帰還
アースとヒビキの相性は最初はアースとナスの事を考えて大丈夫かと心配したけれど、意外と相性は良かった。ヒビキがいるとアースは起きている事が多く良くかまってあげている。
ヒビキは物おじせずにアースにくっついていき、アースは相手が小さすぎて最初は戸惑っていたけれど、次第に慣れたのか鼻先でヒビキを転がして遊ぶようになった。
転がされたヒビキは楽しそうに鳴いているから問題はないだろう。
どうやらアースは面倒見がいい性格の様だ。そう思えるようになると確かにと思い当たる節がある。
ナスが子供好きだからあまり意識していなかったけれど、アースも十分に子供が好きで面倒見がいいんだ。子供と遊んでいる時は眠る事はないし、遊んでいる子供を見る目は優しい。
ヒビキも同じように見ているのかもしれない。
帰りの行軍中には僕は行きと同じようにアースに乗って移動している。ヒビキも僕の腕の中にいて揺れる度にはしゃいでいる。
何がそんなに楽しいのかと聞くと自分は跳んでいないのに揺れているのが楽しいらしい。よく分からない感性だ。
ヒビキは歩くのが遅いけれど飛び跳ねれば僕が走るよりも速く遠くへ辿り着ける。体力もある為本来は僕が持つ必要はないんだけれど、ヒビキはまだ僕から離れようとしなかった為今も抱いている。
ウィトスさんが羨ましそうに見てくる。僕がヒビキを渡そうとしたけれど、護衛の最中だから両手を塞ぐような事は出来ないと言って首を縦には振らなかった。
そう言われてしまうと僕も引き下がるしかなく、以来ウィトスさんの視線に耐える日々を送る事になった。
ウィトスさんの目は野生動物だけでなく兵士達にも油断なく送られている。
その眼差しは普段のウィトスさんからは想像できないほど鋭い物で、休憩中でも警戒は怠っておらず草むらで物音がしただけで瞬時に弓をつがえるほどだ。
これで時折物欲しそうな目で僕を見てこなければ素直にかっこいいと言えるんだけど。
幸いウィトスさんの弓の腕は発揮される事もなくグランエルへと帰る事が出来た。
都市の中に入ると都市の人々が道の真ん中を開けて並んでいてまさに凱旋を行っている気分だ。……いや、気分じゃなくて事実そうなんだった。
アースの姿を見て指さして驚く人の多い事。本当なら目立ちたくない為顔を隠したかったけれどアースがいるのに意味はないだろう。どうかアースに気を取られて僕の顔は忘れて欲しい。
アースはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか誇らしげに顔を上げている。どうやら僕とは違って注目されているのが好きなようだ。
僕はアースに乗ったまま流れに身を任せ軍の施設があるグランエル最南西に向かう。
途中フェアチャイルドさんがいないか探してみるけれど人が多いし歓声も上がっている為何処にいるのか見つけられないだろうな……っと思っていたら寮の前で見つけた。子供達はまだ学校なんだろう。彼女以外に子供の姿は見えないけど、脇にナスがいるから見つけやすかった。
ようやく会えた。手を振るとフェアチャイルドさんも返してくる。今はまだ再会の喜びは分かち合えないけれど、元気そうな顔を見れて一安心だ。
凱旋が終わった後表彰された後役所まで行くとそこで治療依頼の仕事は終わった。僕を役所まで送り届け依頼達成の書類を受け取り冒険者達はその場で解散となった。
ウィトスさんだけは役所でやる事のある僕の事を待っていてくれた。
ヒビキはそのウィトスさんに預けて諸々の手続きを終わらせる。
礼金一杯もらえました。
