第六の魔女ムソウ ノ マジョ
その魔女は夢を見る。
世界に八つある大陸の一つ、モンシャン大陸。
ヤマトはモンシャン大陸を守る神から力を授かり、魔女となります。
モンシャン大陸の神が魔女を必要としていた理由は、ただ一つ。自らの力を人間達に示し、信仰を得るためです。
信仰が無くなれば、神はその力を無くしてしまうからです。
夢を渡る力を得たヤマトは、やがてターニャという少女の事を知ります。
ターニャは争いを止めるため、人々から記憶を奪いました。しかし、その結果壊れてしまいます。
そんなターニャを救うため、ヤマトはアレッシオという魔女の夢に現れます。
アレッシオに全てを託し、ターニャに殺されたはずのヤマトは、再びアレッシオの夢に現れました。
アレッシオの記憶によって生成された亡霊として。
アレッシオがヤマトに尋ねます。
「救うって、どうすればいいんだ」
男は、さぁ、と首をかしげます。
「でも、出来たはずだよ」
それは間違いありません。でなければ、ヤマトがわざわざアレッシオに頼むはずがないのですから。
「どうして、お前はターニャを救おうと思ったんだ」
アレッシオは、ヤマトに尋ねます。何度目かの地震が起きました。
「私はね、昔英雄に憧れていたんだ。その時、壊れる前のターニャの事を知った。
自分を犠牲にして世界を救う英雄。彼女に、私はそれを重ねたんだ。
彼女は、私の憧れだったんだよ」
だから助けたいんだ、ヤマトはそう言いました。
そして、ヤマトはアレッシオに同じ質問をします。
どうしてターニャを助けようと思ったのか、と。
「直接対面したら、死ぬのはわかりきっていただろう。
ターニャを放っておいても、君だけが助かることはできたかもしれない。
別に彼女は、魔女の命を狙っているわけではないからね」
アレッシオは、クロエに同じ質問をされたなと思いました。
その時は、わからない、と答えました。
今も分かりません。それでも、あえて答えるなら――。
「同情と俺もこの世界の事が好きだからだ」
「も?」
「ああ。ターニャと同じように」
ヤマトが頷きます。
「元々のターニャはこの世界が好きだったんだろうね。
大切な人と過ごす、ごく当たり前の日常を愛していた。だから、それを壊す戦争を憎み、止めようとしたんだ」
また地震が起きます。
「この地震が何か分かるかい?」
アレッシオは、首を横に振ります。
ヤマトは言います。これは、アレッシオの体が感じている振動なのだと。
「俺が刺されているのか?」
アレッシオの問いに、ヤマトは違う、と言います。
「だって、それなら君はもう死んでいるはずだ。
でも、生きている。だから、夢を見ている。
じゃあ、この振動はなんだろうね」
アレッシオは、嫌な予感がしました。
早く目覚めなければ、何もかも手遅れになる、そんな予感がありました。
ヤマトもアレッシオと同じ結論に達したようでした。
「早く行ってやるといい」
ヤマトはそう言って、アレッシオを送り出します。
世界が一瞬真っ白になり、アレッシオはそのまま眠りから覚めました。
目を覚ますと、まず感じたのは重さでした。
何かが体の上に乗っています。その何かが、大きく揺れました。
ぼんやりとした頭で見ると、その何かはイザベルでした。
ぐったりとしたイザベルが、アレッシオを庇うように覆い被さっていたのです。そのイザベルをターニャが刺します。
夢の中の地震は、イザベルが刺された事によるものでした。
その事実に気付いたアレッシオの顔が青ざめます。だって、夢の中の地震の回数は、そのままイザベルが刺された回数なのです。
焦るアレッシオの目に、沢山の紙が見えました。
部屋中に張られた紙には、アレッシオの文字でこう書かれていました。
『記憶を壊せ』
アレッシオはその指示に従おうとしますが、どうすればいいのか分かりません。
焦る気持ちのまま、がむしゃらにターニャに手を伸ばします。そして、ターニャの右腕を掴みました。
「なっ……」
ターニャが驚きの声を上げます。アレッシオはそんな彼女を強引に引き寄せます。
もう無我夢中でした。
空いていた片方の手をターニャの頭に当てます。
そして、体が覚えている感覚だけを頼りに、力を行使しました。
ただ、記憶だけを無くすように。
一瞬の叫び声をあげ、ターニャはそのまま意識を失います。
こうして、全ては終わったのです。
アレッシオは、安堵感と大量の出血により、意識を失ってしまいました。
アレッシオが次に目を覚ましたのは、病院でした。
上半身を起こし、辺りを見回します。
隣のベッドにターニャが眠っていて、その傍にクロエが居ます。
アレッシオには見えませんが、ユナも傍に居ました。
「起きたか」
クロエが言います。アレッシオは、その言葉を理解出来ません。
だって、ここにイザベルは居ないのですから。
アレッシオは、慌ててイザベルの居場所を聞きました。
イザベル、という言葉だけで、クロエはアレッシオが言いたい事を大体察します。
珍しく、クロエは顔を曇らせました。
