【襲撃(ゲイゲキ)その弐】
巳禮の全身は硬直し空中で静止していた。【顎】の刃も【駒】の頭部まで、あと数センチのところで止まっていた。
「そ、そんな、これって……ッ?!」
背後から聞こえた愛華の声に、巳禮はこれが想定外の事態だと察する。
『では2名様、ご案内致しますわねー』
再び聞こえる声。巳禮は奇妙な引っ掛かりを覚えた。この声、どこかで――
――グン……ッ
停止していた巳禮の身体が上昇を始める。振り下ろしかけの【顎】が巳禮の意思を無視して肩の上へと戻る。抗えぬ力で巻き戻されるように巳禮は背中から門へと再突入する。
暗く冷え切った野外から、再び風のない屋内へ。が、巳禮は強い違和感を覚えた。魔法円の部屋とは空気も明るさも違う。
爪先まで門を抜け切った途端、浮遊感が失われる。片膝を着いて着地した巳禮は違和感が勘違いでないことを確信した。足下の床は古びてざらついたレンガではなく、真新しく滑らかなフローリング床だった。薄緑色に輝く塗料で描かれた紋様は、愛華の描いた魔法円に輪をかけて緻密であり、奇怪な見た目をしている。
「ミライッ!!」
愛華が叫び、巳禮の真横に駆け寄ってくる。
「大丈夫?! 無事?!」
無事だと答え、巳禮は何が起きたと問う。
「く、詳しくは…… でも、転移の魔術に割り込まれて制御を奪われたみたいなの……!」
巳禮の顔に焦りが浮ぶ。【顎】を正眼に構え周囲を探る。が、酷く暗く見通しが利かない。巳禮は周囲の状況を教えるよう、愛華を促す。
「え、えと。私達を中心に天井まで続くぶっとい柱が四本あるわ。それ以外にも、大人の背くらいの柱がいくつも」
闇を見通す愛華が告げた特徴ある情景。巳禮は眉間に皺を寄せ、続けて質問する。柱に何か飾られていないか、と。
「え? ええ、どこも彼処も妙な画が掛けられているけど。どうして?」
どうしても何も、思い当たる場所を最近訪れた――そう答えかけて、巳禮はハッと身構える。答える機会は失われた。闇の奥から舐めるような視線が、巳禮と愛華へ向けられている。
愛華が音を立てて息を飲んだ。その手は細かく震えている。闇を見通せることが、逆に彼女を追い詰めているようだった。
――コツ…… コツ……
固い足音と共に何者かが近づいてくる。
徐々に眼が暗闇に慣れ始めた巳禮は、迫る存在の輪郭を捉えた。
床にまで伸びる紺を基調としたローブで全身を覆い、フードと目元を隠す純白の仮面で素顔を隠した者がゆっくりとした歩調で一歩、また一歩と間を詰めてくる。
「転移魔術で私の手駒へと奇襲を試みるなんて。流石に無謀が過ぎますわよ」
仮面は厚ぼったいローブの隙間から細腕を出し、ちっちと人差し指を振る。
「だって、あなたの使ったあの術は、私が200年前に取り込んだ魔術師が生み出したものですもの。ほんの少し頑張れば、転移先の変更など容易いですわ」
笑みを浮かべた口元から白い歯がチラリと覗く。愛華の歯に似た人とは違う鋭利な牙だった。
愛華の頬を汗が伝う。極度の緊張が彼女を襲っているのは明らか、それでも、愛華は眼前に現れた敵の名を、はっきりと口にする。
「メルディーナ……!」
睨みつける愛華に対し、メルディーナは親しげに小さく手を振った。
「ごきげんよう。愛華さん。それと――」
仮面越しのメルディーナの視線が、愛華の隣に立つ巳禮へと向けられ――
「あら?」
メルディーナは首を傾げる。巳禮は既にメルディーナの眼前で、【顎】を振りつつあった。
愛華の口がメルディーナの名を洩らした瞬間、巳禮は音も無く間を詰めていた。
【顎】の間合い、腰に構えた重厚な刃が斜め上に跳ね上がる。隙だらけのメルディーナの首を殺意に塗れた凶刃が襲う。
――ガギィインッッ……!