今回は寄付金は減らして残りを全部貯金に回してもらった。
これからも仕事はあるだろうけど、冒険者となった今お金は大切にしたい。
何かあった時の為にしっかりと貯めておかないと。
役所でやる事が終わったら次は荷車と樽を処分する。僕達の旅は道なき道を行くので却って邪魔なのだ。
……ちょっとカッコつけました。実際は街道を歩けないだけです。
荷車と樽をセットで売った後は組合へ行く。ウィトスさんは報酬を組合から受け取らないといけないし、フェアチャイルドさんも組合にいるんじゃないだろうか? いなかったら宿か寮まで探しに行かないといけないな。
南の通りを横切る時アースが注目されあちこちからひそひそ話が聞こえてくる。時折聞こえてくるのは凱旋という言葉。アースはすっかり有名アライサスになったなぁ。
僕の方はあまり印象に残らなかったのか飼い主だという事は分かるみたいだけれどあまり注目はされていない気がする。
「良かったねアース。皆が注目してるよ」
「ぼっふっふ」
「きゅーきゅー!」
ヒビキも嬉しがっているアースを見て喜んでいる。
アースが何故嬉しがっているのか良くは分かっていないようだから場の雰囲気に流されているだけだろう。
組合の建物へ続いている通りへ入ってもアースへの好奇の目は止まなかった。
建物の入り口が面している道へ行くための曲り角へ差し掛かったところで突然人影が飛び出してきた。
「ナギさん!」
「フェアチャイルドさん?」
飛び出してきたのは満面の笑顔を浮かべたフェアチャイルドさんだった。傍らにはナスもいる。
「ぴー!」
「お帰りなさい!」
フェアチャイルドさんが僕に向かって飛びかかるような勢いで抱き着いてきたので僕は彼女の身体を受け止めた。
「ただいま。元気にしてた?」
「はい」
「困った事起こらなかった?」
「大丈夫です」
「ちゃんとご飯食べてた?」
「三食きちんと食べました」
「髪、結ぶの上手になったね」
「……毎日自分でやりましたので」
「……待たせてごめんね」
「寂しかったです……」
結局一ヶ月ちょっと空ける事になったからな。ナスがいたとはいえ十二歳の子供が宿屋に一人っていうのはやっぱり不味いよな……。
僕は優しく彼女の頭を撫でる。久しぶりに触れる彼女の髪は変わらず柔らかく心地がいい。
もうそろそろいいだろう彼女との抱擁をやめ離れようとしたが、彼女の腕が僕の身体をがっしりと捕まえて放そうとしない。
「あの、フェアチャイルドさん? もうそろそろ……」
「もう少し……」
「ウィトスさんもいるんだから」
ナスもフェアチャイルドさんの服の裾を口で咥えて引っ張っている。
「それに紹介したい仔もいるし」
「紹介したい……子?」
フェアチャイルドさんの声色が変わり僕から離れた。
そして、首を回しある一点で動きを止めた。
「……魔獣でしたか」
「うん。ナスも紹介するね」
ウィトスさんの隣に立ちヒビキを受け取る。
「ロックホッパーペルグナーのヒビキだよ。前線基地で会ったんだ。早く帰れるようになったのはこの仔のお陰なんだよ」
「きゅー」
「ろっく……聞いた事がないです」
「僕もないけど、魔の平野で生息してるみたいだよ」
「魔の平野で……ヒビキさん。よろしくお願いします」
「ぴー」
「きゅきゅー!」
「ウィトスさん。遅れましたがお帰りなさい」
「はい。ただいまぁ。ナギさんとフェアチャイルドさんは相変わらず家族の様に仲がいいですねぇ」
「家族……」
フェアチャイルドさんは照れてるのか頬を赤く染め顔を背けた。そんなに嬉しかったんだろうか?
