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あの日から

「お待たせ。馴染んだわ」


 フェアチャイルドさんの右の腕輪からサラサさんが上半身を出してきた。

 僕とフェアチャイルドさんは一旦離れる。離れる際彼女の頬がアップルのように膨れて真っ赤になっていた。むくれた顔もかわいい。

 サラサさんの身体の根元をよくよく見てみると赤い石の中心が一際濃い色になっている。先ほどまでは透き通った赤だったのに。馴染ませた影響だろうか?


「お疲れ様です。所でその石ってもしも割れたらサラサさん達はどうなるんですか?」

「どうにもならないわよ。レナスが買いなおす羽目になるだけね」

「ああ、よかった。割れたら中の精霊が消えてなくなるとかはないんですね」

「いやね、そんなメルヘンやファンタジーじゃないんだから」


 僕にとっては貴女の存在そのものがメルヘンでファンタジーなんですがね。


「人間だって家が壊れたって死んだりしないでしょ?」

「中に入ってて家ごと破壊されたら分かりませんけど」

「あらそうね。まぁ地面に落として割れた、とかなら問題ないわ。魔法で壊されたら中にいる私達にも影響はあるけれど……精霊の魔力(マナ)を吹き飛ばせるほどの生物なんてそうそういないから、心配しないでいいわ」

「そんな物フェアチャイルドさんが受けたらひとたまりもないじゃないですか」

「大丈夫よ。そんな時は私達三人がレナスを守るわ。その為について行くんですもの」

「あっ、なるほど……それなら安心ですね」

「ふふ、貴女も頑張ってね。レナスの騎士様」


 騎士様っていう柄でもないと思うんだけれど。


「お任せください。レナス姫の身はわたくしめがお守りいたします」

「くふ!」

「ん?」


 変な音がフェアチャイルドさんの方から聞こえた。


「……ごほんごほん」

「咳? 大丈夫?」

「大丈夫です。ちょっと出ただけですから」

「そういえばレナスってば殆ど咳出なくなったのよね」

「丈夫になった?」


 いきなりサラサさんとは逆の方からディアナさんが出て来て会話に参加してきた。


「はい。毎朝特訓していますから」

「レナスが元気なら私も嬉しい」


 ディアナさんがフェアチャイルドさんの髪に触れると、触れた所が少し動いた。やはり実際に質量があるんだ。


「どうなの? ナギ。保護者から見てレナスは」

「ええ、昔よりも丈夫になりましたよ。一昨年風邪引いたのも春と冬の二回だけでしたし……って保護者?」

「違うの?」

「一応違うと言っておきます」


 気持ちは十分保護者だけどね。さすがにフェアチャイルドさんの前で肯定するのは躊躇われるというかなんというか。

 後風邪を引かなくなったのは僕が生命力を分け与えてる所為かも知れないんだよね。さすがにこれは言えないけど。ああ、でもフェアチャイルドさんとずっと一緒にいるっていうのなら彼女達には話しておいた方がいいのかな。

 ずっと知らせないままだと不便だろうし。でも大丈夫だろうか? もしも彼女達が他の精霊に話してそのまま人間に伝わったりしたら……。

 ……いや、ここは信じてみよう。無いとは思うけど最悪もしも教会の人間が怒って追われる羽目になったらその時はナス達と一緒にフソウに逃げよう。その時にヒビキの故郷や仲間を探すのも悪くない。


「そうなの……残念ね」

「はい……」


 何故フェアチャイルドさんまで残念そうなのか。肯定しておいた方が良かったのか? お父さんになっちゃった方が良かったのか?