鋼を撃つ音に、巳禮の表情が歪む。必殺の一撃はメルディーナの背後から肩越しに伸びた、黒い槍に防がれた。
「あらあら、随分とせっかちな方ですわね」
態とらしく驚いて見せたメルディーナの背後には、水晶の身体を持つ化物――手駒が控えていた。頭部の形状は屋敷で見た無貌の球形ではなく目玉の着いた王冠。血走った単眼がギョロリと巳禮を睨み下ろす。
「ミライッ! 下がってッ!」
愛華の叫ぶと同時に巳禮が身を翻す。次の瞬間、彼の立っていた地点を左右から、分厚い鋼板が挟み込み重低音を響かせた。大盾を持った手駒が二体、圧殺を逃れた巳禮へと向き直る。それぞれ片手に棘付きの棍棒を持ち、縦に割れた楕円体の頭部を無音で開閉させている。盾を構える二体の手駒の陰から、メルディーナの緊張感の欠片もない声が響く。
「ミライ? ええと、どこかで聞いたような……」
その間にも新しい手駒が二体現れる。馬を頭蓋を模った頭の【駒】は、鋸状の大剣を構え巳禮と愛華へ猛然と迫った。
「【鬣】ッ!」
愛華の燃え盛る長髪が灼熱と化し、巳禮を越して手駒二体を迎え討つ。
だが、手駒にダメージはない。動きを鈍らせながらも、それぞれの大剣が炎を払う。剛腕をもって薙がれ、紅蓮の津波は掻き消えた――が、その裏には【顎】を構え身を屈めて滑り込む巳禮の姿。手駒が返す刃を走らせるよりも速く、巳禮は旋転し、地を這う刃が手駒二体の足首を左右片方ずつ斬り抜けた。
支えを失いバランスを傾く二体、その胴へ更に半回転した巳禮が一刀の元に両断する。
「あらまあ、凄いですわ」
二つの盾の隙間から覗いていたメルディーナが他人事のように歓声を上げた。
巳禮は止まらない。ほとんど這うような体勢から、流れるように走りへと移行し、盾持ちの二体へと正面から肉薄する。
巳禮は並列する二体のうち左へと、盾に構わず大上段から振り下ろす。鋼が克ち合い、轟音と火花が撒き散る。
動きの止まった巳禮へ、右の手駒が鈍器を振り上げる。が、その腕へと蛇の如くうねる炎が撒きついた。
「……【鬣】ッ!」
髪の炎を限界まで収束させた業火の鞭が、手駒の腕の自由を奪い、関節を稼動範囲外に捻じ曲げる。
一方、盾で【顎】を受けた左の手駒は、克ち合わせまま鈍器を逆手に持ち替えた。体格さを利用し、盾の上から巳禮の肩口を狙う――だが、遅い。盾で受け止めた時点で、巳禮の剣技に嵌っている。
一見、無策で打ち込んだ大上段は、盾に込められていた魔術的保護を斬り断ち、盾そのものにも微細な亀裂を生じさせた。【顎】の刃に触れた瞬間、盾に込められた魔術による補強は火花となって散り、盾には微細な傷が生じた。
肉眼では目視不可能な極々僅かな損傷。だが、巳禮は刀身から指先に伝わる反響で、その存在を認識し、見えぬ隙間に刃を寸分違わず垂直に立てる。
臓腑を圧し絞る無言の気合。衣服の内で腹筋が深く割れ、背筋は亀の甲ごとく隆起、腕は爆ぜんばかりに膨れ上がる。上半身の筋力を余すとこなく総動員した万力が、機械じみた正確さで刃を傷へと圧し込む。
刹那、鋼が鋼をへし斬り、押し入った刃が手駒を盾ごと、頭から胴まで両断する。
痙攣する手駒の胴へ、巳禮は左腕で掌打を打ち突き飛ばす。同時に【顎】を引き抜き、隣で動きを封じられている手駒へと刃を振るう。狙いは盾を持つ腕、【顎】は肘関節を正確に抜けた。
盾を持った腕を失い、火炎流の鞭に自由を奪われていた手駒は、突然片側が軽くなったことで体勢を崩した。すかさず愛華が跳躍する。
「でやああああァ!!」
