旅立ちの準備 後編
アイネ達と会うのに昨日のうちに寮の方に伝言を頼んでおいた。詳しい時間指定はしなかったけれどちゃんと伝わっていれば学校の授業が終わり放課後の校門前で会えるはずだ。
しかし、グランエルへ着いてもアイネ達との約束の時間まで大分時間が空いていた。
もう少しゆっくりしてもよかったかなと頭を過ったが過ぎた事は仕方ない。
空いた時間に僕はナスをそのまま連れてカイル君や友人達の所へ顔を出す事にした。
ラット君はもうこの都市にはいないけれどカイル君とは卒業の日に分かれてそれっきりだ。実は告白された日から気まずい感じのまま別れたんだ。
今からアポなしで会うのも少し緊張してしまう。
北東にある住宅街にあるカイル君の家の戸の前に立ちノックをする。
すると、中からカイル君のお母さんの声が返って来た。
扉が開くと、小母さんは僕を見てにこやかに笑った。最後に会って半年くらいか。
「まぁまぁ、ナギちゃんお久しぶりね。どうかしたの?」
「はい。実はようやく冒険者見習いの研修が終わりまして、早速明日からグランエルを離れる事になったのでカイル君に最後の別れの挨拶をと思いまして」
「まぁ、わざわざ丁寧にありがとう。でもカイルは今訓練場の方に顔を出しているのよ」
「訓練場ですか」
訓練場は都市が管理していて、誰でも自由に鍛錬が出来る場所だ。僕も何度も通った事がある。
組合にも似たような施設があり、そこは組合員専用だ。専用だけあって職員自ら鍛錬を指導したりもするらしい。
「分かりました。覗いてみて邪魔になりそうではなかったら声をかけてみます」
「ナギちゃん。最後なら少し……お願いしてもいいかな?」
「え? 何をですか」
「ナスちゃんに触らせてくれないかしら」
「……ナス、どうかな?」
ナスに可否を聞き同意を得て小母さんはナスのモフモフを堪能した。
訓練場は北東の区画の南西側にあり、東の大通りから路地を入ってすぐの所にある。
市営の訓練場は冒険者はあまり利用しない為いるのはカイル君の様な強さを求める子供か肉体を鍛える事が目的の一般市民だけだ。
今は平日の昼下がりの為利用している人は少ない。訓練場の入り口から大体が僕と同じ年の子……つまり僕の顔なじみの子達だけだった。
皆軍属志望の子達で鍛錬にも熱が入っている。
入所の為に移動するまでここに籠っているのだろうか。
何となく入り難かったのだけど、休憩に入った子に僕が覗いている事がばれた。
「あれ? ナギじゃん。何してんだそんな所で」
その声で訓練場にいる子供達全員が振り向いた。
「あはは、皆張り切ってるね」
笑顔で手を振ってみるとカイル君には顔を背けられた。まだ気にしているのだろうか。
「実は明日グランエルを発つから友達に挨拶しに回ってるんだ」
と言っても友達はほとんどこの場にいる。後は冒険者や修行で他の都市に行っている。
学校に行く子はまだこの都市に残っていたのでここに来る前に挨拶をしておいてある。
「明日? 随分とゆっくりしてたんだな」
「厳戒注意報が出たでしょ? あれで研修が一時中断してさ」
「ああ、そういえばナギって前線基地に行ってたんだよな」
「何それ! 初耳なんだけど!」
「アースが軍と一緒に行動してたって言ったろ。アースがいるんだからナギも行ってたに決まってんじゃん」
「じ、じゃあ魔物と戦ったの!?」
前線基地に行った事に気づいた皆が僕を取り囲んでくる。
僕はまぁまぁと両手を振り落ち着かせながら事の次第を話した。
戦わなかった事に落胆はされたけれど、パーフェクトヒールを使える事が分かると途端に水臭いやなんで秘密にしてたんだとからかい半分で責められた。
「カイルは知ってたのか?」
「一応な」
呼び出される事がいくらかあったからカイル君とラット君には事情説明としてパーフェクトヒールを使える事だけは話してある。
一応安全の為に、と秘密にしてもらっていた。
話しが終わり一人一人に別れを告げる。
そして、最後に残ったカイル君。周りは気遣う目でカイル君の事を見ている。振られた事を知っているのだろうか?
