1-2 彼女の瞳 (sideスペルビア)
―― 君と僕は違うけど、それでも……君が望んで、くれるなら…… ――
~ ソヴァロ童話集 二章 冬の鬼と町娘 より ~
第一印象は、不思議な家族。
それが俺、スペルビア・ウェーナートルがディミオスという一家に抱いた思いだった。
理事長の先導で入室した応接室に、その一家はいた。
父親であるセルペンス・ディミオスは、緑青色の髪、灰色がかった肌の、柔和な印象を与える男。どうやら魔人であるらしく、長い前髪から覗く髪と同色の瞳は、黒く染まった白目に収まっていた。
フラウラという桃色の瞳の女性は、エルフほどではないが、人間にしては尖った耳と、袖口から僅かに覗く髪と同色の純白の毛皮から察するに、エルフと獣人の混血であるらしい。
どちらも穏やかな印象だが、なるほど。処刑人、拷問官という肩書に相応しく、血の匂いがした。にこにことその顔に浮かぶ邪気のない笑みを、根底から裏切るような匂い。
そしてその娘はというと、彼らとは打って変わり、血の匂いは移り香程度にしかしない。
娘にも家業を手伝わせている、なんてことは無いと思っていたが、安心してしまったのは仕方ないと思ってほしい。
だが、娘も娘で変わっていた。
初対面で内面まで判断できるほど俺は長く生きていないが、人を視る目はあるつもりだ。
水色の影を落とす、長く膝裏まで伸ばされた髪は絡み合う急流のようにも、連なった翼のようにも見える。父親と同じように目元を覆うほど伸ばされた前髪から覗く瞳は、影になっているから解り辛い。
どうやら青色をしているらしい右目と、赤色をしているらしい左目に、オッドアイか、と心の中で独り言ちる。
はっきりとしない色を収める目は、心持垂れていながらも大きく整い、長くけぶるまつ毛に縁どられていた。
低く過ぎず高すぎない丁度いい大きさの鼻と、桜色のぷっくりとした唇は、小さな顔に納まりがいい。
緊張で薄紅に染まる頬は白く滑らかで、細い首は幼いながらに美しい。丈の余る袖から覗く細い指先に備わる爪は小さな桜貝のようで、そこを辿った先にある手の小ささと腕の細さを思い起こさせるには十分すぎる。
きれいに揃えられた足はすらりと長く伸びていながらも、柔らかそうな曲線が伺えた。
14歳という年齢に見合うには小柄で華奢な体つきの少女は、見える範囲で言えば美少女であると言って差し支えない。
隠れた目元に代わって感情を表す口元も、動きは小さいがはっきりと感情を形作っている。
これの、何が変わっているのか。
目元を隠している以外に、変わったところなどないではないか。
そう言われれば、俺は、その隠された目元が変わっていると答えるだろう。
彼女の目には、隠蔽の魔術がかけられていた。
種族的に優れている俺の目でも青色のよう、赤色のようとしか判別できない。
何かコンプレックスでもあるのだろうか?傷でもあるのだろうか。だが、それにしては瞳だけを対象にするなんて、おかしい気がする。
傷があるのなら、目元全体に術をかけるはずだし、軽いものでも十分なはずだ。
なのに、彼女にかかる魔術は、俺でも看破できない程の強力なもの。
彼女の両親の魔力は、こう言ってはなんだが、中の中くらい、つまりごく平均的な魔力量だ。こんな強力な魔術を掛けられるほどじゃない。となると、彼女か、もしくは高位の魔術師が術を掛けた事になる。
……というか、隠蔽の魔術が掛けられているのは、少女の両親にも言えることだった。
こちらは少女と違って全身を覆う魔術だったからか、違和感も無いと言えるほど薄く、綻びも無い。彼女の術を視て、初めて糸口がつかめた気がする、程度の手ごたえに舌を巻く。
こと≪視る≫ことに関しては絶対の自信があったというのに、この有様。この辺りは経験を重ねるくらいしか修業のしようがないではないか。
そんな事を考えながら、とりあえず悪意は視えなかったので、この問題に関しては触れないでおこうとおもう。あまりにも過剰な処置のような気がするが、それでも他人事だ。
そうして自分でも看破するに至らない魔術を見つけた動揺を無理やり押し込め、理事長の言葉に固まってしまった少女を見やる。
その綺麗な固まりっぷりに、同情を禁じ得ない。
特殊属性保持者クラス、正式名称は特殊属性科だが、本来ならばその学科は彼女が希望したらしい魔剣科とは別の学科で、彼女の意に沿わないような触れ込みで入学者を募集していたのだから、彼女の困惑は当然のものだと思う。
