アース爆走
正式な冒険者登録をする為に行く本部はアーク、イグニティ、グライオン、この三国の国境が交わる場所に存在する都市にある。三ヶ国同盟の中心地にある訳だ。
本部のある都市の名前はオーメスト。グランエルからだと大体三ヶ月はかかる場所だ。
殆どの都市は馬車で四日ほどの間隔で存在している為、街道を歩き都市をすべて通ろうとしたらオーメストまで行くのに二十以上もの都市を通る事になる。
僕達はとりあえずグランエルを西から出てそのまま真っ直ぐに進み、途中で北上しカナデさんの故郷であるダイソンへ寄ろうという話になった。
これはカナデさんの希望ではなくフェアチャイルドさんからの要望だ。
よほどアップルパパイを食べてみたいのだろう。問題は旬が過ぎると高くなる事だろうか。
カナデさんによると冬を越したパパイは非常に高くなるらしい。
その理由はパパイに使う花の蜜は秋から初冬までしか獲れないらしい。その為春になる頃には作れる量が少なくなって高騰してしまうらしい。
仕方ないか。ブリザベーションを使っても新しくは仕入れる事は出来ないのだから。むしろ売れ残っている事の方が奇跡かも知れない。
その話を聞いたフェアチャイルドさんは傍から見ても余裕がなくなっていた。
僕も食べてみたかったのでアースに乗って移動する事を提案した。その代わりアースの報酬にパパイを所望されたが。
ヒビキはナスに背負って貰い、アースには揺れる事を承知で走って貰う。
フェアチャイルドさんは最初は遠慮していたが、目を輝かせていた事に気づかない者はいなかった。
そんな訳で今僕達はグランエルの西隣の都市ベエルゼまでアースに乗って爆走中だ。
それでもナスに乗った時よりも速度は遅い。
揺れがひどいので横乗りしているフェアチャイルドさんを僕は片腕でしっかりと抱きしめて、開いている方の手でアースが咥えているくつわに繋がった手綱を握っている。
下手に喋ると舌を噛むので確認できないが、心なしかフェアチャイルドさんの顔が赤い。
幸せそうな顔をしているので苦しかったり気持ち悪いという事はないだろう。そんなにアップルパパイが楽しみなのだろうか。
お昼を過ぎる頃には二つ目の村を通り過ぎていた。
都市と都市の間には六つの村がある為残り四つの村を通り過ぎればベエルゼに着く。この分なら今日を入れて二日でベエルゼまで行けそうだ。
お昼の休み時間。料理が始まる前に僕はフェアチャイルドさんの体調を確かめる事にした。
「フェアチャイルドさん。ずっと顔赤かったけど大丈夫? 熱とか出てない?」
「大丈夫です。夢心地でした」
「それ本当に大丈夫なの?」
念の為におでこに手を当ててみるが熱はやはりなさそうだ。
「ナギさんは心配性すぎます」
「旅の最中なんだからこれ位でいいんだよ。そうですよね、カナデさん」
「うふふ、そうですね~。体調は甘く見ているとすぐに悪化してしまいますから、ナギさん位心配性な方がいいと思いますよぉ」
「ほら」
「……とにかく大丈夫です。午後もちゃんと乗れますから」
「分かったよ」
これ以上しつこくしても仕方ないだろう。彼女を信じてここは下がるべきだ。
今日の料理当番はフェアチャイルドさんなので、料理が出来るまでの間カナデさんにはヒビキとナスを任せ僕はアースにブラッシングをする。
「アース、ありがとうね。僕達を乗せて走って疲れた?」
「ぼふん」
アライサスは一応汗はかくけれどその量は少なく熱をため込みやすいと図鑑で見た記憶がある。
その為アライサスは本来人間に比べて持久力はないはずなのだが、アースは疲れている様子が無い。
ステータス上は体力が高いからその影響だろう。その証拠にヒビキも小さい身体だけれどアースに遊び負けない体力を持っている。
となると問題があるとしたらナスだろうか? しかしそのナスも見ている限りでは問題はないように見える。
