第十七話:敵その3
その日は土砂降りの雨だった。家路を急ぐ人々と同じように、葎夏も急いでいた。
葎花は雨の日が好きだった。周りからは少し変わっていると言われた。 でも、雨の日が好きだった。雨が傘を打つ音が好きだった。雨に濡れた街並み、風景が好きだった。そして、雨の日はいいことが起こるから好きだった。
でも、今日は違っていた。
***
家に帰り着き、葎花はドアノブに手をかける。
カチャカチャ
ドアは開かない。鍵がかかっているようだ。
『あれ?明かりついてるのに・・・』
葎花は疑問に思いながら、鍵を開けて家に入る。
「ただいま」
返事は無い。
聞こえなかったのだろうか、それとも電気をつけっぱなしで、どこかに出掛けてしまったのだろうか?
葎花は自分の部屋に行き、荷物を置くとリビングに向かった。
リビングに続くドアを開け、足を踏み入れる。
ぴちゃっ
水溜まりを踏んだ感触がした。葎花は足下を見る。真っ赤な液体が有った。不安に駆られ、誰かに電話しようと、電話機に目をやると、そこには喉を喰い破られたようになり、血を垂れ流した母がいた。
葎花はその場にへたれこみ、呆然となり、しばらくして電話をかけた。
***
ピロリロリー ピロリロリー
龍弥が部屋で夏休みの宿題をやっていると、携帯の着信が鳴った。
「もしもし?」
『龍弥?』
「葎花か。どうした?」
『今、ひま?』
葎花の声は消え入りそうなほど弱々しかった。
「ひまだよ。それより大丈夫か?」
『ちょっと大丈夫じゃないかも・・・』
「今、どこにいる?」
『家にいる』
それを聞いて龍弥は、すぐさま決断を下し、葎花が安心できるように、話し掛ける。
「じゃあ、今から超特急で行くから待ってろ」
『わかった』
電話が切れると、龍弥は、母親に断りを入れて外に出る。
そして、龍王の能力を発動する。
「龍王開眼・転映」
***
ピンポーン
インターホンが鳴った。葎花は相手を確認して、ドアを開ける。
「葎花。なにがあった?」
ドアが開くなり龍弥は聞く。葎花の顔には血の気が無く、服には赤いしみがあった。靴下は赤く染まっている。
「たつや・・・」
葎花はそうつぶやくと、龍弥にもたれかかる。
「葎花、とりあえず部屋に行こう」
部屋に入り、葎花をベッドに腰掛けさせる。葎花はまだ少し茫然自失の状態だ。
「何があった?」
「リビング・・・」
「リビングに何かあるんだな」
葎花は、こくんとうなずく。そして、顔を伏せて、固まった。
龍弥は、一度状況を確認しようとリビングに向かった。
数十秒後、龍弥が戻ってきた。
「隣、良いか?」
葎花は、何も反応しなかったが、龍弥はそっと隣に座り、葎花の肩を抱く。
「う、う、う、・・・」
葎花は安堵したのか、現実を受け止めたのか、むせび泣き始めた。
***
「とりあえず、君は帰ったほうがいいんじゃないか?」
現場検証に来た刑事の一人が龍弥に話しかけてきた。
「心配しなくても、彼女はきちんと保護するから」
「母には許可とってありますから」
「いや、しかしだね」
「そばにいてあげたいんです」
「わかったよ」
そう言って、渋い顔をしながら刑事は去って行った。葎花は泣き止みはしたが、顔を伏せたままだ。
「龍弥?」
「なんだ?」
「帰ってもいいんだよ?」
「なんで?」
「何も食べてないんでしょ?」
「それは葎花もだろ」
「そうだけど・・・」
「いちゃ駄目なのか?」
しばしの沈黙、龍弥は優しい声音でささやく。
「そばにいるよ。・・・ずっと」
ピロロピロロ ピロロピロロ
龍弥の携帯が鳴る。
『メール?』
***
差出人:霊界
件名:指令
悪霊に取り付かれた猫又を鎮めよ。
***
『こんなときに・・・』
龍弥は舌打ちをしたい気分だった。
『指令は指令ですから・・・』
龍王はなだめるように言ってくるが、任務遂行のためなのはバレバレだった。
『ったく、仕方ないな。龍王さん』
ピロリロリー ピロリロリー
「もしもし?」
龍弥はイライラを表に出さないように努めた。
『龍弥か?指令がきたよな?』
「ああ」
『お前は来るな』
「?」
『お前は染井のそばにいろ』
「なんで俺が葎花のそばにいるのが分かるんだ?」
『ニュースだよ。ニュース。それにしても行動が早いなぁ』
「ニュース?」
『見てないのか・・・。とにかく、今は染井のそばにいてやれ。いいな?』
「・・・ありがとう」
『別に、礼には及ばねぇよ』
電話が切れると、葎花がこちらを見つめているのに気づく。
「どうした?」
「・・・ニュースになってるんだね」
「ああ、そうらしいな」
「学校行けるかな?」
「大丈夫だよ。葎花は一人じゃないだろ?」
葎花はしばらく逡巡して、躊躇いがちに話す。
「あのさ、しばらく龍弥の家に泊めてくれないかな?」
その瞬間、龍弥の思考は停止した。
***
すでに雨は上がっている。月明かりがあたりを照らしていた。
駅の近くのビルの屋上に二人の人影がある。一人は巽だった。巽が携帯で話し終わるともう一人に話しかける。
「これでよかったんだな?春華」
春華と呼ばれた少女は、龍弥たちと同じ学校の制服をきて、腰まである長い髪をポニーテール状にしている。
その整った顔立ちは月も恥じるほどだろう。
「ええ、今回の事件は私が解決すべきなのよ」
その一言には、固い決意が込められていた。
三人目の契約者、乾春華の登場です。巽と春華の活躍は次回をお楽しみに。(龍弥の活躍を期待された方ごめんなさい)
ついでに言うと、巽の苗字は響です。