特に意味のない自問自答
────どうしてこうなった?
目の前に広がる赤、朱、紅。それは紛れもなく誰かの血で、そして疑うまでもなく俺の血で。この六面体の空間を塗り潰している赤い液体は『俺の足元で倒れている俺』から流れ出ているものだ。足元の俺は体のあらゆるところを黒く焦がしながら、苦悶に満ちた表情で息絶えている。しゃがみこんで頬をなでてみると、炭の様な匂いがした。こいつは俺だ。俺が俺を間違える筈がない。
ならば、その死体を眺めている、生きている俺は何者だ?
俺は確かに生きている。爪を立ててみてもこの珍妙な風景から脱出できる様子はない。つまり、ここには生きている俺と死んでいる俺が同時に存在しているのだ。これは一体どういうことだ。
ドッペルギャンガー? それならば理屈は通りそうだが、あいにくと俺にはこれと出会った記憶がない。気がついた時には、俺の目の前で俺が倒れていたんだ。挨拶を交わした記憶も、殺しあったような記憶もない。なにより俺はそんな非科学的なものは信じていない。
もしかしたら俺が自分だと勘違いしているだけの、俺によく似た赤の他人だろうか。それも随分と考えづらいが、ドッペルギャンガーなんかよりは遥かにマシだ。もしそうなら彼にもれっきとした名前があるのだろう。遺品を漁るのはあまり気乗りしないが少しまさぐらせてもらおう。流石に名刺か運転免許証くらいは持っているはずだ。焦げ臭いジーパンのポケットから財布を探す。傍から見れば盗人の類に見えてしまうのだろうが背に腹は変えられん。
しばらく漁っていると、俺のものによく似た革財布が見つかった。まさかこんなところまで同じとは、偶然とは恐ろしいものである。そう自分を誤魔化そうとしていたが、保険証を見てまでそれを演じることはできなかった。
保険証に書いてあるのは見間違えようもなく自分の名前。財布の中の小銭の数も私のものと一寸たりとも違わない。自分の財布を取り出して確認するが、カードの位置も、小銭も紙幣も全くもって同じである。
どういうことだ。俺は確かにここにいる。どちらかが偽者なのだとしたら、それは絶対に相手の方であるはずだ。当たり前だ。俺にはここに来る前までの記憶がちゃんとあるのだから。
そうか、俺が偽者のはずがないのなら、こいつがニセモノに決まっている。きっと俺を殺して成り代わろうとして、雷に打たれたのだ。天罰で死んだのだ。それなら、俺が気に病む必要などどこにあろうか。早くに家に帰ろう。家に帰ってコーヒーを飲んで新聞を読んだあとに寝よう。
明日から仕事だってあるのだから。
読んでいただきありがとうごさいます。
後日談も実は〜もなく、これで完結です。
彼の正体を知りたい人は、スワンプマンで検索されればなんとなくわかってもらえると思います。