第九話:審議、そして蘇生
狐宮龍弥が意識不明になり、医務室に運ばれてから1時間後、閻魔城の一室で会議が始まった。霊界の重鎮達が軒を連ねるその会議は、霊界が危機にさらされたときに召集されるものだ。
出席者達が円卓につき、重苦しい雰囲気の中で会議は始まった。今回の議題は、狐宮龍弥とラグナロクの処遇についてだった。
閻魔大王が険しい表情で話し始めた。
「最初に経緯を説明しておきます。今回、まことに遺憾ながら、こちらの不手際で契約適格者と阿修羅が戦い、阿修羅は重傷、適格者は軽傷ですが意識不明となってしまう事態に陥りました。さらに、適格者はラグナロクを解放し、その上、ラグナロクと契約を交わしたのです。このまま、龍王難陀及び九尾玉藻と契約をさせ、現世に生き返らせていいかどうか、ご審議のほどお願いいたします」
沈黙が場を支配した。阿修羅と適格者が戦ったこともだが、適格者が軽傷で済んでいることなど前代未聞であったし、ラグナロクは神々を黄昏へと導くほど強力な武器で、それが人と契約を結ぶなど考えられない事だったからだ。
沈黙を破って、一人の出席者が発言する。天界の長、帝釈天であった。
「阿修羅と適格者が戦ってしまったのは、完全に我等神々の不手際だ。特に、その適格者と契約をするはずだった龍王難陀と九尾玉藻のな。さらに、阿修羅もわざと、難陀と玉藻を待たずに、第三の試練を始めた。阿修羅が重傷を負ったのは自業自得だとしか言いようが無い。それに、阿修羅を倒すほどの実力者なら、契約者としても申し分ないのではないかね?」
場がざわざわし始める。納得の声やいささか難色を示す声が飛び交う。出席者を代表するように、一人が発言する。天界宝物殿守護の毘沙門天であった。
「確かに、適格者への責任追及はお門違いもいいところだろう。しかし、ラグナロクの件は別だ。解放しただけならまだしも、彼は契約を結んでいるんだぞ。ラグナロクが現世に出れば、どうなることか解った物ではない」
帝釈天は不敵に笑いながら、答える。
「我らも契約を復活させ、現世で監視すればよい。」
「しかし!」
「大丈夫だよ。龍王と九尾もついているんだぞ?」
毘沙門天は黙り込み、何かを思案しているようだ。帝釈天はさらに付け加える。
「心配性だな。なら、もう一つ俺が安全だと踏んでいる理由を言おう。それはな・・・」
それを聞くと、毘沙門天だけでなく、出席者全員が納得したようだ。閻魔大王がこれまでの議論をまとめ、採決をとる。
「では、狐宮龍弥はラグナロクと契約させたまま、龍王難陀、九尾玉藻両名と契約させた後、現世へと返す。龍王難陀、九尾玉藻はこの為、今回に限り責任は不問とする。阿修羅もすでに一定の制裁を受けたものとして、不問とする。帝釈天、毘沙門天は契約を復活させ、現世にて監視を行う。これらの結論でよろしい者は挙手をお願いする」
出席者全員が挙手し、全会一致で可決となった。
「それではこれで閉会する。」
***
閻魔様は会議のことを話してくれた後、謝罪をしてくれた。
「今回は、私の監督不行き届きで大変な目にあわせて、本当に申し訳ない」
深々とお辞儀をする閻魔様。霊界の審判者の威厳はどこにも無い。
「とんでもない、俺も勝手に先に進んでしまったんですから。お互い様です」
俺は軽い口調で言った。閻魔様は、顔を上げるとふうっとため息をついた。かなり気苦労が多いのだろう。
閻魔様は着物の袖から何かを取り出し、俺に差し出した。それは見覚えのある円盤、もといラグナロクだった。閻魔様は真面目顔で、ラグナロクの扱いについて話し始めた。
「先程の話の通り、これはあなたが持つ事になりました。しかし、あなたもご存知の通り、これは大変危険な武器です。全く使うなとは言いませんが、極力使用は避けてください。」
