灰色の空、中原黄土を覆う
稿路吻は曇天を仰ぐ。
もう3年経つのにまだまだ雲が厚い。
一応夏だから袖無しの上衣で畠に出てきたが、少し肌寒く、後悔している。もうそろそろ正午なのだが。
「コウリャンも麦もまた不作だ。9月はほとんど収穫できんぞ。」
同じように口を開けて空を見あげる村人たちに、稿路吻のがらがら声が届く。
眞暦1796年8月。秦州東部の村、稿匿は他の土地と同じように三年来の不作が、この夏、確定的となった。
秦州は、八百年程前まで存在した穎という古代帝国の発祥地にもなった場所で、比較的豊かな土地である。穣河の北岸で氾濫は多かったが、そのおかげで大地は肥沃で、水はけが良く、疫病等も流行りにくい。すでに生産力は楽河流域に超えられて久しいが、それでも「中原」と言えばまだ穣界であり、この秦州は穣界の中心なのである。
「ホントに不作なのか、稿路吻。困るでねえか。」
「爺さん、見りゃ分かるだろう。何年農作をしているんだ。」
稿路吻は、やつれて骨ばっている爺さんを睨みつけた。
彼は村では数少ない壮年だ。
不作と世の乱れで、働き盛りの年代は、農作を見限ったり、戦争に駆り出されたり、賊に身を投じたりで、極端に減っている。
稿路吻たちにとっては、ここが中原だろうが、何だろうが関係ない。コウリャンも、麦も、至る所で枯れている。
別のぽっちゃりした背の低い爺さんが、惚けた顔で呟いた。
「これだけ陽が出ねえんだ、不作になって当然じゃ。」
「そうだ爺さん、その通り。三年前にな、陸島の武界にある黄翼山というのが噴火したんだと。」
稿路吻が大声で自慢げに言う。
「陸島?小さな島だろう。そんなとこに火を噴く山なぞあるんか。」
「有るんだと。なんでも陸島の一番南の端っこにある、恐ろしい火山らしい。とてつもない灰を吹き上げて、斐界全体の空を覆ったらしい。」
「それでこの三年間、曇りばかりなんか。」
どうも、太鼓腹の爺さんは物分りが良いようだ。
その一方で、やつれた爺さんが湿った口調で愚痴り出す。
「で、どうするんじゃ。どうせ今年も増税だろう。いよいよ飢えるでねえか。」
「いいか爺さんよ。さっき俺が言ったことを思い出せ。陸島の火山が噴火して三年だぞ。へっくし!」
やはり袖無しだと、ちと寒い。
「大丈夫か。」
「くっそ。冷夏のせいで風邪引いちまう。えーと、あのな。幾らその陸島の火山が凄くてもよお。さすがに四年はねえだろ。」
「じゃあ。今年さえ我慢すりゃ、来年あたりから上向くかもしんねえのか。」
「さっすが爺さん。前向きだな。そういうこと。」
稿路吻は我が意を得たり、と太鼓腹の爺さんの肩をパンパン叩いた。
一方、やつれた爺さんはいよいよ愚痴っぽい。
「と、言ってもよお。今年が乗り切れる分からんぞ。また盗賊が来たら、今度こそ村は終わりだ。」
「爺さん、まずその盗賊団から自分の子供を呼び戻せ。愚痴を言うのはその後にしな。へっくし!」
稿路吻の口から噴き出した飛沫が、やつれた爺さんの顔へ、まともにかかった。
灰色の空の下、所々黒く枯れている稿匿村の畑に、乾いた笑い声が響いた。
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秦州