白き火の鳥
援軍が着き余裕が出来たお陰かパーフェクトヒールが必要な重傷者の数は日が経つにつれて減っていく。
けれど決してゼロにはならない。
僕が用意していたマナポーションも戦っている魔法使いの人達に分けて一度は無くなりかけた。
アースにお願いしてマナポーションを作って貰ってみると僕の物よりも色が薄く効果が低い物しか出来なかったけれど、それでも無いよりはましだし在庫が増えたので助かった。
アースは魔力の量が桁違いに多いので一度に作れるマナポーションの樽数も桁違いだ。最初からやらせておけばよかった。
一応アースを戦いに参加させる事を僕から申し出てみたのだけれど、主人のいない魔獣を単独で戦わせる事はできないと言って断られてしまった。……当然だよね。
そんな訳でアースはマナポーションを作っていない時はずっと眠っていると外回りをしているウィトスさんから教えられた。寝てばっかりだなアース。
相変わらず遠くからの爆音と鬨の声というんだったかな? 前線基地の方から聞こえてくる大きな声は止まない。
魔物の軍団は万を超える数がいるらしい。殆どが下級の魔物で劣勢には陥っていないらしいけれどいつ終わるとも知れない戦いは戦っている人達の精神を疲弊させている。
戦い疲れた心を癒すために治療院へ来ている人がいるほどだ。
そんな人に僕は少しでも安らいでもらおうと魔力の回復させる間に声をかけるようにした。
面白い話題を提供できるかは自信はなかったけれど、何とか少しずつ話をすると相手の方から声をかけてくれるようになった。
「俺ナギちゃんと同じくらいの娘いるんだよ」
「俺息子いるわ。この仕事忙しくて全然帰れねー」
「俺もだよ! 絶対俺の顔忘れてるぜー」
「大丈夫ですよ。国を、自分達を身体を張って守ってくれてるお父さんの事を忘れるわけないじゃないですか」
「ナギちゃんはいい子だからそう言えるんだよ! あー……俺の娘になって!」
「うちんとこの嫁に来てくれ。マジで」
「あはは……」
「ばっか! ナギちゃん独り占めしようとすんじゃねぇよ!」
「ナギちゃんマジ天使」
「バブみを感じる……」
なんだバブみって。
話を聞いた結果変な人が増えてしまった。カームの効果でおかしな気を起こす人はいないと思うんだけど、偶に身の危険を感じる事がある。
その事をウィトスさんに相談すると室内での護衛はウィトスさんがやると言い出した。
弓使いであるウィトスさんがわざわざ室内の護衛に回ると言うのは許されるのだろうかと思ったが、ウィトスさんはあっという間に他の冒険者達から了解を得てしまった。どうやら全員魔法の効果を四六時中受け続けるのは嫌だったらしい。
ウィトスさんは嫌じゃないのかと聞くと、大丈夫と言って笑うだけだった。
そして、男性の目をなるべく自分に引き付けると言った。同じ女性として志願してくれたんだ。
そんな事はしなくていいと言ったけれどウィトスさんはやはり大丈夫と言って今度は僕の頭を撫でてきた。
魔法があるから心配するような乱暴な事態にはならないだろうけれど、僕の代わりに変な視線を引き受けさせるとなるとやはり抵抗がある。
ウィトスさんに変な事が起こらないように僕が守ろう。
そう思っていた時期も僕にもありました。
ウィトスさんの男のあしらい方は僕が守る必要も無いほど上手かった。流石は中級の冒険者だ。参考になりました。
ウィトスさんのあしらい方を参考にし実践してみると嫁に来てくれとか言ってくる変な人達は徐々に減ってきた。
代わりにバブみとか意味の分からない事を言ってくる人は増えたけれど。
正直気持ち悪さは変わっていないかも。
そんな気持ち悪さも治療院にいるとすぐに消えてしまうので普通に応対できてしまう。
変な人が増えた事によって僕は他の神官から気を使われ主に女性を治療する事になった。
他と言ってもパーフェクトヒールを使えるのは僕の他に一人だけだ。男性で年齢は多分三十歳は過ぎている。軽い自己紹介は初日の休憩時間に軽くしただけで名前しか分からない。名前はグレホール=ラマダンと言う。
魔法石のような物にパーフェクトヒールを封印できれば手も増えるのだけど、残念ながらそれは無理なのだ。
理由の一つがかなりの魔力操作の技量と魔力が必要だからだ。
僕の魔力操作の練度は色々試したおかげで非常に高い。中級の冒険者でも同じ事が出来る人間はいないとまで先生に評された事がある。
そして魔力だが、最低限の魔力操作でのパーフェクトヒールの消費量は数字に直すと五百を超える。
僕は技量がある為消費を半分まで減らす事が出来るがそうでない場合魔法使いでないと実は中々確保できない量なんだ。
