精霊の森
グランエルから出立して四日。道中の村で依頼を受けたから普通に歩いていくよりも遅くはなったけれど一応予定内の速さでフェアチャイルドさんの生まれ故郷であるルルカ村が見えてきた。
ルルカ村は主に南の大森林から採れる物と同じキノコや果実を近くの精霊の住む森や森の近くで栽培しているらしく、村の周りの畑に使われている土地の面積が他の村々の物より狭い。
村の入り口が分かる所まで行くと、入り口の所に人が立っているのが見える。全身に黒い服を来た人が。村でそんな服を着ているとしたら恐らく教会のシスターではないだろうか?
後ろを歩いていたはずのフェアチャイルドさんが速足で僕を追い抜いていく。徐々にその足は速さを増し村まであと半分という所から走り出した。
「知り合いでしょうかぁ?」
ヒビキを抱いたまま歩いているウィトスさんが暢気な声で独り言のように呟いた。
「たぶん、よくお世話になっていた人だと思いますよ」
僕はまだ彼女の家庭環境の事を聞いていない。その代わり話の中でシスターという単語は親の代わりによく出ていた。
親代わりの人なのかもしれない。
フェアチャイルドさんは黒い服の人の元に着くと抱き着いた。
残された僕達は速足で二人の元へ行く。
近づくとやはり黒い人は修道服を着たシスターだった。僕達が近づくとシスターはフェアチャイルドさんを優しく放しルゥネイト式の挨拶をしてきた。
ウィトスさんと僕も同じ仕草で返す。
「あなた達がレナスのお友達と引率者の方ですね。初めまして。私はレナスの保護者のレーベです」
「初めましてナギです」
「初めましてウィトスですぅ」
「貴女がナギさんなのね。レナスから話は聞いています。レナスの事を助けていただいたとか。本当に……本当にありがとうございます」
「そ、そんな。僕は彼女の友達ですから当然の事をしているだけですよ」
「いえ、レナスは……」
「シスター」
「ん?」
今、シスターの呼び声と一緒に何かが聞こえた気がする。何だろうか。初めて感じる感覚だったけれど。
「あっ、そうでしたね……今日はどうか教会にお泊まり下さい。そしてレナスの話を聞かせてください」
「そういう事なら……いいですよね? ウィトスさん」
「はい~」
レーベさんの案内を受けて僕達は教会へ向かう事になった。道中フェアチャイルドさんはレーベさんの隣を歩き楽しそうにレーベさんと話をしていた。
そして、やはりフェアチャイルドさんがシスターとレーベさんを呼ぶ度に何かが微かに聞こえてくる。
呼ぶ時以外は聞こえないのが不思議だ。自動翻訳が何かしているのだろうか?
村の雰囲気はリュート村とあまり変わり映えはしない。
一定の間隔に建てられている木の家に出歩きのあまりない道。アースの足音に家から出てくる人もいるがこれは他の村でも同じ反応で対処も割と慣れてきた。
でもアースに驚かれる以上に村の人達はフェアチャイルドさんが帰って来た事に喜んでいた。
皆彼女の成長を喜び、体調の心配をし、友達を連れて来た事に驚いていた。中には涙まで流す人もいたから大変だった。
村人達をフェアチャイルドさんとレーベさんが相手をし何とか教会へ着くと部屋へ早速案内された。魔獣達はここでいったんお別れだ。ウィトスさんがヒビキを中々放さなかったけどいつもの事だ。
教会は本来旅人が止まる施設ではないが部屋の数は多い。
その理由は、教会は学校に上がる前に親を亡くした子供達……孤児を引き取り育てる孤児院のような役割を持っているからだ。
今この村の教会には孤児はいないので部屋が空いているから旅人にも部屋を貸しているらしい。
フェアチャイルドさんは自分の部屋に行くのかと思ったけれど、どうやら僕達と一緒の部屋に泊まるようだ。
しかし、通された部屋は二つしかベッドが無い。
一緒に寝る気なんですね? レナス=フェアチャイルドさん。
ウィトスさんが不思議そうにベッドが二つしかない事を指摘するとフェアチャイルドさんが僕と一緒に寝るから大丈夫と言ってきた。
ウィトスさんはすぐに納得し仲がいいですね~と決まり文句を言って温かい目で僕達を見てきた。
一緒に寝る事は慣れてるからいいんだけどね。十二歳にもなって他人と同じベッドで寝たいってどうなんだ?