俺は静かにうなづく。こんなものがあると知れたら、世界は大変なことになるだろう。俺は絶対に使うまいと心に誓って、ラグナロクを受け取った。
「それでは」
そう言って閻魔様は席を立った。部屋を出た閻魔様と入れ替わりに、龍王さんと九尾が入ってきた。
「いやあ、やっぱりあのオヤジが落ち込んでるのを見ると、せいせいするわ!これで説教も減ればいいんだけど・・・」
九尾がいきなりとんでもないことを言ってきた。ハイテンションの原因はそれらしい。俺は思わず口を出す。
「ちょっと待て。誰のせいだと思ってるんだ?」
「確かに、私も悪いわよ?狐宮君には謝るけど、あのオヤジには申し訳なさなんか感じてないわ。だいたい、一時間も説教しなけりゃ、こんなことにはなってないんだから!」
俺は二の句が告げなかった。
-こいつ自分のこと棚に上げすぎ。
さらに、九尾の責任転嫁は龍王さんにも及んだ。
「龍ちゃんだって、大人気なく怒ったりしたしね」
龍王さんはうんざりしたような、疲れたような顔で切り返す。
「それはすまなかった。誰かのせいで寝不足だったのでな」
「あれは、あんたが何回も報告書のやり直しをさせるから・・・」
「自覚はあるようだな」
龍王さんと俺の視線が痛かったのか、そっぽを向く九尾。俺は、このやり取りを聞く限り、やっぱり九尾が全ての元凶のように思えてならなかった。
「現世では、こういうことはやめてくれよ」
俺は、生き返った後のことを考えて、九尾に釘をさした。
「わかってるわよ」
やけに、素直に応じる九尾。疑問は龍王さんの一言で解消した。
「お前、自分好みの男だと、見境無いな・・・」
「そうなのか?」
俺は完全にあきれながら九尾に聞く。
-こいつの思考構造はどうなっているんだろう?
「いいじゃない、私の勝手でしょ」
龍王さんはこれ以上言っても無駄だと判断したのか、この話題を終わらせ、本題に入ることにしたようだ。
「それで狐宮殿、これから蘇生に入るのだが、その前に契約の内容を教えておこう。悪霊はわかるかい?」
「まあ、なんとなくですけど」
「動物でも、人でもだが、なにか恨みをもっていたり、現世に対する未練が強いと現世で、なんらかの影響を及ぼし始めるんだが、悪い影響を及ぼすのが、悪霊なんだ。そして、悪霊が妖怪や動物に取り付くと、理性が吹き飛び、暴走を始め、人を襲う。まあ、かなりまれなケースなんだが、最近、徐々にではあるが増えていっている。」
にわかには信じがたい説明かも知れないが、これまでのことを考え、俺は信じることにした。龍王さんは先を続ける。
「妖怪達から悪霊を落として、暴走を止めるのは霊界の仕事なのだが、手に負えなくなってきている。そこで、現世で霊力が高い人物に協力をしてもらっているという訳だ」
「わかりました。妖怪から悪霊を落とす時に龍王さんと九尾の力を借りれると」
「能力自体は、常時発動可能だが、できるだけ使わないでほしい」
「確かに、現世に影響が出ますからね。使う気はありませんよ」
「狐宮殿は、物分りがよくて助かります」
実際、俺は能力を使う気は無かった。限定的とはいえ、人の限界を超えた力を行使するということは、体への負担が計り知れないからだ。
「詳しく能力の説明をしておくと・・・」
龍王さんは次に、自分たちの能力を説明してくれた。
簡単に言うと、龍王さんの能力は、火や氷を操る能力で、九尾の能力は身体能力の向上・身体強化と尾を武器等に変化させる能力だそうだ。
「能力の使い方は、実戦で説明しよう。阿修羅を倒したほどだから、たぶん大丈夫だろう?」
「ええ、まあ」
-実際、ロクさんのお陰なんだけどね
『おう、よくわかってるじゃねぇか。現世でもよろしくな』
-にぎやかになりそうだな、いろんな意味で・・・
「狐宮くん?なにぼーっとしてるの?行くよ?」