「カイル君」
まだちょっとカイル君とは距離感がある。けれどこれだけは言っておこう。
「頑張って騎士様になってね」
「……おう」
右手を差し出し握手を求めるとカイル君は応じてくれた。
よく訓練している男の子らしい硬い手だ。前世の僕とは大違いだな。
「ナギも、その……怪我するなよ」
「気を付けるよ」
訓練場を出ると学校に向かうのに丁度いい頃合いになっていた。
学校へ向かい、学校に近づいて来ると学校帰りの子達とすれ違うようになった。
ナスを見つけた子達は一様にナスに挨拶をし触ってくる。その為校門に着くのに時間がかかってしまった。
校門の前にはアイネとミリアちゃんがいて、発見されると同時にアイネはミリアちゃんを置いて走ってきた……が、途中でミリアちゃんを置いて来た事に気が付き慌てて反転しミリアちゃんの元へ戻った後手を繋ぎ一緒に走ってきた。
相変わらず仲のいい二人だ。
「ねーちゃん! ナス! 久しぶり」
「お久しぶりです」
元気に挨拶してくる二人に挨拶を返し、僕は後ろに下がりナスを前に出す。
「どーしたの? 急に会いたいなんてさ」
「明日グランエルを離れる事になったんだ。暫く……少なくとも一年近くは会えなくなるから、その前にナスが二人に会いたいって言ったんだ」
「ナスちゃんが?」
「うん。それでね、二人とお喋りしたいからナス言葉を覚えたんだよね?」
「ぴー!」
「ことばをおぼえた?」
言葉が呑み込めないのかアイネはこめかみに指を当ててこてんと傾げた。
ミリアちゃんも似たような物だ。なにを言ったのか理解できないと言った感じで僕を見上げている。
「ナス」
「ぴー……アイネ、ミリア、僕、話す。できる、なった」
「しゃ、しゃべ……った?」
「ナビィって喋れるの!?」
「普通のナビィは喋れないと思うよ」
普通のナビィの鳴き声は成獣でも赤ん坊みたいに本当にぼんやりとしか意思が伝わってこないから、喋れるほど知能はないと思う。
「すげー……ナス、ナス、あたしの名前言える?」
「さっき言ってたよ~」
「あっ、そっか。じゃあじゃあえっと、ナスの好きな食べ物って何?」
「マナ、ポーション」
「おおー。あたしね、あたしね、ステーキ好きだよステーキ」
「私はリコットっていう果物が好きなんだー」
「知ってる。知ってる。昔、聞いた。僕、覚えてる」
「覚えてんだー! ナス凄いなー。ねー、ねーちゃん。どれぐらいいられるの?」
「アイネ達が帰らなくちゃいけない時間までは大丈夫だよ」
「じゃあナス、あそぼ!」
「ぴー!」
「私ナスちゃんと歌いたいなー」
「歌う! 僕、歌う!」
「よーしじゃあ決まりだ!」
僕は邪魔しない様に見てようかな。
二人と一匹は校庭へ向かった。しかも帰ろうと通りがかった子供達もナスを見てついて来ている。
校庭にいた子供達もナスに気づくと一斉に集まってきた。
そしてナスが喋れる事に驚きつつも皆恐れる事なく受け入れてくれた。
魔獣がいきなりしゃべると怖がられるんじゃないかというのは僕の杞憂だったのだろうか。
なんにせよナスは子供達に囲まれ嬉しそうだ。
アースも連れてきたかったな。アースはゆっくり待つわよと言って来ようとしなかったんだ。多分今頃はヒビキを転がしているか寝ているかをしているんじゃないだろうか。
子供達からの口からもアースの名前が挙がる。
本当の理由はちょっと言いにくいので何とか誤魔化した。
騒がしい子供達をアイネが周りの年長の子と落ち着かせる。中々お姉さんらしくなったじゃないか。
大人しくなった所でミリアちゃんの歌声が聞こえてきた。
遅れてナスの声も。
ナスの歌声はつっかえながらだけど、子守歌の様にゆったりとして落ち着いたメロディーだし、昔からミリアちゃんがナスの前で良く歌っていた歌だからか合わせる事が出来ているようだ。
ナスも人の言葉で歌う日が来たんだなぁ。しみじみとそう思うのであった。