愛華は炎で手駒の腕を絡めたまま胸から直剣と曲刀を抜き出し、やたら滅多らに斬りつける。得物の用途も刃筋も無視した完全な力技。欠けた端から投げ捨て、新たな剣を取り出し殴るように斬り刻む。合計十二振りの刀剣をもって手駒は無残な最後を遂げた。
愛華が乱れ斬る間に、巳禮は最後の一体である王冠頭の手駒と刃を交していた。
一回り巨体の手駒から繰り出される怒涛の連撃を、巳禮は避けては弾き、受けては捌き、間合いを狭める。完全にはやり過ごせなかった凶刃が、肩を浅く切り血肉を散らす。
だが、巳禮の眼に恐怖はない。邁進する。ひたすらに邁進し続ける。
手駒は槍の優位な間を保つため、幾度も後退を余儀なくされた。単眼が一瞬、回転し周囲を確認した。このまま下がり続ければ、手駒は天井に続く柱の一つへと追い込まれる。手駒が真後ろではなく斜め後方へと足を引く――巳禮はそれを見逃さない。
巳禮は自ら身体を傾けて倒れこみ、全身をバネにし低く遠くへと跳躍する。【顎】の柄元ギリギリをを片手で握り、腕を限界まで伸ばす。二の太刀はおろか、外せば死に体の体勢で薙がれた【顎】は、引きが僅かに遅れた手駒の右手の甲を両断し、さらに槍の柄を弾き上げた。巳禮は背中から床へと倒れこむ。
手駒の頭部、王冠の眼球が痙攣し、目まぐるしく黒目を蠢かした。明らかな苦悶を示しながらも手駒は左腕一本で槍を取り回し、まだ体勢を直し切ってはいない片膝立ちの巳禮へと突き下ろす。
だが、所詮は苦し紛れ速度も力も言うに及ばす、巳禮は構えた【顎】で打ち払い、片膝から立ち上がる所作で、返す刀を加速させ胴を抜く。
真一文字に斬られ、最後の手駒は倒れて沈んだ。
「ミライっ! 大丈夫?!」
駆け寄る愛華。巳禮は【顎】を構えたま、問題ないと返事をする。
メルディーナを取りかんでいた五体の手駒、全て倒した。残るは本丸のみ――が、メルディーナの姿が、ない。
つい先程まで余裕の態度で、巳禮と愛華の戦いを観戦していた敵がいつの間にか消えている。
巳禮は奥歯を噛み締め、駆け出そうとする。その肩に手が掛かった。
「待ってミライ。メルディーナは逃げていないわ」
振り返る巳禮に、彼女は指をさす。
「ほら、あそこ」
愛華が示す先、そこには――愛華が倒れていた。
巳禮が振り返る。彼の肩に触れている愛華はぺロリと舌を出し、『緑色』の瞳でウインクする。
「捕まえましたわ♪」
刹那、巳禮の身体に電流のような痺れが回る。
「はい♪」
掛け声と共に、巳禮は大きく弾き飛ばされ、床に伏している愛華の横へと倒れた。
巳禮に痛みはなかった。だが、同時に身体から感覚も失われていた。身体に力を入れることができない。
「ミ、ラ、イ……」
愛華が呻く。彼女も巳禮と同じく自由を奪われていた。
「♪」
愛華の姿をしたソレが、両手を合わせて満面の笑みを浮かべる。
「ふふ、ごめんなさい。本当はもっと派手で。奇抜で。鮮烈なこれぞ超魔術といった風なモノで歓迎してあげたかったのですけど」
偽物はつかつかと歩き、二人へと近づいていく。
「私は明日、一世一代の大魔術を控えていますの。流石に少しは節約しなければならないのですわ」
一歩、また一歩と踏み出す度に身体のあちこちから蛍色の光が散り、徐々に本当の姿へと戻っていく。
「セコい魔術でだまし討ち、許してくださいな」
横たわる二人の頭を踏める距離にまで近づいたとき、メルディーナはローブと仮面を着けた姿へと完全に回帰していた。
眼を血走らせ睨み上げる巳禮に、メルディーナは「恐いですわ♪」と呟いた後、小首を傾げた。