彼女の合格した魔剣科とは、そのまま魔剣士を育成するための科だ。
そもそもここ、リーヴル高等教育学園は周辺国の学校の中でも最難関と名高い学校だ。日夜必死に勉強しても合格できなかった、なんていうのはザラにあることで片づけられる程の、実力主義方針。
リーヴル高等教育学園は中等部からそのまま上がってくる子供が多いが、それでも実力が無ければ落とされる。
彼女は中等部に編入し、それから高等学園を受験、という道を歩んできたらしい。
編入なんて制度を利用して入れるほどの実力があるのは感心するが、それでも受験の際は勉強一辺倒だったろう。そうした苦難を経て入学を許可された矢先に、これだ。
彼女はもう、怒っていいと思う。
「あ、の……それは……特殊属性科は、魔剣科とは根本的に違うと伺ったのですが……」
困惑もあらわに、彼女がよく馴染む涼やかな声で紡いだ言葉に、俺は深く頷いた。
リーヴル高等教育学園には全部で五つの科がある。
一つ、魔術科。魔術の研究・改良・発展と、既存の魔術を極める学科。
将来、国が運営・管理する公的な魔術師組織『魔術師団』や、『青鎧騎士団』、この学園の付属である『研究塔』へ入りたい者、神職希望者、なかなかいないが、中流階級層でまっとうな職に就きたい者、冒険者志望がこの科を希望する。
二つ、剣士科。剣の扱い方・種類・戦い方と、生き残るためのサバイバル術・魅せるための剣技を学ぶ。
この科を希望するのは良くて騎士、悪くても中位兵士の王城勤務志望、学園の警備にあたる警備志望もいれば、冒険者志望もいる。冒険者になりたいなら入学せずにギルドへ加入すればいいと思われがちだが、生存率を上げるという観点から見れば、相応の実力者と丁寧なチュートリアル付の方が生き残れる確率はぐんと上がる。それに、この学園での実技は一部ギルドと連動しているから、ギルドランクも単位も両方取れる。こちらの方が利点が多いのは火を見るより明らかだろう。
三つ、魔剣科。魔術と剣技の併用に重きを置き、上記二学科の特色にも触れる学科。
これは騎士は騎士でも、『黒鎧騎士団』志望の生徒が希望する科だ。冒険者は言わずもかな。この都市国家には、魔術よりも剣の腕を重視した『赤鎧騎士団』と、魔術重視の実質魔術師騎士の『青鎧騎士団』、そして剣と魔術を一体化させた『黒鎧騎士団』がある。国ごとで呼び名は違うが、どこも大体三つの騎士団を抱えている。両方の特性を兼ね備えている分、王の護衛などに抜擢されることが多い。
四つ、普通科。こちらは各生徒が希望する職場に必要な知識・礼節・技術を深く学ぶ。
王城・貴族の屋敷勤務の使用人・料理人、文官、裁判官といった公職希望者、ギルド職員や医者を目指す者が希望する学科だ。商人、パン屋、食事処や鍛冶職人に庭師は一から十まで実地で学んだ方が身になるため、中等部以前で生徒は抜ける。たまに情報屋志望で、ここでコネを築こうとする猛者もいるらしい。
五つ、特殊属性科。これは実力というより、才能重視の学科で、色々と変則的だ。
これについては、実のところよく解っていない事が多い。剣士になった者もいれば執事になった者もいるし、騎士、魔術師になった者もいれば、花屋になった者もいると聞く。
このうち彼女が合格した魔剣科は、魔術・剣士の二学科分の授業を、一部とはいえ上乗せされるので、ギルドランクC中位以上の実力がないと入れない、入れば騎士団への入隊は確実と言われているこの学園の難関学科だ。
一方、今回彼女が入れられた特殊属性科というのは、その名の通り、この世の基礎となる火・水・風・土の四属性以外の属性、つまり氷・雷・木・闇・光の上位五属性を持っているか、または四つ以上の属性を扱えるかで合否が決まる、言わば生まれ持っての才能重視の学科。
そこに力の大小は関係なく、ただ力の有無が求められる。故にもっとも入学者数の少ない、ある意味での最難関学科だ。実は、独自の魔術を編み出した者もここに含まれるのだが、そちらは大概が魔術科へと入るので除外しておく。
しかしこの特殊属性科……特科と呼ばれているこの学科は、上位属性持ちであろうとも希望しなければ入れないはずだったのだが……魔剣科の実力重視を選んだ彼女からしたら、才能重視の特殊属性科は肌に合わないのではないだろうか?