荷物を置き村長さんの所に行こうと二人に声をかけると、フェアチャイルドさんが待ったをかけてきた。
「あの、その前にお二人に案内したい所があるんです」
「案内したい所?」
「はい……」
「いいよ。ウィトスさんもいいですよね?」
「大丈夫ですよぉ」
「ありがとうございます」
フェアチャイルドさんが珍しくそわそわして落ち着きがない。ちらちらと僕の顔を見てくる。
まるで何か宝物みたいな大事な物を見せたがっている子供のような様子だ。
アース達もついて来てほしいとの事なので連れていく。ウィトスさんがまたヒビキを抱けて満足そうだ。最近ヒビキをウィトスさんに取られてばっかりだな……どっちがとかは言わないが羨ましい。
フェアチャイルドさんが僕達を連れて行ったのは村の近くにある巨大な森だった。
これが精霊や妖精が住むと言う森だろうか。
案内されるままについて行くと森の中の道はよく整備されていた。道を外れなければ迷う事はないだろう。精霊と遠くでも会話ができるフェアチャイルドさんならなおさらだ。
森の中を歩く事大体三十分ほどだろうか。開けた場所に出た。
地面には白く小さな花が咲いていて所々に切り株と木の長椅子が置かれている。憩いの場といった所か。
『あなたがナギね』
『レナスを助けてくれた子ね』
『ほんものだー!』
突然聞こえてくる鈴を鳴らしたような声。出所を探してみるがいまいちわからない。
「あっ、精霊さんですね。かわいいですね~」
どうやらウィトスさんは見つけられたらしく一点を見つめている。
ウィトスさんの視線の先を見てみると赤青白の光が木々の合間から見えた。
よくよく見てみると光の中に人影みたいなのが見えるが……もしかしてウィトスさんには姿がはっきりと姿が見えているのだろうか。
「ディアナさん。サラサさん。ライチーさん。どうしてそんな所にいるんですか? こっちに来てください」
『無理よ』
『無理無理』
『おっきいのがちかよらせてくれないの』
「アース?」
「ぼふん?」
何の事か分からないらしい。というかなに言ってるのか分からないのか。
「フェアチャイルドさん。精霊って魔力の塊なんだよね?」
「そうです……あっ」
つまりアースの纏っている魔力の密度が高くて近づく事が出来ない……もしくは水の中に入って息が出来なくなる様に近づけても非常に消費させられるんだろう。
「アース。魔力を抑えるか僕の『拡散』みたく密度を薄くできる?」
「ぼふ」
アースの取った選択は単純だった。ソリッド・ウォールを使って魔力を纏めたんだ。
『ありがとう』
『これで近づける』
『レナスー!』
白い光が一番にレナスに近寄って来た。
光の中には小さな人間の女の子の姿があった。精霊は人間の姿をしているらしいが初めて見た。
大きさは大体五、六歳の子供と同じくらいの大きさで、それ以外殆ど人間と変わらない姿をしている。
青と赤の精霊もそうだ。
白の精霊はレナスに抱き着いている。質量があるのだろうか?
