悟と美雪
「俺は博多まで逃げたのか・・・・」
俺は放課後の教室の机に座りながら、昨日の夜有ったことをステータスの記憶から確認していた。
俺の仮設は当たっているのだろう、予想通り逃亡は無駄だったのだ。
そしてコレも予想通り、現在の俺には昨日の夜逃走した記憶は無い。俺の記憶では昨日の夜はアパートで飯を食って、風呂に入ってからすぐに寝たことになっている。そして何時も通り登校し、授業を受けて放課後に至ったということになっている。
俺は教室を出て昇降口で靴を履き替える。
「橘君、今から帰るんですか?」
靴を履いて顔を上げると柊美雪が立っていた。
「ああ。」
「それなら私も一緒に帰ってもいいですか?」
逃亡が無駄だった所為で、強制的に腹をくくらされたからなのか、気分は非常に落ち着いている。
そう言えばこの状況を作り出した最後のピースが確認できて居なかったな。
「ああ、構わない。」
「有難う御座います。最近避けられていたから、嬉しいです。」
柊美雪は本当い嬉しそうに微笑む。
俺はその顔を見て苦笑する。
これから俺が言う言葉はこの状況を作り出した最後の要因の確認だ。
ほぼ間違いなくこの言葉を言えば後戻りは出来なくなる。
俺の仮説が間違っていれば、それはそれで人間関係的に後戻りが出来なくなる。それでも仮説が間違っていて欲しいと強く願う。俺が間違っていれば「糞っ垂れでとんでもない厄ネタ」が「とんでもない厄ネタ」になってくれるからだ。
厄ネタの規模そのものは変わらないが、その根本原因がまだ納得出来る内容にはなってくれる。
だから俺は意を決して口を開く。
「そんなに俺が好きなら跪いて靴でも舐めてみろ、このメス豚。」
俺の言葉に硬直する美雪。
顔を赤らめ数秒逡巡すると徐にかがみ始める。
(ああ、やっぱり仮説は正しかったのか・・・・)
跪いて土下座のような格好になる美雪。
それを見ながら俺はこの状況を作りだした四つの要因を思い返す。
既に仮説ではなく全て事実と考えて良いだろう。
一つ、柊美雪は現実を改変する能力を持っている。どのレベルで現実を改変出来るのかは分からないが、少なくとも俺を能力的には完全な別人に変える程度の能力は持っている。
そしてこの能力が厄介なところは、改変されたことを誰も認識できないと言うことだ。柊美雪の現実改変能力は変えたと言うことそのものを消してしまう。例えば柊美雪が割れたコップを直したいと願った場合、コップが直るのではなく割れたことを無くしてしまう。
便所の一件も、現実改変して本来なら起こらなかったはずなのだ。俺は尿意は無かったことにされたので便所には行かなかったずだ。それにも関わらず俺はステータス表示に従った為、あのようなことになった。
また、鞄で殴ったことも本来ならなかったことになっていたはずだ、それをステータスから記憶を見た為、無かったことに出来なかった。
宝くじが当たったのは俺が柊美雪に金に困っていることを伝えたからだろう。現実を改変し、買ってもいない宝くじに当選するようにしたと考えるのが妥当だろう。
一つ、「神の寵愛」はバフ効果ではなく、現実改変の対象者に与えられるものだろう。正確には好意を理由として、現実改変の対象となったものに与えられるものと言ったほうが正確か。だから、俺が当初考えていた、神が美雪を嫌っているという仮説は的外れもいいところだ。美雪自身が神なのか、神が美雪の為に行ったのかどちらかは分からないが、俺に「神の寵愛」が与えられたのは単純に美雪の喜ぶことをしていたからだ。
一つ、「ステータス」は現実改変の影響を受けない。現実改変が起こっても俺のステータスまでは書き換えられなかった。だから俺の記憶とステータスの記憶で齟齬が発生していた。地味な能力と考えていたが、現実を改変するという殆ど神様に近い能力に対して、唯一対抗しうる能力だと言えるかもしれない。どれほど攻撃的な能力だろうと、現実改変能力の前では無力だ。何せ変わったことすら悟らせないのだ。
一つ、美雪はマゾヒストだ。これまで俺が行ってきた罵倒などはこの女にとっては飴でしかなかったのだ。俺に関われば関わるほど美味しい思いが出来るのだ、どれだけ突き放しても付きまとうのは当然だ。本来なら現実改変能力の所為で、美雪は自身がマゾヒストであることすら気付かずに一生過ごしたのかもしれない。俺を改変して怒りが向かないように仕向けたことからもその可能性が高い。だが俺にはステータスが有り、改変されても美雪に怒りをぶつける事になった。その結果、初めて怒りをぶつけられたことでマゾヒストとしての悦びに気付き、俺に対して好意を持つようになった。
中野を俺に殺させた理由も最後の要因が原因だろう。「カリスマ」や「威圧」を優先的に上げた事から、美雪としては俺に圧倒的な強者であって欲しいのだろう。強者に嬲られたいとでも考えているのかもしれない。
美雪の顔が俺の靴に近づくにつれ、「神の寵愛」の数値が恐ろしい勢いで上がっていく。
上がっていく数値を見て俺はもう後戻り出来ないことを悟る。
いや、後戻り出来ないことなどとっくの昔に悟っていた。
とっくの昔に帰還不能限界点は過ぎている。
足元に眼をやる。
口を開け舌を出し、俺の靴に近づける美雪。
俺にはそれが舌を出して獲物に近づく蛇のように見えた。




