閑話 会いたくて
遠ざかっていくあの人の姿を私は見ている事しかできませんでした。
傍に居たかった。
あの人の役に立ちたかった。
けれど私に出来る事は何もありませんでした。
もっと強ければ。
もっと精霊さんの力を引き出せさえすれば。
もっと勉強して魔法を使えるようになっていたら。
もっともっとお祈りして回復の魔法を覚えていれば。
もっともっともっと……。
一日が過ぎて二日が過ぎて一週間が過ぎて……ナギさんが出発して十日が経ちました。予定では今日ナギさんは前線基地に着き兵士を癒すはずです。
シエル様。どうかナギさんをお守りください。
私は今日もいつも通りに組合の雑用をこなし報酬をいただいて宿へ戻る。
ナスさんは玄関ロビーの隅で私を待っています。ナスさんに近寄ると立ち上がり私の後ろをついて来ます。
建物を出て連れ歩くと物珍しそうに私達を見る視線がありますが、大半はもう見慣れたのか気にも留めていません。
宿屋へ戻ると私は真っ直ぐに借りている部屋へ戻りました。
そして、部屋の中で夕食の時間まで魔力操作の練習をします。
魔力操作は精霊さんの力を引き出すのに重要な技術です。魔力操作が上手くなればなるほど精霊さんから大きな力を借りる事が出来るんです。
もっと早くからこの練習をしていればナギさんと一緒に行けたかもしれない……そう思うとつい焦ってしまい力が入り魔力が乱れてしまいます。
ナスさんも乱れに気づいたようでぴぃと鳴き私を注意してきます。……多分注意だと思います。
私にはナスさんが何を言っているのか分かりません。ぴーが肯定的な鳴き声でぴぃが否定的な鳴き声と言うのは何となくわかりますが、アイネさんの様に気持ちまでは私には読み取る事が出来ません。
どうしてアイネさんはナスさんの気持ちが分かるのでしょうか。
この事を考えると私はアイネさんの方がナギさんに近いような気がして胸の奥がざわつきます。
頭を振り余計な考えを捨て私はもう一度魔力操作の練習に集中する。
やる事は沢山あります。魔力操作の練習の他にも勉強に体作り……すべてはナギさんと共にいる為に。
眠る為に明かりを消し私は一人でベッドの中に潜り込む。
もう十日もナギさんに触れていない。あの優しい瞳、暖かさを持った声、柔らかさと硬さが同居したしなやかな身体、そして匂い……ナギさんに会いたいです。会って触れたいです。
昨日は寂しさに負けナスさんと一緒に寝ましたが駄目です。臭いし毛がくすぐったいしでナギさんとは比べ物になりません。それに抜け毛がベッドの上に散ってしまって後片付けも大変でした。
ナギさんの事を考えれば考えるほど会いたくなってきてしまいます。そして、胸が苦しくなって……涙も出て来てしまう。
でもどんなに悲しくて苦しくてもナギさんの事を考えないなんて、そんな事できません。
だってそれしかナギさんに会う方法が無いんです。
私はナギさんとの思い出を何度も何度も思い出し会えない寂しさを誤魔化しています。
そして、そうやって何度もあの人に対する想いが募るばかり。
私にはこの想いをどうしたらいいのか分かりません。
好き。
大好き。
抱きしめて欲しい。
頭を撫でて欲しい。
髪を梳いて欲しい。
見つめて欲しい。
声を聞かせて欲しい。
名前を呼んで欲しい。
手を繋いでほしい。
一緒に寝て欲しい。
一緒にいて欲しい。
ナギさんに対する気持ちがどんどんあふれて来てしまいます。
ああ、あの人のいない日々を私はどれだけ耐えられるでしょうか。
ナギさん。早く帰ってきてください。私が正気でいられる内に……。