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無窮の空  作者: 鴉拠
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1-4  精霊さん

―― 彼は最初、自分の目が信じられなかった。あれほど信頼していた自分の瞳を ――



~ 空白の歴史 第一巻 第一章 出会い より ~

「えー、新入生の皆さん、おはようございます」



 天窓越しに煌めく、目の覚めるような春空の下。



「予定の時間となりましたので、今から……」



 魔術を通して拡声された司会進行の声が人の合間を通り抜ける。



「リーヴル高等教育学園、第4398回、入学式を開式致します」



 今日は、入学式だ。









リーヴル高等教育学園はこの学園都市国の名を冠することから察せられるように、国の主軸になっている学校だ。


ロード・ロウ理事長はこの国の国主だが、領主を自任している。校長は宰相で、教頭は補佐官、教師は将軍や騎士、宮廷魔術師で、食堂の主が料理長といったように、校舎と王城を兼任している不思議な都市だ。


教育こそがこの国の特産であるとは良く言ったもので、その関係で禁書指定の書物やマイナーな書物、珍しい魔術に掘り出し物の剣、それらを求めてやってくる多種多様な人種なんかも集まるものだから、『リーヴル学園都市国』に存在せぬものなし、と言われる有様。


警備や政治面で問題はないのだろうかと不安になるが、それはそれ。学園都市国なのだから、勉強ができなければまず入学(入城)できないし、頭のいい者はこの学校に掛けられた一部の隙も無い魔術の山に慄くだろう。


国外からの間諜や暗殺者も、魔術バカ筋肉バカの集まるこの国に入るところまではできるが、実践となるともうダメだ。見ているこちらがいたたまれないと思わせられる辱めを与えた挙句、国に熨し付けて送り返すのがこの国の流儀なのは有名すぎるほど有名だ。


…………改めて思ったけど、なにされるんだろう。


切る?刻む?突く?焼く?溶かす?沈める?潰す?裂く?千切る?抉る?擽る?削る?剥ぐ?絞る?縛る?引き摺る?吸い取る?破く?爆発……は、やりすぎか。


辱めるなら肉体的な苦痛が伴う拷問ではなく、精神的に追い詰めるほうの拷問かもしれな…………あれ?なんだか物騒な思考してる?しちゃってる?


ちょ、私両親に毒されてきてるの!?普通の感性でいたいんだけども!


真新しい黒の制服に身を包み、表面上は涼しい顔をしながらも、内心は自分の思考回路に突っ込みを入れるので忙しい。


学園長の挨拶は早々に終わり、今は各お偉方の祝辞が述べられている。


皆が皆似たり寄ったりの詰まらない格式ばった美辞麗句しか並べないから、非常に詰まらない上に、眠いのだ。


始めと終りに起立、礼をしなくてはいけないから、眠ってしまえば一発でばれる上に恥ずかしい。


けれど、長い話は詰まらない。


こういう時、自分の悪癖はありがたい。完全に意識を飛ばさなければ、耳は勝手に号令を拾ってくれる。あとはそれに合わせて動くだけだ。そのお陰で、私は周囲の生徒よりも楽に眠気と戦うことができる。本当にありがたいことだ。


心の内でうんうんと頷き、ちら、と横目で周囲を見渡す。


新入生と在校生、教師に来賓が集まる校舎内の大ホールは、異様に広い。


ここまで広くする意味はあったのかと設計者に問いたい位には、広い。


というか、校舎自体が広すぎる。一応は王城に相当する建造物だからか、大ホール前にたどり着くまでも長ければ、扉を潜ってから新入生の立ち位置に辿り着くまでも長かった。


華美ではあるが、目に痛いほどではない白と金色の装飾が淡く煌めく様は美しい。


馬鹿みたいな広さを誇る円形のホールをぐるりと囲む石柱には金細工の薔薇が絡みつき、奥の巨大な樹木をバックに作られた、バルコニーを模したような壇上に向かって三方向から伸びる絨毯は真紅の短毛。