「アースはすごいな。重い荷物を持って、僕達も乗せてるのにあんなに早く走れるんだから」
「ぼっふっふ」
「すごいなーあこがれちゃうなー」
「ぼっふぼっふ」
アースがもっと褒めなさいと調子に乗り始める。
あまり調子に乗られて疲れさせてもまずいので褒めるのはほどほどにしブラッシングに集中する。
ブラッシングの途中で御飯が出来たので一旦中断し、食べ終わってから再開させる。
一通りのブラッシングを終わらせると今日はいつもよりもアースの艶がいいような気がする。
「アース、今日は調子いい?」
「ぼふっ」
「そっかそっか。今日はいつもよりも美人さんだね」
「ぼっふぼっふ」
やはりアースも美人と呼ばれると嬉しいのか前足で地面を何度も踏みならす。
「そぉいえばぁ。この子達って女の子なんですかぁ?」
贅沢にもヒビキを抱きながらナスの耳を触っていたカナデさんがいきなりそんな事を聞いてきた。
「魔獣に性別はありませんよ?」
「そうなんですかぁ?」
「ただ、魔獣になる前は性別はあったでしょうけど……アース。アースって女の子だったの?」
「ぼふ」
「やっぱりそうなんだ。ナスはどうだったの?」
「ぴぃ?」
「わかんないか……ヒビキは?」
「きゅー?」
「ヒビキもか」
「分かってるのはアースさんだけなんですねぇ」
「みたいですね」
僕の予想ではナスは雄でヒビキは雌なんだけど、真相やいかに。
グランエルからベエルゼまで二日で踏破する事が出来た僕達はベエルゼに泊まる事にした。
昼下がりに着いたので宿を取り日暮れまでの間自由時間にする事になった。
ベエルゼの街並みはグランエルとほぼ変わらない。これは都市の基本設計が同じだからだろう。
初めてのグランエル以外の都市だから高ぶっていた気持ちが、あまり変わらない街並みに少し気が抜けてしまった。
けれどカナデさんは初めての都市にテンションが上がっているようだった。
カナデさんは冒険をしていた時は北の方を主に回っていたらしく、南側の都市はあまり詳しくないらしい。
そんなカナデさんに一緒にお店を見てみようと誘われた。
僕はもちろん喜んで頷いたのだけど、その時にフェアチャイルドさんが食い気味に自分も一緒について行きたいと言ってきた。
カナデさんはもちろんと言ってついて来る事を同意した。
街の中はグランエルよりも活気が無い。落ち着きがあると言えば聞こえはいいかもしれないが、明らかに通りの人の数が少ない。
不思議な物だ。前線基地に一番近く大森林にも近いグランエルの方が通りに人が溢れているというのは。
このベエルゼの通りで見かけるのは馬車を走らせている商人位だ。それも多分通過しているだけに過ぎないだろう。
「グランエルよりも人少ないんですね」
同じ疑問を持ったのかフェアチャイルドさんがまるで代弁してくれたかのように僕が聞こうとした言葉を口にした。
「んー、それは逆ですねぇ。グランエルに来る人が多いんですよぉ」
「どういう事ですか?」
「えっとですねぇ、まず前線基地に近い都市はですねぇ、軍隊が多く駐留しているので兵士さんを対象としたお店とかが一杯やってくるんですよぉ。
グランエルの場合は南に大森林もあるので兵士は周辺の都市よりも多いですからぁ、その分儲かるお店も多いんですぅ。
で、お店の仕入れが多くなれば多くなるほど人の流れが多くなって、グランエルは人が多くなったんですよぉ。
でもでも、それだけが理由じゃなくてですねぇ、長年開拓されていない所為で兵士さん達にも家族が出来てそのままグランエルで暮らすという人が多いそうですよぉ。
元々沢山いた兵士さん達に家族が出来たというのもグランエルに人が多い理由の一つになっているんです~」
「つまり他の都市よりも兵士が多くて、兵士とその家族の消費目当ての商人も多く住んでいるから人が多いんですね」
フェアチャイルドさんが確認するように頷きながら呟く。
