたいで」
「うふふ、仲間なんですから堅い事はいいっこなしですよぉ」
「……そうですね」
「それじゃあ行きましょう~」
カナデさんが僕の手を取り立たせる。
立つ時に建物が軋む音なのかぐぎぎというような音がフェアチャイルドさんの方から聞こえた気がした。
焼き煉瓦で出来た建物でもそういう音はするのだな。