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フラグ

どこまでも続いていそうな海岸線を二人は潮風に吹かれて歩いていた。

片方はTシャツに制服のズボンで、もう片方はぶかぶかのワイシャツで…正直ださいというレベルをはるかに超えている。

ここら辺に美味しいお店があるから!西宮がそう言ってからもう結構歩いているのだが、一体いつまで歩くのだろうか。


「西宮、これってどこに向かってるの?」


「んー……もう少しで着く、はず」


それさっきも聞いたよ、そう返そうとして止める。この台詞も先程言った気がする。

それにしても寒い。太陽はあれだけ輝いているのに、やはり先ほどから吹きつける風が原因か。

俺の仕草からそれに気づいたのか、彼女は少し顔を曇らせる。


「もしかしてちょっと寒い?」


「まあ多少はね。太陽が出てるからまだ大丈夫だけど雨だったら即死だったぜ」


ああ今のはフラグかもしれないな、なんて考える間も無く突然に暗雲が青空を覆った。





「いやあ、雨に降られちゃいましたね」


「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


全身の力が一気に抜けソファに体を預ける。ここはとあるファミレスだ。

大雨に降られて二人ともずぶ濡れだった。ワイシャツを着ている彼女にちょっとだけ期待もしたが中にインナーを着ているらしく、期待したものは透けていない。これじゃあ降られ損だ。

そんなわけでしばらくここで雨が止むのを待つことにしたのだが、どうせならシラスとか食べたかったな、みたいなことを考える。

そんな考えが顔に出ていたのか彼女は苦笑する。


「でもさー、高校では今頃外体育だったわけじゃん?グラウンド使えないとなったらつまらない保健体育の授業を受けることになってたわけだよ」


「お前…せっかく忘れてた高校のこと思い出させるなよ」


嫌なことを思い出してテーブルに突っ伏す。

既に手は打ってある故後日サボったことがバレるのは大丈夫のはずだ。

しかし問題はまだ残っている。それを話し合うため体を起こす。


「そういえばさ、俺と西宮が一緒に何処かをほっつき歩いてるってバレたら面倒臭いことにならないか」


「そりゃなるだろうね」


随分とあっさりしてるな、こんなことをくよくよと悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。そんなことを思って再びテーブルに体を預ける。