カナデさんはそんな彼女の呟きに頷いた。
「ですですぅ~」
「となると大森林に近いこの都市も人は多い方なんですか?」
「そうですねぇ。そのはずですよぉ」
外から見た限りでは都市の規模はグランエルとそう大差はなかったように思える。
同じ規模の都市とは思えないほど人通りに差があるが商業が活発かそうでないかの違いなんだろうか。
カナデさんに連れられて入ったお店は呉服屋だった。新しい服でも買うのかと思ったけれど、どうやらグランエルで買い忘れていた新しい当て布を買うつもりらしい。
カナデさんの服は補修の跡があちこちに見られる。裁縫はあまり得意ではないのか縫い目が少し雑だから分かりやすい。
カナデさんの服の補修後から目を離し僕も糸を見てみようと店内に視線を巡らせる。
フェアチャイルドさんは下着の所にいるようだ。僕に被害が来ないように祈っておこう。
少し離れた場所にあった糸の売り場に行き、ぬいぐるみによさそうな色の糸を見つける事が出来た。
ナスを作り終わったら次は何を作ろうか。そんな事を考えながら糸を会計場へ持っていく。
「アリスさんアリスさん~」
カナデさんのおっとりとした声が店内に響いた。
会計を急いで済ませてカナデさんの所へ赴くと二色の巻かれて置いてある布の端を手に持って僕に見せつけてくる。
「アースさんはどっちの色が似あうでしょうか~」
「アース?」
どうしてアースが出てくるのだろう?
「アースさんも女の子なんですしぃ、やっぱりリボンとか見繕ってあげた方がいいと思うんですよぉ」
「……」
アースの外見はかわいいというよりも格好いい、男の子心をくすぐる見た目だ。
そんなアースにリボンが似合うだろうか?
「アースには赤とか明るい色が似合うと思いますよ」
元は女の子なんだしおしゃれをしたいかもしれない。
送ってみる分には構わないだろう。
「ナスとヒビキの分も考えないとな」
「ナスさんは首に巻くスカーフなんてどうでしょう~?」
「いいですね。ただ首に巻くとナスの通行許可証のメダルが見えなくなるんですよね」
「あっ、そうですねぇ」
ちなみにアースは尻尾に、ヒビキは首にベルトを巻いてメダルを着けている。
見えにくい所にメダルを配置すると確認する時に面倒なんだ。
「ヒビキもリボンがいいかな。リボンをメダルで留めてるみたいに配置して」
「いいですねぇ。きっとかわいいですよぉ」
「ナスはどうしようかな」
「首が駄目なら耳の根元にリボンですかねぇ」
「でもナスって元は雄っぽいですよ?」
「そうなんですかぁ? じゃあリボンはだめですねぇ」
「うーん。ナスには鞍と手綱を用意しようと思ってるんですよね。それで我慢してもらおうかな」
「鞍ですかぁ?」
「はい。ナスは人に乗って貰うのが好きですから、首都に着いたらナス用の鞍を作ってもらおうって思ってるんです」
「ん~、それならアースさんやヒビキさんの分も今買うよりも首都についてからの方がいいかもしれませんねぇ」
「ああ、そうですね。確かにそうだ」
今アース達にプレゼントしてもナスにあげられるのは四ヶ月も先の事なんだ。その間にナスはアース達が貰ったプレゼントをどういう風に見るだろうか。
首都に着いたら用意しよう。鞍はサイズを測る必要があるからナスには内緒っていうのは無理だけれど、渡す時は一緒に渡すべきだろう。
喜んでくれるかは分からないけれど、喜んでくれたら嬉しいな。
首都へ行く楽しみがまた一つ増えてしまった。
その為アライサスは本来持久力はないはずなのだが
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その為アライサスは本来人間に比べて持久力はないはずなのだが
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