理由その二。これが一番の問題となる。魔法石で使うにしてもパーフェクトヒールほどの高位の神聖魔法となると神様の力を借りるのには授かった時と同等の太い回線が必要になるのだ。
ヒールやステータスオープンなど魔力道具に使われている神聖魔法は一般人でも使える程度の力の大きさだったり、行使されるのに普通より時間がかかったり、機能を限定し必要な力を抑えている為誰でも使えるようになっているんだ。
魔力の量が少ないか魔力操作が未熟でもない限り封印したパーフェクトヒールを使えるだけの回線があるなら授かってるはずなんだからそれを使えって話だ。
使う人がいるとしたらそれは魔力操作が未熟な人だけだろう。
三つめはおまけ程度の理由だけど、パーフェクトヒールを封印するには大きな質量の物じゃないと駄目だ。そして、質量が大きい物ほど魔障から魔創への加工は難しくなる……らしい。出来ない訳じゃないだろうからあるにはあるんだろうけど、持ち運びが大変だそうだ。
そしてこの前線基地には魔力道具されたパーフェクトヒール用の岩が治療室のすぐ横の部屋にあるんだけど、治療しているのが僕とラマダンさんしかいない時点でお察しだ。
僕とラマダンさんは明るいうちは二人で手分けして治療し、夜になると交互に寝て、起きている方は治療を続けるというちょっと不健康な生活を続けている。しかもラマダンさんは子供の僕に多くの睡眠時間を割り振ってくれたのだ。
同じにした方がいいのではと聞くと大人に遠慮するなと言われた。それと寝ないと大きくなれないとも。
変な人はいるけれど僕はやはり周りの人に恵まれているんだな。優しい人が沢山いる
ラマダンさんの提案に僕はお言葉に甘える事にした。
僕の睡眠時間は短い。身体がもっと小さい頃は八時間は寝ないと駄目だったけれど、成長していくにつれて必要な睡眠時間が減っていき今では四時間眠れば一日普通に動けるようになった。ビバショートスリーパー。
でもラマダンさんの言う通り睡眠は身体の成長に影響する事は知っていたから今でも最低八時間は眠るように早く寝むるようにしている。
早く大きくなりたい。
治療をする毎日。いつ終わるとも知れない日々を終わらせたのは銅鑼を叩いたような大きな音だった。
何事かとウィトスさんや周りの人達の顔を見てみると皆一様に険しい顔をしている。
「この音は何ですか?」
「魔獣の出現を知らせる音です。ナギさん。私は外の様子を見てきますからここから離れないでください」
ウィトスさんはいつもの穏やかでゆったりとした口調から早口気味に言って部屋を出ていく。
追いかけたいけれど治療の途中で僕は動けない。
「大丈夫。ナギちゃん。魔獣って言っても敵対するか分からないから注意しろっていう合図の音だから。魔物と共闘でもしない限り危険はないって」
治療している女性の兵士が慰める様な言い方で教えてくれた。
「それならいいですけど……魔獣ってやっぱり恐れられているんですね」
「そりゃ野生の動物と大差ないからね。魔物とは基本的には敵対関係にあるからもしかしたら魔物の軍勢を追っ払ってくれるかもしれないよ?」
「魔物が従えるって事は無いんですか?」
「それはもちろんあるけど、そういう魔獣っていうのは大概弱い魔獣だからね。脅威ではないんだよ」
ウィトスさんはすぐに戻ってきて今の所は異常はない事を教えてくれた。基地の方に何かあればすぐに分かるだろう。
僕は治療に専念しなくては。
そして、三十分が経過した頃それは聞こえてきた。
「きゅい~~~~~~!!」
「え?」
突然聞こえてきた甲高い鳥の泣き声。僕は窓の外に視線を向けるが青い空には何も見えない。でも確かに遠くから聞こえてきた。
何度も何度も聞こえてくる。
治療が終わると僕はすぐに外へ駆け出した。後ろから声が聞こえてくるけど構っている暇はない。
建物を出てアースの元へ。アースは都合よく起きていた。いや、空を見ている所からアースも鳴き声を聞いて起きたのかもしれない。
「アース、僕を乗せてあの子の所まで連れて行って!」
叫ぶように言うとアースは即座に僕の足元の土を操り自分の首の高さと合わせる。飛び乗りアースを走らせようとしたその時ウィトスさんが前に出てきた。
「ナギさんどうしたんですか!?」
「泣いてるんです……あの仔泣いてるんですよ!」
アースが地面を操りウィトスさんをどかし走り出す。
身体が勝手に動いていた。泣き声を聞いた時から僕は自分が自分でないような感覚に陥っている。
こうしなければいけないと本能で動いている身体に思考が追いつかない。
……なんて懐かしい感覚だろう。これじゃああの時と同じじゃないか。僕はあの時から何も変わっていないのか?
