変化する日常
翌日登校した俺は何時も通り特に誰とも話すことも無く文庫本の続きを読んでいた。
俺は友達が少ないのではなく、居ない所謂「ぼっち」なので何時も通りにしていれば柊に関わる事は無い。
ただ、柊が居る場合は出来るだけ距離を取る様に努めようと思う。
この前の便所のように何の拍子に関わることになるか分からない。
まあ、元々柊とは接点が無かったので、それほど構える必要は無いだろう。この前のは偶々だし、しっかりと注意していればまず問題は起こらないだろう。
その時まで俺は警戒はしつつも深刻には考えていなかった。
「お早う御座います、橘君。」
後ろから挨拶をされ振り返ると、柊美雪が笑顔で立っていた。
「・・・・ああ。」
数秒の間をおいて何とか返事を返す。
返事を返さなければ周りに変に勘繰られると判断し何とか返せたが、実際はかなり焦っている。
何とか平静を装って文庫本に眼を戻すが、文章など頭に入って来ない。
授業が始まり俺は何故こんな状況になっているのか必死で考える。
昨日までの俺と柊美雪の関係は「接点の殆ど無いクラスメイト」だ。俺を名指しで挨拶するような関係では決して無い。
そもそもこのクラスに俺に挨拶や話しかける人間など一人も居ない。いや、居るには居るが俺に対して悪口を言う中野しか居なかった。
なのに一番避けたいと考えている人間から挨拶だ。
しかも何故か柊は上機嫌だ。
ステータスにも「状態異常:恐慌」と出ている。一度冷静に考え直すべきだ。
周りのクラスメイトにばれないように深呼吸をする。
柊美雪が俺に話しかけてくる理由を考えれば、あの便所の一件しかない。
では何故便所の一件から俺に接触しようとするのか?
それも常識的に考えれば、俺が周囲の人間に便所の一件を言触らさないか警戒しているからだろう。
俺は言い触らしたり、ましてや脅しのネタにするつもりなど無い。そもそも俺が言ったところで誰も信じないだろう。
だがそれは俺の視点だ。
柊美雪から見れば俺が脅しに使わないか、悪評を言い触らさないか警戒するのは当然だ。だから出来るだけ俺の機嫌を損なわないように接触を図り、俺の真意を探ろうとしていると考えるのが自然だろう。
そこまで考えると平静さが戻ってくる。「神の寵愛」の不気味さに冷静さを無くしていたのだろう。
なんのことは無い、柊美雪に俺が言い触らすことと、脅すことは無いことを納得させれば全ての問題は解決する。
俺個人を信用できなくとも、俺の人望の無さに関しては信用してくれるだろう。
つまり「俺が言い触らしても誰も信じないから問題ないし、脅しのネタにもならない。」と言えば納得するだろう。
今ほど友達が居ないことに感謝したことは無い。
そう思っていた過去の自分を殴り飛ばしたい。
休み時間の度に話かけてくる柊美雪に俺は苛立ちを覚えていた。
ちなみに早い段階で俺の人望の無さを含めて、便所のことは黙っていることは伝えた。
「ありがとう御座います!」
嬉しそうに返事を返した柊美雪を見て、俺もこれで大丈夫だと安堵したのだが、それも一時的なものだった。
ホームルームが終わると同時に教室から脱出した俺は、下校しつつ自問自答する。
柊美雪の懸念は払拭出来たのはまず間違いない。態度や便所の件はあの後一切話さなかったことからも、柊美雪の懸念が消えていないとは考え難い。
それなら何が原因だ?神の寵愛」が原因?
「神の寵愛」が原因だったとして、何故柊美雪は俺に接触を図る?
駄目だ、柊美雪が関わってくる理由を推測するには情報が少なすぎる。
それよりは接触しようとする柊美雪から距離を取る方法を考えるほうが建設的だ。
兎に角柊美雪が話しかけることが出来る状況を作り出さない。
物理的にも距離を確保するしかない。