『レナスーおわったよー』


 指輪から今度はライチーさんが出てくる。ライチーさんは石から完全に外に出て来てフェアチャイルドさんの背後に回りまるでおんぶのように肩から腕を伸ばししがみついた。


「ライチーさん、くすぐったいです」

『えへへ~』

「じゃあアース。もう普通にしていいよ」

「ぼふ」

『きゃ~』


 アースがソリッド・ウォールを解いたからだろうか? 精霊達の髪が揺れ、ライチーさんに至っては身体ごと飛ばされそうになった。


「大丈夫ですか?」

『へーき! ちょっとまなにあおられただけ!』

「それにしてもこの魔獣の魔力(マナ)凄まじいわね」

「主様と同じ位ある」

「主様って精霊に主がいるんですか?」

「この森の主っていう意味よ。今は南の大森林にいるんだけど、この森にいる精霊や妖精は大体主様の魔力(マナ)によって生み出されたの」

「私達の生みの親。人間達にはバオウルフと呼ばれている」

「バオウルフですか。図鑑で見た事があるな」


 バオウルフは南の大森林に君臨する五匹の魔獣のうちの一匹だ。

 魔獣だが人間の言葉を理解し話す事の出来る特別な魔獣だ。

 見た目は図鑑で見た限りだと頭と尻尾は馬で、首は馬より少し短く、胴体は背中からお尻の線が丸みを帯びている。

 後ろ足が前足よりも長く強靭な為少し前屈の姿勢をしている。蹄も馬とは違い前足の指は四本、後ろ足は三本の指だ。大きさは大型の馬と同じ位。

 性格は温厚で大森林にすむ魔獣の中では比較的人間と友好的な関係を結べていて、幾度も海からの魔物達の侵略を人間と協力し防いでいる伝説の魔獣だ。


「凄いじゃないかアース。伝説の魔獣と同じくらいの魔力(マナ)の量だって」

「ぼっふっふっふ」

「会ってみたい?」

「そうですね。一度会ってみたいと思います。でも南の大森林に入るには成人してるか冒険者見習いを卒業しないといけないんですよね?」

「その通りよ。気まぐれに主様がこの村に来ない限りは会えないわね」

「ですよね。一度話聞いてみたいなぁ」

「滞在中に逢えたらいいわね」


 話が一旦途切れた事によりそろそろ森を出ようと言う話になった。村長さんから依頼を受ける必要があるし反対意見は出なかった。

 サラサさんとディアナさんは石の中に入り込んだが、ライチーさんだけはフェアチャイルドさんにくっついて離れない。まるでヒビキに対するウィトスさんみたいだとからかうと、彼女は顔をほんのり赤く染めて否定し、ライチーさんは否定されたのが気に障ったのだろう。頬を膨らませてフェアチャイルドさんに抗議した。

 頬を膨らませた姿はまたまたフェアチャイルドさんそっくりだった。


 ライチーさんの姿が彼女に似ている理由を聞くと、どうやらフェアチャイルドさんとは精霊になる前に出会ったらしく、精霊に成長する際に仲の良かったフェアチャイルドさんの姿に影響されてしまったらしい。言葉使いが何となく幼いのもその影響だろうとフェアチャイルドさんは推察していた。

 でもそうなると二人は姉妹と言っても過言ではないのではないだろうか? そう考え実際に聞いてみると二人は驚いた顔をした後お互いに顔を見合わせ笑い出した。

 そして、協議の結果フェアチャイルドさんがお姉ちゃん。ライチーさんが妹という事になった。

 この結果にはライチーさんが大いに不満を漏らしていた。曰く妖精だった時の時間も合わせれば自分の方がお姉さんらしい。

 でも見た目がね? サラサさん達もフェアチャイルドさんがお姉ちゃんという事を押したためこういう結果になってしまったのだ。


 話をしているうちに名前の呼び方の話題に移った。精霊さん達は自分達の事は呼び捨てでいいと言ったのでそうする事にした。向こうは元々呼び捨てだったので変わりはない。

 少し問題が起こったのがウィトスさん……いや、カナデさんの僕の呼び方についてだった。

 カナデさんも自分の事は名前で読んで欲しいと言ったのでそうしたのだけど、カナデさんは僕の事を名前で呼びたいと言い出した。

 僕としてはナギで呼んで欲しいとやんわりと言ったのだけど、名前の方が可愛いと言って聞かなかった。

 別にいいかなとも思ったけれど何となく意地になって名字で呼んで欲しいと強めの口調で言ってしまった。

 するとカナデさんはならばナギをちゃん付で呼ぶと言い出した。さすがにちゃん付けは嫌だったので全面的に降伏して名前で呼んで貰う事になった。

 フェアチャイルドさんは相変わらず名字で呼んでくれる。僕にとっては前世の名前であり今世の名字であるから嬉しかった。

 ……うん。今気づいた嬉しいんだ。ナギって呼ばれるのが。前世の両親から貰った那岐と言う名前がそのまま使えるのが嬉しいんだ。僕はなんて運がいいんだろう。これはもうこの先何があっても婿入りなんて出来ないな。する気もないけど。