駄目だ、僕はあの時の様に死ぬわけにはいかないんだ。
痺れている頭を自分の掌底で何回か叩いてようやく頭が回転しだした。
本当なら行くべきじゃないんだろう。だけどもう走り出してしまった。僕にはアースも、自分自身の心ももう止める事は出来ない。
アースは基地の方に向かっている。さすがに基地に突入させるわけにはいかない。
「アース、進路変更。壁の近くで最初に会った時の様に高台を作って」
「ぼふっ!」
返事と共に進路が変わった。
そして、壁の手前まで来るとアースは初めて会った時の様に地面を操り壁よりもはるかに高い高台を作る。
眼下には基地とほぼ同じ厚さの分厚い壁が見える。壁の上には兵士達がいて壁の向こう側に向けて矢や魔法を放っている。
異変に気付いた兵士たちは高台に向けて武器を向けてきた。
どうせ僕には当たらない。僕は空を見渡し、見つけた。
それは太陽の様に白い鳥だった。まるで陽炎の様に揺らめいて空を飛んでいる。あれは火だ。白い火の鳥だ。
鳥の鳴き声は止んでいない。
僕は大声で泣いている仔に向かって話かけた。
「寂しいなら! 僕の所に来い!」
「きゅ? きゅーーー」
白い火の鳥は僕の言葉に気づいたのか進路を変え僕の方へ向かってくる。
兵士達の中に白い火の鳥に武器を向ける人が出てきた。
「あの仔には攻撃しないでください!」
よく届くように魔法を使い風に声を乗せる。やった事のない魔法の使い方だったけれど、成功したようで武器を下ろし周囲を見渡し最後に僕の方を向くのが見える。
白い火の鳥は僕の目の前までやって来た。白い火は熱を感じさせない。きっとそういう風に魔力を操っているんだ。
「アース。ちょっと降りるね」
「ぼふ」
アースから降りて僕は白い火の鳥に手を差し伸べた。
「僕が一緒にいる。だから泣かないで?」
「きゅー……?」
「本当だよ」
「きゅーー!!」
《ロックホッパーペルグナー・ビギニングヒートが仲間になりました》
シエル様の声と同時にスキルの情報が流れ込んできた。
『フレア・バード』という自分の身に火を鳥の姿で纏わせて空を飛ぶと言う特殊スキルだ。つまり白い火の鳥の姿はこの仔の本当の姿ではないという事だ。
「君の本当の姿を見せてくれるかな?」
「きゅー!」
僕の真上に上昇してから白い炎が消える。そして、僕は落ちてきた丸っこい物体を落とす事なく捕らえる事が出来た。
大きさは大体成人男性の頭より少し大きいくらい。丸っこい体は桃色の短い羽毛で覆われ、お腹と思われる部分だけが白い。くちばしは上半分は体毛と同じく桃色で下半分ははちみつ色、くちばしのすぐ下の羽毛もはちみつ色になっている。
足も桃色だけれど足先以外は丸っこい身体に埋もれて見えない。
……ぶっちゃけ丸くなったペンギンだこれ。ロックホッパーってイワトビペンギンって事? こんな体形でどうやって岩を跳んでいくんだ。それとも魔獣になってからこの体形になったのか?
なんにせよすっごいかわいい。ナスのライバル登場ですよ。丸っこいは正義だ。
「きゅーきゅー」
僕に短い羽を思いっきり伸ばしてしがみついて来る。一羽はもう嫌だと鳴いている。
何があったのかは分からないけれど、それは後で聞くとしよう。
今回こそ……今回こそは被らない名前を考えるぞ。
「ろ……ほ……ぺ……び……うん。決めた。君の名前はヒビキだ。ビギニングヒートから取ってヒビキ! どうかな?」
「きゅー!」
どうやら気に入ってくれたようだ。
「これからよろしくね。ヒビキ」
「きゅ~」
「さて、アース……怒られに行こうか」
下の方から聞こえてくる怒鳴り声にいよいよ無視できなくなってきた。
「ぼふん」
この後偉い人にめちゃくちゃ怒られた。