輸鬼の牙
晃。
馬の背の如くなだらかに起伏する山々に囲まれた盆地に位置し、その赤土の磚で築かれた城壁で高名な、明州中部の拠点都市である。
吹きつける木枯しが、冬の到来を告げた。
城市内外の照葉樹は盛大に葉を落とし、無数の枯葉がカラカラと音を立てる。
眞暦1817年12月。
商人、詞空肢は無数に横たえられた刀剣を前に、武者震いしていた。
(ふふ。斜晃将軍め、どんな顔で驚くか。)
ここは晃城武具殿。
城主「斜晃将軍」朦罠が整備した巨大な武器庫である。晃の城郭でも最奥、軍部の上官と兵站部隊のみが入館を許され、兵団の機密を蔵する重要施設と言えた。
詞空肢は、そこにいた。
武具殿には五百㎡程ある板敷きの大堂があり、いつもは甲冑の一斉補修等に使用されているが、この床面に今、足の踏み場は無い。
詞空肢は、大堂を埋め尽くす鞘刀を睨みつけている。
脇には警共象と戎馨という侍童が2人、寄り添っているが、詞空肢の相貌をちら、と盗み見て怯えるばかり。
(砂糖商の湯も今は瀕死。恐らくこの購買で、斜晃将軍との扱い高は儂が最大となろう。何より、この裁金刀、時を得ている。)
今、「斜晃将軍」朦罠は、否、彼が仕える坡州王・塊協半にとっては、兵器はどんなにあっても足りるということはなかった。一昨年の六月、土哭が穣河を独断で渡河して美獣に宣戦布告して以来、塊協半と美獣は干戈の止む暇無し、閲血平での大戦や闌城六ヶ月籠城戦、その他捻州南部や閥街等、穣河以北を中心に、抗争は常態化していた。
(そこに、この一万本よ。)
詞空肢の厚ぼったい瞼の下の双眸は、いよいよ眼光鋭い。
今や大陸でも有数の輸送業者となり、「誡央輸鬼」とまで言われるこの詞空肢、良い刀剣を安く、しかも即時、なるべく多数、と大得意の顧客に言われれ、何より時を得ているとならば、
(絶対に、納めてみせる。)
と、奮い起つのは当然であった。
太り肉の割にひどくなで肩で、黒い袍はそのだらしない姿形を強調するようにキツめに誂えてあったが、拳は堅く握り締められ、そこだけは力強い。
俺が自ら指揮したこの大輸送、一本も欠けさせぬ。この一日で二度の検品を行い、数量に間違いなし。
では質はどうか。
恐らく今、斐界で最も費用対効果の高きは、陸島の帆関国裁金で生産される刀であろう。裁金に近接する蒔舟の刀剣が、長らく最上品として穣界でも広く輸入されていたが、この所の戦争続きで品薄になったのと、単価が比較的低い割には切れ味の良い刀の生産が裁金で軌道に乗ったとの報らせを受け、詞空肢がこれを買い付けたものである。
ここでふいに、彼が眉間に深く皺を刻む。侍童二人は身を寄せたが、大きな堂内の冷え込みだけが原因ではあるまい。
(まあ、あの陸島女の方が、よっぽど穣界の情勢に通じておったがな。)
詞空肢の脳裏に、黒々した瞳を光らせる細身の女の姿態が浮かぶ。
「誡央輸鬼」詞空肢が買い付けの計画を立てると同時に、刀剣販売の話を持ち込んだ女性。
姓を歩島、名を莉紗衣と言う。
蒔舟・裁金の両産地を抑える陸島の諸侯、海道家の外商部門責任者であり、あまりにうってつけの商談であった。当然、大陸に届けられた裁金刀の質に問題のあろう筈はない。生産地からの直送だったのである。
つまりこの一万本は、質量とも今考え得る限り、最高の納品物と言えた。
(これで朦罠の目に敵わねば、この首を呉れてやっても、悔いは無い。)
何か、彼の腹の中が急に爽快に、楽になった。
詞空肢は、眉間の皺を少し緩めると、大堂の入口に誰かの気配を感じ、同時にそちらに足を踏み出す。
顧客、朦罠を迎えに出たのである。
素早く動いて入口を出、享手する。
「おお、『誡央輸鬼』が自ら出迎えとは、恐縮よ。」
紅い袍を着た朦罠が現れた。
背は一六七cm程だが、顔面を左上の生え際から右下の鰓まで分断する傷痕が、武骨な顔に壮絶な凄味を与え、近づきがたい威圧感がある。また、筋肉の盛り上がった肩は広く、今年で齢50になる筈だが身体にはいよいよ精気が漲っていた。
対して詞空肢は、手を揉み、だらしない肥満体を揺らしながら、最大限媚びた笑みを浮かべると、猫なで声で言う。
「うふふ、斜晃大将軍、この世紀の納品に立ち会わんでは、詞空肢は商人失格でございますよ。ささ、ブツは大堂に御座います。どうか、ご覧下さいませ。」