降り注ぐ陽光は、薄く引き延ばされたような水色水晶の天窓を通り、清廉な雰囲気を醸し出す。


さらに巨木の枝葉に綺麗に留められた美しい薄布がゆったりとはるか頭上から垂らされている。


ゆらゆらと風も無いのに揺れているのは、きっと巨木に寄って来た精霊が遊んでいるせいだ。


葉っぱと蔦で出来た髪を、銀色の鳥の姿をした風精霊に遊ばれながら元気にはしゃぐ木精霊が私に気付いて手を振ってくる。


その可愛らしい様子を視界に入れながら、私は頭の中で平常心と繰り返し、目線で笑いかける。


途端にぱあっと輝く幼い顔にほっこりと心が温まった。


彼ら精霊は、この世界に満ち、循環しているこの世界が持つ魔力・マナから生まれた種族だ。


彼らはマナから生まれ、マナに帰すもの。この世界に存在している全ての精霊は須らく世界の一部であると言える。


精霊は生まれた瞬間に火・水・風・土・氷・雷・木・闇・光の九つの元素のうちいずれか一つに染まる。いや、染まった瞬間に意志が生まれるから、その時こそが生まれた時か。


元素に染まった精霊は各々に分配されたマナの値に応じた力を得、下位から王まで分けられる。


基本的に分配された分量以上のマナは持ちえない精霊だが、それはマナに限った話で、オドを用いればその分強化されるのだ。


オドとはこの世界に生きる全ての生命が持つ魔力の事を指す。生命力とは違うが、枯渇すれば死に至る事もあるそれは、どちらかと言えば精神に依存する。普段はオドを魔力と呼び表し、マナはそのままマナと呼ばれている。


余談だが、火の精霊は四肢の付け根から小さな火を噴きだしているトカゲで、水の精霊は淡い青を帯びた水で出来た愛らしい魚、風は銀色の鳥で、土は鉱石を背中から生やした一頭身のゴーレム、氷は雪の結晶を散らした白熊のような見た目で、雷はパチパチと電気を表皮に走らせた子犬、木は先ほど説明した通り、蔦と葉っぱの髪を持つ人型だ。


光と闇はどちらも人型で、光が真珠色の体、闇が黒曜石色の体をしている。そしてどちらの顔にも、顔と同色の、けれど花の質感を持った五枚の花弁を持つ花がお面のように咲いている。


下位精霊は各々愛らしく小さな姿かたちをしているが、中位、上位に行くにつれてだんだん各々に個性が出てきて、人型に近づき、上級精霊ともなると人間種とほぼ同程度の大きさにまでなるのだ。


そして王の位だが、これは各属性の精霊につき一位しか王になれない。王位は一つしか用意されていないのだ。そして王位についている王の位の精霊を精霊王と言う。


精霊王は同属性の精霊たちの管理の他、世界を循環するマナの管理権を一部委託されているため、他の精霊たちとは一線を画す存在だ。故にその容姿も他と比べ物にならないくらい突出したものになっている。


この世界は魔力が多ければ多いほど長寿で、当人の持つ何かしらの魅力が強調される。


ほぼマナの塊に近い精霊が魅力の強調どころか魅力の進化・強化の恩恵を受けているのも納得できる話だろう。


…………まぁ、相当羨ましい話でもあるのだが。


話は戻るが、なにも精神力の強さが魔力の多さ、という訳ではない。精神を平静に保つことで魔力を上手にコントロールできるという事だ。


精神的に不安定な者は、如何に魔力が多くとも上手く魔術を発動させることはできない。


心の安定は術の安定、不安定な心で発動された魔術は、時に術者に牙を剥く……私がいい例だ。私の魔術は暴走しやすい。


故に私は、いかに目立とうとも『魔術』ではなく『魔法』を使う。


『魔法』とは、魔人が使う魔術を区別して言う言葉だ。


普通、人間や他種族の多くが使う『魔術』は、発動までに三つの工程を踏まなければならない。


魔力が燃料、魔方陣が木、呪文が酸素で、発動して火になる、と言えば解るだろうか?