そもそも、もともと希望していた魔剣科には合格しているのだ。合格通知にも魔剣科に合格したと記されていると聞いた。
では、何故今更、わざわざ呼び出してまでクラス変更を申付けたのか。
俺も疑問が解消されないままに連れてこられたので、何故かを聞きたかった。
「そうじゃの。魔剣科は言うなれば実力主義、特殊属性科、通称・特科は才能主義、根っこが違うのは一目瞭然。シオン君は魔剣科に合格したのに、何故特科にと思うじゃろう?特科は希望制なのに、と」
「えぇ、まぁ」
「単刀直入に言えば、君があまりにも特殊だからじゃよ、シオン・ディミオス君」
途端に、一家の空気ががらりと変わった。
今までふわふわと微笑んでいたセルペンスとフラウラの顔から、一気に表情が抜け落ち、その瞳は爛々と輝き、僅かな動きすら見逃すまいと、ひたと俺たちの据えられた。
彼女はと言えば、びく、と体を震わせ、肩を丸め、動揺にゆれる焦点もそのままに、理事長を見やる。
怯える子供を守るように、背筋が凍るような重苦しい敵意がこの場を満たす。
理事長は、彼らの逆鱗に触れてしまったらしい。
だというのに、理事長はぴん、と背筋を伸ばし、無意識に魔術を練る準備をしていた俺の魔力を霧散させ、子のために毛を逆立たせる家族へと目を向けた。
その薄緑の瞳には、真摯な光が透けて見えた。
「書類上では波風立たないように伏せられておったようじゃが、実際、君を見て、その違和感に気づいてしまえば、知らぬ存ぜぬではとおせん。君が持っているのは、そういう力じゃ」
違和感、といったところで彼女の顔からはザッと血の気が失せ、両脇に座る親からの威圧が強くなる。
「本当は、君の為にも知らないふりをしていたほうがいいのじゃろう。じゃが、儂はこの学園で生徒を預かる者として、生徒のことはちゃんと知っておかなければならん。君だけじゃない、他の子も、儂の大事な生徒じゃ。万が一何かがあって、何も知らなかったでは話にならんのでな…………儂は、未来ある子供たちには後悔しない生き方をしてほしいと思っておる。それは勿論君も例外ではない。できる事なら君をそのまま魔剣科に入れてあげたかった」
「でしたら、何故……」
「それでも、魔剣科に入れるには、君はちぃとばかし『才能』が有りすぎたのじゃよ」
世界に愛されるという、『才能』が。
そう言われた瞬間、彼女は泣き出しそうな顔をして、口元に歪な笑みを浮かべた。
自嘲しているようにも、我慢しているようにも見える笑みに、俺は思わず腰を浮かせた。中途半端に伸びた手が、彼女の両脇を陣取る夫婦からの威嚇の視線に怯み、空を掻く。
そんな俺を、彼女は驚いたように目を丸くして見て、次いで、戸惑ったように彷徨う俺の手に手を伸ばしてきた。
俺の生白い、蝋のような生気を感じられない白さの肌ではない、滑らかな絹のように白く小さな手が、恐る恐る俺の指先に触れる。
しっとりと馴染むような感触の温かな手に、不思議と心が解けていくような気がした。
それは彼女の方も同じだったらしく、強張っていた表情が少しずつ緩み、自嘲の笑みはその顔から消えていく。それが、俺の心の片隅に温かい灯をともした。
俺はこの場の空気、彼女は理事長の言葉。原因は違うが、それぞれ緊張していた所を、お互いの体温で解した後は、二人して気恥ずかしく席に腰を落ち着けた。
何故こんな行動を取ってしまったのか。熱を持ちそうな頬を宥めながら考えるが、一向に答えは出てこない。
直前の状況からして、俺は彼女に泣かれたくなかったのだろうとあたりを付ける。そうだ、俺は誰かに泣かれるのが苦手だ。だからあんなことをしてしまったのだろう。
そんな風に言い訳染みた言葉を頭の中で並べる俺と、緊張の糸が緩んだ彼女に、周囲の目は自然と温かくなる。それがさらに気恥ずかしくて、いたたまれない。
「特科はの、君のように普通には生き辛い子供たちの為に作られた学科なんじゃよ」
和やかになった空気の中、理事長自身も空気を緩めて、言葉を零す。
「誰にだって個性がある。ただ、それが人より、人の理解の範疇より、ちぃとばかしはみ出してしまっただけで、誰もがその当たり前を忘れてしまう…………彼も、そうじゃ」
「……え?」