侍童が誘い、朦罠は大堂に足を向ける。
そして、
「おおう!」
堂に踏み入れるや否や、感嘆の声を上げた。
「詞空肢、これ全て相違ないな?」
「勿論。後程、晃軍支部の管財官に納品の検査をしっかりして頂きますが、陸島帆関国の産、裁金刀一万本に間違いません。」
通常であれば晃城城主であり、明州軍鎮の長である朦罠が見る前に、軍の管財官が一万本の間違いない納入について、数量や品質の検査をしっかりと行なっていなければならない。だが、兵備の緊急性と朦罠との仲、そして何よりこの一万本を並べた壮観は、検査の後ではなく、すぐにでも「斜晃将軍」に見てもらうことで視覚効果が高まるものだったことから、特別に城主の検視を先にしてもらったのである。当然、軍管財官には警共象を通じて、賄賂を掴ませてあった。
「そうか。これすべて裁金刀か。よし、これで今後の戦は全戦勝ちよ。のう、『誡央輸鬼』。」
「御意。美獣など、これで一蹴してくださいませ。」
「ふん。お前のような商人に簡単に言われると、いささか不安になるわ。商人には戦の難しさは分かるまい。ま、しかし、これは強力な兵備となるのう。あ、そうじゃ、裁金刀は安い割にとにかく良く斬れると聞くのだが。。。」
「おい、戎馨。あれを。」
詞空肢は、裁金刀一振と薄紙を取って来させ、
「朦罠様、よくご覧下さい。」
と言うが早いか、鞘から抜いた刀を侍童に持たせ、刃を上にすると、薄紙の両端を持って刃に触れさせた。
詞空肢は特に力を入れておらず、ふわ、と刃に落としただけだが、紙は両断された。
即、その刀剣を朦罠に手渡す。
「うむ。」
右手に高く掲げ、鋭利な刃紋を鑑定するように眺めると、斜めに走る顔面の傷痕をすぐに歪ませて、喜色満面となった。
「噂通りだな。この値段でこの出来は見事だ。まあ当然、蒔舟程ではないのだろうが。」
朦罠が言い終わる前に、戎馨がもう一振りの刀を素早く詞空肢に手渡した。
「歩島め、最高級の蒔舟刀も将軍に、とこれを。」
「なに?これを、わしにか。」
右手に裁金刀を持ったまま、左手に蒔舟刀を受け取り、顔が上気した。
詞空肢はしてやったりと笑顔を隠さず、にやけながら、
「これだけの発注を頂いて、あやつも私めも、これくらいさせて頂きませんと。それ程の大発注でございますれば。」
と揉み手を続ける。
朦罠はもう、裁金刀を供のものに渡し、すっかり蒔舟刀のとりことなって、
「見事、見事。やはり、蒔舟は素晴らしいのう。」
と、刀身に自らの顔を映して喜んだ。侍童の二人は、朦罠の供の者に裁金刀を抜け目なく配っている。
朦罠が詞空肢に向き直る。
「それしてもあの陸島女、大したものだな。また発注してやろう。」
「左様で。」
「それにお主の輸送も苦労であった。はるか陸島から、わずか二ヶ月で。これだけの武具をよくぞ。」
年甲斐もなく、飛び上がって喜びそうになったが、詞空肢は必死に耐えた。
「私が何故、『誡央輸鬼』と呼ばれておるのか。二万本でも運んで見せます。」
この言葉に侍童の警共象が思わず「ひっ」と声を上げた。
咄嗟に詞空肢は警を睨んだが、朦罠が大笑いし、
「うわはははっ。良い良い、此度の輸送がどれ程大変なことだったか、分かっている。わしが侍童でも、同じ気持ちとなるわ。詞空肢、決してこの子を叱るなよ。」
と、言ったから座はなごんだ。
暫く談義のあと、供のものに促され、朦罠は右手を上げた。もう大堂を出るのだ。塊協半軍の中枢にあり、将軍は多忙を極めている。
「また頼むぞ。」
この言葉に、詞空肢はまた飛び上がって喜びたかったが、まだ手は緩めぬ。
「ありがとうございます。今夜、朋歴亭でお待ちしております。」
詞空肢は深く辞儀し、見えはしないが朦罠が振り向いて、手を振っているのがわかった。
(商機を掴むは、商人なら当たり前。掴んだ後、どれだけ手放さぬかが肝腎よ。)
深く頭を垂れ続ける主人の横顔を見て、侍童二人がまた身を寄せ合い、震えている。大堂の床からしんしんと這い上がってくる冷気の為だけでは無いようである。
詞空肢は唇を堅く噛み、犬歯が突き立って、口から血が滴っていた。
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明州