クロエは、ユナにターニャを頼むと、アレッシオを手招きします。
アレッシオは慌てて傷を治し、クロエの後ろを付いていきます。
そして、二人はある部屋の前にやってきました。
中に入ると、ベッドの上でイザベルは横になっていました。
顔の方は綺麗なものでしたが、体は傷だらけで見られたものではありません。
アレッシオは無言でイザベルの傍まで来ました。そして、優しくイザベルに触れます。
すると、見る見る内にイザベルの体は綺麗になっていき、やがてイザベルは目覚めました。
イザベルは大きく伸びをして、目を覚まします。
それから、驚くクロエへとどこか鎮痛な面持ちのアレッシオを見ました。
「ど、どうしたの?」
その状況にイザベルが混乱します。それから、自分が寝ている場所に気付きました。
イザベルの周りでは、沢山の死体が寝かされています。
そこは、安置室でした。
イザベルは驚いて、アレッシオを見ます。アレッシオは、顔を伏せて懺悔します。
「死者を蘇らせるか聞いたことがあるだろう。本当はできたんだ」
しかし、それは最大の禁忌だ、とアレッシオは言いました。
アレッシオが死ねば、彼が蘇らせたものは死んでしまいます。
あらゆる生物の生死をアレッシオが握るのです。それは、彼には重すぎます。
生物を蘇らせられると知れば、そんな彼の負担など露知らず、人々は彼に願うことでしょう。
最愛の人を蘇らせるように。
アレッシオは、それを避けるために、今まで決して人を蘇らせてはきませんでした。
全てを吐露し、イザベルに謝罪しました。
嘘を吐いていたことを、イザベルの友達を見捨てたことを。
イザベルは優しくアレッシオの頭の上に手を乗せ、微笑みます。
「あたしは、あんたにお願いしようとしただけよ。
お願いを断ったって、文句をいいはしないわ。アレッシオなりの考えがあったなら、尚更よ」
イザベルは優しくそう言った後、アレッシオのおでこをコツンと叩きました。
「でも、置いて行ったのは怒ってるからね。
びっくりしたのよ。起きたら病院だし、クロエに頼んであんたの所まで案内してもらったら、あんたは血まみれだし。
今度無茶したら、ただじゃおかないんだから」
イザベルはそう言って、頬を膨らませました。
怒るイザベルにアレッシオは、少し驚いて、それから微笑みます。
「分かった」
その返事にイザベルは、満足げに笑います。
クロエが、部屋の入り口で退屈そうに仲のいい二人を見ていました。
「そろそろ出るぞ。いつまでもこんな場所居たくないだろう」
アレッシオが振り返ります。言葉こそ分かりませんが、言いたいことは大体伝わりました。
「行こうか」
イザベルはどこか楽しそうにそう言うと、アレッシオの手を握り安置室を出ました。
ターニャが目覚めると同時、三人の魔女が病室に入ってきました。
ターニャは彼らが誰か分からず、また自分が何故ここに居るのか、何者なのか、何も思い出せません。
混乱するターニャに三人の内一人、アレッシオが全て話しました。
イザベルが沈痛な面持ちで、ただ通訳に徹します。クロエは、部屋の隅で、黙ってそれを見ていました。
聞き終えて、ターニャはアレッシオに尋ねます。
「じゃあ、僕の記憶は二度と戻らない方がいいんだね」
ターニャが少し悲しそうに言います。アレッシオは、頷きます。
「特定の記憶だけを戻すことはできない。記憶が戻る時は、お前が奪った記憶も含め、全て戻ることになる。
そしたら、同じ悲劇が繰り返されるだけだ」
「そうだね。それは、僕も嫌だ。
ねぇ、君が死んだら、僕はまた暴走してしちゃうの?」
その問いに、アレッシオは頷きます。そして、心配しなくてもいいとも。
「力を使えば、俺はかなり長生きできるだろう。だから、俺がお前より後に死ねば、その問題は解決する」
「そっか。なら、良かった」
ターニャは嬉しそうに笑います。
そんな彼女に、アレッシオは提案します。
「もしよかったら、俺達と一緒に来ないか」
ターニャは、アレッシオとイザベルを交互に見ました。
その表情は、どこか不安そうです。
「でも、僕は君達に酷い事したんでしょ」
「俺は、お前の大事な思い出も壊したんだ。その責任を取らなきゃいけないだろう」
だからお互い様だ、とアレッシオは言って、ターニャに手を差し伸べます。
ターニャは少しためらった後、その手を取りました。
イザベルも二人の手の上に自分の手を重ねます。
どこか嬉しそうな三人を眺めながら、クロエの隣でユナが言います。
「良かったですね」
「良かったじゃないか」
ユナの声が聞こえた訳ではありませんが、クロエも同意見でした。
それから数年後、ガレント大陸の豪華な屋敷。
そこには、大きな絵が飾られています。
絵には、様々な物が、バランスよく描かれていました。
手をつないで歩くクロエとユナ。年老いたアレッシオとイザベル、成長したターニャ。
背景には、八つの大陸の景色が書かれています。
絵のタイトルは、『夢』。
そこに、五人の夢がありました。