「彼は特科じゃよ。彼もまた、君と同じように普通には生き辛い才能と環境を持って生まれてきた」
静かに告げられたその言葉に、俺の目は自然と伏せられる。
自分が他とは違うということは、幼いころから薄々感じていた。周囲の者の態度は明らかに他の子供に対するものとは違っていたから。
自分は特別な子供だ、特殊な、普通とは違う、そう言われて育った。
まるで鳥かごの中で飼い殺しにされているような生活。友達だと言って、俺の言動を全肯定する、怖いくらいに笑う事しかしない同年代の子供。いやにまとわりつくような目で俺をみてはすり寄ってくる大人たち。それが俺の普通で、それが当たり前だと思って、深く考える意欲もなくて、ただ惰性で生きてきた。
そんな普通が異常だと気付いたのは、隣国の中等部に入学してからだったか。
今までは特別だと、普通とは違うと持て囃されてきたことが、異常だと、恐ろしいと恐怖と嫌悪の対象に変わり、今までつるんでいた友達も、いつの間にやら俺を蔑んだ目で見てくるようになり。
そうして俺は、自分が如何に異常かを知った。
この学園に来てからは気にかけないようにしていた。理事長がこういう人だから、気にかけないでいられた。改めて、俺はこの学園に来てよかったと思う。特科で良かったと、そう思う。
だから、彼女が俺と同じように生き辛いというのなら、是非とも特科に来てほしい。
理事長の思惑を知った今、願うのは彼女がこの学園で息が詰まらないことだけだ。
彼女は中等部に途中編入した折、最低限の一般常識を身に着けるため普通科に編入したという。
理事長の言った『世界に愛される才能』を考えれば、その科は彼女にとって狭い箱に入るようなものだったろう。特殊と言った時の彼女は、見ていて痛々しかったから、余計に。
だから彼女は高等部では、そこそこ自由に動き回れる魔剣科を志望したのだろう。魔剣科は魔術も剣も両方扱うから、多少の騒動はいつもの事として処理される。
彼女はそういう意味合いで、過剰に周囲の目を恐れる必要のない魔剣科を志望したのだろう。
…………俺と、同じだ。
「シオン・ディミオス、と言ったな」
「あ、は、はい」
「俺も、最初は魔剣科を志望していた。だが、今は特科で良かったと思っている」
薄ぼんやりとした印象の目にしっかりと視線を合わせれば、彼女も俺の目を見返す。
真っ直ぐに向けられたその目は、存外力強かった。これなら、きっと。
「特科は、その特殊性故にある程度のことが容認される。例えば、専攻クラス。特科以外の学科は各々が抱える専攻クラスしか選べないが、特科は全ての学科の専攻クラスから、自由に好きなものを選べる」
「……それは、私も魔剣科と同じ授業ができる、ということですか?」
「あぁ。現に、俺は特科だが魔剣専攻クラスだ」
そう言えば、その小さな顔に喜色が浮かび……次いで、引き締まった。
「でも、容認されている部分もあれば、制限される部分もあるんですよね?」
「勿論。お前は賢いな。制約はただ一つ。『自治会役員』になることだ」
「『自治会、役員』ですか?」
それの何が制約になるのかと首を傾げる彼女は、暫くうんうん唸ったあと、降参だと眉尻を下げた。
「自治会役員は、生徒を纏める立場であるが故に、公平で公正、生徒の見本とならねばならない。つまり、お手本として、常に生徒として、彼らを統治する者としてあるべき態度でいなければならない」
それは、時にひどく窮屈なことだ。それが、お前に出来るかと問えば、彼女は目を閉じ、数瞬後に開いたときには、その目から躊躇いは消えていた。
「……わかりました。これから特科の、自治会の後輩として、よろしくお願いします」
姿勢を伸ばして、それから下げられた小さな頭。そのすぐ後に夫婦もゆっくりと頭を下げる。
娘のために怒りを、真摯な態度を示す彼らが好ましい。
そんな愛情を向けられる彼女もまた、好ましいひとだと思う。
緊張しいで、すこし幼いきらいがあるが、真っ直ぐに人を見れる少女。
俺と、似たような、少女。
その瞳が柔らかくしなる様が心地よかったから、彼女のために手を焼くのも吝かではないなと思った。
(・∀・)ニヤニヤ
九月二十一日 誤字訂正