「んーでも、愛華さんはともかく、どうして貴方が私を襲うのかしら、ミライくん?」
しゃがみ込み、メルディーナは巳禮の頭へと手を乗せる。拒否権などない。されるがまま、巳禮はくしくしと短い髪を撫で回される。
「お姉さんショックですわ。この前に会った時は、ちょっと可愛いかもと思ったのに。こんな乱暴者でしたなんて」
屈辱に歪んでいた巳禮の顔が、メルディーナの発言に硬直する。彼女の口ぶりはまるで已然、顔を合わせたことがあるような言い草だった。
「まあ、なんにせよ誰にせよ、ダーリンには及ばないですけど♪」
瞬間、巳禮の脳裏に稲妻が走る。転移の瞬間に感じた違和感、これまでの喋り方、態度、
雰囲気、今の発言。
巳禮は覚えていた。一分あるかないかの邂逅で、それでも十二分に印象を付けられたある女性の顔が浮ぶ。
巳禮の中で生まれる仮説。だが、偶然にも程がある。それにもし、この仮説が正しければ、彼女と共にいたあの男は一体――巳禮の動揺は目に現れ、メルディーナはそれを見て取った。
「あら、私のこと思い出していただけたかしら。それとも、お洒落な仮面が邪魔でまだ全然ですか? ふふふ」
混乱する巳禮の鼻先をつんつんと指先で弄り、メルディーナは微笑む。
「やれやれ、悪ふざけも大概にせんか」
唐突に、呆れ混じりの静かな声が響いた。
「仮面舞踏会でもあるまいに、顔を隠し続けるのは失礼だろう」
メルディーナを窘める声の主は柱の陰から現れた。杖をつきゆっくりとした足取りで近づいてくる人物は、白髯を蓄え、高そうなスーツを着た老紳士――
「あーもうダーリン。私、もう少し引っ張ってからネタバレするはずでしたのに」
愚痴ながらも言われた通り、メルディーナは仮面とフードを外す。流れるような金髪と妖しく輝く碧眼が露出する。だが、巳禮の眼は老紳士に釘付けだった。
瞬きすら忘れた巳禮の前で老紳士は膝を付き、優しく笑んで話しかける。
「こんばんはミライ君。このような再会は予想外ですが、また会えてうれしいですよ」
静かで丁寧な言葉。柔らかい物腰と、それ故に感じる存在感。
間違いない。彼は――絵画展の最上階で巳禮が出会った老人、西野栄太だった。
「ふむ。そういえば妻の紹介は中途半端なままでしたね」
西野老人がちらりと視線を向けると、メルディーナは女神のような美貌で無邪気な笑
みを浮べ、
「ごきげんよう。西野メルディーナですわ♪ 改めましてよろしくお願い致します」
小さく手を振って見せた。
絶句する巳禮に、メルディーナは小首を傾げる。
「ダーリン。私、ミライくんの言語能力までは縛ってはいませんのよ? どーして黙ったままなのですか?」
「それは仕方あるまい、なにせ彼はまだ若い。冗談のような偶然を受け止められるほど熟していなければ、運命の悪戯をさらりと流してしまうほど磨耗もしてはないのだよ」
西野老人の冷静な分析に、巳禮が我を取り戻す。隣にいるソレが何者かを知って、共にあるのかと問う。
「ふむ? それは彼女の素性が魔術師で吸血鬼ということですか? それとも【串刺し殺人】の主犯であることですか?」
その答えは巳禮にとって悪夢でしかなかった。全てを知った上で、西野老人はこの場にいる。
「ダーリンダーリン」
メルディーナが西野老人のスーツの裾を引く。
「なんだね。私は今、巳禮くんと話しているのだが」
「だって愛華さんの方は、私とお話してくれなくて詰まらないのですもの。なんででしょう?」
「嫌われているのだろう」
