第三話:事故前日の情景その3
「おはよ。・・・って龍弥!?何だその顔は!?」
教室で龍弥に話し掛けてきた友人の飛鳥は驚愕した。龍弥の右頬が腫れていて、それを氷で冷やしていたからである。
「よお、飛鳥」
「大丈夫か?」
つんつん
「いってーよ、バカ!!!!」
ズバシーン!!!ドーン!!!
頬をつついてきた飛鳥をハリセンで思いっきりぶっとばす龍弥。剣の達人が本気でふるったハリセンをくらった飛鳥は哀れにも床に頭をぶつけて血がダラダラです。
「ああ、花畑が見える・・・」
「おはよ、龍弥くん。この馬鹿はまた何かやらかしたのね?」
クラスメートの美冬があの世に逝きかけの飛鳥を一瞥して、声をかけてきた。
「葎花にビンタされたんだって?」
「ああ、些細な誤解からな。・・・耳がはやいのな」
「本人から聞いたの、それと龍弥くん怒ってないか聞いて来てだって」
「それじゃあ、怒ってないからそろそろ教室に入れと言って来てくれ」
「わかった」
そう言うと美冬は葎花のところに向かった。
「なあ、一体なにがあったんだ」
復活した飛鳥が聞いて来た。すごいタフネスだな。
「その前に言うことがあるんじゃないか?まぁ、俺もやりすぎたのは悪かったけどさ。」
「すまなかったよ。ところで・・・」
「はいはい、じつはな・・・」
***
振り向いた龍弥は、目が笑っていない葎夏に恐る恐る聞く。
「あの、葎花さん?どこから聞いていたのですか?」
「最初から」
「どうして声をかけてくれなかったのですか?」
「なんか楽しそうに話してたから。そんなことより、里緒菜ちゃん何があったの?」
「家で私が抱き付いたら、お兄ちゃんが発情してキスして来たの」
「里緒菜?それは省き過ぎじゃないか?」
「でも、一部は合ってると」
「葎花さん?落ち着いて?きちんと説明するから」
笑顔が完全に消えて、すごい剣幕の葎夏を龍弥は必死でなだめる。
「問答無用!」
バシン!!!
葎花のビンタをくらって思わずよろめく龍弥。
「龍弥の馬鹿!ボケ!大嫌い!!」
葎花の目には涙が浮かんでいる。事の重大さに気づいた里緒菜が慌ててフォローに入る。今更遅いような気もするが・・・。
「葎花さん違うの、さっきのはお兄ちゃんが寝起きのときの話だから」
「え?嘘・・・」
苦笑いをしながら、龍弥が付け加える。
「本当だよ。だから説明するって言っただろ?」
「私・・・、ごめんなさい!」
言うと同時に、チーターもびっくりのスピードで駆け出す葎花。
「おい、葎花?」
呼びかけたときには葎花の姿はもうなかった。
***
「で、そのあと頬がめちゃくちゃ痛くなってきて、教室で冷やしてたわけだ」
「ふーん。フルコースの話はどうなったんだ?」
「里緒菜は無し、葎花にはおごる」
「まぁ、妥当だな」
「里緒菜は相当ぶーぶー言ってたけどな」
そんなことを話しているうちに葎花と美冬が戻ってきた。葎花は不安そうに龍弥に聞いた。
「本当に怒ってないの?」
「本当に怒ってないよ」
満面の笑顔になる葎花。これで写真集を出したらどれほどの金になるかというほどの美しい笑顔だった。つられて、龍弥も笑顔になった。こちらも、写真集を出したら・・・
***
「おい、勝手なコメントが多いぞ。九尾」
「いいジャン別に、減るもんじゃなし。あんただって美しいとは思ったでしょうに」
「確かに思いはしたが、これはまじめな調査なのだぞ」
「お堅いなー、はいはい、わかりましたよ。龍王様に一任しますよ」
「貴様もちゃんとモニターを見ろ。われらの主になる御方だぞ」
「確かに顔は好みだけど。実際こっちに来てから決めることにしてんのよ私は」
「これは決定事項、我等に拒否権は無い」
「それならなんで調査なんかしてるのさ。納得いかないからでしょ」
「彼の人となりをつかみたいだけだ。なかなかに好感の持てる人物だ」
「あ、そう・・・。でも、こんなに笑って、明日何が起こるか知らないと気楽なものね」
「それを言うな・・・。調査を続けよう」
***
その日は終業式だったようで、LHRが終わると午後から龍弥たちはそれぞれ部活をしていた。
「一本!それまで!」