九尾が怪訝な声で聞いてくる。どうやらロクさんの声は、俺にしか聞こえないらしい。龍王さんは先に部屋を出たようだ。
「いや、なんでもないよ。案内よろしく!」
「うん・・・」
九尾は納得いっていない様で、しぶしぶ歩き出す。
たどり着いた部屋に入ると、門があった。先に着いていた龍王さんが説明を始める。
「『時戻しの門』、これで、狐宮殿は事故のまさに起こる瞬間、別の場所に転送されます」
「同時に、俺が二人いることになるんじゃあ・・・」
俺は、不安な顔をしながら言った。
「大丈夫だよ。狐宮君は、生身の体のまま、ここに転送されたんだから」
「?」
九尾の説明を聞いて、さらにわけがわからなくなった。
「ああ、つまりだね・・・」
龍王さんの説明によると、事故の瞬間に俺は生身のまま霊界に転送されたらしい。そのショックで意識が飛び、死んだと錯覚していたのだそうだ。しかし、俺が契約をしなければ、そのまま死んで、体だけが、事故現場に戻されることになっていたということだった。
-まあ、現世にいない時点で、死んだも同じだけどな
何はともあれ、俺は生き返れることになった。門が開く、俺は光に包まれた。
***
俺は駅前に立っていた。服装は事故のときのままだ。
-戻ってきたんだな、俺は
『そうだよ。どう感想は?』
九尾が俺の脳に直接話しかけてきた。九尾の姿を探すと小さい狐になっていて宙に浮いている。その隣には、これまた小さな龍になった龍王さんが浮いている。どちらもどこかのマスコットのようだ。俺も思念で答える。
『ああ、うれしいかな?でも、何日も霊界にいたって感じもしないから、そこまで感動したって感じでもないな』
『ふーん、狐宮君気絶してたもんね』
龍王さんが九尾のほうを向いていさめるような感覚で言った。
『誰のせいだと思ってるんだ?』
九尾は、うんざりした感じだ。
『ユーモアよ、ユーモア。』
『俺ももう気にしてないですから、龍王さんも気にしないでください』
『ほーら見なさい!』
九尾は得意満面だった。
『おう、坊主!俺を首に掛けろ』
今度はロクさんの声がする。ポケットを探るとラグナロクが入っていた。俺は、言われたとおりに、首から掛ける。
『久しぶりだねぇ。ずいぶんと変わってやがる』
ロクさんは感慨深げだ。
『あんた誰?』
『俺か?俺はロク、ラグナロクだ。よろしくな』
『ひっ、神々の黄昏!?』
『怖がることねぇだろ?何もしねぇよ』
ロクさんは、怖がられたことが気に食わないらしい。俺はしょうがないと思った。
『坊主、しょうがなくは無いだろ』
つつぬけだった。
『あの、皆さん?俺の心は丸見えですか?』
『ああ、今はね、精神リンクを切れば、心は読めないが、話をするときに切ってると、狐宮殿が一人で話すという風に見えますよ?』
龍王さんが説明してくれて納得した。それに、精神リンクしている時はロクさんの声も皆聞こえるようだ。
『説得力があるからね!』
突っ込まれる前に、言っておいた。
『私には説得力がないって!?』
『俺には説得力がないって!?』
頭がくらっとした。脳がオーバーロードしたようだ。
『思念を強くしすぎだろ。もっと抑えてくれよ』
俺はじと目で九尾をにらみながら訴える。
『何で私だけ?』
『だって、ロクさんはにらめないじゃないか。自分の胸元にらむなんてできるか?』
『確かにできない・・・』
俺は、したり顔で先を続けようとした。その時・・・
「お待たせ、ごめん、遅刻だよね。」
振り向くと、葎夏がいた。
-デートの約束だったんだよな
「大丈夫だよ。って葎夏どうした?」
葎夏は俺の後ろを見て、唖然としている。後ろを振り向いてみるが龍王さんと九尾が浮いているだけだ。
「なに、そのちっちゃい龍と狐は!?」
「・・・はい?」
-何で見えてるんだーー!?
生き返るなりトラブルの予感がぷんぷんだった。