第十一話:土蜘蛛その2
九尾と龍王さんが葎花に見えるという危機(?)を何とか脱して、いつも行っている喫茶店に向かった。
喫茶店に入ると、マスターがいつものように話しかけてきた。
「いらっしゃい。今日はデートですか?」
本当に現世に帰ってきたんだと改めて実感する。俺は笑顔で返した。
「ええ、そんなところです」
「飲み物はどうします?いつものでよろしいですか?」
席に着きながら、俺は注文した。
「俺はいつもので、葎夏はコーヒーで」
マスターは不思議そうに聞いてくる。
「コーヒーでいいのですか?いつもはミルクティーなのに」
葎夏は苦笑いしながら答える。
「実はちょっと寝不足でね。砂糖たっぷりでお願いします」
「はい、承りました」
マスターがコーヒーを入れ始めるといい香りが漂ってくる。
「なんか、いつもとちがうね」
「ん、そうかな?」
「いつもよりも楽しそうだよ。私は別にかまわないけど」
自分が感じている以上に、戻ってきたことの嬉しさが表面に出ているようだ。しかし、葎花はそんな事情は知らないわけで・・・。
「それに、朝なのに思考が普通じゃない?」
「どういう意味だ?」
-確かに、俺の寝起きはとても悪い、人間としてぶっ壊れることもある。でもね、で・も・ね、そんなの数分だけだよ!!
俺が睨むと何を勘違いしたのかこんなことを言ってきた。
「そんなに見つめないで、恥ずかしい・・・」
「どうしたんだ葎花!?お前、そんな天然キャラだったか?」
「全くだな」
思わず口にした言葉に反応する奴がいたので、振り返ってみるとそこには巽がいた。
「何で生きてるんだよ!?」
俺以外の歴史がそのままだというなら、死んでいなくても巽がここにいる可能性はゼロのはずだ。というより、死んでいる可能性の方が高くないか?
「生きてちゃ悪いか!?」
「いや、悪いとかじゃなくて・・・」
説明するに出来ずに困る俺に、葎花が一言。
「なんだ、やっぱりいつも通りか」
「なんだ、寝起きか。それじゃ仕方ないな」
「お前らな・・・」
ニヤニヤ笑う二人を前に、俺が怒りを必死でこらえていると、マスターがコーヒーを持ってきてくれた。
「これでも飲んで落ち着いてください。それと巽君、ライブの準備はいいのですか?」
「あ、そうだった。そんじゃあマスターちょっと音響いじるよ」
「はい、どうぞ。期待してますよ」
「あ、二人とも!ライブ、18時からだから、よろしくな!」
そう言うと、巽は音響をいじりに行ってしまった。葎夏は砂糖たっぷりのはずのコーヒーを一口飲んで、しきりにマスターの腕をほめている。でも、砂糖たっぷりの状況でコーヒーの味がわかるのか俺は疑問だ。(まあ、マスターの腕は確かだが)
コーヒーを飲み終わった後は何事もなくデート(映画鑑賞等)は進み、巽たちのライブを見た後、俺達は家路に着いた。
「それにしても、いい歌だったね。特にサビの部分が」
葎花はしきりに巽のバンドをほめる。
「うまかったけど、ホントにすごいのはこの曲を作ったグループなんだけどな」
「何でそういうこと言うの?」
葎花は不服そうである。すごいものはすごいと、素直にほめるのが葎花の基本スタンスだからだ。でも、うまければいいという訳でもないはずだ。
「俺は、コピーだけじゃなくてあいつら自身の作った歌を聞きたいんだけどな」
「それじゃあ、コピーバンドの意味がないんじゃない?」
「まあ、それもそうなんだけどさ」
それでも俺はもったいないなと思わずにはいられなかった。
葎花を家に送り、自宅に帰ると。
「ただいま。母さん、どうしたんだ?」
母さんが焦った顔で出迎えた。
「お帰りなさい。里緒菜から電話か何かなかった?」
「なかったけどなんで?」
「電話がつながらないのよ」
母さんの話によると、買い物を頼もうとしたところ、里緒菜の携帯につながらないのだそうだ。俺は少しあきれながら言う。
「別に小学生じゃあるまいし、大丈夫だろ?」
自分の部屋に行ってみると、携帯が充電しっぱなしだった。どうやら忘れていたらしい。これでは連絡が入るはずもない。俺は、留守電をチェックしてみることにした。
一件のメッセージが残されていた。
『お兄ちゃん助けて!』
留守電に残された里緒菜の声は、逼迫していた。
それを聞き終わると同時に、一通のメールが届いた。