 森を出て村長さんの家に向かい依頼を貰う。今回の依頼の内容はアップルの収穫だ。この依頼を聞いた時のフェアチャイルドさんは目を輝かせていた。

 村長さんは昔のフェアチャイルドさんの事を覚えていて、フェアチャイルドさんが目を輝かせた事がきっかけで昔話が始まった。

 それはとても興味のある話だったのでフェアチャイルドさんは恥ずかしがっていたけれど詳しく聞く事にした。

 精霊三人も話に加わったのでカナデさんが外が暗くなっている事に気づいて止めた事によってようやく昔話は終わった。


 教会への帰り道の途中、フェアチャイルドさんが僕にだけ案内したい所があると言って腕輪と指輪をカナデさんに預けた。

 精霊たちも駄目なのかとカナデさんが驚いていた。ならばナス達も駄目だろうと思いカナデさんと一緒に先に帰るように言った。

 ナスは少し渋ったがアースが鼻先でお尻を押した事で諦めたようだ。……ヒビキはカナデさんの胸の中で寝ていた。

 フェアチャイルドさんは僕の手を取り教会の裏手にある墓地の方へ向かった。

 この世界のお墓は四角く切り整えられた石の正面に名字が彫ってあり、墓石の横側に没年月日と名前が彫られている。

 土葬ではなく日本の様に火葬で焼いた骨を壺に入れて家族と一緒に埋められている。ほぼ日本式と同じお墓だ。違いと言えば戒名や卒塔婆がないのと、墓石は高さが低く線香置きや線香立てが無い事くらいか。

 フェアチャイルドさんは墓地の奥の方へ向かった。

 そして、一つのお墓の前に立つ。

 墓石にはフェアチャイルドと書かれている。

 やはりそうなんだ、と自然に受け入れる事が出来た。

 僕とフェアチャイルドさんは手を合わせ祈りを上げた。


「ここには私の両親が眠っています。

 ……私のお母さんは私を産んだ時に死んだそうです。

 お父さんは私が生まれてすぐに海から魔物達が大発生して村と森を守る為に戦い死んだそうです。

 そして、一人残され産まれたばかりだった赤ん坊の私はシスターに引き取られたんです。

 だから私両親の顔を知らないんです。声もどんな人だったかも知らないんです。

 知っているのは二人共精霊術士で、フソウよりも遠くの寒い国で生まれ育った事と、村の皆から優しい人達だった。勇敢だった。そういう事しか分かりませんでした。

 でも……きっと薄情なんでしょうね。私は。

 幼い頃両親の事を聞いても全く寂しくありませんでした。

 妖精さんも、精霊さんも、シスターも、村の皆も私に優しくしてくれましたから。

 私は両親がいない事よりも皆がいてくれる事の方が重要だったんです。

 ナギさん。私は……悪い子なんでしょうか?」


 じっと墓石を見つめていた目を僕の方に向けてくる。表情は読み取れない。けど赤い瞳は揺らめいて見えた。


「僕にそれを決める権利なんてないよ。

 だけど、勝手に他所の人がフェアチャイルドさんの事を勝手に決めつけて悪い子だなんて言ったらフェアチャイルドさんを愛してくれた人達に失礼だと思う」


 彼女は墓石に視線を戻した。


「愛してくれた人に失礼……」

「本当に知りたいなら……聞く相手は僕じゃないよ」

「そう……ですね。私、今晩シスター(・ ・ ・ ・)に聞いてみます。だから今日は一緒に寝られないかもしれません」


 シスターという言葉の違和感が強くなっている。何なんだろう一体。


「うん。今日はゆっくりと寝られそうだ」

「ひどいです」

「僕は睡眠が浅いからね」

「私。ナギさんにひどい事しています?」

「そんな事ないよ。フェアチャイルドさんの所為で寝不足になった事なんてないし」

「本当でしょうか?」

「本当だよ」


 百面相のように変わる彼女の顔は見ていて気持ちが温かくなる。

 けど、楽しそうだった顔から唐突に表情が消え今度は空を見上げる。


「……ナギさん。私ね、昔この村で占い師に占ってもらった事があるんです」

「この村で?」


 あれ? 前エラン村で占い師に見て貰った時は占って貰わなかったって言ってたような?