「やん、ダーリンまで冷たいですわ♪」
メルディーナはぽっと白い頬を桃色に染めた。つれなくされても嬉そうな伴侶を無視し西野老人は巳禮と愛華を交互に見やり、静かに語りかける。
「ミライ君にお嬢さん。顔を見せたばかりで恐縮ですが、私はそろそろ失礼します。儀式のための禊をせねばなりませんので」
儀式、禊という言葉に巳禮の顔が強張る。殺人儀式に西野老人も少なからず関わっているということだろうか。
「不思議なことではありませんよ。【串刺し】の主犯はコレですが、動機は私なのです」
どういうことだと訊く前に、西野老人は静かに告げた。
「ミライ君、私はこの儀式で吸血鬼になります」
吸血鬼になる。西野老人の言っている事が、巳禮には判らない。
「そのままの意味ですよ。コレや、お嬢さんと同じ存在へと転生する、そのための儀式。そのための殺人です」
巳禮は信じられなかった。ほんのひと時とはいえ、関わりを持ち、尊敬に近い念を抱いた相手がさらりと人殺しを肯定した。
「それでは御機嫌よう」
絶句する巳禮へ、西野老人は一礼して踵を返す。闇の奥に消える寸前、巳禮が叫んだ。
そうまでして吸血鬼になる理由があるのか。
「ありますとも」
巳禮の問いに老人は振り返る。
「私はまだ、描き足りないのですよ。命がある限り描き続けるのではなく、限りない命を手に入れて永遠に好きな画を描きたい。故に、生まれ変わったその時は名を変えるつもりです。ペンネームではなく――【東伊栄坐】とね」
言い終えた西野老人は今度こそ闇の奥へと消えた。
東伊栄坐――巳禮には聞き覚えのある名前だった。この場に飾られた絵画全ての生みの親、【旧新宿区】の生き残り、西野老人に語り聞かされた一人の数奇な運命を辿った男の名だった。
「うふふ。その通りですわ」
巳禮の思考を読んだのか。メルディーナは自慢げに語る。
「私のダーリンこそ、超有名画家の東伊栄坐なのですわ。驚きました? それとも実はそうなんじゃないかって予想とかしていまして?」
黙れと、巳禮はメルディーナを睨みあげる。
「……はい?」
更に罵る巳禮へと、メルディーナは困惑した視線を落とす。
「えーと。さっきから気になっているのですけれど。この私、超が三つくらいつく魔術師のメルディーナに捕縛されてそう強がるのは自殺行為でしてよ? 普通は愛華さんみたいにもうダメダメな負け犬の空気に――」
お茶らけつつも、言葉の端々にイラ立ちを見せるメルディーナ。が、巳禮は黙らない。どれだけ他人を害すれば気が済むと激昂する。
メルディーナの顔から苦笑いが消えた。
「それは聞き捨てなりませんわ。酷い誤解です。今回の私はこれでもかってくらいクリーンでしてよ」
心外だとメルディーナは巳禮から愛華へと視線を移す。
「というか、無茶苦茶にダーディしているのはそっちの方ですわ。そうですわよね? 愛華さん」
「っ!」
愛華は顔を背けた――巳禮からも。
巳禮は彼女の挙動に不穏なものを感じ、愛華の名を呼ぶ。
だが、愛華は答えない。
二人の様子にメルディーナの瞳が輝く。
「あれ? もしかして愛華さん。彼に色々とナイショしてますの? 隠しごとをしていますの?」
愛華の背が僅かに震えるのを、巳禮とメルディーナは確かに見た。巳禮は困惑し、メルディーナは歓喜する。
「これは面白くなってきましたわ。せっかくです、ステージを変えましょう」
指を弾く音が鳴り響き、三人を囲うように魔法円が生成される。
もう一度指が鳴らされ、三人の姿は閃光と共に掻き消えた。