「いやいや!『そりゃなるだろうね』じゃなくて!うちの高校は校則厳しいから手を打たなきゃ停学食らうぞ!」


「そんなこと言っても過ぎたことは仕方ないよ。ほら、飴あげるから落ち着きな」


西宮はそう言うと目の前に飴を投げた。机に突っ伏した状態のままそれを口に運ぶ。

先ほどの徒歩移動や大雨の疲れを吹き飛ばすような甘みが口の中に広がる。

飴の色を見ていなかったのでよく分からないがおそらくイチゴ味だ。あの何とも言えない風味が鼻から抜けて行く。


「いやいやいや!飴食べてる場合じゃないって………あれ、いない?」


向かいの座席を見るも誰も座っていなかった。もしかして夢から覚めたのか、そう思ったその時唐突に後ろから声が聞こえる。


「私ならここにいるよ。はいこれ、コーラのメロンソーダ割り」


「ただ炭酸飲料二つを混ぜただけじゃねーか。てかお前のはなんで普通の烏龍茶なんだよ」


「私は炭酸飲めないから奈央君ので遊ぼうかなって」


そんなことを話していると彼女の注文した料理が届いた。

諦めて西宮特製ジュースを飲むも案外美味しいのがなんだか悔しい。

それが顔に出たのか西宮がしたり顔をしてくる。


「いやいやいやいや!ジュースとか飲んでる場合じゃなくて、クラスにいる風紀委員のあの女の耳に入ったら超面倒臭いぞ」


「大丈夫だって、あの人は女子に優しいから」


「俺が大丈夫じゃないんだよ………まあ俺は俺で手を打ってあるから、一緒に江ノ島に行ったとか言うのはお互い無しにしよう」


「何で言っちゃダメなの?」


「何でって、俺の打った一手が無駄になるからだよ。それに自ら事をややこしくするのはアホくさいだろ」


そう言うと西宮はムッとした顔になってパスタを食べ始める。

地雷を踏んで気まずい空気になりかけた時、タイミング良く俺の頼んだピザが届いた。

それを綺麗に切り分けいざ食べようとした時、不意に彼女のの手がこちらへと伸びる。


「それ俺のだぞ」


「いーじゃん別に、奈央君バイトやってるからお金持ちなんでしょ」


チクっちゃうぞーと彼女は攻撃的な笑みを浮かべた。俺は両手を上げて降参のポーズを取る。

うちの高校はバイト禁止なのだ。生徒がよくこの件で指導室に呼び出されて絞られている。

俺の場合は在宅で、クラスの誰にもそのことを話さないという徹底ぶりで未だに高校側にはバレていなかった。

まあこれは現実での話だがこちらでもそれは同じらしい。

しかし何故西宮はそれを知っているのだ?そんな素朴な質問が浮かぶも彼女の機嫌も直ったことだしと思考を放棄する。

女心と秋の空と言うが、春の空もこの位ころっと変わってくれないかな、窓の外に広がる曇天にそんなことを願う。




一時間後、願いが叶ったのかあれほど降っていた雨が嘘のように晴れていた。

雨上がりの湿ったアスファルトの匂いは電車の走行音が満ちる電車の中にまで広がり、ただの日常を少しだけ非日常に変えてくれる。

これだから雨上がりは好きなんだ。

しかし隣に座る西宮は少しだけ不満げである。


「なんかすぐに晴れちゃったねー」


「なんでちょっと残念そうなんだよ」


「私は雨を眺めるのが好きなの」


雨に濡れるのは嫌だけどね、と彼女は小さな肩をすくめる。あいかわらず彼女の考えはよく分からない。

雨粒がほのかに橙色に染まった陽光を反射して何でもない町を光り輝かせる、そんな景色が車窓から見えた。


「ねえねえ、なんで窓の外ずっと見てるの?ねえってば」


「うるさいなあ、正しい電車の楽しみ方をしているだけだろ」


「でもさ、私という存在が隣にありながらずっと窓の外を見てるってのは如何なものなの?じんわり湿ったワイシャツから何か透けるかもよ?」


「いきなり何言い出すかと思えば…その下にインナー着てるだろ。そんなつまらない物見たってしょうがないね」


「つまらないとは何よ!てかいつこの下を見たのよ!」


先ほどのファミレスで思いっきり透けてましたよとも言えず窓の外に意識を逃がす。そういえば行きの電車でもこんなやり取りをした気がする。

しばらく外を眺めていると景色は見慣れた街並みへと戻っていく。非日常の時間はもう終わり、そう告げられているようだ。

西宮も同じように現実に引き戻されたのかこんなことを聞いてきた。


「ねえ、明日はどうする?」


「うーん………流石に明日は学校に行くかな」


そんな答えを聞いて彼女はクスクスと笑う。


「そういえばさ、西宮はわざわざサボるためにタオルとか用意してたけどもし俺がサボらないって言ってたらどうしたの?」


不意に浮かんだ疑問を彼女に問う。

彼女は一瞬驚いた表情を浮かべるもすぐに元に戻る。


「そんなことは考えてなかったかな…奈央君が行かないなんて言うわけないと思ってたから」


そう言う彼女の顔は何故か赤くなっていき、別に一緒に行けなかったら一人でサボるだけだし、と言ってしまいには顔を背けてしまった。

相変わらず後先考えてないのか、そんなことを感じてか自分の口角が無意識に上がった。

その姿を見た西宮が嬉しそうな、安堵したような表情を浮かべた。


「奈央君久々に笑ったね」


「そんなに久々かな?心の中にある楽しさメーターは久々に振り切ってたけど」


「いや、笑うのは久々だね。行きの電車で窓の外を見てニヤニヤしてただけじゃん」


なんだか悪意を感じる発言に上がっていた口角が再び直線になる。それに俺は浜辺に着いた時に自虐的にだが笑ってたはずだ。


「でも良かった。喋るには喋るけどずっと仏頂面だったから楽しくなかったのかなって心配だったんだよ?」


だから西宮は昼間にあんな質問をしたのか。

彼女も気を使うのかと思ったがそういえば彼女はもう高校生だ。幼き日の彼女とはまた違う。

そんなことを話していると車内にアナウンスが響く。どうやら駅に辿り着くようだ。

充実した一日だったな、そんなことを思い大きな伸びをして席を立ち、扉の前に移る。

ガタガタと音を立てて扉が開き、いざ降りようとしたその時、二人の足が不意に止まる。

扉の前にいたのは、ファミレスで話していた例の風紀委員だった。



海終わり

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