安定した魔力供給と供給路に、淀みのない魔方陣、全体を整える呪文、この三拍子を揃えることが一人前の魔術師になるために必要なことだ。


私の場合、まず燃料の配分が過剰になり、それが打って変わって淀みのない魔方陣に流れるものだから、勢いが増して、それをなんとか整えようと呪文が無理に抑え込もうとするから、暴発してしまう。


強化され、無理に凝縮されたそれは、まさしく爆弾だ。


だが、『魔法』はそうはならない。


『魔法』とは術を発動する際に魔方陣の工程を、上手くすれば呪文の工程も体内でこなすことができる魔人の固有スキルだ。つまり魔人は、燃料から直接炎を生み出すことができる種族ということになる。


魔人を父に持つ私にもそのスキルは受け継がれている。故に『魔術』ではなく『魔法』であれば、私も暴走することなく思い通りの結果が出せた。


さらに精霊の力を借りる精霊術を用いれば万全だ。自分の属性魔力ではなく、精霊の力による魔術行使だから、魔術も魔法も使えない状況、例えば魔力が枯渇しかけているとか、魔力を封じられている時に精霊の力を借りることができるのは非常にありがたい助けになる。


普通の魔術より難易度が高く、相性勝負なところが難点で使い手は滅多にいないらしいが、まぁ、そこも割愛しよう。ちょうど一通りのプログラムが終わったようだから。


式そのものを締めくくった職員の声が、続けて入学生に退席を促す。


内心、バレてませんよね?バレてませんよね?と少し怯えていたのだが、当然何食わぬ顔で退席者の列に並ぶ。


後は指定された教室に向かうだけ。そう思考を切り替えようとした時だった。









― み つ け た ―









じり、と項を焦がすような熱が一瞬にして全身を駆け巡ると同時に、本能が発する危険信号のような、迷子が保護者を見つけたような、全身がそのナニカに向かっていくような奇妙な感覚が胸の奥で生まれた。





― みつけた。やっとだ、やっとみつけた。ながかった ―





そんな声が頭の中で反響する。自分の声にも聞こえるし、他人の声のようにも思える、そんな声が。



心の中から、頭へと。



心が知っているのに、何故頭は知らないと。



見つけただろう?と心が頭を揺さぶって、頭は知らない分からないと頭を振って。



― あぁ、もう、なんてことでしょう。



揺れすぎて、気持ち悪い。



あたま・・・がどうにかなりそうだ。



ぐらぐらと揺れる頭と心に、ついに体も大きく揺れて……傾いでいって、そして。



「――…っと、大丈夫かよ」


「…………え?」


「え?じゃねぇよ。なんだ、また人に酔ったのか?そんくらい言えよな」



ったく、しゃーねぇなー。なんて悪態を吐きつつ、彼は受け止めた私の体を立たせてくれると、そのまま隣に立って支えるように背に触れた。


平均程度の身長に、焦茶色の短髪を風に遊ばせた紅色の瞳の少年は、額から突き出た一本の白い角が前を行く人に刺さらないように考慮しながら、自分ごとそっと列から外れる。



「面倒かけて、ごめん」


「そう思うなら事前に声かけろよな。そもそも……」



乱暴な口調とは裏腹に心根は優しく、一本芯の通った強い精神を持つこの少年の名前はレマルゴス・オリクト。


シオンからすれば、とても不思議で幸せなことに……



「友達なんだから、面倒とか気にすんな」














彼は、シオンの数少ない友人の一人だった。






長らく更新出来ず、申し訳ありませんでした。



入学式と言えば、校長先生の長話と現実逃避、の回でした!


九月二十一日 後半編集

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