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坡州王培家の盛会

 居並ぶ()州百官が一斉に盃をかかげた。


培梅(ばいばい)州王、繁栄永遠なり!」


 州王金堂に絶叫がこだました。

 空中で盃がぶつけられ、各所でガシャーンと割れる音、笑い声と続いて万雷の拍手が堂内に響く。


 朦罠(もうみん)も笑う。

 だが顔を左上から斜めに走る傷が引き攣れ、凄味のある笑みとなる。


 眞暦(しんれき)1796年10月。坡州塔樹(とうじゅ)の州王金堂に州王府の百官が集い、培家の坡州王就任30周年を祝っていた。朦罠も、坡州王府の一武官として参列している。


 乾杯が終わり、皆、州王培梅への祝辞を述べに行く。朦罠も即座に動いたが、すでに十人ほど並んでいた。よく見えないが嫡男の培去或(ばいきょかく)も一緒に応対しているようだ。


 すぐ後ろに顔見知りの堤便飫(ていびんよく)が立っていた。

「これは堤州作(しゅうさく)。お元気そうで。」

「おお、朦罠将軍。先日は難しい戦でしたな。さすがの御采配でした。」


 堤便飫は、坡州の土木・建設を司る作相に就いており、坡州作相を略して「州作」と呼ばれている。

 顔は肌艶良く、髪も少しはねた口髭も黒々と健康的だが、顔も体も非常に細い。


「堤州作のご尽力で、坡路(はろ)の城壁を補修されたおかげです。あと、圭受錦(けいじゅきん)の出城か。あれが大きかった。」

「はは。私ら文官には、将軍のように戦場で命を賭す胆力も、立ち回る膂力も、全く無いのです。出来るのは築城やら、軍備やら。将軍が働きやすいよう備えることしかできません。

 必要あればまた申請下さい。何でもさっさと建てますよ。

 それにしても、お幾つになられた。」


 確か堤便飫は三七歳、作相に就いたのは三四歳だ。堤家は培家が州王に就く前から家宰を務めてきた家柄であり、為に若くして要職に就いたのである。

 側の卓に盛られている、牛肉と誡央菜の炒めを小皿に取り分けて、象牙の箸とともに堤便飫に渡す。



「二九でございます。ですので… 。」

「おお。では、培家州王就任の翌年。1767年のお生れですか。まさに生まれ落ちてより、培家とともに歩んで来られたのか。羨ましいことです。」

「そんな。堤州作からそう言われては。いやはや、恐れ多い。」


 朦罠の家は隣の(みん)州から流れてきた。堤家に生まれた堤便飫こそ、培家に人生を捧げてきている。

 だが至って本人の表情は真剣である。名家に生まれ、地位もありながら他所者の朦罠を立てる。素直な性格だ、朦罠は思わず頬を緩めた。


「むう、この肉炒め、美味しゅうございますな、この菜っ葉は誡央菜かな。

 あ。朦将軍。ほら、ご覧なさい、州王の頭上の玻璃吊灯。」

「はい。気になっておりました。大きゅうございますな。堂の天井高からして、直径三mはございます。」

(ふく)祝商輩(しゅくしょうはい)の名品だと。一億圓はくだらんそうな。」


 たかが照明に。

 一瞬思ったが必死に顔に出ぬよう努めた。しかし、一億あれば、塡保(てんぽ)塢宜(うぎ)などの小城にも委託ではなくて軍の直属小隊を置くことができるな。そもそも東部の(るい)家をあのままにしてていいのか。


 気を取り直して感動を満面に表し、朦罠は言った。


「なんと、それは凄い。

 しかし、大(とう)帝国には、様々な州王がおりますが、わが培梅公ほど富裕な王は居ませぬ。『野望第一』とうたわれた後閔(こうびん)帝を始め、坡州に偉人は事欠きませんが、今の培家は国力において群を抜いています。」


 と、ここで朦罠の背中の方から、よく通る女性の声が割って入った。


「聞こえとるぞよ、朦罠!

 いかにもわが培家は金でこの座を買ったからのう!」


 坡州の女王、培梅である。


 いたずらっぽく破顔する顔には幾重にも皺が刻まれるが、艶然、まだ女としての魅力がある。


 いつの間にか目の前に並んでるのは三人に減っていた。思ったより培梅が近くに居て、その紅い口がいやに鮮やかだ。


 堤便飫が慌ててばたばたと、手を振ってみせる。自分が名指しされたかのように、顔が紅潮している。


「州王、朦罠将軍は決してそのような意味で仰ってるのではなくっ。」

「おほほ!」

 坡州王培梅は桃色の袖で口を覆った。

「分かってますわ、堤便飫。

 本当にお前はき真面目なんだから。朦罠はコワモテだけどね、ちゃんと気を使える武官よ、失言なんかのヘマはしません。

 ただね、当家の財をもっと天下の為に活かさないとねえ。朦罠の言葉が耳に入ってちらっとそう思ったもんだから。

 ほらほら、堤便飫。

 もう大丈夫だから、顔色をもとに戻しなさい。」


 満座が笑いに包まれた。


 朦罠が、前のお三方に対応下さい、と目で告げ、頭を下げると、培梅はニッと笑って目の前で待っていた文官と談笑を始めた。


 堤便飫はまだ頬を赤らめてどぎまぎしている。

 朦罠は体を寄せて小声で囁く。

「堤州作は、本当に培梅州王のお気に入りですね。まったく、あなたのダシに使われました。」


 堂内を埋め尽くす煌びやかな百官、玻璃吊灯を始めとする豪奢な調度、所狭しと盛り上げられている山海の珍味。


 見事な盛況ぶりだ。

 だが、それを見つめる朦罠の笑顔が引き攣っているのは、どうも傷のせいだけではなかった。




****************************




坡州

挿絵(By みてみん)



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