白い精霊は幼い頃のフェアチャイルドさんに似た面影がある。ただ、出会った頃よりももう少し幼いかな? 癖のない髪は白くボブカットだ。
赤い精霊はデフォルメされた妙齢の女性と言った感じで強いウェーブのかかった赤い髪に意志の強そうな目をしている。
青い精霊は赤い精霊よりも少し幼げな容姿だ。 真っ直ぐな水色の長髪に眠たげに瞼が半分落ちているのが印象的だ。
三人?はそれぞれ色の違うワンピースを着ているけど、これはあくまでもそう見える、と言うだけなのかもしれない。
『ライチーだけずるい』
『私はナギに興味があるわ。挨拶が遅れたわね。私はサラサよ。火の精霊なの』
『あっ、わたしがライチーだよ! 光の精霊なの!』
『私はディアナ。水の精霊。貴女には感謝してもしきれない』
「フェアチャイルドさん。何言ってるのかわかりませんよ~」
ウィトスさんが泣きそうな声で助けを求めている。
僕は翻訳されるからいいけれど、ウィトスさんからしたら疎外感があるだろう。
「私が通訳しますね」
「そういえば精霊は公用語分かるの?」
「はい。喋らないだけで分かりますし、話せるはずです」
「……あの、公用語で喋っていただけますか?」
「あらごめんなさい。こっちではあんまり喋った事なくて」
『えー、わたしはなせないよー』
「ライチー……だからあれだけ覚えておけと言ったじゃない」
『だってぇ』
「あっ、喋れないならいいんです。通訳は出来ますから」
「そう? 悪いわね。じゃあそこの人間の為にもう一度自己紹介しましょうか。私はサラサ。見ての通り火の精霊。こっちの青いのが水の精霊のディアナ、白いのが光の精霊のライチーよ」
「これはこれはどうも御親切に。私はカナデ=ウィトスといいますぅ」
「私達はレナスが幼い頃から契約している精霊なの。親代わり……とまではいかないけれど、親しくはしていたわ」
その言葉を聞いてフェアチャイルドさんが恥ずかしそうに身を捩じらせている。
「だからナギ。あなたには感謝しているの。レナスの友人になり、『そして命を救ってくれてありがとう』」
最後の部分だけ何故か妖精語でお礼を言われた。
デリケートな問題だからウィトスさんには分からない様にしているのかもしれない。
ウィトスさんにはまだ僕がピュアルミナが使える事は話していない。でも研修の後も一緒に旅をする事になったら話すだろう。絶対の秘密という訳じゃないんだ。
そもそもこの前の従軍で僕がピュアルミナの使い手だって勘のいい人なら気づいただろうし、無理に秘密にする理由はもうあまりない。
でも気遣ってくれるのは純粋に嬉しい。
「ナギ、貴女に私達は誓うわ」
「レナスを助けてくれたお礼に」
『ちからをかしてあげる!』
「といってもレナスに力を与えて行使してもらうだけだけど」
「レナスは貴女の力になりたいと言っていた」
『レナスのちからはわたしたちのちからなの! レナスにちからをあたえればかしたもとうぜんなの!』
「レナス、石を」
「忘れてない?」
『おうちよういしてくれた?』
「は、はい!」
フェアチャイルドさんは腰に下げていた袋から指輪と腕輪二つを取り出した。
指輪には透明な石が、二つの腕輪には赤と青の半透明の石がそれぞれにはめられている。
「宝石じゃないのね」
「宝石はさすがに無理です」
サラサさんの問い掛けににフェアチャイルドさんは冷たく言い返した。
「いいじゃない。水晶も好きよ」
『おうちおうちー。これでわたしもいっこくいちじょーのあるじね!』
「じゃあ入るわね」
まるで本当に自分の家に帰るように気楽に言い腕輪の赤い石に触れる。すると一瞬にしてサラサさんの姿が消えた。
「はわわ!? サラサさんが消えてしまいましたよぉ!」
「大丈夫。この石に宿っただけだから」
「本当に? この石じゃ第一階位の魔法も封印できませんよ?」
「それは封印だから。留まろうという意志さえあればどんな大きさの石でも平気」
「へぇ。あっそういえば入る石が透明な石なのってなにか意味があるんですか?」
「透明な方が外の景色見やすいから」
「……え、それだけなんですか?」
『それだけだよー』
「そうですか……」
「じゃあ私も入る」
ディアナさんは腕輪の青い石に触れる。色はもしかして好みの色なんだろうか。
