起
この世界には、何億人という数の人がいる。
ならばきっとその数だけ、愛の形があるのだろう。
多くの人をときめかせるような愛もあれば、
涙を流すような悲しい愛もある。
だとすれば、彼女たちの想いも立派な愛なのだろう。
多くの人に受け入れられずとも。
愛理。それは愛の理からきている名前だ。
娘は必ず誰かを愛する時がくる。だからこそ、自らの愛の道理にそった、その思いに忠実であれ。
少女は、その名前が気に入っていた。
県立の高校に通う愛理は、朝の準備を手短に済ませ学校に向かう。
今日は金曜日。1日頑張って過ごせば、明日は土曜日。そしたら彼女に、結花に会える。
結花は一週間程前に、家庭の事情で遠くに引っ越してしまった。だから、休日にしか会えないのだ。
せっかく付き合い始めたのに引っ越してしまうとは。
離れ離れは寂しかったけど、だからこそ休日が楽しみになった。
女同士で恋愛なんて。と言われたくないので家族以外には黙っている。友達も、気付いているのかもしれないけど、黙ってくれている。
そんな日の学校でのこと。
私は楽しみで、学校でもわくわくしながら過ごしていた。
どこに行こうかな?ゲームセンターは、先週行ったし。映画館は、特に見たいのないし。結花はどうだろうか?でも、二人ならどこでも楽しいかな。
「おはよう。楽しそうだね。愛理」
「おはよう、紗耶香ちゃん。うん。楽しみなんだ」
「あぁ、そっか。明日結花と遊びに行くんだっけ?」
「うん!」
「いいなぁ。私も誘ってよ。なんて、私は部活があるんだけどね」
「頑張ってね。私はあそんでるから~」
「むかつく~」
笑いながらそんなやりとりをしていると、もうすぐ授業の始まる時間。
「紗耶香、戻るよ」
紗耶香ちゃんの後ろには、璃子ちゃんがいた。
「あ、璃子ちゃん。おはよう」
「おはよう」
そう一言だけ言って璃子ちゃんは行ってしまう。
「あ、待ってよ璃子。またね、愛理」
「うん。またね~」
二人もとっても仲がいいのです。私たちのとは違うのかもしれないけど。
授業中も結局、結花のことばかり考えてぼーっとして、先生に怒られちゃったりしたけと、いつものことです。
それよりも明日が楽しみすぎて、いやなことなんてふっとんじゃいます。
結花話したら怒られるかな?でも、怒ってる結花も結構可愛かったりするんだよね。
頬をぷくーって膨らませて。白い肌を紅くして。
私の長い髪をむしゃむしゃってしたり、結花ほど白くないけど私の頬をつねったりして。ちょっと紅くなって。同じだねって。
あ。結花の長い髪を三つ編みにしてみよっかな。
さらさらだからやりやすいかも。
私より背も低いし、体も小さいし、なのに胸は私より大きいし。また、可愛い服でも着せてあげようかな~。
そんな風に考え事をしていると、二人の生徒が私の前にやってきた。
顔を上げると、
「あ、紗耶香ちゃん。璃子ちゃんも。どうしたの?」
「まーた、考え事してぼーっとしてたって先生から聞いたよ?せめて学校にいるときくらいちゃんとしなさい」
紗耶香ちゃんから怒られてしまいました。
それもそうでしょう。授業はちゃんと受けないといけません。
「ごめんなさい。楽しみで・・・」
「それはわかるけど。愛理だってわかってるでしょ」
「うん。これからはちゃんとするよ」
「そうそう。じゃないと、結花だって悲しむよ」
結花が、悲しむ?
「そうかな?」
「そうよ。だって愛理がちゃんと授業受けてないんだもん。きっと心配してるよ」
「そっか、そうだね。悲しむもんね」
うんうんと納得する。
昔、まだ話始めたばかりの頃は全然笑ってくれなかったけど、話しているうちにだんだん笑ってくれるようになって。
そんな結花を悲しませる。心配させる。
そんなことはしたくない。
「結花に会ったとき自慢出来るようにしなくちゃ」
そうそうと紗耶香ちゃんは頷いてくれた。
だが、そのやりとりが気にくわなかったようで。
「愛理。ちょっと来て」
「璃子ちゃん?え、ちょっと、まって…」
璃子ちゃんは、私の腕を少し強引に引っ張って教室から連れ出しました。紗耶香ちゃんも、璃子ちゃんにどうしたの?と心配そうに声をかけていますが、璃子ちゃんはそんなの知らん顔で歩いて行きます。
そして連れてこられたのは、女子トイレでした。
「あのさぁ、いつまでそんなことしてるわけ?」
「璃子。なに言ってるの」
「そんなことって、なに?」
璃子ちゃんは、どこか起こっている様子です。
「私がなにかしたなら謝るよ。ごめんなさい。でも、私、何かしたかな?」
その言葉がまた、璃子ちゃんを不快にしたようで、
「謝らないで。それよりも。いつまでも、いつまでも、結花結花結花結花。あんた病気?」
「璃子。やめて」
「え?」
「わかってる?おかしいのよ、あんた」
「璃子」
おかしい?私が?
「おかしいって?」
「明日、結花と会うんだって?」
「うん。そうだけど」
「あのねぇ。わかってないようだから言うけど。結花はね・・・」
その時。
「璃子!!」
紗耶香ちゃんが叫びました。
二人ともびっくりして、言葉がなにも出ませんでした。
あまりにも声が大きかったのか、たまたま通りかかったのか、女性教師がトイレを覗き込んで、
「どうかしましたか?」
立ち尽くす三人。
璃子ちゃんは、チッと舌打ちをして、行ってしまいました。
「ごめん、愛理。璃子、生理みたいでさ。イラついてるのよ。ごめんね」
「うん。私は大丈夫。だけど」
「三人とも大丈夫なの?」
先生が優しく話しかけてくれました。
「はい。私の悪戯が過ぎてしまっただけです。ごめんなさい、愛理」
「うん。璃子ちゃんにも・・・」
「大丈夫。任せといて。それでは先生、お騒がせして、すいませんでした」
「私も。すいませんでした。」
「いえ、大丈夫ならそれでいいです」
紗耶香ちゃんがなんとかしてくれたおかげでそれ以上の騒ぎにはなりませんでした。
でも。
どうして、璃子ちゃんはあんなに怒ってたんだろう。
私、そんなにおかしいかな?
好きな人のこと考えるのってそんなにおかしいかな?
たしかに、授業ちゃんと聞いてなかったり、ぼーっとすること多いけど。
「璃子。どうしてあんなこと言ったの?」
「ほんとのことでしょ」
「それでも、言って良いことと悪いことがあるでしょ?」
「あれが悪いこと?あんな妄想みたいなこと言ってるほうが悪いと思うけど?」
「たしかに、愛理にも悪いとこはあると思うよ。それでも・・・」
「それでも?」
「それでも、あの子の中では生きてるのよ。結花は」