「その時の占いの結果は私は十歳になる前に病で絶対に死ぬと言われたんです」

「え」


 十歳になる前と言うと……疫病に罹った時?


「占いの結果の絶対というのは決められた運命と同じ意味です。偽物だった、という事はありません。ちゃんと時読みの固有能力を持った人だったそうです。

 私はその事を知った時死ぬという事をよく理解していませんでした。だから村の皆に話した時皆悲しそうな顔をしていて、私はどうしてだろうって思ったんです。

 でもある時私によく絵本を読んでくれたおばさんが病に倒れ亡くなってしまったんです」


 フェアチャイルドさんは左隣の墓石の前に立ち手を合わせ祈りを上げる。


「おばさんの死で、私はようやく死と言う物を理解したんです。

 死んだらもう会えなくなる。そう、私は理解しました。

 それから暫くし一人で部屋に閉じこもって色々と考えました。

 そして、私は人と会うのが怖くなりました。誰かと会い仲良くなったらおばさんの時のように別れが辛くなるから。

 どうせ会えなくなるのだから誰とも会わないでいようって、考えたんです。

 そして、学校に行く事になり、私は安堵しました。もう皆と会わなくて済むと。悲しい別れをしなくて済むと。皆から逃げられると、今思うと馬鹿々々しい考えですけど……そう考えてしまっていたんです。

 それに、どこに行っても新しい出会いはしてしまう物なんですね。

 逃げた先で私はかけがえのない出会いをしてしまったんですから。

 ナギさん。気づいていましたか? 私最初の頃ナギさんの事少し苦手でした。

 いつも優しくて、けどその優しさは自分の運命をいつも思い出せました。辛かった。でも同時に嬉しかった。けど、きっとアールスさんがいなかったら私はまた辛くて逃げていたと思います。

 アールスさんは明るくて笑顔が魅力的で目が離せなくなる女の子で、自分の運命を忘れさせてくれるくらい一緒にいると楽しかった。

 でも、きっとナギさんがいなかったら私は自分の運命から目をそらし続けたと思います。

 いつも死を思い出させたナギさんがいたからこそ私は逃げずに自分の運命と向かい合う事が出来たんです。

 二人がいたから私は今ここに居られるんだと思います。

 二人は私にとって……とても……とっても大切な人です」


 フェアチャイルドさんは一気に話をして疲れたのか一度息を吐いた。そして、また僕に視線を合わせてくる。


「ナギさん。私が一番変わったのは二度目の占いをした日でした。

 あの時の占い、私の運命変わっていたんです。高い確率で死ぬ運命でしたけれど、絶対の運命ではなくなっていたんです。

 どうして変わったのかは分かりません。でも少しだけ希望が持てたんです。

 でもその希望はまだ小さい物で私を変える程の物ではありませんでした。

 ナギさん。覚えていますか? あの晩の事を。私は覚えています。あの日に約束をしたんです。一緒に雪を見に行こうって。

 フソウに一緒に行くと言う約束を思い出したのもあの日なんです。

 私すっかり忘れていました。ナギさんと一緒にフソウに行くと言う約束を。

 でもナギさんは忘れていなかった。

 嬉しかったんです。ナギさんが約束を覚えていてくれた事。新たに約束をしてくれた事。とても嬉しかったんです。

 だから、生きようって、頑張って生きようって思えたんです。

 私が変われたのは約束があったからなんです。未来を信じたいって思えたんです。

 ナギさんが居てくれたから、私は今生きているんです」


 彼女の頬に一粒の水滴が流れた。

 忘れてなんかいない。あの日の事を僕は覚えている。


「……あの日の星空は綺麗だった。本当に……綺麗だったんだ」

 

 多分あの日が初めてじゃないだろうか。綺麗すぎて見惚れてしまったのは。

 ……あの日からかもしれない。星空を見るのが好きになったのは。

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