『レナスー』
「はい。なんですか?」
『これからはずっといっしょだね!』
「はい。一緒に色々な物を見ましょう」
『たのしみだね!』
ライチーさんも指輪の石に触れて消える。
「皆さん消えてしまいましたねぇ」
「今は石に魔力を馴染ませるのに集中していますが、終わったら喋れるようになりますよ」
「そっか。なんだか一気に旅の仲間が増えたね」
「はい……あの、ご迷惑でしたか?」
「そんな訳ないよ。フェアチャイルドさんの親友なんでしょ?」
「……はい」
「じゃあ大歓迎だよ」
「ですです。精霊さんが傍に居るのも心強いですよぉ」
「ありがとうございます……」
そもそも僕だってヒビキを仲間にして戻って来たんだから、フェアチャイルドさんが気に病む必要なんだけどな。
奥ゆかしいのもいいけれどもう少し遠慮を無くして欲しいとも思う。
「ぼふぼふ」
「フェアチャイルドさん。もうそろそろ普通にしていいかって」
「すみません。馴染むまで待って貰えますか? 石が精霊さん達の魔力に馴染めば後は大丈夫ですから」
「わかった。アース。もうちょっと我慢してくれる?」
「ぼふ……」
「よしよし」
感謝の気持ちを込めてアースの顔を撫でる。うーんすべすべ。あいかわらずいい毛並みしてる。ずっと触っていたい。
「ぴー……ぴーぴー」
いいな、僕も僕もとナスが僕に自分の身体を擦り付けながら周り始める。
なんてかわいいんだ。よしよし。今ナスを……っと思ったらナスが遠くへ行ってしまった。それも流されていくかのように不自然に。
「ぴ?」
「あれ?」
ナスは首を傾げた後僕の方へ寄ろうと跳ねだした、けれど一向に距離が縮まらない。
「アース……」
「ぼふっふっふ」
アースの仕業だ。地面を操作してナスの着地した所を移動させているんだ。
「ぴーーーー!」
ナスが怒って高く飛ぶ。だが……。
ガッと言う音と共にナスが空中で止まりそのまま地面へと落ちた。
「ぴぃ……」
「ぼふっ」
僕の頬に生暖かい物が下から上へ触れた。少し湿っている。アースの舌だ。アースが僕の頬を舐めたんだ。
「ぴー!!」
「アース。やりすぎ」
舌を出してナスに向かって挑発しているアースを置いて僕は布切れをズボンのポケットから出して頬を拭き、ナスの元へ向かう。
「まったくアースも困った仔だよねー。首痛めてない?」
ナスを正面から抱き上げアースに舐められた方とは逆の頬とナスの頬を合わせる。
念の為に角の根元と首にエリアヒールをかけておく。
「ぴーぴー」
「ぼふん」
「アース、ソリッド・ウォールはやりすぎだよ。ナスの角が折れたらどうするの。アースだってこんな事で角に傷つけられたくないでしょ?」
「ぼふ……」
アースも悪かった事に気づいてくれたようだ。
ちょっとナスを離し角を確かめるけれど欠けている事もなさそうだ。
爪や髪は欠けた所や切られた部分が無いとパーフェクトヒールでも治す事は出来ない。試してはいないけれどきっと角も同じだろう。
もしも傷がついて小さな欠片が地面に落ちて見つからなくなったら大変だ。
「よし。じゃあ二匹とも仲直りできる?」
「ぴぃ……」
「ぼふ」
「できないと二匹とも今晩の夕飯は抜きだよ?」
「ぼふん!?」
「……ぴー」
「うん。じゃあはい」
ナスをアースに向き合わせて置き二匹の動向を見守る。
まず先にお詫びの言葉を鳴いたナスだった。アースはぶっきらぼうに謝った後ナスの頬を舐めた。それにはまた怒ったナスだったけれど、別に侮辱した意味ではないだろうからそこは僕の方から宥めた。
二匹が仲直りした所で今度はフェアチャイルドさんが近寄って来た。
「ん? どうし……」
ぼふっと音が鳴り彼女の顔が僕の真横に来た。
「次は私の番です」
「ええ……」
何でいきなり抱き着いて来たんだろう。次ってナスの次って事?
ウィトスさんの方を見てみると、駄目だ。僕達を見てキョトンとしたけどすぐにほっこりした顔になって仲がいいですねーとヒビキの方に意識が向いてる。
「どうしたの急に?」
「ナスさんやアースさんばっかりずるいです」
「ずるいって……」
気づいているんだろうか? 魔獣とはいえ動物相手に張り合っている事に。
やはり彼女はまだまだ子供なんだな。
「まったく」
仕方ない子だ。