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蒼い春

新学年となって早数日、いつも一人で歩いていた通学路を、今は二人で歩いていた。

最初は違和感だらけだった。

12年も会っていなかったはずの西宮は何事もなかったかのように俺に接してくるのだ。

それだけではない。通学路にも、教室にも、何処にもいなかったはずの西宮がまるで最初からいたかのように馴染んでいるのだ。

そんな彼女のおかげか、俺の周りにいた数少ない友達も若干ながら増えていた、とはいっても3、4人から5、6人くらいにだが。

だがそんな違和感にもすぐに慣れた。何故だかその違和感が心地良かった。

心に空いた穴を、俺の青春に空いた穴を、ジワジワと埋めていくような、そんな感じ。

ん?これじゃあ俺がこんな日常を望んでいたみたいじゃないか、と心の何処かで反論が吹き上がる。

それが強がりだということは分かっている。自分自身が過ごした空っぽの高校生活もまあまあ楽しかったぞ、そんな感じの強がりだ。

現実に戻れる方法が分からない今、ただこの日々を楽しむ他ない。


「ねえ奈央君、今日はどうする?」


ある日の朝、いつも通り一緒に登校していると不意に西宮はそんなことを言った。

朝から意味分からないことをという考えをそのまま言葉にする。


「どうするって…そりゃ高校に行くに決まってるだろ」


「そういうこと言ってるんじゃなくてさー、この場面では学校なんてサボろうってことでしょ」


真面目君か!と鞄を思いっきり叩かれる。

真面目とかじゃなくて登校日なら学校に行かないと出席がつかないだろ、とは思うが俺は一応院生だ。理論もクソもない詰め込み式の授業をサボるのも悪くない。


「しかしサボるにしても何処に行くんだ?というかこの格好でサボったら色々とまずいんじゃないか?一回家に帰って私服に着替えて、それから行き先を決めた方が良いと思うんだけど」