龍弥の所属する剣道部は、大会が近いせいか、基本練習の後、試合形式のリーグ戦をしていた。どうやら、団体戦レギュラーの選抜もかねているようだ。龍弥は今の一本で、全勝を決め、レギュラー入りをはたしたようだ。先にレギュラー入りを果たした山のような巨漢とすばしっこそうな小柄な男が話しかけてきた。
「また腕を上げたようじゃな、龍弥。わしもうかうかしてられんで!」
「君にしては、ずいぶん苦戦してたね」
「山神さん、韋駄さん。お疲れ様です」
龍弥はゆっくりと面をはずした。
「どうしたんじゃその顔は!?」
「どうしたんだいその顔は!?」
龍弥は本日何度目かの苦笑を浮かべながら答える。
「朝、ビンタされて、腫れがまだ引かないんですよ」
「ほう、度胸があるのう。おまえにビンタとは・・・」
「朝から痴話げんかですか?うらやましいものです」
「何じゃあ、女にビンタされたんか」
「さしづめ、相手は朝倉さんあたりでしょうか」
「おしゃっるとおりですよ。韋駄さん」
韋駄は苦笑いを浮かべ、山神はつまらなそうな顔をして言った。
「わしなんか、日常茶飯事じゃぞ。女に殴られるなんぞは」
韋駄と龍弥失笑。二人とも別の話題に話を変えます。
「ところで、狐宮君。成績はどうだった?」
「いつもと同じですよ。家庭科が2で芸術が4、それ以外は5です。」
「さすが天才。僕などは普通教科と体育がオール5が精一杯で他は2だよ。」
かなりむかつく話である。全国の受験生にリンチされるのでは無いだろうか?
「二人ともだらしないのう。わしはオール5じゃぞ。」
以外や以外、この巨漢にして結構器用な山神さんであった。
そうこうしている内に、他のレギュラーも決まったようだ。
一箇所に集まり、一分間の瞑想の後、部長の山神が締めの挨拶をする。
「三年でレギュラーになれなかった者は残念だったが、この経験をばねにしてこれからの受験を乗り切ってほしい。レギュラーでない一年、二年は、夏の大会の応援と秋の新人戦に向けて精進すること。最後にレギュラーになれたものは、健康に気をつけ、万全の態勢で夏の大会に臨むこと。では、一年、二年とレギュラー陣は月曜九時にまた練習で会おう!以上解散!」
「お疲れ様でした!!」×22
***
龍弥が着替え終わり、校門に行くと葎花が待っていた。午後4時だが、七月の空はまだ青い。
「一緒に帰ろ!」
「ああ」
他愛もない話をしながら、帰る二人。そして話題は今朝のことになった。
「今朝は本当にごめん」
「いいよ、悪いのは寝起きの俺と里緒菜なんだから」
「本当?」
「本当だよ」
「・・・あのさ、フルコースとかいいからさ、これから二人っきりでいてくれないかな?」
「ん?いまから?」
「うん、いまから。私の家で」
「いや、親御さんとかいるんだろ?」
「いないよ。二人で旅行に行っちゃったから」
「それはまずくないか?」
「いいの、お父さんもお母さんも龍弥なら許してくれるだろうし、それに、一人でご飯食べても張り合いないし・・・」
葎花にものすごく寂しそうな顔をされて、龍弥は
「いいよ」
「ありがとう」
二人は葎花の家へと向かった。
***
プツン
「あれ?龍ちゃん、調査おしまいにするの?」
調査用モニターを切った龍王に九尾がたずねる。
「ここからは、彼らのプライベートだ。そこまで見る必要は無いだろ?」
「まぁ、趣味がいいとは言えないわね」
「だから、もういいのだ。明日彼が来るのを待とう」
「はいはい、じゃあこれで解散?ふう、やっと終わった。私の分の報告書も出しといて」
とっとと、寝室に帰ろうとする九尾。
「待て、こんなめちゃくちゃなものを提出するつもりか?」
「駄目?」
「当たり前だ」
「いいじゃん、べつに、怒られるのは私だよ?」
「私にも監督責任があるのだが?・・・わかった。そんなに燃されたいのか?それとも凍り付けがいいか?」
目を光らせる龍王。
「ひっ、それはやめて!書き直します。いえ、書き直させてください」
「わかればいい。ほら、待っててやるから早く書き直せ」
しかし、結局10回も書き直し、出来上がったのは翌日の朝だった。
最後の平和が終わる・・・。