「うふふ、かわいいですねぇ」
「ぼふぼふ」
「あっ、アースもただいまだって」
本当は私を忘れるなだけど……。
フェアチャイルドさんは頬をぺちぺちと叩いてからアースと向き合った。
「アースさんもお帰りなさい」
「ぴー」
ナスは仕方ないと言った様子を隠す事なくおかえりと鳴いた。
「ヒビキ。この髪が長い子がフェアチャイルドさんで、角の生えた仔がナスだよ」
「きゅ~きゅ~」
羽をばたつかせて元気に挨拶をする。
地面に降ろしてみると真っ直ぐにナスの元に駆け寄り、その真ん丸な身体をナスの丸っこい身体に埋めた。
「きゅ~きゅ~」
「ぴー?」
「ナスの体毛が柔らかくて気持ちいいって。ブラッシングしてくれてたんだね」
「当然です。ナスさんを預かったからには毛の手入れはしっかりしなくては」
「あははっ。ありがとう」
しかし、柔らかい物が好きなヒビキがフェアチャイルドさんには目もくれずナスに向かった事は言及しまい。
「じゃあそろそろ施設に預けに行ってきますね」
「ヒビキちゃんは大丈夫でしょうかぁ?」
「話してみて駄目そうだったら連れて帰ります」
「今日はグランエルに泊まるんですか?」
「流石に疲れてるからね。フェアチャイルドさん宿はどうしたの? 引き払った?」
「はい。ナギさんが帰って来てすぐに」
「じゃあウィトスさん。三人で泊まれる所って心当たりありますか?」
「ありますよぉ。用事が終わったら行きましょうかぁ」
「お願いします」
「三人……ですか。ウィトスさんは引き続き面倒を見てくれるんですね?」
「はい~。そのつもりですよぉ」
「よろしくお願いします」
「はい。よろしく~」
話が終わると一旦組合に用のあるウィトスさんと別れ、ヒビキを受け取ってから僕は預り施設の前まで行き中に入る前にヒビキに話をしておく。
何となくフェアチャイルドさんの僕に抱かれているヒビキを見る目が厳しいように感じるが気のせいだろうか。
「ヒビキ、今日からはナス達と一緒に寝てくれるかな?」
「きゅ?」
「僕はね、ヒビキにナスやアースと早く仲良くなって欲しいんだ。その為にも一緒にいる時間を多くするのがいいんじゃないかって思うんだ。どう? 僕と朝まで会えなくなるけどいいかな?」
「きゅ~……」
「ぴーぴー」
ナスが大丈夫。心配ないと鳴くとヒビキは僕の腕の中から降りたいのかもがき出した。
ヒビキを降ろすとナスがヒビキに顔を摺り寄せてきた。
「ぴー」
「きゅーきゅー」
ヒビキが喜びながら羽をパタパタと動かす。
これなら大丈夫そうだ。
問題なくナス達を施設に預けた後ウィトスさんと合流し今日の宿を探す事にした。
宿を見つけ夕飯を食べた後明日からの予定を皆で話し合う。一先ずの目的地は僕の家で話した通りフェアチャイルドさんの故郷へ向かう事は満場一致で決まった。
通る村の事も決めるといい時間になったのでお風呂に入る事になった。
今夜泊まった宿にはお風呂はない為近所の公衆浴場に入る事になる。となると問題なのは僕なのだが、僕は入る事は諦めようとしたけれどフェアチャイルドさんが執拗に一緒に入る事を進めてきたのだ。
ウィトスさんも僕の事情を知らない為フェアチャイルドさんの意見に全面的に賛成をしている。
一応裸を他人に見られるのは嫌だと説明したからウィトスさんは強く推してくることはなかった。
一方フェアチャイルドさんは泣き落としまで使ってくるから卑怯だ。こんな事されたら僕の方が悪役になって結局僕が折れる事になるんだ。女の子ってずるいね。あっ、僕も女の子か。
結局以前の様に目を隠しお風呂に入る事になった。ウィトスさんにはお決まりの特訓の為と言う言い訳を使う。
お風呂では何故か洗いっこしようと言う話になったけれど僕はさっさと一人で体を洗い事なきを得る事が出来た。
公衆浴場から出てからの帰り道フェアチャイルドさんが手を繋いできた。久しぶりに繋いだ手はお風呂から出たばかりだからかぽかぽかと暖かかった。
深夜、久しぶりにフェアチャイルドさんが僕のベッドの中に潜り込んできた。僕の胸に顔を埋めてくる。寝息が当たってくすぐったい。
このままだと眠れそうにないのでしがみ付いて嫌がるフェアチャイルドさんを動かし、僕と彼女の頭の位置を合わせる。
「いじわるです」
どこが意地悪なのか。
彼女の頭を撫でると撫でた手に彼女の暖かい手が重なり、彼女の頬らしき場所へ動かされた。
柔らかく暖かい頬だ。
「ナギさんの手、暖かいですね」
「フェアチャイルドさんの手も暖かいよ」
「それは……きっとナギさんがいるからです」
「それ言ったら僕の方もそうだよ」
「ナギさん……私、次はついて行けるよう頑張りますね」
「うん」
「置いて行かれるのは……もう嫌です」
「……うん」
僕も、もう君を置いていくのは嫌だ。