「それじゃあサボりじゃなくて只の旅行じゃん!奈央君はサボりのサの字も分かってないね」


「でもどうせサボるなら心置き無くサボりたいだろ?安心して羽を伸ばせるように予め手を打ってリスクを避けることも大事だぞ」


「背徳感の中で自由を満喫するからサボりなの。最初から自由なら休みの日でもいいじゃん」


西宮はそう言うと無意味にクルクルと回転した。

西宮の後先考えない性格だけは昔から変わっていないんだな、今のやりとりでそう感じた。

そんな彼女は緩やかに止まると俺に問いかける。


「それで、サボる?それとも休む?」


今の彼女にはどちらにしろ学校に行く気は無いみたいだ。

それなら選ぶ回答はただ一つ。




そんなわけで人生で初めて高校をサボった。

高校の前を通って駅へと向かう時には心臓が破裂するかと思ったがやってしまえばそうでもない。

都心とは逆方向へ向かう車内は通勤ラッシュも終わっていたため二人以外誰も乗っていない。

そんな電車の中には春の柔らかい日光が差し込み、何処かノスタルジックな雰囲気が漂っていた。

独特の匂いを放つ紫色の長椅子の端に、二人並んで座っている。

車窓からは見える景色は繁華街から住宅街へ、住宅街から田畑へと忙しなく移り変わっていく。

その中で桜だけは、どこでも変わらずに淡く輝いていた。

なんだか時間を遡っているみたいだな、ふと思い浮かんだそんな考えがツボにはまったのか、口元から笑みがこぼれた。

しかしそんなささやかな楽しみを邪魔する者がいた。


「ねえねえ、なんで窓の外ずっと見てるの?ねえってば」


「うるさいなあ、正しい電車の楽しみ方をしているだけだろ」


「でもさ、私という存在が隣にありながらずっと窓の外を見てるってのは如何なものなの?ガラガラの電車の中に高校生が二人、それも並んで座ってるんだよ?」


「……………制服を見ると高校のことを思い出すからなるべく窓の外を見てたんだよ」


このヘタレ!という西宮の叫びを無視して再び窓から見える風景へと浸っていく。だが遂に思考の世界へとのめり込むことはなかった。

彼女の姿がガラスの反射越しに視界に入ってきて集中できないのだ。

振り返ってみると西宮は俺の気を引くためかつり革に捕まってぶらぶらと揺れていた。


「子供じゃあるまいしそんな猿みたいな真似やめとけよ」


控えめに注意すると西宮は子供じゃないし!と怒って再び俺の隣に座った。

話しかけようとするもそれきり彼女はそっぽを向いてしまった。

そうなるなら隣に座らなきゃいいのに、そう言いかけてやめる。再び地雷を踏むわけにいかない。

しかしこの電車は一体何処へ向かうのだろうか。

この街、というより最寄りの駅には私鉄とJRの二本が入っている。

普段、大学に行く時はJRの方を使っていたのだが、今日は勢いに任せて私鉄に乗ってしまったため終点はおろかどの方面へと走っているかも分からない。

西宮に聞こうと思ったがこの様子じゃ答えてくれなさそうなので仕方なく席を立ち路線図を確認する。


「んん?線路が二股に分かれてるぞこれ。おお、よく見ると三股、四股になってるのか……結局どこへ行くんだ?」


独り暮らしの癖でつい独り言が口から漏れる。

するといつの間にか後ろに立っていた西宮が親切にもその独り言に答えてくれる。


「江ノ島行きってさっき車内放送でも流れてたでしょ。その路線図でいうと下の方だね」


江ノ島、確か観光地だったか、しらすが美味しいんだよな、と夏にテレビのニュースで時たま流れる映像を思い浮かべる。

モンサンミッシェルみたいな感じの島が海に浮かんでいるとかそんなだった気がする。

しかし春先に海か、春眠暁を覚えずと言うし潮風の中で昼寝とかできたらいいな、そんなことを考えていると終点に辿り着いた。


「えっ、もう終点?早くないか?」


「もう終点?って…これ急行だから速いに決まってるでしょ」


「でも海とか見えなかったんだけど」


「すごい難しそうな顔して路線図睨みつけてたもんね。そりゃ見えるわけないよ」


西宮はそう言うと鞄を持ってさっさと電車を降りてしまった。

慌てて彼女について行き、駅を出た。

海辺だからか春の陽光のくせにやたらと肌に刺さってくる。こういう時は少しくらい曇り空でもいいんだぞ、と見渡す限りの蒼穹に無茶な願いをかける。

平日だからか思っていたより人は少なく、むしろガラガラといってもいい程だった。

しかし西宮に手を引っ張られ、そんな風景を楽しむことなく海へと連れて行かれる。

こいつには旅路の途中を楽しむという気持ちはないのだろうか、いや俺たちはサボっているんだったな、そんなどうでもいいことが脳裏をよぎる。





「見て見て!海だよ海!水平線がどこまでも続いてる!」


砂浜に着くなり西宮のテンションはこんな感じだった。

彼女はその喜びを全身で表現していた。

ここまでは喜んでくれるとリスクを冒してまで一緒についてきた甲斐がある。

しかし一つだけ疑問が残る。


「でもさ、海に来たはいいけどどうするの?今の俺たちにできることといえば新鮮な魚介類を食べるか寝るかだぞ」


俺のその疑問に彼女は不気味な笑いで答えた。


「フッフッフ…甘いぞ奈央君…この制服の下は水着なのだよ!」


そう言うと西宮は制服をアニメのようにバッと…はいかず、もたもたと脱ぎ始めた。

計画的犯行かよ!とツッコミを入れる間にも彼女はブレザー、ネクタイ、ワイシャツと脱いでいく。

そしてスカートに手を掛けたところでふと動作を止め、先ほどとは違う何処か攻撃的な笑いを浮かべた。


「なーにじっと見てるのよ」


気づけば俺の目線は西宮の女性らしい肢体に釘付けになっていた。

だがこれはあくまで記憶の中の彼女の容姿とかけ離れていたのでその成長っぷりに改めて驚いているというだけで別にそういった視線で見ているわけではないのだ。と言っても信用してくれないだろう、少しでも傷を浅くするよう守りに徹する他ない。


「な、なんだよ!電車の中では私のこと見てとか言ってたじゃんか!」


必死に反論をするも自分の顔が熱くなっているのが分かる。

それを改めて思い知らせるかのように西宮は頬に手のひらを当ててきた。

その白い手はほのかに冷たく、火照った顔に心地よかった。


「奈央君は普段から森羅万象全てに興味無さそうな態度とってたけどやっぱり年相応だね」


「うるさい、泳ぐならさっさと泳いでこいよ。俺はここで眺めてるから」


やっぱり私のことを見るのか、とおどけた態度を見せて海辺へと走っていった。

俺は一つ、大きなため息をついて脱ぎ捨てられた彼女の制服を綺麗にたたみ、流木の上に座る。

閑散とした海を、白い水着を着た西宮は子供のように泳いでいた。その姿を俺はぼーっと眺める。彼女に直接は言えないが、やはり彼女の胸は大きいかもしれない。

他人からすれば何でもないような時間がここを流れていた。

その時間が俺のくすんだ記憶に鮮やかに色をつけていくような、そんな感じがした。

ずっとこのままこうしていたいな、心の底からそう思った。

勿論このままではいけないことは分かっている。

ここはあくまでも現実ではない。ここは謎の穴に繋がる何処か別の世界だ。本当の世界では、俺のそばに西宮奈緒はいない。

だが今は、今だけは、この世界に浸っていたい。何よりそれこそが西宮奈緒の願いである、そんな気がするのだ。

我ながら随分と自己中心的な考えだな、自虐的に笑ってしまう。

そんな俺を見て、彼女はどこか的外れな笑みを投げかけてきた。

やっと4部ですね

どのくらいのペースで投稿すべきなのか、どのくらいの文字数がいいのか、全然わかりません

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